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 忘年会シーズンである。

 しかし、今日は忘年会だが、愛する家族のために早く帰宅しようと決意して家を出たのだったが、その決意が逆に仇になってしまうワナが待ち構えていることがある。
 
 皆さん、気をつけましょうね。
 
 子供が6か月前に誕生したばかりの若い男性がいた。今の喜びは、我が子の安らかに眠る姿を見て、泣いたら抱っこをして、父親となった実感を味わうことだった。子供も誕生したし、俺には父親としての自覚が芽生えた。さあ、この幸せな家庭を守り続けるために今日も仕事を頑張るぞ。
 
 しかし、今日は忘年会だ。今日は今までとは違い早く家に帰ろう。

 何て愛しい我が子の寝顔。スースーと心地よさそうに眠っている。思わずおでこにキスをしてしまった。

 あなた、早く帰ってきてね。飲みすぎないでね。
 
 大丈夫だよ。もう父親になったんだから、若い時のような無茶はしないよ。今日は早く帰ってくるからね。じゃあ、行ってくるね。

 愛する家族のために、今日は絶対に早く帰るぞと、決意を新たにして家を出た。

 だが、いざ忘年会となったのはいいが、今日は非常に狭い店だった。しかも、隣に座った独身の若い女性がやたら気になって仕方がない。幹事は宴会でセクハラなどの間違いが起きないようにと、既に結婚しており子供が生まれたばかりのガードが固くなっている私の隣の席にしたのだろう。家庭状況からいって一番そんなことをしそうにないのは分かるけど、狭すぎて体と体がすぐにぶつかってしまうではないか。
 
 彼女とは余り話したことはないのだが、前から可愛い子だなと気になっていたのは確かである。向こうもなぜか今日は俺に親切で積極的だ。俺ってまだ魅力があるのかな。まだまだ捨てたもんじゃないな。ああ、あまり飲まないでおこうと思ったが、彼女がどんどんついでくるものだから、断る訳にもいかず、いつものように飲んでしまった。

(いやいや、これではいけない。今日は1次会で絶対に帰るのだ。)

 向こうは独身のためか、結婚生活にやたらと興味があるようであり、いろいろと聞いてくるので、家庭の話や子供の話をして盛り上がってしまった。

 今は赤ちゃんがいるから奥さんとはエッチはしていないのとか、奥さんと今でもラブラブ?、 とか聞いてくる。向こうも大分酔っぱらっているようだ。
 
 子供さんの写真を見せてよと言うので、スマホに保存してある子供の写真を見せた。
 
 きゃあ、可愛い!! 彼女はじっと写真を見いっている。

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 どうだ可愛いだろう。ああ、なんて愛しい存在なんだ。
 (ここで、ある物質がどっと分泌された)
  
 あれ?、変だな、子供の写真を見たとたんに、なぜかその女性がすごく魅力的に感じてきた。
 
 逆に、彼女の方も、まじまじとこっちを見てくるではないか。恥ずかしい。俺をそんなにじっと見ないでくれよ。
 
 ああ、どんどん飲まされる・・・・・。
 
(こうして2時間半が経過した)
  
 じゃあ、皆さん、来年も頑張りましょう。乾~杯!!
 
 はい、1次会はこれで終わりです。さあ、さあ、皆さん、2次会に行きましょう。
 
 え、もうそんな時間なのか。2次会どうしようかな。脚が少しふらつくな。まず、トイレに行かねば。

 げっ、えらく混んでいるではないか。先輩、お先に失礼しま~す。

 モタモタしていたらエレベーターを乗るのが一番最後になっちゃった。残り5名くらい。彼女もエレベータに乗り遅れたのか。
 
 帰りのエレベーターで2次会に行くべきかどうか迷っていたら、その女性が私の腕をつかんできた。

 私、酔っちゃったみたい。主任さん、今日は早く帰っちゃいや~ん。ねえ、一緒に2次会に行きましょうよ。私じゃダメ?
 
 先輩、お持ち帰りはダメですよ。ちゃんと彼女を2次会に連れてきてくださいね。
 
 バ、バカなことを言うな。妻帯者で子供がいる私がそんなことをする訳ないだろう。
 
 2次会の場所はここですから。皆でタクシーで移動します。
 
 あれれ、一番最後のタクシーになっちゃった。

 え、どうしよう。このまま彼女を1人で置いて帰るのもまずいし。まあ、まだ9時だし、1時間ほど2次会に参加してから、すぐに家へ帰ろう。ま、少しくらいならいいか。
 
 彼女とタクシーに乗る。運転手に行き先を告げる。

 ああ、なんだか眠くなってきた。運転手さん、店についたら起してください。
 
 ・・・・・・・・・・・・
 
 はい、お客さん、着きましたよ。起きてください。運転手がニヤニヤしている。
 
 着いたところは、なんと、ラ・ブ・ホ・テ・ル!!
 
 えっ?、ここはいったい・・・・・。
 
 なんでこんなところに着いたのだ。
 
 しかし、俺にもたれかかったままの彼女。俺の腕をつかんで離そうとしない。
 
 眠っている間に、彼女が運転手に違う行き先を告げたのであった。
 
 もうここまで来ると、会話は要らない。彼女が私に何をしてほしいのかは明らかである。
 
 いっ、いかん。これはまずい。妻と子供は俺の帰りを待っているのだ。

 誘惑に負けてはいけない。邪念を消すのだ。愛する妻と子供の姿を思い出すんだ!!
 
