レジリアンス 自由への翼















 レジリアンスレジリエンスとも言い、精神的な回復力、ストレスへの抵抗力、トラウマからの復元力、耐久力自然治癒力などを意味する)は、ここ数年、精神科領域で注目を集めてきている概念である。なぜならば、レジリアンス能力を高めていくことが、精神疾患からの回復を促進し、精神疾患の発症をも予防する鍵となるからである。精神科医や、精神疾患で苦しんでいる方々や、その家族においては、レジリアンスについて十分に理解をしておくことが重要である言えよう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9_(%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6

 特に、幼少時期のトラウマ(いじめ、虐待、親の死亡、離婚、両親の不仲、災害、交通事故、貧困、など)に苦しんでいるケースや、PTSDで苦しんでいるケース、うつ病や(社会)不安障害で苦しんでいるケースでは、薬物療法よりもレジリアンスを高めていくことの方が効果的である場合があろう。レジリアンスについてよく理解しておくことが、トラウマや精神疾患疾患からの回復を促し、克服していく上で必ず役に立つはずである。
 
 今回は、このレジリアンスに関するレビューがあったので、その論文を紹介したい。

 今回の論文で特に重要な個所は、レジリアンス能力を高めてくれる心理に関する章や、育児に関する章だと思われるが、それらの章に関しては次回以降を参照して頂きたい。(なお、理解し易いように、章の順番を一部変更しております。元の順番は原著を参照して下さい)。


レジリアンスの理解
「Understanding resilience」

要旨
Abstract

 レジリアンスは、ストレスや逆境に直面した時に首尾よく適応する能力である。ストレスの多い生活上の出来事、トラウマ、逆境などは、脳の機能や構造に大きな影響を与え、心的外傷後ストレス障害(PTSD)うつ病などの精神疾患の発症に結びつく。しかし、殆どの個人においては、ストレスの強い出来事を経験した後にそのような精神疾患を発症することはないため、回復力(抵抗力)がある(resilient)と考えられている。首尾よく適応するための回復力は、環境の変化への効果的な反応や、ストレスの影響に対する究極的な抵抗力に依存している。それ故、そのような回復を促進する因子を理解することが重要である。このレビューでは、レジリアンスを発展させる上で必要不可欠だと思われるような、遺伝子的な要因、エピジェネティックな要因、発達上の要因、心理社会的な因子、神経化学的な因子に関する最近の知見について述べた。さらに、レジリアンスにつながるような神経回路や神経経路についても述べた。レジリアンスに関する因子への理解が深まることは、レジリアンスを強化し、不幸な結果を回避するための、新しい薬理学的・心理学的な介入の発展に結びつくことであろう。

はじめに
Introduction

 レジリアンスは、心理機能や身体機能を正常に維持しながら、過大なストレスや逆境を克服する適応能力とダイナミックなプロセスである。人は誰でも、ストレスの強い出来事を経験し、多くの者は生活している間にトラウマに晒されていると言える。それ故、どのようにすれば回復力を発達させ増強していくことができるかを理解することは、コーピングcopingメカニズムを促進するためだけでなく、うつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)のような精神疾患における不適切なコーピングやストレス反応を減らすためにも重要なことである(注; コーピングとは、対処方法克服方法、のことである。何に焦点を当てて対処するかによって、タスク指向コーピングtask-oriented coping、感情指向コーピングemotion-oriented coping、回避指向コーピングavoidance-oriented copingの3つに区分される。最も適切なコーピングはタスク指向コーピングである)。
http://en.wikipedia.org/wiki/Coping_(psychology)
http://e-book.lib.sjtu.edu.cn/iupsys/Proc/stock1/spv1ch12.html
coping-1













 レジリアンスについての研究や理解は、まだ初期の段階であるに過ぎないが、最近の研究では、ストレスやトラウマに直面した際の、精神疾患につながるような脆弱性や感受性を予測するような因子と、逆に、回復力を増強したり進展させるような、遺伝子的、エピジェネティック、発達学的、心理学的、神経化学的な要因を包含するメカニズムが同定されている。このレビューでは、ストレスやトラウマに対するレジリアンスへの理解を深めるために、レジリアンスを増強するような薬理学的、心理学的な介入の発展に関する近年の知見について述べた。

