プロバイオティクス1






 精神疾患におけるプロバイオティクスの応用は、20世紀初頭では注目されていた分野ではあるが、いったんすたれてしまい、今、再び注目されてきている精神医学の分野である。ひとことで言えば、脳と消化管や腸内細菌はお互いにコミュニケーションをしており(microbiota-gut-brain communication)、相互に関係し合っており、腸内細菌が精神状態にも影響を与えているという理論であり、それを精神疾患の治療や予防に応用していこうという考え方なのであった。近年、そのメカニズムがだんだんと明らかにされてきおり、精神疾患の領域においてプロバイオティクスへの関心が再び高まってきている。

 これから何回かに分けて、脳と消化管や腸内細菌叢との深い関わりについて、論文を通じて紹介したい。

 今回紹介する論文は異常に長く、しかも3部から構成されている。要点だけを掻い摘んで紹介するが、それでも3部全てを紹介するためには字数の都合からは数回に分けて紹介せねばならない。

 第1部は、プロバイオティクスと精神疾患との関わりのこれまでの歴史についてである。

腸内細菌叢、プロバイオティクスとメンタルヘルス:Metchnikoffから現代への進歩:パートI - 自家中毒の再興
Intestinal microbiota, probiotics and mental health: from Metchnikoff to modern advances: Part I  autointoxication revisited

抄録
 メンタルヘルスが関係する疾患(特にうつ病)は世界的に流行してきている。これまでの研究によれば、ライフスタイルや環境などの様々な変化が精神疾患の増加に関与していることを示唆している。このようなライフスタイルや環境に関する研究として、腸内細菌叢とメンタルヘルスの関連性(消化管機能と脳との統合性)を研究することも含まれなければならない。この分野は今後は重要な分野となろう。まず、この分野における最近の科学的な知見や将来の方向性を理解するためには、これまでの研究の歴史を再確認することが重要である。うつ病や不安とプロバイオティクス(例えば乳酸菌)や糞便中の微生物が関係しているという概念は決して新しいものではない。3部構成シリーズの第一章では、「自家中毒autointoxication」という既に否定された概念に、まだ議論する余地が十分に残ってることを見直すことから始める。我々は、腸-脳-微生物の間の接続における有益性が何十年も見過ごされてきたことを強調したい。

 注; なお、この論文は本年度に出版されたものであるが、既に昨年度に雑誌Natureのオンライン版(2012年9月)にて別の著者らによってこの腸内細菌叢ー消化管ー脳・軸 microbiota-gut-brain axisに関する総説が出されている。Natureの論文はフリーアクセスではないものの、著者らが関わっているHPに全文が見れるPDFファイル形式がアップロードされていた。理論の概要は今回の論文の著者らとほぼ同じなのではあるが、こちらの論文の方が分子生物学的なメカニズムに関してはより詳細に解説されている。この論文は次回以降に紹介する予定である。
(フルテキスト。PDF)
MBG軸1














序文
 精神疾患が増えた要因の1つに腸内細菌が絡んでいる。生活の近代化と共に腸内細菌叢も変化し神経心理学的な変化を人に与えた。著者らは既に、プロバイオティクス(乳酸菌やビフィズス菌)が人間の疲労やうつ病性障害へ有益な役割を果たす可能性があることを研究で示したのではあるがhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12699726http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15617861、これは既に前世紀になされていた研究であった。かっては自家中毒autointoxicationと呼ばれ、1900年代初頭に、腸内細菌由来の毒素が精神も含めて全身の健康状態に影響を与える可能性があり、望ましくないような大腸の微生物が、疲労、うつ病、神経症に関与しているおそれがあると医師や科学者によって既に記載されている。治療方法として大腸の一部を外科的に切除するようなこともなされていたが、そのような侵襲的な方法ではなく、乳酸菌などの特定の菌を経口摂取することにより腸内細菌叢を操作すべきだとも提案された。