 愛しい妻と子供の姿がドドーンと脳内に再生された。

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 (その瞬間、再びある物質がどっと分泌された)

 だが、皮肉にも、抑えなければならないはずの本能が逆に爆発してしまったのである。
 
 君はなんて魅力的な女性なんだ!!

(後は、どうなったかはご想像にお任せしますが、午前様になってしまい、奥様から厳しく問い詰められて修羅場になってしまったのは言うまでもありません^^;) 

(この話は、実際に似たような体験をした、とあるドクターの話を元に書いております。なお、私ではありませんので、くれぐれも誤解なさらぬようにお願い致します。)

 しかし、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。

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 オキシトシン(Oxytocin)とバゾプレッシン(Vasopressin)。

 この2つのペプチドホルモンが、人の精神(感情調節、共感能力、報酬系、等)や行動(特に、向社会行動など)に大きく関わっていることは以前からよく知られており、今でもさかんに研究されている。
 
 特に、オキシトシンは、母と子の絆(授乳などの育児や母性行動、母と子の愛着の維持、など)、男と女の関係(パートナーへの愛、浮気を防止し夫一婦制度を維持する、など)といった重要な事柄に大きな役割を果たしており、「愛のホルモン」と呼ばれている。愛撫や抱擁などの刺激で分泌されるため、「抱擁ホルモン」とも呼ばれる。また、性行為などにも関わり、男女の結合を強めるため、「結合ホルモン」とも呼ばれている。恋愛が始まった女性ではオキシトシンが高まっていることが報告されている。オキシトシンは、まさに「愛のホルモン」なのであった。

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 さらに、オキシトシンは、社会的な認識、社会的な記憶、社会的なアプローチ、社会的選好(social preference、ある社会的な状況への好みが増す。ある人を好きになるのも社会的な選好の1つである)をも促進することも分かっており、他者との信頼関係友好関係の構築を促進することにも大きく関与している。オキシトシンは自己と他者の違いを認識する能力を向上させ、他者への肯定的な評価を向上させくれるのである。

 その結果、オキシトシンが作用すると、アイコンタクト、ボディタッチ、子へのグルーミング(毛づくろい)といった他者との接触行動が増える。オキシトシンは、他者とのスキンシップを高めてくれる方向に作用するのである。

 そして、オキシトシンは赤ん坊という人生の早期から作用していることも分かっている。母親とのスキンシップは赤ん坊のオキシトシンレベルを高める。これによって、子供の親への信頼感は増加し、子供は安心して育つことになる。その結果、子は親を慕うようになり、子供は親を尊敬するようになり、しいては社会をも尊敬し尊重するようになる。社会はオキシトシンが作り出し支えているのだとも言えよう。
 
 一方、オキシトシンは、ドーパミンやセロトニン系にも関与しており、オキシトシン作動性ニューロンは側坐核や扁桃体や海馬などで報酬系や大脳辺縁系ともリンクしていることが分かっている。愛が人間の心を満たしてくれる、すなわち、報酬系を満たしてくれることは、誰にでも理解できよう。オキシトシンが報酬系を直接高めてくれることで、生涯一人のパートナーに忠誠を誓い、たとえ自分の夫や妻以外の魅力的な男性や女性に心を惹かれたとしても、オキシトシンのおかげで自分のパートナーからの報酬が一番最高のものだと実感でき、一夫一婦制度を維持していけるようになっているのである。そして、夜泣きされて育児がきつい時でも、心が満たされ、母親としての幸せな気分にひたれるのであろう。

(社会的選好について)
 こういったオキシトシンの社会性に関する役割の観点から、オキシトシンと自閉症との関連性が以前から調べられており、社会機能のスコアが悪い自閉症児童ではオキシトシンのレベルが低下していることなどが見出されている。

 オキシトシンのその作用からは、自閉症への社会症状や行動症状に対して効果が期待できるのではと想定され、既に、自閉症へのオキシトシンの点鼻薬の治験や臨床試験が行われている。しかし、オキシトシンのレベルは全ての自閉症児童で低くなっている訳ではなく、健常児童と変わらない高いレベル有するケースもあり、全てのケースでオキシトシンの効果がある訳ではない。自閉症とオキシトシンとの関連性については膨大な数の論文があるのだが、今回は自閉症とオキシトシンとの関連性については省略する(興味がある方は、下の総説や下の論文を読まれたし。なお、バゾプレッシンも自閉症に関わっていることが報告されている。統合失調症でもオキシトシンとの関連性が報告されている)。

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 下のHPからは、治験がうまくいけば、後2・3年もすれば、自閉症の治療薬としてオキシトシンの点鼻薬が発売されるのではなかろうか。

(なお、なぜ点鼻薬として鼻から投与するのかについては、「関連ブログ2014年2月5日 涙」を参照して頂きたい。)

 一方、オキシトシンの点鼻薬は、自閉症だけでなく、多くのケースに応用できる可能性がある。社会的なストレスを緩衝してくれるその作用からは、いろんなケースに応用できるものと思われる。
 
 特に、最近、自分の子供に虐待を加えてしまう親のケースが増えて大きな社会問題になっている。オキシトシンのその作用からは、オキシトシンの点鼻薬は、子供への虐待に悩む親を救い、子供への虐待を防いでくれるツールになる可能性があるのではなかろうか。

