Charlie

(前回の続きである)

 場末のP科病院にも、時々、てんかん患者が入院してくる。しかも、てんかん発作だけでなく、激しい精神症状なども合併した難治のケースが紹介されて入院してくるのである。

 (大学病院とかでは激しい患者は受けくれないのですよ。どうせ良くならないだろうから、場末のP科病院にでも放りこんでおけということでしょうか。しかし、場末の低レベルの病院ですから、さらに何もできないのですよ。いったいどうすりゃいいのでしょうか。汗;)

 このようなてんかん患者が紹介されて入院してきたことがあります(特定できないように内容は一部変えてあります)。
 
 20台後半の女性患者。肥満あり。てんかん発作だけでなく(その発作も、大発作+複雑部分発作+意識消失発作+・・・・、このてんかんは難儀です)、幼少時期から指摘されていた知的障害もある。かつ、最近は精神状態も不安定となり、激しい精神症状で警察に何度も保護されている。夜中に公園で大声を出して叫んで走り回ったり、突然、家の中で暴れ出したり、もう手がつけれないという状態である。かなり複雑で様々なタイプのてんかん発作があるため通院先の医師が大学病院に依頼したのだが、あっさりと断られた。で、何でも受けてくれると評判の当院へ依頼したら、すんなり入院となった。
 
 (言っておきますけど、何でも受けてもいいと思っているのは経営者とPSWのボスのおばさんだけなんですけどね。彼らは自分が治療する訳じゃないですから現場で苦労することもなく気楽なもんです。苦労することになるドクターの方は、地域連携のために仕方なく受けているのですよ。この病院では十分な検査も治療もできないことは明らかであり、断りたいと思うような患者さんも多々ありますけど、それが経営者側は分かっていないのが悲しいですね。)
 
 入院してからも、気分変動が激しく、突然激しく泣き出すため、その都度、早く落ち着いてちょうだいねとナースがかけつけてなだめる。さらに、突然、意識を無くして倒れてみたり、静かに雑誌を読んでいたかと思うと、「きゃー」と急に奇声をあげて突進を始める。壁にぶつかりそうになるような激しい突進。まるでスペインの闘牛のごとし。スタッフが数名がかりで制止する。予測不可能なことは他でも起こる。ナースが検温をしている最中に突然大発作が起きる。ナースもびっくり仰天。すぐにベッドに運び、発作が終了するのを待つ。発作終了後にフェノバールの筋注をしておく(筋注しても効果はないよ、気休めだよと思いつつも、これがP科病院でのSOPなんですね。注射しないと何で何もしないのかとナースは変な眼で見てくるし)。危ないからヘッドギアをしてもらった。時々、複雑部分発作のようにもなり、自動症も始まる。夢遊病みたいな行動をもする。脳内ではキンドリングのような状態が続いているのかもしれない。
 
 おまけに、何度も同じ話をネチネチとしてくる(てんかんの人の特徴である迂遠な話)。彼女が言うには、私は仕事をすぐに首になる、この前も給料分ちゃんと働けと言われて首になった。私は仕事ができないけどちゃんと働いていたのになぜ、そんな事を言われなきゃいけないのか。なぜ首になったのか分からない(彼女にしてみれば出勤=仕事のようです。汗;)。それに、いつもハローワークに行っても、あなたができるような仕事は一切ないよと言われて、知的障害者のように扱われて非常に傷ついた、などと何度も同じ話をしてくるのであった(知的障害者として就労相談に行かないと逆にハローワークの人が困りますけど、そんなことは全く分からない様子)。おまけに、1回話を聞けばもう十分なのだが、何度も話を聞いてくれと要求してくる。で、話を聞いても、毎回、被害妄想のようなことしか話さない。もう、うんざり。しかも、話しを聞いている最中に、傷ついたことを思い出したのか、再び悲鳴を上げ始める。げっ、また突進が始まるのかよ、やめてくれ・・・。はあ~、なんて大変な患者なんだ。
 
 ナースA: 先生、早くなんとかしてくださいよ。
 主治医: そんなこと言われても・・・・。
 ナースB: いや~、もう、毎日、大変なんですよ。
 ナースC: 眼が離せません。彼女ばかりに時間が取られて他の患者さんを診れなくなります。
 
 脳波を調べたが、大発作につながるような様々な形の突発性異常波もあるが(δ・Θバースト様の波)、複雑部分発作につながるような棘波もある。光刺激でも異常波が賦活されて、検査中に大発作が起きてしまった。典型的なスパイク&ウェーブが出ていた。過呼吸賦活はせずに脳波検査は終了。抗てんかん薬を飲んでいながらのこの所見。これは、てんかんとしても重度の所見だな。

epileptic discharge
 
 しかも、精神症状も激しいため何とかせねばならぬ。しかし、抗精神病薬は脳波異常を強めてしまうことがあるため、慎重に投与せねばならない。
 
 こりゃあ、もう、薬物療法だけじゃ無理だわ。こんな症例にこそケトン食なのだろうけど。ケトン食にすれば一気にいろんな症状が消えるかもしれない。しかし、場末のP科病院ではそんなことはできません。スタッフは誰もケトン食という言葉すら知らないようである。それに、本人は知的障害があって理解が非常に悪い。疾患の説明や自己管理の大切さや服薬の意義を説明しても理解ができない。その上、最悪なことに、親も理解が非常に悪い。病名を告知しても、この子はてんかんなんかじゃないとか、知的障害じゃないと言う。おまけに、何でも副作用じゃないのかと言う始末。この親では家でケトン食をすることなど絶対にないだろう。
 
 結局、どうなったのかと言うと、アレビアチンやデパケンなどの古いタイプの抗てんかん薬やイーケプラやトピナなどの新しいタイプの抗てんかん薬を何種類も入れて、抗てんかん薬のてんこ盛りのような処方になって、何とか落ち着いたので早めに退院して帰ってもらったのであった。
 
 その後、何度か同じような状態になって、いろいろな他のP科病院に入院したという話を聞いている。コンプライアンスも悪く、親も副作用じゃないかとばかり言うものだから薬を飲む必要はないと思うようになって勝手に断薬したりするらしく、未だに、病状は安定していないようだ。1回入院したら、その病院からは大変な症例だと分かるため、2回目はまず断られることだろう。こうなると本当にケトン食しかないようにも思えるが、どこの病院でもケトン食など試みていないんだろうな・・・・。
 
 ということで、今回はケトン食について述べてみたい。

 ケトン食は、てんかん以外の精神疾患(自閉症、認知症、双極性障害、など)に対しても効果があると報告されている。薬物に反応しない様々な精神疾患の難治例への最後の手段として使用できるかもしれない。知っておいても損はしないだろう。
 
まずは、日本小児神経学会のホームページのケトン食の記事を紹介しておく。
 
1) てんかんで抗てんかん薬を内服していますがよくなりません。食事療法を勧められましたがどのような食事療法がありますか?

 もっとも代表的な食事療法はケトン食療法です。日本ではあまり普及していませんが欧米や韓国では難治性てんかんの治療法の一つとして確立しています。ケトン食療法は糖・炭水化物を減らし脂肪を増やした食事で、脂肪が分解されてケトン体が体内で作られ効果を発揮します。お米、パン、パスタなどはできるだけ食べないようにして、砂糖の代わりに人工甘味料を使用し、卵、豆腐、肉、魚主体の食事に食用油を添加し、食事中の脂肪:(糖+炭水化物+タンパク質)の比率(ケトン指数)を 3~4:1にします。医師を通じて入手できる特殊ミルク(ケトンフォーミュラ)はいろいろな料理にも利用できます。効果を高めるためにカロリーや水分を7~8割に制限する場合があります。タンパク質を制限しないで糖・炭水化物を10~15g/日までにして脂肪を多めに摂取する修正アトキンス食も有効性が報告されています。いずれもバランスの偏った食事なので医師と栄養士の指導が必要です。

ketogenic diet-2

2) 食事療法はどのようなてんかんに有効ですか?

 主に小児を対象としており、有効率が高いのは点頭てんかん(ウエスト症候群)とミオクロニー失立発作てんかんですが、あらゆる発作型に効く可能性があります。グルコーストランスポーター1異常症という病気ではてんかん発作に加えてふらつきなどの神経症状も改善します。半分の患者さんで発作が半分以下になるという報告が多いです。手術で治る可能性のある場合は手術が優先され、脂肪酸代謝異常などの病気がある場合には食事療法ができないので、適応については担当医に相談しましょう。

3) ケトン食はいつまで続ける必要がありますか?

 効果を確認するのに最低1ヵ月は続けます。効果と副作用を秤にかけて、続けたほうがいいと考えた場合には微調整しながら2年程度続けるのが一般的です。中止する際には段階的に食事制限を緩めます。その過程で発作の悪化が見られる場合は長期に食事療法を続けることもあります。

4) ケトン食の副作用はありますか?