 自家中毒の概念はその後、2000年代に見直されるまで、慢性の便秘による結果であると誤解され続けた。そのため不要な手術や処置(腸の外科手術、結腸灌漑、結腸洗浄など)が行われていたhttp://en.wikipedia.org/wiki/Colon_cleansing。消化管・腸内細菌叢・脳との接続性が見過ごされていたためである。1930年代に皮膚科医John StokesDonald Pillsburyによって「一体化理論 unifying theory」(感情の状態が正常な腸内細菌叢を変化させ腸の透過性を増加し全身の炎症に関与するかもしれないという仮説)http://archderm.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=505747が出版されていたのだが、事実上80年間も無視されていた。しかし、BoweLogan(著者)によって埋もれていた論文が発掘され、2011年に腸内病原菌ジャーナルで紹介されたhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3038963/。StokesとPillsburyは、胃腸のメカニズム(腸の微生物相の変化や腸管の透過性の変化など)が情緒障害と炎症性の皮膚疾患(にきび等)のオーバーラップを説明することができる理論を提案した。StokesとPillsburyは「自家中毒」という用語は使用しなかったが、その考えはかっての自家中毒の概念に近かったのである。

 我々は、腸・腸内細菌・脳の研究をメンタルヘルスのために見直すことを提案したい。自家中毒の概念は正しかったのである。今日までの誤った疑似科学的な考え方を正し、自家中毒の概念を再確立しなければならない。現在のメンタルヘルスの危機はオオバコ殻(食物繊維?)や結腸クレンジングによっては救済はされないだろう。精神疾患が増えているのは腸内細菌による自家中毒が原因であり、プロバイオテクスが必要だったからである。

第1部
Part I

 自家中毒の概念の再確立
Autointoxication revisited

ボンド・ストウと自家中毒と乳酸桿菌ブルガリクス
Bond Stow, M.D., on autointoxication and Lactobacillus bulgaricus ? Medical Record Journal of Medicine and Surgery, 1914

 その男は食生活をコントロールできていたが、腸内細菌叢はコントロールできていなかった。彼の毎日の散歩中に見られる自家中毒の症状がその証拠である。この男のケースでは、倦怠感、野心さえ削いでしまうような苦痛感、メランコリアに近い抑うつ、膨満感を伴う頻回の腹痛、突然に起こる便秘と下痢の交代・・・。彼はこの死闘に勝利せねばならず、乳酸菌のバチルス・ブルガリBacillus bulgaricus(http://en.wikipedia.org/wiki/Lactobacillus_delbrueckii_subsp._bulgaricus)によってこの闘争に勝利した暁には、バチルス・ブルガリを防衛隊員として戦場に永遠に保持しなければならないだろう・・・

 以前の医師は上のようなケースは自家中毒だと診断し、精神的な問題と腸内微生物の間のリンクをを想定していた。自家中毒の基本症状は、便秘と下痢の交代である。便秘は自家中毒の必須の症状ではない。自家中毒の症状はうつ病でも発生し、流体状や半固体の便として表現される。

 1860年代には、ドイツの医師 Hermann Senatorは、精神疾患を含む全身の疾患は、腸の自己感染であるという概念を提案した。当時の科学者たちは、分解した肉、腐敗した肉、魚、乳製品などの水性抽出物の実験を始めていた。これらの化学物質を動物の全身に循環させる動物実験では結果は致命的なものだった。1887年にフランスの医師Charles Bouchardは、自家中毒に関する講義をし、自家中毒の理論は国際的な認識を得た。Bouchardは、腸内細菌由来の有害な化学物質は精神疾患の原因となる自家中毒を起し、自家中毒の研究は新たなフロンティアであると述べた。人類は常に自家中毒の危機に瀕しており、病気の入り口に絶えず居る。生活の全てにおいて、生成された毒によって圧倒される危険が人類にはあると主張した。自家中毒の支持者らは、自家中毒は、主に胃酸(塩化水素)の生産不足、腸壁の炎症、インフルエンザのような他の病気による負荷、特に重要なこととして神経質のような興奮、これらによって可能ならしめる慢性的なプロセスであると唱えた。さらに、当時の軍医は、戦争のストレスに影響を受けた兵士に精神疾患を促進する自家中毒の症状が生じることを見出した。 

 ルイ・パスツールなどが当時に唱えていた疾患の理論は、特定の微生物が特定の病気を起すということである。糞便には有害な毒素が含まれているという概念は、古代から存在する概念であることはギリシャの歴史記録から明らかである。古代エジプト人は疾病は摂取した食品に原因があると信じて、太陰周期に沿って三日間浣腸を使用していたことをヘロドトスが報告している。