 抵抗性うつ病では、エスシタロプラとの併用でうつ症状を改善するという報告もある。これはオキシトシンの報酬系を介する効果であろう。

 さらに、依存や嗜癖などの中毒性疾患からの回復にオキシトシンの点鼻が役に立つ可能性がある。オキシトシンの点鼻によってアルコールの離脱症状が緩和することが報告されている。さらに、依存や嗜癖に陥るケースでは、オキシトシンシステムが十分に機能しておらず、報酬系が機能不全に陥っていることが分かっている。オキシトシンは、この報酬系の機能を回復してくれる可能性がある。オキシトシンシステムは通常は3歳までに発達を100%完了する。しかし、虐待やトラウマを受けたなど養育時の環境要因によっては、オキシトシンシステムの発達が阻害されてしまうことがある。依存性疾患に陥るリスクは、既に4歳から存在するのかもしれない。オキシトシン点鼻薬は、依存症の治療にも応用できる可能性があろう。ただし、オキシトシンシステムの発達が大きく阻害されていると効果がないことも考えられうる。

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 ここで、オキシトシンの点鼻薬を使用する上で注意しなければいけないことがある。オキシトシンは嫌な記憶を呼び覚ますことがあり、不安を惹起させ、社会ストレスの知覚を促進させ(人の男性での所見)、未来への恐怖やストレスを増強させることがあるため、想定されているオキシトシンの効果と逆効果になることがあるようだ。その使用には注意が必要であろう。

 話がそれてしまったので元に戻そう。

 人の精神や行動に関わるホルモンはオキシトシンだけではない。バゾプレッシンにも、人の行動に関わる大きな役割があることが分かっている。すなわち、男性としてのパートナーへの結合(妻への愛、一夫一婦制の維持、など)、子供との結合(子供への愛や育児、子供を防御する、など)、不安、ストレス、敵からの防御、敵への攻撃や警戒、社会的地位の維持、記憶(社会的記憶、など)、学習、といったようにオキシトンと同じように精神や行動に大きな役割を果たしていることが分かっている。そのため、今では、バゾプレッシンやオキシトシンはペアになって人間の精神や行動に大きく関与しているのだろうと理解されている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4005251/
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8413608
 この2つのホルモンの主な役割は、前述したように、向社会行動(prosocial behavior)である。特に、向社会行動を介して社会的な結びつき(social bonding)を強めるという大きな役割を担っている。

 社会的な結びつきには、親と子の結びつき、夫婦間の結びつき、救助活動、ボランティア活動、慈善活動や市民としての義務を果たすなどの他者との結びつきなどがあり、オキシトシンとバゾプレッシンは様々な社会的な結びつきに関わっているのであった。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4146394/
http://www.nature.com/nrn/journal/v12/n9/full/nrn3044.html
 

(向社会行動について)

 そして、向社会行動への作用も、同じホルモンでも男と女では作用が異なることが分かっている。オキシトシンとバゾプレッシンは作用に性差があるホルモンなのである。

 では、このホルモンの向社会行動や結びつきにおける役割とは具体的にはいったいどのような役割なのであろうか。
  
 この点に関して、一番重要なことは、オキシトシンは母性愛に、バゾプレッシンは父性愛に目覚めさせてくれることであろうと思われる。

 オキシトシンは母性のホルモンであり、バゾプレッシンは父性のホルモンなのであった。

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 女性では、母親になると、オキシトシンやその受容体の発現が高まることが知られている。これによって母性愛に目覚めることになる。さらに、そういった変化は、男性のバゾプレッシンでも報告されている。父親のオマキザルは父親になると、前頭前野における錐体ニューロンの樹状突起棘の密度が高まり、それと並行して、樹状突起棘におけるバゾプレシンV1a受容受容体が増えていることが判明した。これは、まだ父親になっていないオマキザルの雄には見られない変化である。さらに、バソプレッシンの注入を受けると、オスの大草原ハタネズミは子供のハタネズミを抱擁するようになった。男性では、父親になるとバゾプレッシンの作用が高まり、父性愛に目覚めることになるのである。
http://www.slate.com/articles/health_and_science/medical_examiner/2007/06/stretch_marks_for_dads.html
 
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 そして、オキシトシンやバゾプレッシンの発現を高め分泌刺激を与えてくれるのが、愛しい我が子の存在である。

 授乳の際にはオキシトシンが高まるのだが、赤ん坊を抱っこしただけでも母親のオキシトシンの分泌が刺激される(オキシトシンは単なるボディタッチという皮膚への物理的な刺激でも増えるようではあるが)。そして、赤ん坊が泣いた声を聴いただけでも、女性はオキシトシンが分泌されて、母性愛が作動し赤ん坊を養育しようと頑張るらしい。当然、赤ん坊のその愛らしい姿を見れば、女性ではオキシトシンが、男性ではバゾプレッシンが分泌されることであろう。その愛らしい姿を見て、母や父として目覚めない方がおかしいと言えよう。


(オキシトシンとバゾプレッシンの歌ですね^^;)
http://www.youtube.com/watch?v=PrRyJBo7VEw
 
 一方、既に述べたように、この2つのホルモンが作用する力には性差が認められる。興味深いことに、オキシトシンは女性で強く作用し、バゾプレッシンは男性で強く作用することが分かっている。

 そして、遺伝子の発現量も男女で異なっている(雌ではオキシトシンやその受容体の発現は雄の1.4倍も高い)。しかも、エストロジェンのような性ホルモンによって、オキシトシンやその受容体遺伝子の発現が刺激されることも分かっている。バゾプレッシンも同様に男性ホルモンで刺激される。逆に、男性では去勢されるとバゾプレッシン受容体が減少してしまう。まさに、オキシトンは女性へのホルモン、バゾプレッシンは男性へのホルモンなのであった。