 元気がなくなったり、嘔吐、下痢、便秘がしばしばみられます。開始後2週間は低血糖に備えて血糖測定が必要です。長期的には低身長、体重増加不良、腎結石に加えて、微量元素欠乏による心不全なども稀に報告されていますので、専門医による定期診察・検査が必要です。総合ビタミン、ビタミンC,カルニチン、微量元素をサプリとして使用する場合があります。

5) ケトン食についてもっと詳しい情報はありますか?

 Charlie Foundation(アメリカ)、Matthews Friends(イギリス)などの団体がインターネットで情報公開しており、日本でもケトン食普及会(http://www2.ocn.ne.jp/~ketodiet/)がインターネットによる情報提供に加えて各種相談に応じています。

(国立病院機構 静岡てんかん・神経医療センター小児科 今井克美)

とあるが、ケトン食は、今では修正アトキンス食として大人でも試みられる方法になっているのである。薬物療法で改善しないケースや、特に、今回紹介した症例などでは試みるべき方法だと思える。

 今ではケトン食に関する論文はたくさん発表されている。最近に書かれた良いレビューがないか調べてみたが、たくさんあったのだが、ジョンズホプキンス大学のてんかんセンターの小児神経科のEric H Kossoff博士が書いたレビューが簡潔に要約されていたので、その論文を今回は紹介したい。彼はてんかん食事療法の世界的な権威の一人である。

てんかんの食事療法
Dietary Therapies for Epilepsy


(上の2013年度に書かれたレビューを、さらに、同じ著者の2012年度のレビューや、2012年の国際シンポジウムのレポート、英語版のWikipediaからの内容を補足して追加記載しておく。英語版のWikipediaは今回紹介するレビューよりもケトン食に関しては詳しく書かれており、一読することをお勧めする。)
(さらに、もっと詳細な資料もあるのでURLを下に示しておく)
http://www.researchgate.net/publication/13613876_Complications_of_the_ketogenic_diet/file/72e7e52115c7a3708e.pdf

要旨
Abstract

 1921年に導入されて以来、高脂肪、低炭水化物からなる「ケト原性(ketogenic)」食(ケトン食、ketone diet、KD)は、難治性小児てんかんに対して世界中で使用されている。KDによって、てんかんの子供達の約半数は発作が減少し、15%の子供では発作が完全に消失する。KDの作用機序の解明が行われているが、ミトコンドリアが関与しているようだ。KDが選択可能な最後の治療方法と認識されてからは、KDの開始と維持に関する修正が行われたことで、既に行われていたケトン食と同様に、食事療法がてんかんの初期の段階で使用されることを可能にした。乳児けいれん(ウエスト症候群)の場合は、ケトン食が第一選択薬として用いられており、約50%が成功を収めている。修正アトキンスダイエット(modified Atkins diet、MAD)のようなてんかんへの新しい代替的な食事療法が2003年に作成され、以前よりは簡単に開始できるようになり制限がなくなった。MADは(米を主食とする)アジア諸国においては特に価値が高い。KDの副作用は、便秘、脂質異常症、成長鈍化、アシドーシス、腎臓結石、などである。さらに、神経科領域では、アルツハイマー病自閉症、脳腫瘍など、てんかん以外の疾患へのケトン食の研究が行われている。

はじめに
Introduction

 多くのてんかんの子供達が抗けいれん薬による薬物治療に反応するが、残念ながら必ずしも全てのケースが反応する訳ではない。殆どのてんかん専門医は、次なる最高のステップとしててんかん手術を検討するが、多くのてんかんの子供達は手術の適応ではないし(例えば、全般性てんかん症候群、多焦点てんかん、EEGや神経画像検査でも焦点が不明のケース、など)、てんかん発作の焦点が(手術できないような)大脳皮質の重要な領域に存在する(例えば、運動領野、言語領野、記憶に関する領域)。我々が経験した限りでは、てんかんに有効な全てのオプションが試みられない限り、特に、非常に幼い児童の多くは親はてんかん手術への(心の)準備ができていない。
 
 このような状況では、どのような選択肢があるであろうか?。しかし、現在では難治性のてんかん発作に対する多くの非薬理学的な治療法がある。非薬理学的な治療には、ハーブ、ビタミン、バイオフィードバック、鍼などの代替療法は含まれない。実際、てんかん専門医や米国政府はこういった代替療法は考慮しておらず、医学的に証明され確立された治療法をのみを選択肢として考慮している。てんかんの患者への主な非薬理学的治療は2つあり、神経刺激装置(例えば、迷走神経刺激装置)と食事療法である。この論文では食事療法に関してレビューをする。

てんかんの食事療法の歴史
History of dietary treatments

 てんかんの治療として食事療法を利用することは、新しいアイデアではない。食事療法は現存する最古のてんかんの治療方法の1つである。1920年代と1930年代には、子供や成人へのてんかん治療に利用できる抗てんかん薬はフェノバルビタールとブロマイド以外の薬剤はなかった。そのため、米国のメイヨークリニックのワイルダー(Wilder)博士によって、難治性てんかんを持つ子供へのケトン食(KD)治療が1921年に作成された。この新しい治療法は、炭水化物、タンパク質、カロリー、水分を制限し、少なくともカロリーの90%を脂肪から摂取する方法である。この治療は、てんかんの治療として何世紀にもわたって認識されていた断食の時の効果を模倣して設計されたものである。

断食
 
 しかし、新たな抗てんかん薬としてフェニトインが導入され一般的になった後は、KDの人気は衰え、KDを選択することは学術的に限定され、重度のてんかんを持つ子供への最後の手段として限られた治療方法となった。その後、ジョンズホプキンス病院でケトン食による治療を受けたてんかんの児童を有する父親(ハリウッドでプロデューサーをしていエイブラハムズ)によって1994年に設立されたチャーリー財団(Charlie Foundation)の影響もあって、米国でKDへの関心が再び高まり、3・4年後には世界中にKDへの関心が高まっていった(難治性てんかんだったエイブラハムズの息子であるチャーリーへのKDの劇的な効果がTV放送されたことがKD復活のきっかけとなった。そのKD食で治療を受けた息子にちなんで、チャーリー財団と名付けられた)。

 チャーリー財団の設立以来、20年近くが過ぎたが、今ではKDを利用している人にとってはエキサイティングな時代となった。KDに関する新しい論文が毎年100近く発表されている。食事療法に関する国際シンポジウムが、2008年の米国のフェニックス、2010年にイギリスのエジンバラ、2012年の米国のフェニックスで開催された。2008年と2009年はKDの研究に対して最もドラマチックな年となった。2つのプロスペクティブなKDのコントロールスタディが提示され、KDの有効性が証明され、神経科医や栄養士へのKDの使用と管理に関する国際的なコンセンサスガイドラインが発表されたからである。ケトン食(KD)に関しては、今では4つの方式が選択できる。伝統的で古典的なKD、中鎖トリグリセリド(MCT)食(medium-chain triglyceride diet)、修正型アトキンス食(MAD)、低糖インデックス療法(LGIT、low glycemic index treatment)である。KDは、てんかん以外では新規に発症した成人の疾患によく使用されている。この驚くべきKDの進歩についてこの論文でレビューする。

(チャーリー財団のHP。いろんな資料が掲載されており参考になる。) 
ケトン食とは何か?
What is the KD ?
 
  ケトン食(KD)は、断食の効果を基に設計されており、高脂肪、適量のタンパク質、低炭水化物から成り、断食よりは長期間にわたり実践する食事である[表1] 。
http://www.biomedj.org/viewimage.asp?img=BiomedJ_2013_36_1_2_107152_t1.jpg
  
  古典的なKDでは、多くの場合、カロリーは1日に必要な85~90%に制限されており、飲水量もわずかに少なくする。飲水量とカロリー制限の双方の証拠は乏しいため、多くの治療センターでは、もはやこれを行っていない(著者のジョンズホプキンス大学でも)。食事への「処方箋」は通常の開始段階では脂肪と炭水化物・タンパク質の比率は4:1に設定される。それよりも低い比率は、3:1や2:1であるが、乳幼児や青年、忍容性や副作用防止の観点からそれが望ましい患者に適応される。子供のケースでは全ての子供にマルチビタミン、ミネラル、カルシウムサプリメントが与えられる。KD導入から90年が過ぎたが、KDの組成は変更されていない。食品としては、バター、クリーム、油、マヨネーズ、魚、チキン、ステーキなどが提供される。乳児や子供では胃瘻チューブからでも混合パウダーや液体として3:1、4:1のKDが簡便に提供できる(Nutricia KetoCal TM )。他の方式も作成されており、アメリカ(KetoVolve)、韓国(Ketonia)、日本(Ketonoformula)がある。

ketogenic diet-4

 食事療法にナーバスになっている家族でも魅力的なオプションとなえるように、多くの研究者によって忍容性を向上させるためにKDの開始方法の変更が試みられている。古典的なKDでは、24~48時間の絶食の後に、カロリーコントロールの訓練を受けた栄養士によって病院で実施される。この断食期間の間に、約4~6時間ごとに血糖や尿ケトンが毎日チェックされる。入院期間中に、両親は食品を計量しカロリーを測定する方法の教育を受ける。3日間にわたり、カロリーが徐々に最大まで増加され、その後、子供は両親と一緒に家に戻る。
 