 1800年代後半では、動物においては特定の食品に由来する破壊的な化学物質は致命的となり得るとされていた。1898年、ラッシュ医科大学の医師 Daniel R. Browerが自家中毒とうつ病の最初の原著論文をアメリカ医学学会誌(JAMA)に公開した。Browerは、胃酸の欠如が腸内の微生物の増殖と毒性の生産を促進する役割を果たす可能性があること示唆した。インドール、スカトールなどの有毒物質に加えて、彼は、腸管由来の乳酸はパートIIで述べるような研究分野であることを示唆した。彼は、通常の状況下では腸管由来の毒素は簡単に肝臓や腎臓で処理されることを認識し、これらの解毒経路がうつ病では超過されているのかもしれないと関心を寄せた。Browerは、西洋諸国におけるうつ病の増加は文明の副産物だろうと強く感じ、その増加の一部のリスクは、食生活や消化管からの潜在的な毒素によって媒介されているのかもしれないと考えた。

 1905年、自家中毒の概念は精神科医や他の医師に受け入れられた。うつ病に関しては、消化管由来の自家中毒が関係しているかもしれないという考えで合意された。しかし、治療結果でしか判定できないことが問題であった。毒素の正体は曖昧なままであり、食物残渣なのか、細菌からの分泌物なのか、細菌の構造物なのかは不明であった。うつ病という複雑な疾患を説明する上でも、自家中毒は病態や原因としては曖昧なままだった。そのため自家中毒は原因ではなく結果なのだという風に考えが変わっていった。しかし、英国の外科医Arbuthnot Laneとノーベル賞を受賞した微生物学者Ilya (Elie) Metchnikoffの説明は自家中毒仮説や精神疾患を理解する上で現在でも役に立つことであろう。

 アーバスノット・レーン 
Sir Arbuthnot Lane

Arbuthnot Laneは大腸を下水システムとして単純に考えた。彼は産業革命以降の食生活の変化によって結腸停滞という現象が生じていると想定した。彼は、それを「汚水だめ cesspool」と表現し、正常な腸内細菌叢が変化し、小腸への細菌の浸食は腸管毒素の吸収を一層促進するだろうと考えた。その症状は、消化不良、腹痛、便秘と下痢の交代、倦怠感、うつ病、長引く精神的・身体的な消耗、不眠症、神経症というような胃腸や精神の症状で最も顕著になるだろうと想定した。現代では、これらの症状は、過敏性大腸症候群、慢性疲労症候群、筋痛性脳脊髄炎、線維筋痛症、不安・抑うつ障害に該当する。彼は、慢性的な毒素症では神経衰弱が必発するだろうと考えた。そして、軽度や早期の結腸うっ滞ならば、一般的な結腸切除大腸バイパスという手術で解決できるはずだと考えた。その結果、外科的治療法が推奨され、比較的些細な症状でも手術がなされるようになった。しかし、死亡率は16%を超えていた。患者は症状の悪化や痛みに悩まされ、成功したと思える場合でも回復期間は2年の範囲に留まった。
 レーンは、危険な外科手術を、精神障害の原因となる自家中毒の「病巣感染」を「治療する」ための手術だと主張し言い訳をした。侵襲的技法は彼の理論によって弁護された。顕微鏡的には感染の所見はわずかであったが、限局性の感染症(特に大腸における慢性細菌性感染症)であり、毒素が神経系を障害することで精神疾患の原因になると解釈された。
 
Arbuthnot Lane
























 慢性の低レベルの感染(口腔内感染)ではないかと疑われた人々でさえも精神障害と関連するとみなされ、栄養失調などを超えた遺伝と同様の危険因子としてみなされた。ニュージャージーの医師であるヘンリー・コットン Henry Cottonは、病巣感染が実質的に精神病、気分・行動障害の始まりだと考えた。そのため、恐ろしい事態を招いた。コットンの考えのもとに、何千もの歯が引き抜かれ、そして、彼は寛解率は80%だと主張し、何百もの結腸切除手術が彼の経営する精神病院で実施された。記録によると、1919-1922の3年間で250名の患者が結腸手術を強要され死亡率は30%にも上った。回復したのだというコットンの主張によって記録の詳細は失われた。1926年、コットンの同僚であったニューヨークの外科医のJohn W. Draperは、当時の標準的なケアより2.3倍も高い精神病の回復率があると主張した。コットンとドレイパーは、無意味な証拠しかないにも係らず、彼らの治療法を続けた。
http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Cotton_(doctor) 
http://en.wikipedia.org/wiki/John_William_Draper
(なお、ヘンリー・コットンの治療は実験で死亡させた世界歴代ワースト15にランクインしている)
(;゚Д゚)
http://brainz.org/15-worst-experimental-deaths-all-time/

恐怖の館 New Jersey State Lunatic Asylum
今は廃墟と化しているが、中で恐怖の結腸切除手術が行われていた
New Jersey State Lunatic Asylum













