2017年11月13日

ブータン人になったカイラさん

 こんにちは。クズザンポラー。
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。85歳のカイラさんから聞いたお話で、前回の続きです。

1950~70年代ころのブータン周辺ではどんなことがあったのでしょうか。


1947年:ブータンのお隣であったシッキム王国はインドの保護国に

1950年代:中国にてチベット動乱が起こりダライラマがインドへ亡命、

1951年:ネパールでは王政復古、トリブバン国王が亡命先のインドより帰国

1952年:ブータンの第三代国王が即位

1954年:ブータンの首相が暗殺

1962年:中国とインドで中印国境紛争が勃発

1972年:ブータンの第三代国王がナイロビにて若くして客死

1975年:シッキム王国の滅亡


激動の時代ですね・・・特に中国とインドという大国にはさまれたブータンは、旧シッキム王国のようにならないようにと慎重に国家を強化していくことになったのでしょう。

13 (1)

(仏間に飾られてあった昔のインドのコイン)


その当時、ブータンの国土の南側は国境もはっきりとは定められていませんでした。カイラさんがブータン人女性と結婚をし、1970年代に子供たちが生まれたころは、市民権や土地の分与などは曖昧でキドゥにより得た方もいたでしょうが、今よりももっと簡単に移住することができたそうです。


ブータンでは国籍法は、1958年1977年1985年の発行のものがあります。1958年当時は「国内に10年以上の移住実績があるか農地を保有」または「ブータン人の父親を持つ子」であれば国籍を得ることができました。その後、インドやネパールからの移民が増えたことにより、その条件が厳しくなっていきました。85年のものではゾンカ語の読み書き、ブータンの歴史や文化、伝統作法などの理解、政府への批判をしたことがないか、犯罪歴がないか、精神の健康が保たれているか・・・などが加わり、結婚法も80年に定められました。


13 (10)
(伝統家屋の窓の縁側。野菜を自然乾燥させて冬の常備野菜に)


ブータンが独立国家を守るために、国家としてのアイデンティティを守ることは重要なことです。そのアイデンティティとは国語であるゾンカ語、民族衣装(キラ、ゴ)の着用、礼儀作法の遵守などが守られたり、文化を守ることにつながります。ブータンの文化はチベット仏教の影響がとても強い。


でもカイラさんのように、激動の20世紀半ばに移り住んだ人たちにとっては、自分の個人としてのアイデンティティはご両親たちや地域の人たちから受け継いだものであり、ブータン国家としてのアイデンティティとは異なるものです。

13 (4)
これらの軋轢や、80年代に行われた国勢調査では50年代に発行された書類が不足していたことで、非国民となってしまった南ブータンの人々もいました。それらにより1990年代には南ブータンの人々(ローツァンパ)が難民となり、ブータンからインド・ネパールへ逃れることになりました。移民の問題はとても繊細で、当時の国際情勢を考えると仕方がない、難民問題が政治から始まるかぎり、政治からも解決策を探る必要があると思いました。

でも私は専門家でもなく深いことはよくわからないので、、、私がカイラさんのお話を聞いて感じたことは、

13 (2)
(仏間に飾られてあったシッキムのお酒?かな)


ブータン女性と恋をして、その国に移り住むことを決めて新しい家族を守る。自分が生まれた国は無くなった。難しいブータンの言葉や異なる伝統作法を覚え、民族衣装や食事などに慣れていった。子供たちも生粋のブータン人と同じように言葉も習慣も自然と身についた。ブータン人の奥様が逝去されたが、生涯結婚されることなく在家で読経を続ける義妹さんと娘家族と暮らしている。私が見た限りではブータンのおじいさんにしか思えなかった。仏間にはひっそりと、ご両親の写真やシッキムの思い出の品と、ヒンドゥーの神様が少しだけ飾られている。

13 (5)


13 (3)
日本でも私よりも上の世代の方、特に戦前戦後の過酷な時代を生き抜いた方々のご経験をうかがうと、本当に大変なご苦労であったことと思うと同時に、その逞しさと強さ、乗り越えたからこその明るさに救われる思いがします。それはカイラさんとお話したときに受けた印象と同じでした。

激動の時代に地に足をつけて、目の前のことをひとつひとつ乗り越えて、失ったものもあるけれど大切な人を守った強さ。なんだかそれを伝えたくて「奥様(お母さん)はすごく幸せだっただろうな~」と娘さんに伝えました。

もし、私がブータンに長く関わっていなかったら、カイラさんに「お父さんはブータン人になって幸せ?」と聞いたかもしれません。でもそれを聞く必要がないくらい、家にも庭にもお顔にも優しさがあふれていて、答えがわかりました。

現在のブータンは、人々のルーツを探れば100年も経たないうちに急に多民族国家になった部分もあるけれど、もともと山と谷がちなこの国は多くの民族や異なった言葉を話す人々が暮らす国。その良さが、個人としても国家としてもいい意味で寛容でブータンらしく発展して欲しいと願います。

:僕もブータン犬になるよ

人気ブログランキングへ
参加中です。ぽちっと応援していただけたら嬉しいです。タシデレ


このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントする

名前
URL
 
  絵文字