 この観点からは、ストレスや不安に関連するバゾプレッシンが強く作用するように生まれつき定められている男性は、女性よりもストレスや不安に晒され易くなっているものの、その方が敵と戦う上では有利であり、愛する妻と我が子を守るために過酷な状況と最後まで戦い抜き使命を果たすように定められているのかもしれない。バゾプレッシンはまさに「愛する人を守るために戦う男のホルモン」なのである。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2689929/
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7773686

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 この2つのホルモンは視床下部の室傍核と視索上核で作られて下垂体後葉から分泌される。

 このホルモンは、相同性が非常に高いホルモンである。アミノ酸配列は、双方共に9個からなり、オキシトシンが、
「Cys-Tyr-Ile-Gln-Asn-Cys-Pro-Leu-Gly-NH2」であり、
バゾプレッシンは、
「Cys-Tyr-Phe-Gln-Asn-Cys-Pro-Arg-Gly-NH2」であり、
たった9個の中の2つのアミノ酸が違っているに過ぎない。

 しかし、この2つの違いが大きな違いを呼ぶことになり、男と女の役割の違いを強くアレンジして作り出すことになる。

 なお、オキシトシンのPro(プロリン)がバゾプレッシンではArg(アルギニン)になっているだが、動物種によって異なるため、人ではバゾプレッシンをアルギニンバゾプレッシンと表現されることがある。多くの動物ではアルギニンバソプレッシン(英: Arginine vasopressin:VP)であるが、豚ではリジンバソプレッシン、鳥類などではアルギニンバゾトシンである。オキシトシンもバゾプレッシン同様に動物によって異なる。このようにこの2つのホルモンは動物種によって多様性に富んでおり、人類としての進化に関わるホルモンなのだと言えよう。人類で大きく発達したもの。それは社会性である。この2つのホルモンが社会性に大きく関わっているのは必然的なことなのかもしれない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%BD%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%B3

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 一方、この2つのホルモンは構造が似ているため、化学構造式からの観点では、オキシトシンはバソプレッシン受容体に対してはアゴニストとして作用し(構造が似ているのであれば、こういう作用は十分にあり得るだろう)、バソプレシンはオキシトシン受容体に対してはアンタゴニストとして作用すると下の論文では述べられている(この作用は不思議である)。

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 さらに、バゾプレッシンはオキシトシンと反対方向の作用を有することも知られている。しかも、生理学的にもバゾプレッシンはオキシトシンの中枢神経系への効果を打ち消すように作用することも知られている。

 そして、中枢神経系に対しては男性と女性への効果も異なる。例えば、見知らぬ人の顔を見た際には、バゾプレッシンは、男性では警戒を強めた反友好的な表情を作り出すが、女性では親しみのある友愛を示す表情を作り出す。さらに、オキシトシンは、男性に対しては自分が関心がある自分の子供を優先するような行動を強めるが、女性に対しては、分け隔てない養育的で利他的な行動を強める。など、性差が報告されている(我が子の保護や養育にとっては双方の態度が必要なようではあるが)。
 
 オキシトシンは普遍的で分け隔てないマザーテレサのような愛を生み出し、バゾプレッシンは特定の対象(配偶者や我が子)への強い愛を生み出しているのかもしれない。
 
 愛する存在を守りぬく。それがバゾプレッシンが強く働くように運命られた男の使命なのかもしれない。しかし、男としての役割を果たそうと思ったら、オキシトシンの作用を抑えなければ、真の男としての役割を果たせない時がある。そう、それは敵と戦う時である。特に、愛する妻や我が子を襲おうとしているような敵と戦う時にはオキシトシンによる慈悲や友愛の心が邪魔になろう。男は、大切な妻や我が子を敵から守るためには、バゾプレッシンの力によってオキシトシンをブロックし、敵への愛(友好や同情)などは捨て去って、敵を攻撃して情け容赦なく打ちのめすように定められているのかもしれない。
http://www.researchgate.net/publication/51429083_Oxytocin_vasopressin_and_sociality/links/0046352b1a47aba857000000

 このように バゾプレッシン(アルギニンバソプレシン AVP)は攻撃行動に関係している。そのため、バソプレシン受容体遺伝子に変化があると、暴君を作り出すことになる。バソプレシン受容体(VBR、AVBR)には3つのタイプが同定されているのだが(V1、V2、V3)、V1はさらに2つのサブタイプに分かれる(V1aRV1bR。または、AV1aRAV1bR)。

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 これらのバゾプレッシン受容体の中でも、V1aR遺伝子が「無慈悲遺伝子」として注目されている。V1aR遺伝子のプロモーター領域の1つであるRS3には、短いタイプと長いタイプがあるのだが、短いタイプのRS3を持つ男性では「独裁者ゲーム」における振る舞いが、相手の取り分など配慮せずに情け容赦なく自己の利益ばかりを優先する傾向が強かったことが示されている。そのため、短いタイプのRS3を有するV1aR遺伝子は、「無慈悲遺伝子」や「暴君遺伝子」「独裁者遺伝子」と呼ばれている。短いタイプのRS3では利他主義が低くなり利己的になるのである。

 そして、この傾向は既に幼児期から認められることが分かっている。この遺伝子型を持つ児童は、利己的になり、子供時代からドラえもんのジャイアンのように相手に対して情け容赦ない振る舞いをするのである。ジャイアンはこの遺伝子型を持つのかもしれない。