 しかし、この古典的なKDの開始方法に関しては、近年、検証がなされてきた。米国のフィラデルフィアで行われたランダム化試験での証拠からは、子供が絶食になった時に発作のコントロールが迅速に成されるようになるかもしれないが、断食は必ずしも必要ではないかもしれないことが示唆された。この重要な研究結果に基づき、KDの管理方法だけでなく開始する方法に関しても古典的なKDの代替となる方法を多くの研究者が検討をしている。これまでの研究からは、カロリー、飲水、タンパク質の制限をせずに、外来患者により低い比率からKDを開始し維持することができることが示されている。実際に、英国の殆どの医療センターでは、子供を入院させることなくKDを開始している。一部の医療センターでは、フルカロリーでKDを開始し、3日間にわたって徐々に(カロリーよりも)ケト原性比を増加させる方法で行っている。
 
 いったんKDが開始されてからは、訓練を受けた小児栄養士が定期的に評価してKDを調節する。多くの場合、3ヶ月のフォローアップ期間は、定期的に通院し、成長、栄養、有効性を最適化するための評価を受ける。全血球数、総合的な代謝プロファイル、空腹時脂質パネルの検査を受ける必要がある。医師や栄養士からなる国際的なKDの専門家グループによって、どのような検査が成されるべきか、どのようにして食事を管理すべきか、といった点も含めた理想的なKDの実施と管理に関するガイドラインを2009年に合意文書として発表した(下のURL)。この合意文書では、多くの国や文化によって無数の食事方法があることを考慮し、多くの国や分化でもKDが適用され得るようにプロトコールには大きな柔軟性を持たせある。KDは、様々な宗教でも、食物アレルギーがある場合でも、ベジタリアンでもKDを使用することができる。

 KDは、一般的に3~6ヶ月にわたり続けられるが、もし成功していない場合は2年間継続することができる。しかし、KDが有効であったり、発作が(減少はしたが)まだ続いている場合は、多くの家族は、もっと長くKDを続けたいことであろう。いくつかの状況では何十年にもわたって続けたいことであろう。抗けいれん薬と同様に、KDを中止しようとする場合は、徐々に行う必要があるとされる。Wordenらによる最近の論文では、伝統的な6ヶ月間をかけてKDを中止する方法とは対照的に、殆どの場合で発作が悪化することなく数週間でKDを中止できることを見出した。この知見は、新しい抗てんかん薬が登場した時に、正規の食事に移行しKDを終了できる時間のめやすとなろう。

ケトン食の有効性の証拠
Proof of efficacy

 過去20年間の何百ものKDの研究結果は非常に類似している。KDによって、てんかんの子供達の発作は、少なくとも約50~60%の子供では50%以上減少し、3分の1の子供では90%以上の減少を示す。1/10以上の子供が発作がゼロになる。この所見は、てんかんはしばしば難治な疾患であることを考えると顕著な結果であり、抗てんかん薬はこれほどまでに発作を改善するであろうかと思える。KDの有効性は長年にわたって減少せずに持続し、驚くべきことに、ある種のケースではKDが中止された以後も子供達は何年にもわたって発作をコントロールできるようになる。 

 KDは子供同様にあらゆる年齢や性別で効果が発揮される。しかし、KDがより良好に作用したり、あるいは逆に悪化の方向で作用するてんかんの症候群や病態がある[表2] 。
 
ketogenic diet-5
 最近まで、KDのレビュー記事では、グルコース輸送体1(GLUT-1)欠損症やピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)欠損症以外の他のてんかんへのKDの適応については言及されていなかった。レノックス・ガスト症候群(Lennox-Gastaut syndrome)の子供達では、エビデンスが研究論文で提示されていないにも係らず、既にKDが開始されていた(注; 今では、エビデンスが報告されているが)。この状況は最近変更され、2009年の合意文書によってKDの適応症や禁忌が一覧表示されている。この表には、ミオクローヌス-無定位てんかん、結節性硬化症複合体、レット症候群、乳児けいれん、Dravet症候群なども含まれている。ミトコンドリア障害もKDの効果が発揮されるようである。2009年の合意文書が発表されて以降も、Dravet症候群、ミオクローヌス-無定位てんかんへのKDの使用を正当化するデータはさらに増えている。

 表2で提示された中でも、おそらく最も急速に進展し確立されたのが乳児けいれん(infantile spasms、ウェスト症候群)へのKDであろう。香港での104名の乳児けいれんへの研究では、64%の患児がKDによって50%以上のけいれん発作の減少を認めたことが報告された。37%はKD中にけいれん発作が少なくとも6ヶ間は消失した。Kangらは、けいれん発作が消失した乳児けいれん患児にKD中止後の変化を検証した(8ヶ月かけての中止と24ヶ月かけての中止)。けいれんの再発リスクはグループ間で同等であった。そいて、成長障害はKDを長く実施されてた患児で高かった。乳児けいれんでは短期のKDが正当化されることが示唆された。このレビューで後述するが、乳児けいれんのファーストラインの治療としてもKDは有用であると思われる。

 KDの強力な効果を示唆する新しい証拠がいくつか発表されたが、その中でも最も顕著なものは難治てんかんの重積状態に対する効果であろう。FIRES(fever-induced refractory epilepsy syndrome、発熱誘発性難治性てんかん症候群)と呼ばれるこの病態では、発育不良を伴い発作を制御することが困難なことが多いが、KDに対して大きな感受性を有するものと思われる。KDはてんかん重積状態の患者にも実行可能なオプションであり、経鼻胃管方式への切り替えを必要とするが、7~10日以内に効果が得られる[表3] 。最近報告された新たな病態としては、小児欠神発作(childhood absence epilepsy)やスタージ・ウェーバー症候群(Sturge-Weber syndrome)がある。
 
(この表を見ると、小児だけでなく、大人のてんかん重積状態でも効果が報告されている)

 注; ただし、ピルビン酸カルボキシラーゼ欠損症、ポルフィリン症、他の稀な脂肪代謝の遺伝性疾患では、KDは禁忌である。脂肪酸の酸化能力の障害を有する疾患では、主要なエネルギー源として脂肪酸を代謝することができない。そのため、燃料用に独自のタンパク質ストアを消費してケトアシドーシスを起し、最終的には昏睡と死に至ることになる。

 なお、KDをいきなり中止するのは危険である。2~3ヶ月かけて徐々に中止される。

作用メカニズム
Mechanisms of action

 100年近くKDが実践されているにも係らず、KDの作用機序は不明なままである。以前はケトーシス(そのためケトン食という用語が使用されるが)であろうと考えられており、未だに多くの研究者がケトーシスだと信じているが、ケトーシスが主なメカニズムではなく、KDによって発生する代謝シフトがそのメカニズムであろうと考えられる。KDと同様の効果を有するMADとLGITではケトン体のレベルは高くなく一定ではないという証拠からも代謝シフト理論が信頼できる。
 
 補足; 代謝シフトは次のようなステップを介して生じる。まず、KDと関連する変化は、循環しているインスリン量の変化(血漿グルコースの減少、それに応じてインスリンも減少する)やレプチンの変化であり、グルコースの利用が制限されることになる。通常の状態では、脂肪酸(FA)は脂肪組織から動員され、FAはβ-酸化を介してアセチルコエンザイムA(acetyleCoA)に異化され、さらに、クレブス回路でCO2とH2Oに酸化される。
 
 しかし、FAの動員率とクレブス回路のアセチルCoAへの処理能力の不均衡(例えば、低炭水化物食)がある時には、肝臓は過剰なアセチルCoAをケトン体(KB)に、すなわち、アセト酢酸(acetoacetate、ACA)やd-β-ヒドロキシ酪酸(d-β-hydroxybutyrate、BHB)転換させる。

ketogenic diet-6
 
 アセトン(~30%)のかなりの部分、すなわち、自発的なACAからの脱炭酸化の生成物は、尿、汗、呼気中に認められる。ケトン体は、グルコースを節約し筋肉の消耗を抑えるために末梢組織ではエネルギー源として利用される。ケトン体は、タンパク質や炭水化物に匹敵するエネルギーを生産し(4kcal/g対2.7kcal/g、または、脂肪酸9kcal/g:炭水化物・タンパク質4kcal/g。9:4と覚えておこう)、ケトン体は脂肪酸とは異なり血液脳関門(BBB)を通過し、絶食期間中の脳の主要なエネルギー源となる。そして、BBB通過後に再度アセチルCoAに戻されて脳神経細胞のミトコンドリアのTCAサイクルでエネルギーとして利用される。

