2017年11月12日

外国人とブータン人の結婚 ~1960年代~

 こんにちは。クズザンポラー。
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。


今回は、私の友人の父・85歳のカイラさんのお話です。カイラさんはインド・シッキムのご出身で1960年代にブータン女性と結婚をし、それから60年近くブータンで暮らしています。カイラさんとお話をして、感慨深く思ったことがあったのでそのことを書きます。


最初に・・・タイトルが国際結婚に関わることですが今現在、このブログをご覧になっていただいている方で、もしブータンの方とのご結婚のご予定がある方は、詳しい情報はパートナーの方にご相談なさって下さいね。このカイラさんのお話と現在の状況は異なる部分も多く、また私は現在の最新情報はインターネットからちらっと見たくらいのことしか存じません。なお私が見たのはブータン王立裁判所のウェブサイトです。


先日、私の友人・タンディンさんのお宅にお邪魔したのですが、そのときに仏間に案内されました。伝統的なブータンの家では、仏間は家の中でも重要な部屋であると考えられていて、とても立派に作り、年に数度は数名のお坊さんを呼びここで法要(プジャ)を行い、またお客様が宿泊するときにもこの部屋へ案内します。
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タンディンさんのお宅も立派な仏間で、バターランプの灯明が途切れないように終日灯りをともし、朝晩はお水を換えてまたお掃除もされていました。掛け軸(タンカ)や仏像も置かれ立派だなぁと思い、私も近づいて手を合わせました。
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そうすると、あれ・・・・

仏教の仏様が描かれた掛け軸の下に、ヒンドゥーの神様たちが描かれた絵と、神様たちの像が置かれていました。ブータンにはヒンドゥー教を信仰している人々もいて、ブータンの国教は仏教ということもあり割合としては仏教徒のほうが多いのですが、特に南ブータンの人々はヒンドゥー教を信仰している方が多いのです。

でも友人のタンディンさんは、ゾンカ語も上手、見た目も西ブータンの人の顔立ちで、私は今まで彼女は生粋のパロッパ(パロの人)だと思っていました。するとタンディンさんが、「あれ、話していなかったっけ?私のお父さん(アパ)は、もともとはシッキム出身なんだ。だから私は家の中で話す言葉はネパリの方が多くて、ゾンカ語はどちらかというと苦手なんだ」と言いました。

そうだったのか~そうか、だからヒンドゥーの神様が仏間に一緒に掲げられていたんだね。他にも写真やシッキムに関連するものが仏壇の棚に置かれていました。
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(シッキム出身のカイラお父さんと、プナカ出身のお母さんの結婚後の写真)

カイラさんは、若いころインドの軍隊に所属をしていて、その関係で1950年代ころからブータンへ派遣され、その後に北部インドのデラドゥーンに転勤、そしてブータンに再転勤されたそうです。そんな時、タンディンさんのお母さんとなるブータン人女性と出会い結婚をしました。

もともとブータン王国と旧シッキム王国は距離が近く、また同じくチベット仏教を信仰し、さらに言えば両王国とも、もともとはチベット本土から移り住んだそれぞれの王が建国した国であり、歴史上の関わりも深くあります。

シッキム王国は1642年に建国され、1861年にインドを植民地としていたイギリスがチベットを撃退したことでイギリスの保護国になり、1947年にインド連邦が独立するとインドへの帰属が決まり、75年には滅亡してしまいました。シッキム王国建国以前にはこの土地にレプチャ人が住んでいましたが、その後にチベット人がシッキム王国を建国し、イギリス保護時代にネパールから労働力として多くの人々、複数の民族が移住し、人口の7割以上を占めるようになりました。シッキムは多民族国家民族でありました。

タンディンさんの仏間にはもう一枚、写真が飾られていました。
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タンディンさんの父親カイラさんのご両親の写真です。つまりタンディンさんの祖父と祖母。おじいさんはネパール男性がかぶる帽子トピを、おばあさんはサリーのような生地のスカートを着ていますね。おそらく、おじいさんとおばあさんよりも前のイギリス保護国時代にご先祖様たちがシッキムに移住されたのでしょう。

カイラさんがお話をしてくれました。
すごく若いころ、10~20代のころはダージリンにもよく行ったんだよ。紅茶の産地だよ、知っているかい?タイガーヒルからはカンチェンジュンガの展望も良いし、チョウラスタ交差点もにぎわっていてね。また行きたいね。

でもブータンもすごく良いところでね。デラドゥーンに異動してからもまた行きたいなと思っていたら転勤になって、ブータンでも長く働いた。そして、奥さんにも出会ったし、そしてシッキム王国は滅亡してしまった。ブータンに住んだほうがいいなと思っていたら、土地と市民権をもらう機会に恵まれたんだ。それからはずっとブータンに住んでいるよ。子供も生まれたしね。

あぁ、これがキドゥなんだな、と思いました。キドゥとは基本的にブータンの国王が持つ権利。伝統的な下賜のシステムで、「身分の高い人が身分の低い人に物を与えること」で土地の分与や市民権などが与えられることもあります(こちら)。でもそれだけではなかったようです。

続きます。



:昔のお話を聞くのは貴重だね

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