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 なお、この領域の対立遺伝子の型は、318、320、322、324、326、328、330、332、334、336、338、340、342、344、346、348、350などの種類があり(数字が小さい短い程、遺伝子の長さは短くなる)、そして、血液型と同様に父親と母親のそれぞれから1つずつ受け継ぐ。従って、2種類の型を持つことになる。同じ対立遺伝子のペアを有するホモと、違うペアを有するヘテロも行動に影響を与えるようになることが知られている。

 さらに、V1aR遺伝子だでけでなく、V1bR遺伝子も同様に、攻撃性、社会的認識記憶、社会動機、社会選好などの行動に関連していることが報告されているが、V1aRほどは詳しく調べらてはいないようだ。

 ここで、あることが思い浮かぶ。暴君になるということは、バゾプレッシンは男と女の関係、すなわち、夫婦関係に関わってくるのではないのかということである。
 
 この点に関して、有名な論文を紹介したい。V1aR遺伝子が離婚(浮気)と関係しているという論文である。

 この論文では、V1aR遺伝子のRS3領域と妻への満足度(パートナーとの結びつきスケール、Partner Bonding Scale 、PBS)や離婚との関係性が調べられた(表2)。11遺伝子型へのテストを補正して解析したところ、334という対立遺伝子型を1つ以上有する男性ではPBSが優位に低いことが分かり、334という遺伝子型が離婚(浮気)遺伝子として炙り出された。
 
 すなわち、パートナーとの結びつきスケール(PBS)は、334の遺伝子多型を1つも有さない場合は配偶者の満足度の得点は48.0、1つ持っていると46.3、2つ持っていると45.5と有意に低下していた(表3)。他の遺伝子型では、こういった傾向は認められなかった(344もPBSが低いようにも思えるが、344・334タイプが混じっていたのだろうか。統計解析では有意差は出なかったようだ)。
 
 一方、離婚の危険性との関連からは、334を2つ持つ男性は、334を全く持たない男性と比較して、過去1年間で離婚の危機を2倍も多く経験していた(34%対15%、表3)。
 
 さらに、この334という遺伝子型は、結婚しないこととも関連していた。334を2つ持つ男性は、334を全く持たない男性と比較して、結婚している率が少なかった(68%対83%)。逆に、同棲をする傾向が高かった(32%対17%、表3)。
 
 逆に、結婚生活の質に関する妻側からの評価では、334を2つ持つ男性は、334を全く持たない男性と比較して、妻からの評価が悪い傾向があった。(愛情表現不足、夫婦間の意見の不一致、夫婦間の結束が低い、などと妻は感じている。表4)。
  
 これらの一連の結果からは、334という遺伝子型は離婚に結びつく傾向を有するのではないかと結論付けられている。

 なお、この334という遺伝子型の頻度は、334を少なくとも1つ持つ男性は40%、対立遺伝子が2つとも334の男性は4%であった。結構な割合で男は334を持つようなのである。これはスェーデン人のデータであり、日本人男性のデータではないが。

(この334という遺伝子型を持つ男性は結婚しない方がいいのかもしれない。しかし、論文の数字からは、7割はちゃんと機能した結婚生活を送っているとも思えるため、必ずしも悲観する必要はないのかもしれないが。汗;)
 
 こういった傾向を生む背景としては、334という遺伝子型を有すると、扁桃体の活性が高くなり、他者のマイナスの表情に対して敏感であり、対人関係において関係を持つことを回避しやすくなるといったことが関係しているのではと推測されている。妻のマイナスの表情を敏感に感じ取ってしまうため、夫婦間の積極的な関わりを回避してしまうのであろうか。さらにRS3の長さに関しては長い型の方が短い型(某君型)よりも扁桃体の活性が高かった。暴君になる人は他人の表情など気にせずにどんどん情け容赦ないことをするのだろう。なお、RS1領域の長さや対立遺伝子の型も扁桃体の活性度合と関連が見られたが、下の論文の表3を参照してほしい。

 さらに、チンパンジーではこのRS3領域は性格傾向に関与していることが報告されている。チンパンジーでは、このRS3領域を欠くケースが83例中、雌で34例、雄で19例認められたが(DupB(-)、上手)、このDupB(-)対立遺伝子をペアの型で有するケース、すなわち、DupB(-)(-)では性格傾向に特徴は認められなかったが、DupB(-)(+)という型では、不誠実になる傾向が認められた。そして、その傾向は雄のチンパンジーにおいて顕著であった(人類では、334を持つと不誠実な男になってしまうのかもしれない)。

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 このように、バゾプレッシンは男としての運命を決めるホルモンなのだと言えよう。

 ここで、疑問が生じる。バゾプレッシンは女性に対しては影響しないのであろうか。この点に関しては、女性でも上記のRS3というバソプレシン受容体V1aR遺伝子のプロモーター領域に関連しており、RS3の多型と母性の強さが関連していることが報告されている。不思議なことに、男性が暴君になっていく傾向とは逆で、長い方の対立遺伝子を2つ持つ母親は子供に対する母性が低下してしまうようだ。このように、バソプレッシンは母性にも関係しているのであり、必ずしもオキシトシンだけが母性に関係している訳ではなさそうである。