レジリアンスに関する遺伝子的因子
Genetic factors in resilience

 遺伝子的要因は、外傷やストレスへの強い反応に大きく関与している。NPY、HPA軸、ノルアドレナリンやドーパミンやセロトニン作動性システム、BDNFに関連した人の遺伝子やその多型性は、レジリアンスの表現型にリンクされている(表1。↓)。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3573269/table/T1/

ニューロペプチドY(NPY)
Neuropeptide Y 

 NPYは、抗不安作用を示し、ストレスへの防御的な反応を促進する神経ペプチドである(http://en.wikipedia.org/wiki/Neuropeptide_Y。36個のアミノ酸からなるペプチドであり、受容体はY1~Y7まで存在する)。NPY遺伝子に変異があるとストレスへの感受性が変化することが示されている。最近の研究にて、NPYのハプロタイプに関する以下のことが示されている。すなわち、3つのSNPsで表されるハプロタイプ型は、小児時代における逆境に対する不安障害の感受性の増加と相関しており、NPY遺伝子の変異に関連したNPYの発現の変化によって行動への効果が媒介され、結果的にHPA軸の応答性を鈍化させ、フィードバックがかかりにくくなり得ることを示唆している。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22328461

 他の研究にても、NPYリリースは実質的にNPY遺伝子の変異によって仲介されており、特にプロモーター領域における変異や、ハプロタイプによるNPY発現の低さは、ストレスへの反応に対して脆弱化していることが示されている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3687554/
NPY








HPA軸(視床下部 ー下垂体 ー 副腎・軸)
HPA axis (hypothalamic-pituitary-adrenal axis)

 HPA軸の機能を制御している遺伝子の変化は、レジリアンスを形成していく上で重要な役割を果たしている。2つの鍵となるようなHPA軸遺伝子の多型、すなわち、CRHR1 [コルチコトロピン放出ホルモン(CRH)受容体1遺伝子]と、FKBP5遺伝子(FK506結合タンパク質5遺伝子)がHPA軸の機能を調節しており、成人期における精神疾患の予測因子となる人生早期の生活上のストレスと相互作用をしていることが見出されている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2852579/

 ある研究では、2つの独立した集団において、CRHR1遺伝子のSNPが児童虐待の歴史を持つ成人の抑うつ症状の発症リスクに影響を与えているという、遺伝子と環境との間に強い相互作用があることが確認されている(→CRHR1遺伝子のSNPが発症のリスクを緩和するらしい。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2443704/

 FKBP5遺伝子は、グルココルチコイド受容体(GR)の活性を調節し、グルココルチコイドシグナル伝達に関与しているが、FKBP5遺伝子のSNPは児童期での虐待と相互作用しており、成人期におけるPTSDの症状の重症度を予測する因子となることが見出された。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2441757/

 さらに、FKBP5遺伝子の変異と人生早期のトラウマとの間に相互作用が存在し、その後の人生におけるうつ病の発症を強く予測する因子であることが示された(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21865530/)。
FKBP5






















ノルアドレナリンとドーパミン作動性システム
Noradrenergic and dopaminergic systems

 ノルアドレナリンやドーパミン作動性システム遺伝子の多型性は、うつ病やPTSDへの脆弱性と関連している。カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ Catechol-O-Methyltransferase(COMT)は、ノルエピネフリン、エピネフリンとドーパミンを含むカテコールアミンを代謝する酵素である。COMT Val158Met多型(158番目のアミノ酸がバリン→メチオニンに変異する)は、ストレス反応や感情面でのレジリアンスの障害にリンクしておりCOMT Val158Metの多型性がPTSDになっていくリスクに影響を及ぼしていることが判明した(HPA軸だけでなく、青班核ーノルアドレナリンシステムや辺縁系と前頭葉皮質をつなぐ神経回路もPTSDの発症に関与している。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3136568/

 Kolassaらが行った重要な研究がある。Kolassaらは、一生涯における心的外傷となりうるような出来事の多さが、PTSDの発症率の高さに結びつくことは予想通りのことであったが、この事象には、典型的な遺伝子と環境との相互作用も関与しており、遺伝子の多型性によって修飾されていることを見出した。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19944409/

