今回はNIMHの所長であるトーマス・インセル博士の最近掲載されたブログの記事を紹介したい。

 2013年8月28日のインセル博士のブログでは、統合失調症への抗精神病薬の長期投与(維持療法)は予後に貢献していないという内容が述べられていた。特に、健常に、かつ、生産性を保って社会へ完全に復帰する上では(full return to well-being and a productive place in society)、抗精神病薬の長期投与は貢献していないどころか、逆に、マイナスの結果を招いているというのである。
http://www.nimh.nih.gov/about/director/2013/antipsychotics-taking-the-long-view.shtml

(補足資料↓: インセル博士のブログだけでは、データとしては不十分な部分があるため、下に記載した他の2つのサイトに掲載されていた内容を参考にして補足をしてある。) 
http://www.schizophreniaforum.org/new/detail.asp?id=1910

 これは、無視できない非常に重要な新しい知見である。これが事実であれば、多くの精神科医が統合失調症の薬物療法の在り方を今後は180度変えていかねばならないことになるからである。

ブログでは最近掲載されたばかりの論文が紹介されている。

 まず、本年9月にJAMA-Psychiatryに発表されたオランダの精神科医Wunderinkらの論文が紹介されており(http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1707650)、以下のような内容であった。この論文は7年間のフォローアップスタディである。初発の統合失調症の患者128名が7年間のフォローアップを受けることになった。寛解に達した6ヶ月後に被験者らは、薬物療法が組み分けられて、漸減/中止(DR)群と維持療法(MT)群とにランダムに振り分けられた。精神症状をPositive and Negative Syndrome Scale(PANSS)にて、社会機能をGroningen Social Disability Schedule(GSDS)にて評価して、薬物療法による違いの帰結が評価された。

 予想された通りではあったが、DR群はフォローアップ期間の初期段階である18ヶ月後の再発率はMT群の2倍の再発率であった(DRは43%、MTは21%)。

 その後さらに103名が追跡調査された。服薬状況は、MT群ではフォローアップ開始から数年後には服薬を中断してしまっていた患者がいた。103名の中で17名(DR群の21%、MT群の11%)が最後の2年間で完全に断薬をしていた。さらにハロペリドールに換算した力価では、DR群では最後の2年間では、MT群と比べて非常に少量の投薬しか受けていなかった(セレネースの力価としては1mg/日に相当)。さらに、全ての被験者の3/1が殆ど無視できる用量か無投薬の状況であった。

 そして最終結果ではあるが、最も重要な事は、7年後に精神症状(PANSS)の回復率においては両群の間に差はなかったが、社会機能の回復においてDR群(40.4%)はMT群(17.6%)よりも2倍の回復率を示していたことである。さらに、ロジスティック回帰分析にて、陰性症状が重度でないこと、他者と一緒に生活すること、投薬の漸減・中止が7年後の社会機能の回復と相関していることが判明した。 さらに、再発率も7年間のトータルでの評価では逆転しており、DR群が61.5%であったのに対してMT群では68.6%であった。

 一方、DRとMTの両群の一部の患者は、フォローアップ期間の最後の2年の間に自己判断で中止したり、投与量を減少させていたため、トライアルを正しく最後まで受け続けて漸減・中止に導かれた群(34名)と、トライアルを最後まで維持できなかった群(69名)に分けて分析した。トライアルのスケジュールに従い漸減・中止となった方が、精神症状も社会機能の回復率は良く、再発率も少なく、全体的な予後が良好だったことが判明した(=内服を中止していくにしても抗精神病薬をいきなり断薬するのは好ましくないと言えるのであった。関連ブログ2013 年2月19日。ドーパミンD2受容体の親和性の変化

 インセル博士はこの論文の結果において3つの点に注目している。1つ目は、精神症状の程度は結局2群とも変わらなかったということである。両群とも2/3が7年後には著明な精神症状の改善を示していた。2つ目は、DR群の29%が職業や家庭生活での健常な帰結を示していたことである。これは統合失調症で苦しむ方々に希望を与えるような結果だと述べている。3つ目は、抗精神病薬は急性期には有効であるが、長期的な視点からは疾患の回復に対しては逆に悪影響を及ぼしてしまうということが判明したことである。

 JAMAの編集者であるPatrick McGorryは、この論文への解説にて、「過ぎたるは及ばざるごとし(less is more)」と表現した。ある種の患者には抗精神病薬の早期の減薬中止という方が長期的予後が良くなることに関連しているようだ。さらに、「この新しいデータは、明らかに再発を視野に入れた考え方ではあるが、確かに再発は望ましいことではないが、逆戻り(再発)することは世界の終わりを意味するものではない。症状の適度の悪化 … それは、より良い長期的な機能的回復のための代価を払う価値がある場合がある。」とも述べた。症状の適度の悪化を経験することが、予後に生きてくるというのである。
http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1707649

 この症状の適度な悪化という発想は、かって、日本には新海安彦先生が考案した「添え木療法」「賦活再燃」という治療方法があったのだが、それにつながる発想のように私には思える(添え木療法は30~20年前がブームであり、今では森田療法のようにすたれてしまった治療法である)。
http://p.booklog.jp/book/45710/page/1250957 の1321「添え木療法」を参照されたし)
 
 さらにインセル博士は別の論文を提示して疑問を投げかけている。抗精神病薬の長期使用に関しては何が言えるのであろうか。長期使用は有害なのであろうか。抗精神病薬は一生涯必要なものなのであろうか。本年度の初め、Martin Harrow and Thomas Jobeは、抗精神病薬が機能的な面での回復を促進するかどうかの数年間のフォローアップ結果を医学雑誌Schizophrenia Bulletinで発表した。