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 本来はこのケトン体利用システムが脳のエネルギー源のメインシステムだったのだが、人類は肉食から穀物でエネルギーを摂取するようになってからは、ブドウ糖をメインのエネルギー源として使用するようにシフトした。しかし、ケトン体利用システムは飢餓などの緊急時のバックアップシステムとしてその機能だけは残された。従って、本来、ケトン体は脳のエネルギー源のメインシステムだった訳であり、脳にとってはケトン体でもエネルギー源としては十分に機能することになる(ATP産生の面からはブドウ糖を利用するよりも有利である)。

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 BHBからのATPのほとんどは複合体I(70~80%)、複合体II(残り)を経由して作られる。炭水化物の摂取量が低くなると、体は肝臓において非炭水化物の前駆体(例えば、乳酸、グルコース源性アミノ酸、グリセロール)からの糖新生を増やし、全身の血糖を維持しようとする。

 エネルギー産の中間に位置する中心となる器官はミトコンドリアである。ミトコンドリアは、ケトン食のような栄養上の変化に応答し、病理学的・生理学的な信号に合わせて形態、構成要素、機能をその時々の状態に適合するように変化させる動的な細胞器官である。ケトン食やその代替食によってミトコンドリアの数または機能が変化することが、in vitroやin vivoで確認されている。

 ケトン体は、それ自体が抗けいれん作用を有している。動物実験では、アセト酢酸やアセトンは発作を軽減することが分かっている。KDによって、脳のエネルギー代謝には適応的な変化が起きる。ケトン体はグルコースよりも効率が良い燃料となり、ミトコンドリアの数が増加する。これはニューロンにとって発作の間に増加するエネルギー需要に対抗できることになり安定した状態を保つことができ神経保護効果を発揮する。

 抗てんかん薬は、てんかん発作を抑制するが、発作の感受性の亢進を治すことも防ぐこともできない。動物モデルにおいて、抗けいれん感受性誘発作用(antiepileptogenic)を示すのは少数の抗てんかん薬(バルプロ酸、レベチラセタム、ベンゾジアゼピン)のみである。しかし、ケトン食はラットにおいてantiepileptogenic作用を有することが見出されている。
 
 最近では、飽和中鎖脂肪酸であるデカン酸(C10)は、発作の制御や神経変性の防止の双方に有望であることが示されている。デカン酸は、MCT食の主要な構成成分である。その作用はミトコンドリアでの生合成を誘導し、神経細胞の静止膜電位の維持を可能にする多くのATPを提供できることが示唆された。
 
 KDと薬理学的に類似する物質として提案された解糖阻害剤である2-デオキシ-D-グルコース(2DG)は、KDとは異なる急性発作抑制プロフィールを有するが、2DGの抗けいれん作用を調べた動物実験での所見は、血清グルコースレベルの低下がKDの主な効果ではないということを示唆している。他の研究でも、KDの抗けいれん作用は血清グルコースの影響(変化)は関与していないことが指摘されている。

 解糖系の阻害剤である2DGは、ラットキンドリングモデルにおいて抗てんかん効果を有することが示されているが、これは、NADHに依存性する遺伝子発現の調節を介した作用である。この所見はケトン食がどのように抗てんかん作用を発揮するのかを説明することができる。
 現在までの動物実験では、カロリー制限、脳脊髄液中のアミノ酸や神経伝達物質のレベルの増加、カリウムATPチャンネルの活性化、アデノシンへの作用、グルコースの安定化、解糖系への阻害作用、多価不飽和脂肪酸(PUFA)への直接的な効果、各々のケトン体への潜在的な影響(β-ヒドロキシブチレート、アセトン、アセトアセテート)がKDのメカニズムとして想定されている。KDは、ミトコンドリアやミトコンドリア脱共役タンパク質を介して、神経細胞のエネルギー代謝を改善するようである。断食が始まった初期から即時に発作が減少することに対してはどの理論も完全には説明はできないため、KDでは異なるメカニズムが同時に働いているのかもしれない。

  なお、2012年の国際シンポジウムでレポートされたKDのメカニズムについて補足しておく。(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3639562/

 細胞膜のイオンチャネルやシナプス電流に対する直接的な抑制作用は実証されていないが、ケトンが何らかの形で神経細胞の興奮性を調節しなければ抗けいれん作用は発揮できないと考えられる。例えば、ケトン体の1つであるアセテート{酢酸}はグルタミンへと代謝されるが、グルタミンは抑制性神経伝達物質であるGABAの前駆体であり、ケトン体によってGABAが増える可能性がある(下図)。

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 グルタミン酸神経伝達がケトン体の影響を受るように、ケトンの別の潜在的なターゲットは、シナプス前部の小胞へのグルタミン酸の取り込みに対する作用である可能性があろう。理論的には、シナプス小胞へのトランスポートの減少は(グルタミン輸送タンパク質であるVGLUTを経由)、グルタミン酸の放出を減少させ、シナプスにおけるグルタミン酸の利用を低下させ、シナプスの興奮性を軽減する。岡山大学の森山芳則(Yoshinori Moriyama)は、シナプス前部小胞へのClイオン依存性のグルタミン酸の取り込みをケトン体が減少させるというデータを提示した。ケトン体やアセト酢酸は、けいれん誘発剤である4-アミノピリジンのマウスの脳内への直接注入によって誘発される発作を抑制し、用量依存性にグルタミン酸の放出を低下させた。それ故、少なくとも部分的には、KD食がシナプスに放出されることになるグルタミン酸の利用を調節することで抗けいれん作用を発揮している可能性がある。

(塩素イオン{スイッチオン}とケトン体{スイッチオフ}がグルタミン酸神経伝達を調節していることを岡山大学のチームが明らかにした)

ketogenic diet-12

(余談になるけど、これって、都市部で精神疾患が多い原因を暗示していないだろうか。強く塩素消毒された水道水を飲むと、体内でフリーな塩素イオンが増え、グルタミン酸の神経伝達が過剰になるということにはならないのだろうか。)

 KDの抗けいれん作用は、エネルギー利用と神経細胞の興奮性との間のリンクであり、細胞死(Bcl-2-associated agonist of cell death、BAD)などの複数の機能を持つユニークなタンパク質であるBcl-2の関連アゴニストの研究からの考察もなされている。Bcl-2は、アポトーシスを促進すると共に、ミトコンドリアにおける燃料利用率や、神経細胞の興奮性をコントロールしている。細胞内のBADの機能はリン酸化によって調節されている。BADがリン酸化されると、ミトコンドリアは、グルコースを経由してATPを生成する方向に刺激されるが、BADが脱リン酸化されたり機能不全になっている場合は(例えば、BADノックアウトやリン酸化部位の変異)、ミトコンドリアは燃料の使用をケトン体へと変更する。Nika Danialは、BADのノックアウトマウスやBAD遺伝子のリン酸化部位であるセリン155の突然変異を有するマウスでは、神経細胞は、一次エネルギー源をグルコースからケトンへと切り替えており、ケトン食と類似した状態になっていることを示した。けいれん誘発剤であるカイニン酸をBAD欠損マウスに投与した場合では急性てんかん重積状態に移行することは少ない。従って、ケトン体をエネルギー源とすることで、ニューロンの興奮性が低下し、てんかん発作の感受性を低下させることを示唆している。
 
 神経細胞の興奮性の変化に関する別の説明として、形質膜ATP感受性カリウム(plasmalemmal ATP-sensitive potassium、KATP)チャネルの活性が関連している可能性があり、このチャネルは細胞内のATPのレベルが低いときに開かれる。KATPチャネルの活性化は、細胞の興奮性を減少させ、β-ヒドロキシ酪酸のようなケトン体はKATPチャネルが開口し易くさせる。BADをノックアウトさせたマウスの歯状回の神経細胞では、KATPチャネルの活性が増加していることが分かっている。それ故、ケトン体のKTAPチャネルへの効果によって膜の興奮性は直接変化することになる。既に、ケトン体がを海馬や黒質のKATP機能を増加させることが示されている。BADをノックアウトしたマウスの培養神経細胞では、KATPチャネルの開口率が増加しており、トルブタミドにて薬理学的にKATPのチャネルの開口率は逆転する。これらの結果は、神経細胞の興奮性が代謝経路の変化(=ケトン食)により直接変更されているという新たな事象を明らかにしている。
 このように、ケトン食には、神経保護作用や神経細胞の興奮性の低下などの様々なメカニズムが関与している訳であり、神経系のダメージを防げる有効な手段になり得るものと思える。

新しい「代替」ケトン食療法
New 'alternative' diets

 現在ではKDは制限が非常に少ない方法になっているにも係らず、KDを行う上で生活様式を変えることの難しさを抱えているてんかんの児童を持つ多くの親がいる。特に、米を主食にしているアジアにおいてはそうかもしれない。アジアでは、忙しく複数の子供や青年や成人からなる家族が多く、食事では脂肪を食べないことがある。これらの子供達のために新しい"代替"食事療法を試みることを可能にするオプションが存在する(下図からも分かるように、ほとんど炭水化物を摂らないような食事である。お菓子や砂糖は当然食べれなくなる)。

ketogenic diet-14
 
 1番目のケトン食の代替食事療法はMCT食である。MCT食は1970年代から使用されており、この食事では非常に強いケト原性の油(MCT油、長鎖脂肪酸よりもケト原性が強い中鎖脂肪酸)を多く利用することで、KD食よりも多くの炭水化物やタンパク質を摂取することを可能にしている。MCT食は古典的なKDと同等の効果があり、今日、主に英国やカナダで使用されている(ただし、MCT油は高価であり費用がかかる。日本の製品も国内で発売されている)。
https://shop.nisshin.oilliogroup.com/user_data/mct.php?gclid=CjwKEAjwwo2iBRCurdSQy9y8xWcSJABrrLiStTJ46mkVLfryBGoihDl2UHlJUx8jrzPa1MF5rFtHmRoCJhvw_wcB 