 一方、1922~1923年にかけて、尊敬すべき微生物学者である Nicholas Kopeloff、後に米国精神医学会の会長となる Clarence O. Cheney (1935-36年)とGeorge H. Kirby (1933-34年)は、精神医学では最初となる比較対照試験を行った。精神疾患の重度な形態である統合失調症、躁うつ病を含む60と120名の成人は、口腔外科治療群(扁桃腺切除手術+平均5本抜歯)と非外科的標準治療群に分けられた。コットンの主張に反して、2つのグループの間では長期的な回復率の違いを見つけることができなかった。Kopeloffらは、抜歯と扁桃腺切除には反対しながらも、メンタルヘルスとは全く無関係のように思える感染との関連については否定しなかった。おそらく彼らは、その点では正しかった。

 現代の研究では、微生物によって誘発される歯周病や慢性的な軽度の炎症と、心血管疾患、糖尿病、肺疾患、妊娠の有害な帰結との間に強い関連があることが示唆されている(注;例えば、IgA腎症では扁桃腺の慢性の炎症が原因と考えられ扁桃腺切除手術が行われる)。しかし、メカニズムは不明なままであるが、コットンが行った口腔外科的治療、すなわち無歯顎と義歯が全身性炎症やうつ病と関連付けられている。Kopeloffは、腸の手術に代わるものとして乳酸菌を提案した。便秘の人は多いが、便秘は腸の感染状態を悪化させるだろう。しかし、下剤の常用は危険であり、ブルガリア菌と双子の兄弟であるアシドフィルスなどの方が合理的であり、はるかに望ましいと彼は述べた。

イリヤ・メチニコフ
Elie Metchnikoff

 微生物学者 Metchnikoffは、乳酸菌の経口摂取が自家中毒に対処できることを示した。彼は高齢者の自家中毒を主に研究していたが、彼のラクトバチルス・ブルガリ菌の研究は神経疾患と生活の質に応用された。Metchnikoffは雑誌コスモポリタン(1912年)に書き込んだ。「腸内細菌叢を有害から無害なものに変換するために我々は微生物と微生物を戦わせる・・・」。
http://en.wikipedia.org/wiki/%C3%89lie_Metchnikoff 

 彼の仮説や動物実験結果に基づき特許申請がなされた。液体のLactobacillineなどである。1915年、「液体のlactobacillineによって自家中毒の兆しが徐々に消える。多かれ少なかれ数ヵ月lactobacillineの使用を継続することが推奨される」等、ハーバード大学の医師 Frederick Forchheimerによって記載された。さらに、lactobacillineを摂取する最も大きな目的は、うつ状態が容易に便秘と自家中毒につながり、自家中毒がさらに精神症状を悪化させるという悪循環を絶つことだとも記載された。

 Lactobacillineは自家中毒とその後遺症の治療のために商業的に生産された。Metchnikoffのバチルス・ブルガリ菌 Bacillus bulgaricusに焦点を当てた製品の第一次ブームである。もう一つの製品は、ベルリンとニューヨークの研究所の「インテスティ・フェルミン錠」であった。精神活力の増加と神経衰弱の治療のために販売された。多種多様な広告がなされた。Metchnikoffの偉大な発見である現在も利用可能な「インテスティ・フェルミン錠」は、物理的・精神的な健康を促進し、日常生活の中で高効率に真に科学的な援助を提供している。Metchnikoffは、広告で彼の名前を使用しないようにベルリン研究所に対して訴訟を起した。1917年には約30種のバチルス・ブルガリ菌が市販されていた。しかし、1920年代初期のLブルガリ菌の人気は減少し、L.アシドフィルス菌が商業的に選択されるようになった。イェール大学の科学者 Leo F. RettgerHarry A. Cheplinらによる出版物では、L.アシドフィルス菌は人間や動物の腸に住んでおり腸内で増殖できるが、L.ブルガリ菌は増殖できない。L.アシドフィルス菌を支持しL.ブルガリ菌は放棄されるだろうと記載された。
 