 Val158Metと比べて、Met/Metのホモ接合体の個人ではCOMTの活性が低くなり、ノルエピネフリンとドーパミンのレベルが高くなり、その結果、PTSDのリスクも高くなることが見出された。Met対立遺伝子を持つ子供たちはストレスに対するコルチゾール反応が高かった。一方、ストレスの強い出来事を多く経験している子供程コルチゾールの増加は小さい傾向があり、レジリアンス能力がより高くなっていることが示唆された(ストレス体験の積み重ねが逆にレジリアンス能力を獲得していったということであろうか)。この研究は、ストレス反応の効果は、遺伝子的因子と環境因子の間では効果が異なることを示した研究である。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22152146/

 DRD2、DRD4ドーパミン受容体遺伝子やドーパミントランスポーター遺伝子DAT1の多型が、ストレス応答性、感情処理、PTSDやうつ病への感受性に関与していることも示されている。

COMT Val(108・158)Met polymorphism




















セロトニン作動系
Serotonergic system

 セロトニントランスポーター遺伝子(5-HTTLPR)であるSLC6A4の多型セロトニン受容体遺伝子の多型を調べた研究では、遺伝子と環境の相互作用がレジリアンスへの影響を与えていることを示すような、いくつかの知見が見出されている。ヒトにおける54個の研究をメタアナリシスで解析した結果、ストレスへの曝露とセロトニントランスポーター遺伝子のプロモーター領域の多型との間には相互作用があることが確認され、ストレス感受性とうつ病のリスクに強く関連していることが分かった。さらに、短い対立遺伝子(S対立遺伝子)を持つ場合は、転写効率が悪く、ストレスへの感受性の亢進と、ストレスに曝露された際のうつ病を発症するリスクの増加にリンクされることが見出された(S対立遺伝子の場合は、トランスポーターの機能が低下し、情動刺激に対する扁桃体やHPA軸の反応が強くなる。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3740203/

 S対立遺伝子とうつ病の発症リスクとの間の強い関連性は、特に、小児期に虐待を受けたの既往を有するグループで見出された。2つの独立した集団での所見では、5-HTTLPRのS対立遺伝子が、小児期や成人期の心的外傷経験と、PTSDの発症のリスクの増加と相互作用をしていることが見出された。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2867334/

 また、セロトニン受容体遺伝子HTR1A、HTR3A、HTR2Cの多型も、ストレスの強い生活環境や他の遺伝子の多型と相互作用することが示されており(例えば、Val66Met BDNF)、これらの多型は、うつ病、HPA軸の活性化、ストレスへの感情面での反応、といった事象への感受性を予測する因子となり得る。
5-HTTLPR and depression




















 




脳由来神経栄養因子(BDNF)
Brain-derived neurotrophic factor

 ストレス反応やリジリアンスにおけるBDNF遺伝子のVal66Met多型(66番目のアミノ酸がバリン→メチオニンに変異する)の役割はまだ明らかになっていない。7つの研究をメタアナリシスした結果は、Val66Met多型と不安障害との間の有意な関連性は示されなかった。さらに、PTSDの症例と対照とを比較した2つの研究では、Val66Met多型とPTSDとの間の有意な関連性は見出せなかった。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3690922/

 しかし、ある研究では、Val66Met多型と人生早期のストレスは相互作用をしており、うつ症状(特に、Metのキャリアでより高くなる)や不安症状(Val/Val多型ではより高くなる)を呈する予測因子となり得ることが示された。この所見は、双方の対立遺伝子が人生早期の生活上のストレスの暴露と相互作用し、リスク発生のメカニズムに寄与することを示唆している。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19153574/
 
BDNF Val66Met




























 遺伝子学の分野では、レジリアンスに複雑な影響を与えている遺伝子の影響を解明する目的で、大規模なゲノムワイド研究に急速に移行しており、遺伝子の多型性、遺伝子・遺伝子の相互作用、遺伝子・環境の相互作用などが現在同定されてきている。レジリアンスの遺伝的基盤が明らかなっていけば、低いレジリアンスを克服するための遺伝子治療や薬物療法が開発され得ることであろう。
 
レジリアンスの神経化学的因子
Neurochemical factors in resilience

 レジリアンスに関与する多くの神経化学物質が見出されている。これらの神経化学物質は、相互に作用しながら互いにバランスを取り、ストレスに対する急性および長期的な適応に関する調節効果を生み出している。

ニューロペプチドY
NPY

 NPYは広く脳内に分布している。NPYは、視床下部、海馬、扁桃体、青斑核などストレスや不安を調節している脳の領域に存在し、CRHの不安惹起作用に対抗する作用を有している。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15337374/

