昨年ビートたけしさんのアンビリバボーでも
3ヶ月間にわたり特集されていたので、
ご存知の方も多いかもしれませんが、
私がプロデュースしている歌手に小林由佳という
女の子の歌手がいます。
彼女は胆道閉鎖症という先天性で進行性の重病を抱えて
この世に生まれ、何歳まで生きられるか分からない
状況の中で、「どうしても歌手になる夢を諦めきれない!」と、
私と同じ故郷の関西から上京してきました。
後に東京で紆余曲折あり私の元に辿り着くのですが、
私と二人三脚で数年がかりでアルバム一枚分以上の
楽曲を制作し、事実私の経営するレーベルからも
アルバムを一枚リリースしました。
2009年の6月に彼女は「余命1年」と宣告されます。
彼女のすごいのはここからです…
彼女はなんと一年後の2010年の6月に自分の
ホールコンサートを企画したのです。
その挑戦が瞬く間に様々な媒体で注目され、
後にフジテレビの「奇跡体験アンビリバボー」でも
3ヶ月にわたって特集されます。
2010年6月にはユニバーサルクラシックから
メジャーデビューを果たし、同番組の7〜9月期の
エンディングテーマとしても毎週放送されました。
メジャーデビューの際、「どうしても全曲江藤さんと
作った曲にこだわりたかった」と語ってくれた声が
今も耳朶に響いています…
彼女は一つ一つ大きな夢を叶えながら、
コンサートも見事に成功させます。
その日その場で、涙を流しながら私は
彼女の歌う姿に感動しました。
そんな彼女が、
2011年9月3日午前2時54分、
28歳というあまりの若さで永眠しました。
言葉が見つからない。
今、涙が止まりません…
悔しいというか
淋しいというか
ありがとう…というか
私は少年時代に兄と死に別れ、数年後には
阪神大震災に被災し、多くの知人や友人、
知らない人も次から次へと目の前で亡くなっていく、
最も慕っていた友人も亡くなる…そんな状況の中、
人との生死の別れを心が理解不能になったことがあります。
由佳ちゃんとも、同じ拘束性疾患と診断された頃から
闘病の上でも心強い大先輩でした。
”彼らは何故逝き”
”私は何故今生かされているのか”
その悩みはより深まった一日になりました。
彼女は、奇跡のコンサート以降も
「私は今もこうして生きている」という姿を発信したいと、
私の元に半年以上通い、新曲制作を行っていました。
体調から一度も歌を入れる事は出来ませんでしたが、
今その曲のデモ音源を聴きながら彼女に手紙を送る
思いでこの日記を書いています。
そして涙が止まりません…頭が真っ白な感じ。
9月20日に私がプロデュースする、
西日本大震災復興支援を目的の一つとする
オムニバスアルバムをリリースします。
http://ameblo.jp/bigmade-music/archive1-201109.html
9/20は発売記念イベントで司会進行をやるつもりです。
そして、できれば一曲だけでも歌いたいと思っていましたが、
私もまた病気が進行して歌うことがあまりにも困難なため、
諦めるべきだと考えていました…
9月20日のイベント
「君との別れを前向きに逞しく受け止め、
力強くこれからも君の分まで生きて見せるよ」という決意と、
君のご冥福を心から祈って、歌おうと思います。
君が一番好きだった「泣き虫」を…
ありがとう。
また必ず逢いましょう。
生まれ変わっても君の夢の実現を応援させて下さい。
本当に、ほんとうに今日まで、どうもありがとう。
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3ヶ月間にわたり特集されていたので、
ご存知の方も多いかもしれませんが、
私がプロデュースしている歌手に小林由佳という
女の子の歌手がいます。
彼女は胆道閉鎖症という先天性で進行性の重病を抱えて
この世に生まれ、何歳まで生きられるか分からない
状況の中で、「どうしても歌手になる夢を諦めきれない!」と、
私と同じ故郷の関西から上京してきました。
後に東京で紆余曲折あり私の元に辿り着くのですが、
私と二人三脚で数年がかりでアルバム一枚分以上の
楽曲を制作し、事実私の経営するレーベルからも
アルバムを一枚リリースしました。
2009年の6月に彼女は「余命1年」と宣告されます。
彼女のすごいのはここからです…
彼女はなんと一年後の2010年の6月に自分の
ホールコンサートを企画したのです。
その挑戦が瞬く間に様々な媒体で注目され、
後にフジテレビの「奇跡体験アンビリバボー」でも
3ヶ月にわたって特集されます。
2010年6月にはユニバーサルクラシックから
メジャーデビューを果たし、同番組の7〜9月期の
エンディングテーマとしても毎週放送されました。
メジャーデビューの際、「どうしても全曲江藤さんと
作った曲にこだわりたかった」と語ってくれた声が
今も耳朶に響いています…
彼女は一つ一つ大きな夢を叶えながら、
コンサートも見事に成功させます。
その日その場で、涙を流しながら私は
彼女の歌う姿に感動しました。
そんな彼女が、
2011年9月3日午前2時54分、
28歳というあまりの若さで永眠しました。
言葉が見つからない。
今、涙が止まりません…
悔しいというか
淋しいというか
ありがとう…というか
私は少年時代に兄と死に別れ、数年後には
阪神大震災に被災し、多くの知人や友人、
知らない人も次から次へと目の前で亡くなっていく、
最も慕っていた友人も亡くなる…そんな状況の中、
人との生死の別れを心が理解不能になったことがあります。
由佳ちゃんとも、同じ拘束性疾患と診断された頃から
闘病の上でも心強い大先輩でした。
”彼らは何故逝き”
”私は何故今生かされているのか”
その悩みはより深まった一日になりました。
彼女は、奇跡のコンサート以降も
「私は今もこうして生きている」という姿を発信したいと、
私の元に半年以上通い、新曲制作を行っていました。
体調から一度も歌を入れる事は出来ませんでしたが、
今その曲のデモ音源を聴きながら彼女に手紙を送る
思いでこの日記を書いています。
そして涙が止まりません…頭が真っ白な感じ。
9月20日に私がプロデュースする、
西日本大震災復興支援を目的の一つとする
オムニバスアルバムをリリースします。
http://ameblo.jp/bigmade-music/archive1-201109.html
9/20は発売記念イベントで司会進行をやるつもりです。
そして、できれば一曲だけでも歌いたいと思っていましたが、
私もまた病気が進行して歌うことがあまりにも困難なため、
諦めるべきだと考えていました…
9月20日のイベント
「君との別れを前向きに逞しく受け止め、
力強くこれからも君の分まで生きて見せるよ」という決意と、
君のご冥福を心から祈って、歌おうと思います。
君が一番好きだった「泣き虫」を…
ありがとう。
また必ず逢いましょう。
生まれ変わっても君の夢の実現を応援させて下さい。
本当に、ほんとうに今日まで、どうもありがとう。
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