インテスティ・フェルミン錠



















精神強壮剤としてのアシドフィルス
Acidophilus as a mental tonic

 1920年代初期には、メンタルヘルスに影響を与える手段として経口の細菌製剤療法の第二次ブームが到来した。北米ではアシドフィルスミルクの様々な生産者(レダリー抗毒素研究所、ウォーカー・ゴードン研究所、チェップリン生物学研究所など)が大々的な広告を始めた。1920年代には医学雑誌で乳酸菌製剤の広告を見ることが当たり前となった。医学雑誌の中での広告は制限されていた。しかし、大衆紙の中で主張はもっと直接的だった。ニューヨークの新聞におけるウォーカー・ゴードン研究所のアシドフィルスミルクキャンペーンでは、「医師と数千人のユーザーが証言するように、結果は驚くほどものではありません。精神的・身体的なうつが消えただけでなく、バイタリティも増加した」と広告された。一方、競争相手のレダリー抗毒素研究所も、「レダリー・アシドフィルス・ミルクの有効性に疑問はありません。あなたのエネルギーを最大限に復元します」と新聞で広告を出した。さらに、アシドフィルス療法を支持する様々な科学者の社説が新聞に掲載された。「 アシドフィルス・ミルクは老化を防ぐ」等、科学的証拠を伴わない市場主導型の広告が1930年代初頭まで続いた。

ウォーカー・ゴードン研究所












腸・脳・微生物の接続への科学の始まり
Scientific beginnings of the gut-brain-microbial connection

 1906年に、病理学者David Orr Richard Rowsは、急性胃腸炎を含む消化管由来の微生物はリンパ管へアクセスし、交感神経の機能に影響を与えるという考えを検証し始めた。神経の損傷(脊髄癆など)に焦点を当てていたが、精神障害も腸が起源であると考えて腸内微生物を調査することを開始した。同じ頃、1904年に、Alice Johnson Edwin Goodallは、精神疾患を持つ成人が結腸の細菌に対して著明に血液が反応することを報告した。具体的には、急性のうつ病や躁病の82名の血液は、腸由来の大腸菌Escherichia coli(E. coli)に晒された時、50%が血清の凝集を示した。対照の凝集反応は15%であった。この知見は、精神疾患の患者は消化管由来の微生物(微生物の構造の一部分)に対して腸粘膜の透過性が異なるということを示唆していた。ワシントン州立大学の研究者らは、経口投与された熱で殺菌した大腸菌は、ウサギでは生じないが、人に対して全身凝集反応を起こすことを報告した。

 1906年、ニューヨークの医師 Fenton Turckは心理的ストレスによって腸の透過性が高まるかを動物実験した。動物実験にて、腸の透過性は、疲労、栄養障害、腸への血液供給の低下によって誘発された。30分間綿実油で揚げ、トランス脂肪酸を増やした高脂肪のパンも腸の透過亢進を引き起こした。高脂肪食を与えると、組織への細菌転移が増加した。肉エキス(大腸菌を多く含む)を餌に含ませた場合も著明に腸の透過性が亢進した。一方、J. George Adami(Arbuthnot Laneの結腸切除の忠実な評論家)は、いわゆる自家中毒を持つ患者の多くは、免疫応答が低下していると論じた。この全身の腸内細菌に対する免疫応答仮説は現在ではうつ病にリンクしている。

 Fenton Turckも大腸はエンドトキシン(菌が産生する毒素)のリザーバーになると確信しており、大腸菌が疾患状態を促進し、特定の疾患では腸の透過性の閾値の低下があると考えた。1913年にパスツール研究所のArcangelo Distaso(Metchnikoffの同僚)は、下痢や便秘を伴う神経障害は、グラム陰性細菌のエンドトキシンが役割を果たしていると述べた。1913年、英国医師Frederick Andrewesは、「細菌は常に消化管で溶解されるためエンドトキシンの有害な影響に異議を唱えることはできない」と述べた。しかし、病原性の細菌ばかり注目されていたため、非病原性の腸内細菌叢によって産生されるエンドトキシンの役割は研究されてはいなかった。2001年にReichenbergが、低いレベルではあるが、全身のリポ多糖エンドトキシン(LPS)が精神や認知機能に有害な効果を及ぼすことを明らかにしたが、それまでは非病原性細菌は無視されていた。現在、共生細菌によるLPSの生産が腸の透過性に影響を及ぼすことが分かり、健康を維持する上で重要な鍵となることが分かってきている。