(なお、余談になるが3歳の子供が親に見捨てられ、冷蔵庫の中のマヨネーズを少しづつすすりながら1か月間生き延びて救出されたという鬼畜のようなむごたらしい事件があったのだが、その子がなぜ生き延びれたかというと、マヨネーズは高脂肪であり、ケトン食を食べているような状態でいたからのように思える。)
http://www.tomamin.co.jp/kikaku_/07/missitu/missitu0523.htm
マヨネーズ

 2番目は、LGIT食(low glycemic index treatmentであり、低グリセミック指数療法)は2005年にマサチューセッツ総合病院でエリザベス・ティール博士とハイジ・ファイファー博士によって開発された(安定した血中グルコースレベルがケトン食の作用機序の1つであろうという仮説から開発された)。このLGIT食では、安定した血糖レベルを維持しグリセミック指数を50以下にするために果物、全粒粉、緑色野菜から炭水化物を提供する。LGIT食ではMADよりも多くの炭水化物の摂取が可能になる。LGITでは血清中のケトンは増加するが、尿中のケトンは非常に低く測定以下であり、断食を経ることなく外来患者でも開始できる。2009年以降のデータでは、76名の子供の50%が3ヶ月間のLGIT食事にて発作が50%以上減少したことが示されている。
(グリセミック指数)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E6%8C%87%E6%95%B0

glycemic index
 
 最後の代替ケトン食は修正アトキンス食(modified Atkins diet、MAD)であり、2003年に米国のボルティモアのエリック・コゾフ(Eric Kossoff)によって開発された。MADも同様に断食を経ることなく外来患者に開始できるが、KDのようなカロリー、飲水量、タンパク質を制限する方法ではない。MADでは、炭水化物は10g/日(小児)、20g/日(成人)に制限されるが、発作のコントロール成果の応じて20~30gまで増加することができる。子供や大人へのMADに関する22の論文が存在するが、それによれば、計280名のうち123名 (44%)は、6ヶ月後に発作が50%以上減少し、72名(26%)は90%以上の改善を認めた。これらの結果は、KDと極めて類似している。最近発表された論文では、KDで使われる製剤(Nutricia KetoCal TM)を脂肪源として付加して提供することで、MADの有効性を高めることができると報告されている。他の高脂肪の製剤、あるいは油でも、MADでは同様に有益かもしれない。もし、ミオクローヌス-無定位てんかん(Doose症候群)の場合では、MADからKDに切り替えることで30%が発作の改善を強化することができる。ジョンズホプキンス病院では今では青年や成人にはルーチンでKDの代わりにMADを使用している。
 なお、アトキンスダイエットは、減量や心血管疾患を防ぐのにも役立つ。低密度リポタンパク質コレステロール(LDL-C)を低下させ、「善玉」コレステロールであるHDL-Cを増加させると報告されている。
 
 補足すると、ケトン食(KD)は、成長に必要な十分なタンパク質量を有する高脂肪含有量によって構成された栄養的なアプローチであるが、代謝が要求する炭水化物のレベルは不十分であるため、身体は強制的に脂肪を主なエネルギー源として使用するようになる。オリジナルなKDでは、脂質:非脂質(炭水化物+タンパク質)比は4:1に設定されている(脂肪80%、タンパク質15%、炭水化物5%)。脂肪のほとんどは、長鎖トリグリセリドとして提供されており、カロリー産生の推定80%を構成する。これまでに、KDにいくつかの変更が行われた。脂質:非脂質の比をKDよりも低くしたり、タンパク質からのカロリーの制限をなくし、脂肪からのカロリー摂取量を60~70%までに低くしたり(修正アトキンス食)、あるいは、カルニチン不足を克服するためにエステル化トリグリセリドを提供するMCT食がある(カルニチンは長鎖脂肪酸からのエネルギー代謝にとって必須の物質である。カルニチンが不足すると長鎖脂肪酸からケトン体が産生できなくなる。その点からは中鎖脂肪酸の方がケトン食として使用する上では有利である)。
(カルニチンについて)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%83%81%E3%83%B3

カルニチン

副作用
Side effects
 これらの食事療法は、健康であるようには設計さていないため副作用が発生する。しかし、多くの副作用は治療可能であり、特に、高コレステロール血症(比率や脂肪組成の変化)、ミネラル欠乏症、アシドーシス、便秘、体重減少は治療可能である。重要なことは、実際にこれらの副作用が発生する前に、KDを行う医療センターにて事前に副作用を防止することである。断食をせずに開始したり、代替食事療法を使用すれば、短期的には副作用を防止する上で役に立つ。 

 副作用を防ぐ1つの方法としては、カルシウム、カルニチン、セレン、亜鉛、ビタミンDなどのサプリメントを使用することである。クエン酸塩(Polycitra K)の経口投与や、KDを行っている児童へのユニバーサルサプリメントの使用にて、腎臓結石の発生率は6.9%から0.9%に減少することが分かった。副作用を回避することへの継続的な取り組みによってKDの忍容性を高めることができる。
 
 食事療法を長期間行った場合、短期間の場合よりも副作用の発生率が高くなる可能性がある。これらには、腎結石、骨折、成長の低下がある。もし、長期間の食事療法が必要であり、食事療法有益であるならば、数年後にはMADやLGITに変更することを考慮することが妥当であろう。Patelによる最近のデータでは、KDを数年間行っていたが、その後、KDを中止している子供では、成長、コレステロール、心臓にには明らかな長期的な影響はないことが確認されている。長期的なKDの影響に関してはさらなる研究が必要である。

成人への使用
Adults

 KDが開始された初期の頃は、成人に対しても小児と同様な優れた有効性が1930年にBarborkaによって報告されており、子供達と同等に成人でもKDが行われていた。しかし、その後の数十年の間に大人では制限が厳しすぎると認識されるようになり、成人では制限された食事療法には準拠していないだろうと誤って信じられるようになった。しかし、MADの普及に伴い、この状況は変化している。研究では、MADも成人の約半数には役立つであろうし、この治療を試みようとしている肥満の成人のケースでは体重が減少するという潜在的な利益を与える可能性があることを示唆している。食事療法は、妊娠を考慮している女性や、薬物療法にて副作用が生じているような成人のケースでは価値を有するであろう。成人てんかん食事センターがボルチモアとロンドンで2010年に開設されている。

ファーストラインとしてのケトン食の使用
First-line use

 このレビューでも既に述べたように、発作が減少するという強いエビデンスに基くKDへのいくつかの「適応症」がある。特に、抗てんかん薬に乏しい反応しか示さなかった乳児けいれんのケースでは、90%以上のケースが反応する可能性が示唆されている。従って、てんかんではいち早くKDの使用を検討しなければならない場合がある。過去5年間、特に、我々の施設では、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)やビガバトリンの代わりとなるファーストラインの治療としてけいれんが始まった後の乳児けいれんのケースにKDを提供している。2008年には、我々はACTHとの比較を報告した。食事とACTHでは統計学的な有意差は無く、けいれんの再発率はKDでも低く(ACTHよりも高いけど)、6ヶ月まで続いた。その後、カーソン・ハリス財団の経験にも基づいて、KDが乳児けいれんのファーストラインの治療として用いることができる基礎を確立した(www.carsonharrisfoundation.org )。
 
 我々は、KDには未来があると思っているが、しかし、神経科医や栄養士がKDが有効であると信じることが必要であるし、少なくとも2~3週間はKDを行おうという意欲が大切である。KDや、MADなどの代替食は、食事療法がてんかん治療のファーストラインとなることを促進させることであろう。最後に、栄養士は緊急時にKDがいつでも実施できるようにしておかねばならないであろう。

 てんかん以外の疾患へケトン食の使用
 Non-epilepsy uses

 片頭痛や双極性障害のために使用される抗てんかん薬と同様に、てんかん以外の神経精神疾患へのKDの使用が検討されている。人への試みは限られているが、過去十年間にKDの試みが報告されている疾患としては、自閉症、低酸素性虚血性脳症、筋萎縮性側索硬化症、外傷性脳損傷などがある。最も研究されている3つの疾患は、脳腫瘍、アルツハイマー病、片頭痛である。
 
 脳腫瘍では、マウスでの研究が行われており、ケトーシスや他の作用よりも、カロリー制限がKDの基本的な効果のメカニズムであろうと理論付けされている。進行した転移性脳腫瘍(16名の成人)への低炭水化物食(1日あたりの炭水化物の70g)のプロスペクティブな臨床研究がドイツで最近行われた。5名に病状の安定性や生活の質の改善が認められたが、さらなる研究が必要であろう。
 
 アルツハイマー病は、マウスでKDの効果が最初に動物実験された疾患であり、KDにてアミロイドβタンパク質が減少することが分かり(Aβ40やAβ42など)、今では米国では「Axona」というアルツハイマー病へのMCTパウダーサプリメントが販売されている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Axona 

Axona
 
 片頭痛は、1930年代に既に研究されており、我々のセンターでも現在片頭痛へのKDの効果が研究されている。トピラマートやバルプロ酸などの抗てんかん薬は片頭痛予防に有効であり、我々は、毎日頭痛が起きる慢性片頭痛患者(8名の青少年)に対するMADの臨床試験を行った。残念ながら、有効性が低く、参加者が集まらず研究は早期に終了した。イタリアで最近発表された論文では、頻回に、かつ、重度の頭痛を有する成人には有用だと報告されたが、我々の試験ではそうではなかった。KDは異なる神経学的な疾患には異なる作用機序を有する可能性がある。


アジアでもケトン食は行えるのか?
Use in Asia?