 動物モデルも含めた多くの研究にて、NPYはレジリアンスを高め、ストレスや不安への脆弱性に対して有益であることが確認されている。PTSD様行動を示す動物では、扁桃体や海馬などの領域でNPYは大きくダウンレギュレーションしており、NPYを投与することによって捕食者-嗅覚ストレスによって惹起される負の行動効果を逆転させた。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3242318/

 人の研究では、過酷な軍事訓練による過大なストレス下では、血漿中のNPYレベルが著しく増加し、高いNPYレベルは行動パフォーマンスの良化とストレス反応の良化と関連していた。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12114005/

 さらに、PTSDを発症した退役軍人と比べて、PTSDを発症しなかった退役軍人では高い血漿中のNPYレベルを有していた。PTSDがない健常対照者と比較して、戦闘関連のPTSDを持つ男性ではCSF中のNPYレベルが低いことが見出された。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19576571/

 従って、ストレスの有害な影響に対しては、NPYのレベルとレジリアンスの間には相関関係があり、NPYは不安を効果的に軽減し、逆境やストレスへのレジリアンスを高める目的での薬物療法のターゲットとなリ得ることを示唆している。現在、鼻腔内投与のような新しいデリバリー経路を用いたNPY投与の研究が実施されている(注; 鼻腔内投与では、鼻粘膜から吸収された物質が、三叉神経の神経に沿って直接中枢神経系に到達できる可能性があり、BBBを迂回することになり、BBBを通過できない物質も脳内へ到達することができる)。
(鼻腔内へのNPYの投与がPTSDの治療となる可能性がある。↓) 
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23376740
(鼻腔内投与という新しいデリバリーシステム↓)
HPA軸
HPA axis

 ストレスに曝露されると、CRHが視床下部から放出され、下垂体に作用し、次に下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が放出され、ACTHは副腎皮質を刺激し、コルチゾールデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)が放出される。コルチゾールは視床下部にネガティブ・フィードバックをかけるが、その結果、CRHやACTHの産生が抑制されることになる。一方、DHEAは、コルチゾールの効果を抑制したり遮断することによって抗グルココルチコイド作用を発揮する。この複雑なフィードバックループによる相互作用のセットがHPA軸を構成しており、HPA軸はストレスに対する反応の際の行動を調節する神経内分泌因子の鍵となり得る(注; なお、DHEAはNMDA受容体やGABA受容体にも作用したり、アポトーシスを低下させる作用もある)。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3580862/
DHEA












 コルチゾールのレベルは、ストレス関連性精神疾患のリスクやレジリアンスとリンクしており、うつ病では髙いコルチゾールレベルと関連しており、低いコルチゾールレベルは、トラウマを受けた後にPTSDへと発展していくかどうかを予測できる因子となり得る。DHEAやDHEA硫酸塩(DHEA-S)は、ストレスへの応答や精神疾患に関与しており、低いDHEA(S)はうつ病と関連し、DHEA(S)の上昇はPTSDに関連している。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2725024/

 PTSDでのDHEAの上昇は、ストレスに対抗しようとしている所見かもしれない。コルチゾールとDHEA(S)は同期して放出され、それらの相反する物質は並行して機能するため、二元的なホメオスタシスを形成し、DHEA(S)/cortisolの比率は、ストレスへの脆弱性を示す重要なパラメーターになり得ることが示されている(注; DHEAは最終的に男性ホルモンであるアンドロステロンとなり、アンドロステロンは攻撃性に関連するが、社会的な成功や社会的地位の高さにも関連し、治療抵抗性うつ病への補完としても使用されている。ストレスや困難を克服し社会で成功を収めていく上で、DHEAやアンドロステロンは重要な物質であると言える)
DHEAS






 CRHとその2つの受容体、CRHR-1CRHR-2はストレス応答の際の重要なメディエーターである。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17716089

 うつ病やPTSDにおいては、CSF中のCRHレベルが増加し、CRH受容体を介するシグナル伝達の調節不全が存在する可能性があることが示唆された。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14754765

 CRHR-1とCRHR-2は脳内では分布が異なっており、CRHR-1は、主に新皮質扁桃体の基底外側部に分布し、CRHR-2は、主に、中隔核の外側部扁桃体の内側核と皮質核背側縫線核に分布している。CRHR-1による神経伝達は、不安惹起回路に重要な役割を果たしており、ストレスへの応答の際の不安に関与している(注; ストレスへの反応の際にはCRHR-1はCRHR-2よりも速く作用するため、CRHR-1を制御する必要がある)。そこで、臨床試験などにて、気分や不安障害における異常なCRHレベルをターゲットとしてCRHR1の拮抗作用を検討したところ有望な結果が得られた。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21395482