 1922年、ボストンの医師Issac Jankelsonは「慢性発酵性腸消化不良」という現代では小腸細菌異常増殖と認識されている概念を唱えた。回腸における炭水化物の異常な発酵による慢性の下痢、膨満感、抑うつ症状、疲労感や不安によって特徴付けられた。彼は腸神経衰弱「enteros-thenia」として症状を説明し、多くの場合、クロストリジウムclostridium菌種の異常増殖に関連付けられるとした。1920年代後半、ロヨラ大学のLloyd Arnoldは、小腸細菌の異常増殖や腸の透過性亢進は、環境(例えば熱)、ストレス病原性細菌栄養不足著しく偏った食事(例えば、非常な高タンパク食)によって増強されると述べた。彼は、腸管の病原体が胃チューブを介して胃に導入され、餌の種類が死亡率に影響を及ぼすことを動物実験で証明し、食事内容が腸の病原体によって誘発される症状や死亡率に影響を与えることを報告した。特に、サルモネラ腸炎茵Salmonella enteritidesに暴露された動物では死亡率が高かった。標準餌をバナナ粉末にスイッチしたところ1ヶ月後には死亡率が96%から6%まで減少した。1937年、エール大学の微生物学者は、バナナ、リンゴ、レーズン粉が大幅に動物の腸内の乳酸微生物を高めることができることを報告した。Arnoldは、人間の生存に影響を及ぼす可能性がある腸管微生物叢の食事による影響を考えるた最初の医師の一人である。

 1926年、微生物学者Issac Kendallは、炭水化物のための腸の不寛容(便秘と下痢の交代、 神経症の症状)を持つ者で、腸内細菌叢の変化と乳酸菌が減少しているケースを報告した。彼は、ガス産生菌は上部へと腸を移行していき、小腸細菌異常増殖を起すという説を発表した。さらに、胃酸が腸内細菌叢に影響を与え、腸内細菌異常増殖と精神障害に影響を与える可能性があると考えた。1935年、胃腸科医のTheodore Althausenは炭水化物不耐症(便秘と下痢の交代、不安)の患者の2/3が低胃酸であることを報告した。KendallとAlthausenは、アシドフィルスミルクによる臨床的成功を報告した。医師W.M. Ford Robertsonは、様々な精神疾患の114例の54%は、胃酸が低塩酸症の状態にあると報告した。 Robertsonは、低塩酸による胃酸の殺菌効果の損失が神経衰弱やサブスレッショルド症状に影響を与えたかもしれないと結論付けた。1912年、ロンドンのGuy’s Hospitalの医師Francis Brookは、132人の神経衰弱患者の糞便細菌叢を検討し始めた。培養によって大腸菌群と球菌群の健常群との違いを報告した。その後、イーストサセックス州の精神病院の医師Geoffrey Sheraは、新たに入院した53名の患者の80%が糞のL. アシドフィルスが有意に低く、連鎖球菌Streptococcusが高かったことを報告した。

 繊維が豊富な穀物、タンパク質が豊富な卵、肉、牛乳(腸内細菌叢に影響を与える可能性)など、研究者が食事の内容を検討し始めた腸の中毒症の時代でもあった。例えば、1910年、Herter and Kendallは、タンパク質が多い食事はタンパク質分解細菌を増加させ、乳酸菌やビフィズス菌を減少させることを初めて示した。牛乳を含む炭水化物食にした時は逆になった。興味深いことに、腸内細菌叢の変化に伴い行動も変化した。特に猿は環境刺激に無関心となり、倦怠感、認知的困難を示すことが報告された。

 無菌状態で育ったものは、さらに異なっていた。1912年、パスツール研究所のMichel Cohendyは、無菌鶏が様々な環境ストレス(例えば飢え、渇き、寒さ、気候ストレス)に非常に抵抗力があることが報告された。残念なことに、2004年ヤクルトの資金でなされるまでは、行動に関する脳と無菌状態とプロバイオティクスの研究は行われなかった。しかし、この時代に庭の土と植物性食品からMetchnikoffのL.ブルガリ菌などの乳酸菌の種々の株を同定したことに注目すべきである。
(この九州大学の論文は再び精神疾患におけるプロバイオティクスの時代を開いた画期的な論文となった)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1664925/ 

 1958年、Eisemanらは便微生物移植(糞便浣腸)を最初に報告した。健康なドナーからの糞を食塩水に溶かし腸炎患者4名に浣腸し健康なドナーの菌を腸に転送した。しかし、それ以前の自家中毒の時代に同じような研究をした人物がいた。ニューヨークの医師であるN.Philip Normanは、健常な乳幼児の糞便から乳酸菌と非病原性微生物を分離し、ラクトースの液に混ぜてチューブを介して成人の盲腸に細菌を注入した。彼は経口からの乳酸菌のみ投与では不十分だと考え、多くの慢性的な疾患の治療をするためには非病原性菌の腸への移入を介して腸の微生物叢を修正することが必要だと考えた。慢性毒素への防御の反応が細胞機能障害を生じさせている究極の原因だろうと考えて、腸内細菌叢の障害による全身に影響する『保護変性protective degeneration』を理論化したのである。彼は1920年に、「精神的ストレスが触媒となる。 精神的ストレスが代謝や内分泌の調和を乱す」という神経学の革新的な概念を提唱したが理解はされなかった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Fecal_bacteriotherapy 