 てんかんの食事療法は世界中に国々において非常に有望な方法であり、非常に有望な地域はアジアであろう。人口の多さ、特定の抗てんかん薬(または手術)が使用できないこと、薬物療法を使用することよりも食事療法への強い関心が、KDの使用を好意的に考慮する土壌となっている。既にKDは、台湾、韓国、インド、日本の医療センターで行われている。
(東京女子医科大学でのKDの自験例の報告)
 
 アジアにおける食事療法の進展の鍵となった1つとしてMADがある。MADでは、栄養士の関与は必ずしも必要ではなく、米などの炭水化物を摂取できる柔軟性、家族とテーブルで一緒に食事をることが可能であり、食事のおいしさが改善されたことなどがある。
  
 MADに利用できるKetoCalculatorwww.ketocalculator.com)などのコンピュータープログラムは、アジアでもアクセス可能であり、料理のレシピやバラエティの制限をなくすことを可能にした。栄養士のサポートは利用できないものの、MADが成功裏に実施されたホンジュラスの農村からの実践に基づいて、中国のハルビン小児病院ではジャンヌ・リーター(Jeanne Riether)が中国全土でのMADの利用を推進している。彼女のウェブサイト(www.healingyounghearts.org/wordpress)には、中国での食事療法の情報が含まれている。

KetoCalculator

結論
Conclusions

 てんかんの治療にKDを使用することは世界的に普及してきている。最近では、さらに開始しやすく、安全に管理していけるように、さらにおいしい食事療法になるような試みが成され、KDの使用は拡大してきている。KDは、もはや、てんかんへの最後の手段として子供のためだけに使用される食事療法ではない。研究者や神経科医らは、てんかん以外の疾患に対する食事療法の研究にも取り組んでいる。食事療法は、アジア全域でも成長し拡大している。

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 このようにケトン食は大きな効果をあげており、日本でも広く普及されるべき食事療法だと思われる。特に、難治例が見捨てられるような形で紹介されてくる場末のP科病院でこそ行われるべきで食事療法であろう(トレーニングを十分に受けた栄養士であれば、場末のP科病院であろうとも実施できるはずであるが、大学の栄養学科ではケトン食のメニューが作れるような教育はやっていないのだろうなあ)。

では、てんかん以外の精神疾患にも効果があるのであろうか。

 アルツハイマー病へのKDの効果が紹介したレビューで紹介されている。この点に関しては、既に非常に数多くの論文で効果があるであろうと提唱されている。ただし、現段階では動物実験でのレベルであり、RCTなどのアルツハイマー病(AD)へのKDの臨床試験のデータはまだない

 本年度に出された新しい論文であるPMC4101992の解説などを簡単に要約すれば、ケトン食のADへの効果のメカニズムは、動物実験で示されたアミロイドβタンパク質の減少よりも(これ自体もすごい作用だが)、KDによって脳の神経細胞のエネルギー利用効率やミトコンドリアの機能が改善したり神経保護作用が発揮されるためのようである(アミロイドβタンパク質はミトコンドリアの機能障害を引き起こす。さらに、ADでは脳のグルコース利用自体が低下している。KD食によって、それらに対抗できるようになる)。
 
 なお、KD自体の臨床試験はないものの、ケト原性化合物(AC-1202、グリセリンとカプリル酸を主成分とした中鎖トリグリセリド。前述したAxona)を軽度から中等度のレベルのアルツハイマー病の患者に経口投与した臨床試験が行われており、急速にアルツハイマー病の症状スケールであるADAS-Cog scoresが改善したという結果が報告されている(治験番号NCT00142805)。

 なお、2002年にも中鎖トリグリセリドのADへの効果が報告されている。これはMCT食のADへの効果を示唆する所見である。
MCTオイル(認知症)

 一方、ADも含めた認知症では、意外にも「てんかん」が高頻度で合併していることがあり、てんかん発作による症状が見逃されているという指摘が多くある。てんかんの症状が認知症の症状と解釈されて誤診されているケースが多いと言うのである。徘徊やせん妄などの認知症の周辺症状は、てんかんの複雑部分発作などに由来する症状である可能性があるのであった。しかし、それらが見逃されており、医療の現場では適切な対処がなされていないと懸念されている。特に、アルツハイマー病では、側頭葉を中心とした焦点性のてんかん発作を起すおそれがあるらしい(=焦点が異なれば様々なタイプのてんかん発作が起こりうる。特に、初期に多いらしい。脳血管性認知症では多焦点型の発作も起き得よう)。もし、そうであるならば、いくら抗精神病薬を投与したところで認知症の周辺症状は改善しないことであろう。

 (実際に、そういった抗精神病薬でも症状が改善しない認知症の患者が場末のP科病院にどんどん紹介されて入院してくるのである。私はそういった症例にこそケトン食を試してみたのだが、試せなくて歯がゆい思いをし続けている)。
 
 さらに、認知症の中核症状である健忘やもの忘れも、てんかん発作による短時間の意識障害が原因であり、てんかん発作に由来するものかもしれないという指摘がなされている。
 

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 こういった観点からは、もし、てんかんも合併しているような認知症のケースでは、ケトン食によっていろんな精神症状が劇的に改善する可能性があると言えよう。
  
 もし、KD食によって、認知症の中核症状は無理としても、周辺症状だけでも改善するのであれば、抗精神病薬などの薬剤の投与量を大幅に減らせることが可能となり、抗精神病薬によるADLの低下や嚥下障害や転倒のリスクを大幅に低下させることができるはずである。

 我が国は今後、団塊の世代が認知症になっていくことで、認知症が急増し、現在の医療体制で対応できるのかということが大きな懸念材料となっている。 特に、認知症による徘徊や夜間せん妄などの周辺症状や問題行動で入院せねばならなような症例が激増していけば、今のベッド数では対応できないのではと懸念されている。

 しかし、日々の食事の内容を少し変えてケトン食や修正アトキンス食などにすることで、そういった症例を少なくしていけるのであれば、我が国にとっても助かることになるのではなかろうか。医療費も大幅に節減できることであろう。

 問題は、未だ大規模な臨床試験が行われておらず、エビデンスが提示されていないことである。エビデンスが示されていないものは病院で採用することはできない。早く臨床試験を行うしかないのではあるが、臨床試験は困難を極めることになるであろう。そもそも、他施設で同時に全く同じ食事を長期間に渡って提供することなど不可能に近いからである。全く同じ条件(食事)で評価しないと臨床試験にはならない。従って、ケトン食の認知症への大規模なRCTは実施することは不可能に近い。そういう理由でRCTが行われていないのかもしれない。行うとすれば、1施設に限った小規模な臨床試験となろう。しかし、小規模でも結果を積み上げていけば、りっぱなエビデンスにはなるはずである。

 是非、国にそういった試験を取り組んでほしいと思うのだが、今のところは、そういった臨床試験を行う話があるとは聞いていない。だが、たとえ国が行わなくても、少しでも認知症対策に取り組みたいという意欲がある施設や病院であれば、そういったトライアルは行えるはずである。期待されるほどの効果はないのかもしれないが、しかし、もし効果があり、その効果を示すことができたのであれば、その施設や病院は認知症の診療に大きく貢献したことになろう。
 
(認知症へのKD食の効果が実際に確認されようものなら、製薬会社が儲からなくなるため、こういった臨床試験は国内では絶対に行われることはないのかもしれないが。)