 では、オキシトンの方の作用はどうなのであろうか。オキシトンは愛のホルモンである。当然、夫婦関係に大きく関わっているはずである。
   
 この点に関しては、前述したように、オキシトシンは夫婦関係の維持(一夫一婦制、monogamy)に大きな役割を果たしているのではと1980年台の頃から考えられていた。これは、男女のペアを形成する草原ハタネズミと、単独で生活しペアを形成しない山地ハタネズミにおけるオキシトシンの作用や、オキシトシン受容体の分布パターンの違い、オキシトシン受容体への阻害実験などから推測されたのだが、フィンチ(鳥)など他の動物でもペアリングの際のオキシトシンの関与が確認されている。

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 オキシトシンは、どうやら、夫婦間の結合ペアボンディング、pair bonding)、夫婦間の信頼関係の構築夫婦間の記憶(思い出)の保持などを強くしているようであり、前述したように、報酬系も関与して、これらの作用が一夫一婦制を後押ししているのかもしれない(しかし、これらの所見は動物での所見であり、人間で確かめられた訳ではない)。

 特に、他者との信頼関係を築く上でオキシトシンは大きな役割を果たしていることが確認されている。オキシトシン受容体(OXTR)遺伝子のrs53576領域と他者への信頼感を調べた研究では、対立遺伝子型がG型(GG)を有する場合は、A型(AA/AG)を有する場合よりも他者への信頼行動が高いことが分かった。オキシトシンは愛だけでなく「信頼ホルモン」とも呼べるホルモンなのである。オキシトシンは、おそらく、子供が親を信頼することにも関連しているのだろう。前述したように、赤ん坊は母親からのスキンシップによってオキシトシンが増加することが分かっている。こういった母性愛の力によって、子供はオキシトシンシステムを発達させて、人を信頼する力を育んでいるものと考えられる。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3270329/
http://latchment.com/imprinting/

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 さらに、オキシトシンが点鼻された場合には、なじみのない人に対して親和行動を強めることが分かっている。オキシトシンは信頼感が高まるだけでなく、その人のことを好きになっていくのである。ペアであることを維持するには、信頼感だけでは維持できまい。好きじゃないとペアは維持できない。しかし、オキシトシンの力によってパートナーを好きになれるのである。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0018506X09000853

 一方、人間の男性においては、オキシトシンは妻への忠実度を促進するように作用することが報告されている。これは、鼻腔にオキシトシンを点鼻した時の、パートナーの写真を見た場合と見知らぬ女性を見た場合とのfMRIの所見から明らかにされた。そして、この作用は報酬系を介した作用であることも判明した(ドーパミンなどもオキシトシンを介して関与しているのであろう)。オキシトシンが他の女性よりも自分のパートナーの魅力や報酬価値を高めてくれているのである。人間はいつも、脳内の報酬系を刺激するために努力をしている。この所見からは、恋人と別れた時や自分のパートナーを亡くした時に、報酬系を満たす刺激が喪失されてしまうため、深い悲しみやうつ病に陥る理由が説明できると論文の著者は述べている。

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(この図を良く見ると、プラセーボを投与された時には、見知らぬ女性の写真の方に強く反応している。これは、男は、皆、浮気症があるということなのかもしれない。浮気をされたくなかったら、夫の鼻にオキシトシンを毎日点鼻するといいのかもしれない^^;)

 しかし、オキシトシンの夫婦間の結びつきを深めるという役割に関しては、男性ではなく、むしろ女性に方に強く作用しているようである。
 
 キンカ鳥(zebra finches)では、オキシトシンアンタゴニストを投与されると、ペアリングが阻害されるが、それは雄よりも雌でその傾向が強かった。

 さらに、ペアリングにおけるオキシトシンの効果は女性に強く影響するという傾向は人間でも確認されている。OXTR遺伝子のSNPsであるrs7632287という対立遺伝子を1つか2つ有する女性では、PBSスコアは低くなり、離婚の危機を経験する率が50%も高くなることが分かった(男性のV1aR遺伝子のRS3領域の334という対立遺伝子と同じような傾向が、女性のOXTR遺伝子のSNPsでも認められたのである)。

 さらに、(女性か男性かは分からないが、)、OXTR遺伝子のある種のSNPsは恋愛の初期におけるパートナーとの共感的なコミュニケーションをする上での困難さと関連していることも報告されている。OXTR遺伝子のrs7632287は女性における離婚(浮気)遺伝子だと言えよう。

 一方、オキシトシンは雌マウスが雄マウスへの関心を高めることも示されている。2014年に、オキシトシン受容体を発現した新しい介在ニューロンのタイプが内側前頭皮質で見つかった。解析の結果、これらのニューロンは、親密さ、愛、または母子の結合などの他のオキシトシン関連の社会的行動において役割を果たしていることが判明した。これらのニューロンの活性を破壊した時に、雌マウスは発情時期における雄マウスへの興味を失った。対照的に、この雌は、発情時期における他の雌マウスに対する興味は失われずに、非発情時期では雄マウスに対する社会的関心度も正常レベルを保持した。一方、雄マウスの社会的行動は、これらのニューロンの活性を破壊しても影響されなかった。オキシトシンは前頭皮質の介在ニューロンの特定のクラスを介して女性の社会的な行動(選好)を調節していることになる。この細胞は「恋愛ニューロン」と呼ぶべきなのかもしれない。発情時期(排卵時期)になると、雌はこの細胞を通じて雄への関心が高まるのであろう。しかし、この所見は、オキシトシンの作用が強まると、どんな雄でも好きになってしまう可能性がある(無差別の社会選好が起きる)ことを意味するのではなかろうか。女性でもオキシトシンの作用が強まれば浮気する可能性が十分にあるのではと思える。