 ニューヨークの別の医師ら、同じような手法で結腸潅流チューブを使用し、L.アシドフィルス菌を培養し注入したところアジュバントとして関節炎のケアに成功したと報告た。一方、胃腸病学のニューヨークの医師であるAnthony Basslerは、患者などから得た非病原共生細菌の直腸注入に成功したと主張した。Basslerは、将来は、多くの疾患が腸管からの慢性中毒の状態に直接または間接的に起因するものと理解されるであろうと考えた。彼は特に、経口からの特定の乳酸菌の摂取には価値を見出さなかった。彼は腸の毒血症が正しく研究されていないと感じた 。彼は 『1つの生物の使用だけで結論を急いでいる。そのような出鱈目な薬は商業主義であり、医療としては労働者の注目を得るが、労働者が健康になることを妨げるだろう。このずさんな治療は素人が作った広告が原因である』。Basslerは、非病原性の大腸菌を自家中毒の病原菌とはみなさなかった。むしろ、直腸浣腸によって有効な現実的な形として使用すれば、腸の細菌叢をリセットし臨床的な価値を提供するはずだと報告した。

 腸内毒素血症により接続された神経障害の治療において、魅力的な介入の1つは結腸ワクチンであった。結腸ワクチンはニューヨークの医師であるGeorge R. Satterleeによって開発され、彼はJAMAで報告した。彼のテクニックは、糞便から大腸菌群を分離し、皮下にワクチン(1000~2500万の熱死菌)を摂取することであった。1週間に1回の頻度で3ヶ月間で3億もの細菌を摂取したら殆どすべての場合に顕著な改善を認めたと主張した。摂取後24~72時間の間は症状の悪化と局所刺激が生じるが、その後ベースラインの症状が著明に改善すると報告した。うつ病や不安状態の500名以上のケースから、Satterleeは、胃腸系の障害が神経症状の原因であると結論づけた。Satterleeによると、結腸ワクチンは全ての精神症状を改善した。しかし、Satterleeのワクチンの技術が多数の医者によって採用されることはなかった。胃腸病学者のBasslerは、Satterleeのワクチンの技術を採用した少数派の1人だった。彼は熱で殺菌された糞便の大腸菌を皮下摂取し、直腸に生きている共生細菌を滴下注入した。慢性の疲労と神経症の場合特に有益であると述べた。しかし、当時の主要な病理学者だった Philip N. Pantonによって、結腸ワクチンはプラセーボであり、皮下注射は無益であり効果はないと否定された。

 Metchnikoffの仮説が見直された。1945年、デンマークの研究者のグループは、「老衰と腸内細菌叢」と題する報告を英文でした。研究では、70歳以上の63名の高齢者の糞便が詳細に分析された。若い健康な対照群では、便1gあたりに10の8乗個以上のビフィズス菌が全員で検出されたが、高齢者では、便1gあたりに10の8乗個以上のビフィズス菌はわずか44%にしか検出されなかった。最も印象的なことは、認知症を持つ高齢者ではビフィズス菌が激減しており、便1gあたりに10の8乗個以上のビフィズス菌はわずか9%にしか検出されなかったことである。さらに、認知症患者の便ではクロストリジウム菌種clostridia speciesが最高レベルであることが判明した。しかし、このレポートは国際的な注目は受けずフォローアップはされなかった。この時代では、結局、自家中毒や腸内細菌叢と脳との接続はナンセンスな概念だと却下された。

(次回に続く)


 物事を理解するにはその歴史を知っておくことが重要であり、今回の論文は、プロバイオティクスと精神疾患の関わりを理解する上で役に立つことであろう。

 この数年の間で、消化管の機能や腸内細菌叢を整えておくことが精神の安定(精神疾患の予防や治療の補完)につながるという理論を唱えている医師や学者らの論文をよく目にするようになったのではあるが(自閉症スペクトラム障害、うつ病、不安障害との関連などにおいて)、はたして、それは事実のなのであろうか。