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 次に、認知症以外の精神疾患ではどうなのであろうか。
 
 既に、自閉症ではKDが試みられており、一定の効果が報告されている。PMC4074854では次のように報告されている。
 
 近年、ケトン食(KD)は、自閉症スペクトラム障害(ASD)でも治療的に使用できるのはないかと関心が高まっている。まだ、1つの研究論文と1つの症例報告しかないが、それによれば、KDで治療されたASDの児童は発作頻度が減少し、行動の改善を示したことが報告されている(例えば、学習能力や社会的スキルの向上)。KDは、ASD児童におけるてんかんのエピソードだけでなく、PDHや軽度呼吸鎖(RC)複合体の欠陥のいずれかを有するASDのケースでは大きな利益をもたらす可能性がある。KGDの作用機序は完全に解明されていないため、有害事象や予後の悪化を避ける上で、生化学的・代謝的な評価(検査)をしていないASDのケースでは注意が必要である(ASDの一部の児童では、長鎖アシルデヒドロゲナーゼ欠損症や、血液中の短・長アシル化ーカルニチンの濃度が高いことが報告されており、脂肪酸のβ-酸化に欠陥を有することが示唆されている。最近、カルニチン生合成は、ASDの危険因子として同定されている。従って、このような場合では、高脂肪食の使用を制限するか、カルニチンシステムを利用しない短・中鎖の脂肪酸に切り替え安全性を向上させることが望ましい)。

 ASDの症状を持つ児童へのケトン食の効果は、2つの独立した研究で報告されている。1つ目の研究は、30名のASDの児童への評価である。John Radcliffe食(修正型中鎖脂肪酸トリグリセリド食。カロリー配分は、中鎖脂肪酸トリグリセリド油から30%、生クリームから30%、飽和脂肪酸から11%、炭水化物から19%、タンパク質から10%)を6ヶ月間実施した(4週間にわたる2回の自由食の中断期間を含む)。30名の児童のうち、40%は準拠できず食事を最後まで忍容できなかった。しかし、残りの児童は軽度から中等度の改善を認め、特に、軽度の自閉症的行動を有していた2名の児童は劇的な改善を示した(自閉症評価尺度スコア、集中や学習能力、社会的行動や対人関係における改善)。興味深いことに、KDの有益な効果はKD試験の終了後にも持続した。この研究は予備的研究ではあるが、自閉的の行動を改善させる目的でケトン食を代替療法として使用できるという証拠となろう。

 2つ目は、グルテンフリーカゼインフリーのケトン食で自閉症評価スケールのスコアが49から17にまで軽減したケースレポートである。

 なお、自閉症モデルマウスの実験では、ケトン食によって自閉症の中核症状が有意に改善したことが報告されている。
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0065021

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 PMC4074854によれば、次のように、ASDへの効果のメカニズムが考察されている。すなわち、

 ケトン食には抗酸化作用や神経保護作用があることが報告されている。ラットでの実験では、ケトン体は(グルコースを含まず、生理的な場合よりも10倍高い濃度での条件だが)、NADH酸化を増加させることによってミトコンドリアの活性酸素種(ROS)の産生を阻害し、大脳皮質の神経細胞におけるグルタミン酸(Glu)の興奮毒性を抑制することが示されている。Glu脱炭酸酵素(GAD)/γ-アミノ酪酸(GABA)経路において、コハク酸セミアルデヒド(SSA)の酸化を介したNADPHの産生(GAD)を誘導することは、ストレスの多い状況で発生する還元反応の変化を緩衝できることが示唆されている。このように、ミトコンドリアにおける高いROSの産生が報告されているASDにおいてはケトン食は有益である可能性がある。

 KDは、さらに、GABA作動性システムの障害に対する効果も報告されている。トリカルボン酸サイクルにおける2つのステップがバイパスとなりGABAの産生へと結びつく。すなわち、α-ケトグルタル酸塩(KG)脱水素酵素複合体とサクシニルCoA合成酵素であり、これらはケトグルタル酸をサクシネート(コハク酸)へと転換させる。
 
 これには3つの酵素が関与している。GAD(Gluを脱炭酸しGABAへと転換する)、GABAトランスアミナーゼ(GABAをSSAへと転換する)、SSADH(SSAを酸化してコハク酸トへと転換させる)の3つである。この代謝経路(GAD / GABA経路)は細菌から、酵母、植物、脊椎動物、まで保存されている。高等真核生物では、SSAはγ-ヒドロキシ酪酸(GHB)を減少させることができるが、これはGHBデヒドロゲナーゼの代替触媒反応による作用である。従って、ケトン食によって、アスパラギン酸アミノ基転移酵素によるオキザロ酢酸の利用が制限されることは、GluやGlnからのGABAを産生を増加させることになる(アスパラギン酸アミノ基転移酵素は、アスパラギン酸とα-ケトグルタル酸をグルタミン酸とオキサロ酢酸に相互変換する酵素であり、この酵素は脳のGlu代謝にも関わっている)。GluからGABAへの転換が増加することは、すなわち、GABAが増加することになり、ASDにおいては有益な効果をもたらすことであろう。
(アスパラギン酸アミノ基転移酵素)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%A9%E3%82%AE%E3%83%B3%E9%85%B8%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%8E%E5%9F%BA%E8%BB%A2%E7%A7%BB%E9%85%B5%E7%B4%A0

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(上図の説明)
β-ヒドロキシ酪酸(β-hydroxybutyrate、BHB)とアセト酢酸(acetoacetate、ACA)は肝臓を除き、全て細胞内のミトコンドリアにて燃料(エネルギー産生)分子として利用される。BHBはミトコンドリアの内部で、β-ヒドロキシ酪酸デヒドロゲナーゼによってACAに酸化される(矢印1)。ACAは、コハク酸CoA(succinylCoA)からCoAを受け取り、その結果、コハク酸(succinate)とアセトアセチルCoA(acetoacetylCoA、ACACoA)が作られる。矢印2)。ACACoAはACACoAチオラーゼによって触媒されアセチルCoAをリリースする(矢印3)。アセチルCoAは、ケトン食では脂肪酸から生成されたケトン体をβ酸化することで産生されるが、クレブス回路の中に入りクエン酸(citrate)へと凝縮される。このクレブスサイクルの右側で増大したクエン酸の流入は、α-ケトグルタル酸(α-ketoglutarate、KG)の濃度を増加させることになり、その結果、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(glutamate dehydrogenase、矢印5)やトランスアミナーゼ(図示なし)を介してグルタミン酸(glutamate、Glu)の産生増大をもたらす。これらの反応から生じたGluは、グルタミナーゼ(矢印6)を経由したグルタミン(Gln)を脱アミノ化することで形成されたGluも加わり、γ-アミノ酪酸( γ-aminobutyric acid、GABA)の産生をもたらす。GABAシャントはクレブスサイクルの2つのステップをバイパスする。すなわち、KGデヒドロゲナーゼ複合体とスクシニルCoA(succinyl CoA)合成酵素をバイパスさせ、ケトグルタル酸(KG)をコハク酸(succinate)へと転換させる。このバイパスには3つの酵素が関与している。グルタミン酸を脱炭酸化させGABAに転換させるグルタミン酸デカルボキシラーゼ(Glu decarboxylase、GAD。矢印7)、GABAをコハク酸セミアルデヒド(succinate semialdehyde、SSA)へと転換するGABAトランスアミナーゼ(GABA transaminase、矢印8)、そして、SSAを酸化しコハク酸に転換するコハク酸セミアルデヒド脱水素酵素(succinate semialdehyde dehydrogenase、矢印11)である。SSAは、ヒドロキシ酸オキソ酸トランスヒドロゲナーゼ(hydroxyacid-oxoacid transhydrogenase)やまたはSSAレダクターゼ(SSA reductase)のよる代替ルートによってγ-ヒドロキシ酪酸(GHB)に転換することも可能である(矢印9、10)。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4074854/figure/F1/ 

 ケトン食によって抑制性の神経伝達物質であるGABAが増加するというのはASDだけでなく、他の精神疾患においても有利な状況を提供することになるのではなかろうか。

 こういったメカニズム的な考察から、ケトン食の自閉症への有効性が期待されているのであった。他の論文でもKDは自閉症の発作性症状にも有効であろうと提案されている。

 一方、自閉症スペクトラム障害(ASD)はてんかんとの強いリンクが示唆されており、てんかん症状を合併することも多く、ASDの1/3はてんかんを有するであろうと推測されている。従って、そういったケースではケトン食が有望な治療方法に成り得るものと思われる。

 さらに、ケトン食は他の精神疾患にも試みられている。特に、うつ病や双極性障害などの気分障害への効果を提唱している研究者がおり、本や論文が出版されている。気分障害へのケトン食の効果を提唱しているR.S. El-Mallakhf博士は、ケトン食によってうつ病や双極性障害と初めて本当に戦うことができるようになろう。低炭水化物・高脂肪食(修正アトキンス食)によって劇的に気分を改善させることができるはずであると強いメッセージを述べている。報告はまだ限られているが、R.S. El-Mallakhf博士は、双極2型障害への効果を論文(pubmed/23030231)として発表している。
 確かに、双極性障害とてんかんとの強いリンクが示唆されており(イオンチャネル疾患としての見地からだが)、臨床でも気分安定化剤として抗てんかん薬が双極性障害などの気分障害に対して広範囲に使用されている。この観点からは、ケトン食が双極性障害やうつ病などの気分障害に効果を発揮してもおかしくはないと思われる。
 