 それによると、(a)抗精神病薬の中止後の6~10カ月後の間に25~55%の患者が再発をする。しかし、(b)この期間に再発しなかった患者にとっては、以後の再発の危険性は服薬を中止したままでも減っていた。

インセル博士はこれらの論文の結果を踏まえてこのようにまとめている。

 我々が、統合失調症と呼ぶ疾患は全く異なる経過をたどるいろいろな疾患から構成されているものかもしれない。ある種の統合失調症の人々にとっては、抗精神病薬の長期投与は完全に健常な状態へ回復することを妨げるものである可能性がある。他の者にとっては抗精神病薬の中止は惨事を招くものかもしれないし、いわゆる「陽性症状」(幻覚、妄想、などの)軽減には抗精神病薬が必要かもしれないが、抗精神病薬では正常な(社会)機能までへは十分に到達できないことを理解する必要がある。第1世代、第2世代の抗精神病薬は伴に、いわゆる陰性症状(感情の喪失、意欲の喪失)には役立たないし、集中力や検討能力の問題は生産的で健常な生活へと導く上で大きな障壁となるかもしれない。家族教育、就労支援、認知行動療法は、再発を減らし、生活機能を向上させ、問題解決能力や対人スキルを改善することが示されている。NIMHはここに焦点を当てて、低用量の抗精神病薬家族心理教育を組み合わせたRecovery After Initial Schizophrenia Episode (RAISE) プロジェクトを立ち上げているが、 RAISEプロジェクトでは、教育・就労支援レジリアンス・トレーニング、精神症状よりももっと他の重要なものに焦点を当てた介入、などを実践している。
http://www.nimh.nih.gov/health/topics/schizophrenia/raise/index.shtml 
RAISEロゴマーク



 現在の治療(薬物の維持療法)は多くの患者にとって好ましいものではないと理解する必要がある。全ての統合失調症の患者の結果(予後)が改善するような、現在行われている治療以外の治療が必要なのである。ある種の患者では再発を避けるための薬物療法が必要かもしれないが、しかし、一方では、長期になると、ある種の患者では服薬を中止した方が予後が良くなることがあることを問い直す必要がある。再発のリスクと予後への利益とのバランスを取るためには、厳正な判断が要求される。RAISEプロジェクトが強調しているように、患者、家族、医療提供者の間で意思決定を共有することが精神疾患の長期管理にとって不可欠である(私は日本でもこういったプロジェクトが行われるようになることを切に希望している)。

以上のようにインセル博士はブログで述べていたのであった。 

 なお、この新しい知見に関連すると思える日本での研究論文をSchizophrenia Research Forumでは紹介している(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23821768?dopt=Abstract)。慶応大学の研究者(竹内先生ら)は、第2世代の抗精神病薬(リスペリドン、オランザピン)を50%減量した結果、(28週後に)認知機能の向上につながったことを見出した。論文では、ベースラインと28週後に、PANSSの他に、神経心理状態アセスメント(RBANS)、薬剤誘発錐体外路症状スケール(DIEPSS)を用いて評価しており、減薬なし、減薬ありの両群ともにPANSSのスコアは変化がなかったが、PBANSとDIEPSSのスコアが28週後に改善していることが判明した。

 補足しておくと、この論文の数年前から線状体のドーパミンD2受容体のアップレギュレーションが認知機能の障害を招くという論文が出されており、抗精神病薬は短期間では認知症状も含めて多くの症状を改善するが、抗精神病薬(特に高用量)が長期間投与された場合にはドーパミンD2受容体のアップレギュレーション(受容体数の増加と感受性亢進。D2highの増加)を招いてしまい、その結果、認知機能が障害されてしまうという見解が提出されている。慶応大学の研究結果は、抗精神病薬の減薬によってドーパミンD2受容体のアップレギュレーションが28週後には減じており、それが認知機能の改善に結びついた可能性があると解釈できるのかもしれない。しかし、ドーパミンのアップレギュレーションの解除に28週間(約半年)もかかるとは、抗精神病薬によってドーパミン受容体には相当強い変化が起きているのであろう。
 私はこう思う。「維持療法」と「漸減・中止」を天秤にかけてどちらを選択するのかは医師の裁量に委ねられるような問題ではない。個人の人生に関わる大きな問題であり、人生の選択はその人生を歩むことになる本人が決める権利がある。服薬を継続する場合と服薬を中止する場合のこれまでの研究データを提示して、あらゆる可能性を提示して、最終的には家族と本人に相談してもらい、維持療法でやっていくのか、漸減・中止でやっていくのかを決めてもらう必要があるのではなかろうか。
(意思決定を共有すること[shared decision making SDM]が精神科でも求められてきているのである)

 そのためにも、医師は最新のデータを常に把握しておき、最新の知識に基づく現時点でのベターだと思える知見を患者とその家族にいつでも提示できるようにしておかねばならない(ベストはまだ未知であるため、今はベターを追求していくしかない)。それは精神科医に限らず全ての科のドクターにも言えることではあるが。たとえ場末の精神科病院に勤務しているくたびれはてた医師であろうとも常にそうあるべきであると、自分自身に言い聞かせながら勤務しているのであった。

 幻覚・妄想といった陽性症状を完全に消し去るのが本当の意味での治療になり得るのか。他のもっと大切な機能までをも消し去ってしまうのは真の意味での治療となり得るのか。多少とも陽性症状が残存しようとも、他のもっと重要な機能の温存を重視した方が真の治療だと言えるのではないのか。といった新しい見地や価値判断からの、21世紀における治療の在り方が、今、問われてきているのである。
 
 次回は、インセル博士のブログの中で紹介されていたMartin Harrow and Thomas Jobeの論文のフルテキスト版がネットで掲載されていたので、その論文を紹介したいと思う。