 現在、プロバイオティクスだと称する様々な製品(ヨーグルトなど)がコンビニやスーパーで販売されており、国民の間のプロバイオティクス製品の消費量は以前よりも確実に増加しているはずである。しかし、もし、この理論が正しければ精神疾患は減っていかなければならないのではあるが、減るどころが逆に精神疾患は増えているのであった。
(プロバイオティクスについて)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%B9

 私には、今のところはプロバイオティクス製品は国民のメンタルヘルスには貢献できていないようにも思える。なぜなのであろうか。

 もし、腸内細菌が人間の精神に影響を与えるという、この理論が正しければ、国民のメンタルヘルスが向上し精神疾患は激減していくはずである。しかし、実際はそのようにはなっていない。これは、本当に効果を発揮してくれる製品はまだ市場では発売されていないことを意味するのであろうか。人間の精神に良い影響を与えるとされる菌を摂取した後に、腸内にまで菌が確実に届き、さらに、腸内に確実に定着し増殖するという、真の意味でのプロバイオティクス製品はまだ開発されてはいないのかもしれない。

 我々はプロバイオティクス製品を生産しているメーカーに騙されているのであろうか。あるいは、プロバイオティクスの消費量自体がまだまだ足らないのであろうか。あるいは、精神疾患で苦しんでいる方々に限ってプロバイオティクス製品を消費していないのだろうか。はたまた、食事内容などが影響して(肉食など)、摂取したプロバイオティクス菌が腸内で上手に飼育できていないのであろうか。

 プロバイオティクスのテレビCMが連日のように流されてはいるが、プロバイオティクス製品を摂取した結果、その後どうなったのかはいっさい報じられてはいないのである。それは、プロバイオティクス製品に限らず、化粧品などの他の製品でも同様である。TVでバンバン宣伝しているドモホルン・リンクルは本当に効果があるのであろうか。化粧品では、今回、カネボウの美白化粧水で白斑という多くの被害者を出した。消費者は過剰な広告に騙され被害を被ってしまったのである。広告通りに高価な化粧品によって肌が本当に綺麗になった女性はどの位いるのだろうか。はたして、プロバイオティクス製品ではどうなのであろうか。健康になると信じてプロバイオティクス製品を取り続けたが一向に健康にならないのでは、騙されているのと同じにも思えるのであった。
 
 もし、摂取した菌を腸にうまく定着させるためには、摂取した菌の餌が必要であるならば、その餌も同時に摂取しなければ、摂取した菌が死滅して定着しないことになる。乳酸菌やビフィズス菌はオリゴ糖(東大の研究によればミルクオリゴ糖が一番いいのかもしれない)を栄養として増殖すると言われており、オリゴ糖も摂取していないと乳酸菌やビフィズス菌はいっこうに定着・増殖しないため、プロバイオティクスの効果は発揮されないことになる。
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2013/20130507-3.html

 市場では膨大な種類のプロバイオティクス製品が発売されているが、(宣伝するつもりは一切ないのだが)私の場合は、胃酸で死滅しないように確実に腸に届くような特殊なコーティングが施され、かつ、餌になるオリゴ糖も同時に摂取するようになっている「ビフィーナ(ビフィズス菌としてはB. longum JBL01株を使用)」を数年前くらいから愛用している。腸内でうまく飼育できたとしても、ビフィズス菌属は同属の菌をやっつけてしまう物質を産生するようなので、同時に何種類ものビフィズス菌は飼育できないようである。ビフィズス菌を飼育できたとしても1~2種類くらいであろうか。私の場合は、とりあえず、ビフィズス菌ロンガム株を腸内で飼育して育てている。飼育している目的は、エビデンスはまだ一切ないのだが、認知症の予防になるだろうと勝手に想定しての自らへの人体実験としての使用である(認知症予防の良い実験材料になるのは、最近、記憶力が格段に落ちた自分自身が最適なように思えます^^;)。ビフィーナを愛用し出してからは、おならが臭くなくなり、おなら自体が減り、便通は確かに良くなった。しかし、認知症を予防してくれるかは全く分からない。20年後くらいには人体実験の結果は出るのではあろうが。値段が高いのが難点ではあるが、ヨーグルトのような余分な乳脂肪成分を摂取せずに済むので私はビフィーナを気に入っている。なお、ビフィーナはネットで製造元(森下仁丹)へ直接注文ができる。なお、他社からも同じような製剤が出ているが、値段は安いが胃酸から菌を守るような特殊コーティング技術は施されてはいないようである。