 ここで、ふと思ったことがある。第二世代の抗精神病薬(SGA)が気分安定化剤として使用されているのだが、SGAは代謝障害を惹起させることで有名である(トリグリセリドやコレステロールや血糖値の上昇など)。考えて見れば、もしかして、SGAの真の効果は人為的にケトン食のような状態を体内に作り出すことで効果を発揮しているのかもしれない(=代謝シフト)。SGAの気分障害への効果はドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質やその受容体を介する効果であろうと推測されてはいるのだが、脳がSGAに反応してケトン体を優先的に使用するように変化していることで効果を発揮しているのかもしれない。それに答えるために、体の代謝系が変化してケトン体を多く作り出すようになり、トリグリセリドが上昇するのであろうか。その結果、最大のブドウ糖の消費器官である脳がブドウ糖を消費しなくなり、血糖値が上昇するのかもしれない。

(しかし、認知症と同様に気分障害へのケトン食の臨床試験も行われることはないであろう。もし、効果が確認されようものなら、製薬会社にとっては大変なことなってしまうだろうから。)

 このように、ケトン食は精神疾患の治療として応用できる可能性が秘められているのであった。

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 さらに、本年度10月のNatureでケトン食が変調をきたした報酬系を元の状態に戻してくれる可能性があることを示唆する論文が発表されている。
http://www.nature.com/mp/journal/v19/n10/full/mp201431a.html
http://www.nature.com/mp/journal/v19/n10/fig_tab/mp201431ft.html

 その論文によれば、

 循環トリグリセリド(Circulating triglycerides、TGS)の脳内における代謝や役割は十分に解明されてはいないが、ある種の脳の組織においては(中脳辺縁系を含む)、TGを多くを処理できる酵素が発現している。この観点から、さらに、高脂肪食の摂取がドーパミンシグナル伝達を改変できるという観点から、我々は、報酬を求める行動を制御する上で、TGが中脳辺縁系の報酬回路を直接ターゲットにして制御しているのではなかろうかという仮説を立て、それを検証することにした。

 その結果、頸動脈を介して脳へTGを少量供給したことで、自発的な、あるいは、アンフェタミンによって誘発される移動行動の双方を急速に減少させ、かつ、食べ物への嗜好を消去し、食べ物を求める行動への動機を減少させることを見出した。逆に、TGを加水分解する酵素であるリポタンパク質リパーゼを阻害する処理を施すことで、特に、側坐核においてその処理を施すことで、食品の嗜好や食品を求める行動を増加させることが分かった。最後に、長時間のTGの供給は、移動行動を継続的に抑制するにもにも係らず、食べ物の好みが正常に戻ることをもたらすことが分かり、これはTGによって適応メカニズムが生じることを示唆している(=TG、すなわち、ケトン食で報酬系がリセットされ元の状態に回復されうることを示唆する)。これらの知見は、食事の中の脂肪が中脳辺縁系回路の機能を変化させ、報酬追求行動を変えることができる可能性があるという新しいメカニズムを明らかにするものである。

  この論文からは、ケトン食は、ギャンブル依存、薬物依存、食品中毒、過食障害、などの報酬系の異常を抱えているような精神疾患にも効果が期待できる可能性を秘めていると言えよう。

 (ケトン食のような高過ぎるTGは、側坐核でのTGの処理がしきれなくなり、逆に、薬物やギャンブルへの探査行動が増えてしまい悪い方向に作用するという解釈も成り立つのではあるが。逆効果になるリスクはあるものの、どうしても過食が止まらないケースやギャンブルを止めれないケースは修正アトキンス食を試みるのも1つの方法かもしれない。)

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 ここまで読んできて、アルチュハイマー病のことを私は思い出した。アルチュハイマー病とは、高齢のアルコール依存症の患者が断酒をしていく過程で、なぜか認知機能が落ちていき、アルツハイマー病のようになっていってしまう謎の奇病であり、当院ではアルチュハイマー病と呼ばれている不可解な病態である。

 しかし、よく考えてみれば、アルチュハイマー病のような現象が起きてもおかしくはないことがケトン食のメカニズムから理解できるのである。重度のアルコール依存症では、脳は酢酸をエネルギー源として利用しており、ケトン食を食べているのと同じことになっているものと思われる。脳のエネルギー利用モードは既にケトン体モードになっているのである。これによって神経保護作用が発揮されており、アルコールの脳への直接的なダメージをなんとか防御していたのかもしれない。しかも、脳内ではグルコーストランスポーター(GLUT1やGLUT3)の発現が抑えられており、特に、高齢者ではアルコールの影響だけでなく加齢の影響によってもGLUTが低下しており、脳ではグルコースが十分に利用できなくなっている状況になっているものと推測される。
 
 なんと、不幸にも、そんな脳の状況の時に、本人の意志ではなく、家族や医療機関からの要請によって、低レベルの場末のP科病院に断酒のために仕方なく入院となり、いきなりの断酒が始まるのであった。その結果、いきなりケトン体の供給が絶たれてしまうことになる。入院してからは、アリナミンこそ入るもののブドウ糖入りの点滴をされたり、食事も普通食しか出なくなる。あんさんの脳はアル中でっせ、早くグルコースモードに戻りんしゃい!!という強制的な処置が開始されるのである。

 しかし、脳はそんなことは一切希望していない。せっかくケトン体を利用してうまくやっていたのに、ブドウ糖なんか今更欲しくないよ、これからもケトン体が欲しいのにと言っているのである。

 断酒によって、これまで脳のエネルギー源として利用していた酢酸(ケトン体)が絶たれる上に、入院して与えられる食事は普通の食事である。普通食からは十分な炭水化物が供給されるためグルコースに変換され、どんどんグルコースが脳に運ばれようとすることであろう。しかし、たとえ脳まで運ばれたとしてもグルコーストランスポーターが減ってしまっているため、高齢のアルコール依存症患者の脳ではブドウ糖がうまく利用できないのである。結局、ケトン体による神経保護効果もなくなり、脳神経細胞内部のエネルギーは枯渇していくはずである。そうなると神経細胞はアポトーシスに傾き、どんどん死んでいき、アルツハイマー病のような病態に急激に変化していってしまうことになるのではなかろうか。
 
 アルチュハイマー病を防止するには断酒時に酢酸を与えるのも1つの方法だと過去のブログでは述べたのだが、脳はケトン体を利用するモードになっているためケトン食でもいいはずである。さらに、ケトン食はアルツハイマー病でも効果が想定されているため、この点からも高齢のアルコール依存症の断酒時にはケトン食や修正アトキンス食が推奨されることになろう。

(もし、肝臓もやられていたら、脂肪酸からケトン体をうまく産生できずに失敗するかもしれないし、高脂肪は膵炎を悪化させてしまうため、かえって有害なことになってしまうかもしれない。しかし、脂肪を酢でまかない脂肪をできるだけ減らす方法もあり得るかもしれない。修正アトキン酢食とでも言うべきか。汗;)
 
 アルコール依存症患者の断酒の時の病院食はケトン食が、特に、修正アトキンス食やMCT食がお勧めなのだと言えよう。これは、国内初の、いや、世界初の提案かもしれない。これで多くのアルコール依存症患者の断酒がスムーズに行われ、不幸な転帰をたどることもなくなるはずである。こんな私でも、世界に貢献できるかもしれない。ジョンズホプキンス大学のEric H Kossoff博士に、断酒の際のケトン食についても是非取り組んでみて下さいとメールを出しておくとしょう。英語を書くのは苦手だから、もちろん日本語で。現地の日本からの留学生が訳して説明してくれるはずである^^;。
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 日本のP科病院ではケトン食は提供されない。もし、ケトン食を試してみたいのであれば、自宅で個人的に実践するしかないであろう。しかし、副作用も報告されており、カロリーの計算を間違えてしまうことも多いのではなかろうか。個人的に行うことは危険である。栄養士の指導の下に行うのが適切であろう。個人的に栄養士を雇い、アドバイスを受けながら、さらに、定期的に医療機関で血液検査を受けながら行えば、自宅でもやってやれないことはないとは思える。他の国々は自宅で実践しているのだから。
 
 効果の保証は一切ない。しかし、もし、ケトン食が効果があるのであれば、今飲んでいる薬物を一気に減らせるかもしれない。劇的な効果が発揮されれば、薬を飲む必要もなくなるかもしれない。今後、多くの医療機関でケトン食の精神疾患への臨床試験が行われ、本当にどの程度の効果があるのかが明らかにされていくことを期待したい。
 
 以上、3回にわたって食事に関するブログを書いたのだが、もし、食事を変えるだけで症状が改善し、医療との関わりを断ち切れるのであれば、それはそれで良いことだと私には思える。日本の莫大な医療費も大きく削減できることであろう。精神疾患の予防にも貢献できよう。食事を変えることで難治だった精神症状が改善する可能性があることをどうか忘れないでほしい。