 CRHR-2は、CRHR-1のシグナル伝達の効果を調節し、状況に応じて、抗不安作用や、それとは逆の不安惹起作用のいずれかを示す
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3666571/

CRHR1-2














ノルアドレナリンとドーパミン作動性システム
Noradrenergic and dopaminergic systems

 ノルアドレナリン作動性システムはストレスに反応して活性化されるが、その結果、青斑核(LC)のノルエピネフリンの放出が増加する。青斑核は主として扁桃体Amy海馬HP視床下部前頭前皮質PFCなどのストレス反応や情動行動を調整している多くの部位に投射繊維を送っており、LC-NEシステムを構成している(ノルエピネフリンは恐怖回路fear circuitryに関与している)。急性ストレス下でのLC-NEシステムの活性化は、扁桃体から開始されるネガティブな感情記憶の生成と情報伝達を誘導するが、このプロセスはノルエピネフリンの活性を遮断することによって阻害することができる。LC-NEシステムの過剰反応性は慢性的な不安と恐怖に繋がる。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2833107/

 人での画像研究では、ノルエピネフリンのシグナル伝達に対する抑制低下は、恐怖刺激に対する扁桃体の基底外側部の反応を高めることになり、PTSDの病因に寄与する可能性がある。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2686227/

 ノルエピネフリントランスポーター(NET)とノルエピネフリン受容体(α-、β-アドレナリン受容体)は、ストレス関連精神疾患やレジリアンスの生物学的なメディエーターとして関与している(→PTSD、社会不安障害、パニック障害に対してβブロッカーが効果を示すことがある)。




















 一方、ストレスを受けた際には、前頭前皮質(PFC)におけるドーパミンの放出が増加し、報酬回路reward circuitryに関連している側坐核NAcが抑制される。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14754765/

 うつ病におけるドーパミンの循環レベルの低下や、PTSDにおける尿中や血漿中のドーパミン濃度の増加が示されている。ヒトの最近の画像研究では、線条体のドーパミントランスポーター(DAT)密度はPTSDの患者では高くなっており、この所見はストレス刺激に伴う恐怖反応が増強し、ドーパミンの代謝回転が高まっていることを示唆している。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22700036/

 ドーパミンD1、D2受容体は、お互いが直接結合することでヘテロダイマーを形成することができるが、うつ病患者の死後脳の線条体ではこのD1・D2のヘテロダイマーが著しく上昇していた。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21113156/

 D1・D2受容体のカップリングを阻害するような薬剤は、新しい抗うつ薬となり得るであろう。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22205193/
 
(注; なお、この章ではドーパミン系がレジリアンスを高める上でどのように関連しているのかは全く述べられてはいないのだが、ドーパミンは他の章で解説されている報酬系回路に強く関与しており、報酬系を頑強にすることでレジリアンスが高まることが分かっている)。
報酬回路
















 

セロトニン作動系
Serotonergic system

 気分や不安との関連で最も研究されている神経伝達物質の1つがセロトニンである。急性ストレス状態では、扁桃体、視床下部、PFC、側坐核などの複数の脳の領域のセロトニン代謝回転の増加につながる。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2833107/

 セロトニンは、セロトニン5-HT・1~7受容体を介して、ストレス反応や感情行動の調節に影響を与えている。5-HT1A受容体は、抗不安として作用し、不安障害の病因に重要な役割を果たしている。動物実験では、5-HT1Aをノックアウトされた場合に不安様行動を示した。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19423077/
 
 人の画像研究では、不安障害では、扁桃体、前帯状皮質、縫線核における5-HT1Aの結合能や機能の低下を認めた。一方、5-HT2A受容体は、不安惹起に作用すると考えられており、5-HT2Aアンタゴニストは、人生早期のストレスに晒された影響で生じるような不安行動やストレス反応の調節障害を防ぐことができると考えられている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3210326/

 他のセロトニン受容体(例えば、5-HT1Bや5-HT2C)は、ストレスに対する適応的な応答に関連している。例えば、5-HT1B受容体を縫線核の背側尾部に過剰発現させると、動物のストレスモデルにおける条件付けされた恐怖や無力感が減少する。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3080128/