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 しかし、夫婦の結びつきはオキシトシンだけが関与している訳ではない。バゾプレッシンも関与しているため、一夫一婦制についてはどうやら複雑なようである。
 
 この点に関しては、バソプレッシン受容体V1aRも、ハタネズミにおける一夫一婦制に関連していることが報告されている。パートナーを形成する草原ハタネズミではV1aRの発現は山地ネズミよりも腹側淡蒼球で高かった。逆に、外側中隔核では低かった。

 そこで、実験的に淡蒼球におけるV1aRの発現を低下させたところ、この雄では、パートナーとのペアボンディングが困難となり、一夫一夫制の維持に大きな支障をきたすことが分かった。

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 面白いことに、淡蒼球におけるV1aRの発現を過剰にしたところ、雄のハタネズミはパートナーである雌を好む傾向が促進されることが報告されている。さらに、雄の腹側前脳におけるV1aRの発現を過剰にすると、パートナーを無差別に選択してしまうようにもなった。これらの所見は、雄が雌(パートナー)を好きになるには、バソプレッシンが関わっていることを意味するのであろう。しかし、バソプレッシンが逆に強く作用し過ぎてしまうと、パートナー以外の女性をも好きになってしまう恐れが出てくるのかもしれない。これは、女性におけるオキシトシンの作用と同様のようである。

 そして、前述した浮気に結びつくバソプレシン受容体V1aRのRS3領域における影響のように、バゾプレッシンが適度に機能しないと、一夫一婦制はうまく維持できないようになっているのかもしれない。どうやら、男性においては、オキシトシンよりもバゾプレッシンの働きが重要なのだと言えよう(女性ではオキシトシンなのだが)。

 強い男でなければ英雄にはなれない。英雄になる程の強い男になろうと思ったらバゾプレッシンの力が必要である。まさに「英雄色を好む」とはこのことであり、英雄ほどバゾプレッシンの働きが強いため、女好きであり浮気をしてしまうように運命られているのかもしれない。

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 ここで、RS3領域の関与は、ハタネズミの一夫一婦制では関連性がないという報告がある。これは、人とは異なる所見である。動物種によっては、一夫一婦制におけるRS3領域の影響はその種によって異なるのかもしれない。さらに、V1aR遺伝子の長さに関しても、ハタネズミでは一夫一婦制には関係があるという論文もあるが、関係がないという論文もある。この点に関しては、動物ごとに異なるようであり、まだよく分かってはいないようだ。

(まあ、バゾプレッシンに限らず、オキシトシンも含めたナノペプチドは、ナノペプチドは全般にわたって動物の種によって作用が違うようではあるが。)

 このように、夫婦間の結びつきは、男性や女性の片方にのみ影響される訳ではなく、双方の要因に左右されるものであろう。夫婦間の結びつきに関しても、男はバゾプレッシンン、女はオキシトシンなのだと言えよう

 バゾプレッシンは男へのホルモン、オキシトシンは女へのホルモンなのである。三船敏郎じゃないけど、「男は黙ってサッポロビール」のように、「男は黙ってバゾプレッシン、女は黙ってオキシトシン」なのである。

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 しかし、一夫一婦制については、全哺乳類の種では、生涯に渡り一人のパートナーと最後まで伴にするのは3~5%と稀なことであり、人類の方が特殊なケースのようでもある(汗;)。
http://www.nature.com/neuro/journal/v9/n1/full/nn0106-7.html

 さらに、一夫一婦制の目的は、夫婦のためではなく、子供を守るためだという説もある。一夫一婦制の方が、子供を外敵に殺されることから守る上では有利であり、それは、バゾプレッシン遺伝子が人類に非常に近いものの、一夫一婦制ではないゴリラの嬰児率が高い(人類では非常に嬰児率が低い)ことから推測されている。従って、子供が巣立ってしまったら、もはや夫婦を続ける意味はなくなるのかもしれない。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3746880/

 しかも、オキシトシンは加齢によって、その作用は減弱していき、オキシトシン受容体の数も減少していくことが報告されている。女性は高齢になるとオキシトシンの作用が弱まり夫への愛情が薄れていくようにできているのである。熟年離婚はオキシトシンの作用が弱まっているせいなのであろうか。

 最近、熟年離婚が増えているが、熟年離婚は、オキシトシンによって定められた生物学な(本能的な)仕方のない行為だと言えるのかもしれない。

 生物学的には、人類は一夫一婦制を最後まで維持するようにはできていないのかもしれない。しかし、それでも一生涯を一人のパートナーに捧げて愛を貫き通す。これこそが、オキシトシンやバゾプレッシンをも超えた本当の愛の姿なのではなかろうか。

 ホルモンや遺伝子の作用などではなく、自分の意志で一夫一婦制を最後まで維持していく。これは、人類にしかできない本当に尊いことなのだと私には思えます。

(なお、最後に、必ずしもオキシトシンなどのホルモンは向社会行動を増す方向に作用する訳ではないことを付け加えておく。育った家庭環境が劣悪だとその効果が発揮されなくなる可能性があることが、最近、報告されている。)
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 ここで、先ほどの浮気をしてしまった男のケースの話に戻ろう。

 相棒でご活躍中の杉下右京さんが、みごとに推理してくれた。

(水谷豊さんの喋り方を思い出そう)