脳由来神経栄養因子
BDNF

 神経栄養因子であるBDNFは、扁桃体、海馬、PFC、前脳基底部を含む様々な脳の領域で発現しており、気分障害や不安障害に関連している。BDNFは、神経細胞の増殖、分化、成長をサポートしており、成人では神経細胞の生存や機能を促進する。海馬におけるBDNFのダウンレギュレーションが、様々なストレスに曝露された動物の脳や自殺したうつ病患者の死後脳において示されている。海馬におけるBDNFの発現は、慢性的なストレスに対するレジリアンスに関与している。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21430148/
hippocampal BDNF


















 
 BDNFは、2つの受容体、TrkB、p75を介して作用する。BDNF-TrkBの経路は人や動物のPTSDに関連しており、動物では恐怖の条件付け(fear conditioning)消去(extinction)抑制の学習(inhibitory learning)に関連している。
http://en.wikipedia.org/wiki/Extinction_(psychology)
http://learnmem.cshlp.org/content/11/5/495.full

 中枢神経系へのBDNFの投与は抗うつ効果を発揮し、海馬の神経新生を増強する。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2655199/

 動物や人の研究からは、抗うつ薬の投与によって海馬やPFCにおけるBDNFとTrkBの発現が増加するが、この所見は、BDNF-TrkBのシグナル伝達が抗うつ薬の効果に関与していることを示唆する所見である。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22054117/

fear conditioning in hippocampus














 一方、BDNFや神経発生の変化を伴うことなく抗うつ効果が発揮される証拠も存在する。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21262856/

 BDNF-P75シグナル伝達経路とレジリアンスとの関係性の研究は殆ど行われていないが、BDNFはP75対しては低親和性であることが原因であろう。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20017110/

グルタミン酸、GABA、内因性カンナビノイド
Glutamate, GABA, and endocannabinoids

 グルタミン酸、GABA、内因性カンナビノイドも広く研究されおり、ストレスへの応答、レジリアンス、気分障害や不安障害の病態に関与していると考えられている。これらのシステムの調節障害が存在すると、急性・慢性的なストレスに対して正常に適応できなくなる。精神疾患では、これらのシステムをターゲットとする薬理学的研究が行われており、精神疾患の治療効果としては有望な結果が示され始めている。

(次回に続く)

 遺伝子多型などの生まれつきの素因があるとレジリアンスが弱くなり、ストレスに対して脆弱であり、PTSDやうつ病になり易いと言えるのではあるが、それは生涯にわたって変わらないものなのであろうか。それとも、変えていけるものなのであろうか。いいや、そんな事はないのである。遺伝子という生まれながらの素因は確かに関係はあるのであろうが、自分の心理状態やストレスへのコーピングの仕方を変えていくことで、レジリアンスは必ず身に付けていけるものだということが今では分かってきているのである。

 まだ諦めるには早すぎる。レジリアンスは誰もが身に付けていけるものなのである。

 最後に、遺伝子素因という生まれながらの宿命に勇敢に立ち向かう人間の姿を描いた映画があるので、その映画を紹介してこの章の終わりとしたい。映画「ガタカ」は、出生後の遺伝子診断で優秀な遺伝子を全く持っていないことが判明し、君には無理だという烙印を押されながらも、諦めずに体を鍛え勉強をし、宇宙飛行士になるのだという夢をかなえようとするSF映画である。遺伝子の優劣性という暗示が本当であるかのように小さい頃は何をやっても全く敵わなかった兄に、青年時代となり水泳で初めて勝ち溺れそうになる兄を助けるシーンは印象的である。既に見た人も多いと思うが、私にはこの映画はレジリアンスの1つの形を描いた映画のように思える。

映画「ガタカGattaca
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=ZppWok6SX88


(なお、余談になるが、映画のタイトルのGATTACAはおそらくヌクレオチドの配列であり、人のDNAではGATTACAという配列は稀であり、出現する確率は18回程しかない配列らしい。さらに、遺伝子解析では解読エラーが出ることがあり、試しにGATTACAでシュミレーションしてみると、DNA配列の解読が必ずしも正しくなされる訳ではないことが証明できた、すなわち、遺伝子診断は必ずしもあてにはならないなど、いろんな意味が隠されている意味深なタイトルなのだが、詳しくは↓のサイトや論文などを参照して頂きたい。汗;)