 ひとつよろしいでしょうか。

 皆さん、このケースは起きるべくして起きた事件だったんですね。

 この事件は、母親のホルモンのオキシトシンと、父親のホルモンのバゾプレッシンが引き起こした事件だったのです。

 オキシトシンは愛のホルモンとも呼ばれているのは、ご存知ですね。バゾプレッシンも愛のホルモンだということもご存じですね。

 あなたは、家を出る前に、父親になったことを強く自覚して家を出ましたね。その時点で既に、バゾプレッシンのレベルがかなり高まっていたのです。

 そして、忘年会では隣に独身の若い女性が座った。

 その女性は、誰にでも愛想がいい、誰にでも優しい友好的な女性だった。これは何を意味するのか分かりますか。

 そうです。普段からオキシトシンのレベルが高い女性だったのです。

 なぜ、彼女のオキシトシンのレベルが高いのかは分かりませんが、もしかしたら、彼女は辛い幼少時代を送っていたのかもしれません。

 そして、あなたの横に座ったことで、あなたと体が触れ合うようになり、あなたの存在が物理的な刺激になって、彼女のオキシトシンのレベルはさらに高まった。宴会の場所が狭すぎたのもいけなかったようですね。

 そういった状況の中で、赤ちゃんの写真を見せてしまった。これは、さすがにまずかったですね。その行為はお互いに、非常にまずかったのです。

 父親になっているあなたの方は、赤ちゃんの姿が刺激になって、バゾプレッシンが一気に分泌されてしまった。

 バゾプレッシンは敵に対して警戒したり攻撃する際に分泌されるホルモンですから、好都合なようにも思えるかもしれません。しかし、これには大きな落とし穴があったんですね。

 攻撃性や警戒はバゾプレッシンを介して発揮されるのですが、しかし、残念なことに、同性に対してしか発揮されない傾向があるのです。

 こうなると、その女性を警戒するどころか、逆に、その女性に対して、社会的選好という現象が生じてしまうことになります。

 そうです、バゾプレッシンのせいで、あなたのそばにいたその女性を好きになっていくのです。

 しかも、バゾプレッシンはオキシトシンをブロックしてしまいます。あなたの妻への忠誠心はオキシトシンのなせる業。それがブロックされてしまったら、いったいどうなると思いますか。もう説明しなくてもお分かりですね。

 かたや、女性の方も、赤ちゃんの写真で母性愛が刺激されてしまった。赤ちゃんの写真を見たことで、その女性の脳内にも、一気にオキシトシンが分泌されたことでしょう。

 すると、どうなるでしょうか。オキシトシンは母性のホルモンでもありますが、愛のホルモンとも言われています。そして、抱擁のホルモン、結合のホルモンとも言われています。それはあなたもご存知ですね。

 その女性にもオキシトシンのせいで社会的選好という現象が生じます。彼女のすぐそばに居た、あなたのことを好きになっていってしまうのです。

 赤ちゃんの写真を見てから、彼女があなたの方をじっと見つめてアイコンタクをし始めたのも、オキシトシンによる影響なんですね。

 そして、オキシトシンの作用で性行動が強まった。

 エレベータの中で、あなたの腕をつかんだ時には既に彼女の中では性への衝動が相当強まっていたんですね。

 彼女がタクシーの運転手に行先を変えて告げたのは、オキシトシンの仕業だったのです。

 でも、どうか彼女を責めないでください。赤ちゃんの写真を見せたあなたが悪いのですから。

 後は、あなたが、誘惑に負けてしまうかどうかだけでした。

 しかし、そんなあなたにとどめが刺された。

 それは、あなたが、赤ちゃんの姿を思い出して脳内で強くイメージしたことです。そんなことをしなければ良かったのです。

 まだ、分からないのですか。 

 あなたは自ら自分にとどめを刺したことになるんですよ。

 赤ちゃんの姿をイメージしたことで、あなたの脳内にはバゾプレッシンが一気に放出された。それはあなたが既に父親なっていたからなんですが、世の中は実に皮肉にできていますね。

 まさか父親になっていたことが逆効果になろうとは。あなたは、そんなことは夢にも思わなかったのでしょうけども。

 その結果、腹側前脳のV1aRの発現を過剰に操作させられたハタネズミのように、あなたは無差別に女性を選ぶ見境のない哀れな動物になってしまった。

 父性のホルモンのバゾプレッシンと、母性のホルモンのオキシトシンが織りなした、ミステリアスだけど必然的な事件。

 父性のホルモンと母性のホルモンが強く相互作用をしてしまうと浮気を生み出すことになるのですよ。


 これでもう十分にお分かり頂けましたね。

 最後に、もう一つだけ。

 奥様は離婚を考えておられるようですよ。

 あなたのV1aR遺伝子のRS3領域を鑑識課の米沢さんに調べてもらっています。

 334だったかどうか、結果を知りたいですか。

(そ、そんな・・・・・。涙)

 ・・・・・・・・

 ちょっと、待って、それは違うわ。

 科捜研の榊マリコさんが登場した。

 確かに、オキシトシンとバゾプレッシンからの推理は成り立つのかもしれませんが、もっと、大きなことが原因なんです。

 相馬君、用意した論文を提示して、お願い。

 右京: はあ?

(次回に続く)

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最後に映画を1つ。

父の愛(バゾプレッシン)と娘の愛(オキシトシン)が生み出す奇跡の物語。
「インターステラー INTER STELLAR」
父は愛する娘を救うために過酷な宇宙へと旅立つ。
娘は父を信じ続け、全人類への愛を貫く。
愛は宇宙をも時空をも超える。
160分間の感動のSF超大作。
(この映画は私が今年見た映画の中でNo1の映画だと思いました。)



INTER STELLAR