短文ネタ置き場

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東京社説

無実なのに十七年半も自由を奪った悲劇は繰り返してはならない。

2010年3月27日
 無実なのに十七年半も自由を奪った悲劇は繰り返してはならない。足利事件の再審判決で「無罪確定」となった菅家利和さんは、取り調べの可視化も願う。冤罪(えんざい)を防ぐため、実現へ加速させたい。
 無実の人がなぜ犯人とされ、服役させられたのか。菅家さんが求めた誤判原因の解明は、再審公判の大きなテーマだった。そのため、元担当検事らの証人尋問などで、結審まで六回の開廷をした。浮かび上がったのは、DNA型鑑定への過信と虚偽自白をさせた取り調べの問題点だ。
 DNA鑑定は当時、識別能力が低かったのに、犯人とする決め手になった。再審公判でその証拠能力は否定されたのだから、同様の鑑定方法が採られた他の事件に冤罪が潜んでいる可能性はある。再チェックは必然といえる。
 その後、DNA鑑定の精度も飛躍的に向上した。だが、今月、神奈川県警でDNA型データを誤って登録したため、事件と無関係の人に逮捕状が出されていたことが発覚した。保管や取り扱いがお粗末なら、「過信」が禁物であることに変わりはない。
 何より、取り調べの問題は、今なお捜査の現場に残っている。冤罪の多くは捜査側の見込みや誘導などにより、ウソの自白が引き出されることによる。再審の法廷では、当時の菅家さんの取り調べでの録音テープが再生された。否認に転じた菅家さんを再び“自白”させた場面だった。
 現在、警察や検察で「一部録画」されているが、捜査当局に都合のよい部分だけだという批判がある。実際、無実の菅家さんは“自白”し、それを再生テープがとらえている。「一部録画」の問題点をあぶりだしているわけだ。
 民主党は野党時代に可視化法案を二度、参院で可決した。だが、いまだ法務省などでは勉強段階で、法案提出の道筋が見えない。前進どころか、停滞ではないか。
 裁判員裁判にも教訓を与えている。被告人が無罪主張をする事件がさらに出てこよう。無実を訴えても、信じてもらえない絶望感や無力感で、虚偽自白することがある。それを裁判員は心に常に念じてほしい。
 報道する者も、捜査側だけでなく、被告側の主張にも十分に耳を傾けねばならない。
 足利事件では、捜査当局にも精緻(せいち)な検証作業が求められている。冤罪を生んだ構造解明こそ、再発防止につながり、検察・警察の信頼を取り戻すカギとなろう。

子ども手当法が成立した。衆院選マニフェスト政策の実現だ。

2010年3月27日
 子ども手当法が成立した。衆院選マニフェスト政策の実現だ。鳩山内閣としては政権浮揚につなげたいところだろうが、最近の内閣の混乱は目に余る。鳩山由紀夫首相の統治力への疑問が消えない。
 鳩山首相は記者会見で、二十四日成立の二〇一〇年度予算について「メリハリのついた予算が出来上がったなと思う」と自賛した。
 厳しい経済情勢の中、予算の年度内成立はプラス要因である。マニフェストで約束して通常国会に提出した重要法案は、二十六日成立の子ども手当法に続き、高校無償化法案も月内に成立予定だ。
 首相は会見で「課題山積だが、これからが新たなスタートだとの思いで頑張る」と語った。
 「政治とカネ」の問題で内閣支持率が下落しており、予算や子ども手当法の成立を機に、反転攻勢に出る決意を表したのだろう。
 ただ、内閣の体をなしているとはとても言えない最近の混乱ぶりをみると、首相に内閣を束ね、国を統治する力があるのかという思いを抱く。郵政改革法案をめぐる閣内での意見対立が代表例だ。
 国民新党の亀井静香郵政改革担当相がゆうちょ銀行の預入限度額を二千万円に引き上げるとした内容に閣内から異論が相次ぎ、首相が了解したかどうかも、首相と亀井氏の見解が食い違う始末だ。
 政治主導を掲げる以上、政治家同士が政府内で議論することは当然だが、混乱を見せつけられる国民にとっては愉快ではない。
 米軍普天間飛行場の返還問題でも、首相は沖縄県外への移設を目指す考えを強調してきた。
 しかし、首相の思いは政府内にどれだけ浸透しているのだろう。三月末に決める予定の政府原案は県内移設が軸だと聞くと、首相発言の意味を疑ってしまう。
 ここは奮起のときだ。
 首相は会見で年金、社会保障、財政、「政治とカネ」について与野党協議の必要性を強調した。
 重要な問題提起であるが、それを軌道に乗せるには並外れた政治力が要る。何よりも、明確な展望と、実現に向けて政治生命を賭す覚悟が求められる。自らの内閣すら十分統治できていない今の状況を脱することが先決だ。
 首相は「国民にも辛抱強くご指導いただきたい」とも語った。
 有権者の側にも自ら選択した政権交代の行く末を温かく見守りたい気持ちはあるのだろうが、新政権は発足からすでに半年である。いつまでも甘えは許されない。

日本と韓国の第二期歴史共同研究の報告書が公表された。

2010年3月26日
 日本と韓国の第二期歴史共同研究の報告書が公表された。日本による植民地支配の解釈などで多く相違点があったが、異論も隠さず公開した。隣国への理解を深め合う土台にしたい。
 共同研究は日韓の研究者三十四人が「古代史」「中近世史」「近現代史」「教科書小グループ」の四部門で二年半かけて協議を重ねた。双方の委員がそれぞれ論文を書き、互いにコメントをつけた。
 報告書の内容に強制力はないが、双方の教育に反映させることを目的としている。
 古代史などではいくつかの合意があったが、近現代史では対立が鮮明になった。
 だが、意見の相違を非公開とせず報告書に記載したことを評価したい。異なる史観を認め合うことが出発点になる。その延長線上でさまざまな史実についての共通認識も可能になる。
 植民地下での日本語教育では、日本側が「近代的知識、技術を得るための道具として認識されていた」と主張すれば、韓国側は「強制的な構造が存在した。我田引水の解釈だ」と反論した。
 近代史の全体像をみれば、韓国側は日本の同化政策が厳しく、戦時下では多くの朝鮮人が労役に駆り出されたが、贖罪(しょくざい)意識が不十分だと批判した。日本側は日韓併合の歴史を両国だけの視点ではなく当時のアジア、世界情勢を考えながら分析すべきだと主張し、植民地下で経済発展など一定の近代化が進んだ側面もあると指摘した。
 第二期研究では初めて両国教科書を検証したが、激論となり会議が何度も中断した。日本側委員からは「歴史研究への姿勢が違いすぎる」と悲観論も聞かれた。
 韓国側は日本の教科書で従軍慰安婦の記述が減ったことを「右傾化」と批判した。日本側は「検定制度によってさまざまな内容の教科書がある」と反論し、韓国の教科書には平和憲法など、日本の戦後民主主義への取り組みが言及されていないと不満を示した。
 日韓の学生が共通して使える教科書が必要だという声もあったが、容易なことではない。意見交換を重ね、その成果を徐々に教科書に反映させるのが現実的ではないか。
 いま日韓国民の相互訪問は年間四百五十万人を超え、韓流ドラマ、日本のアニメなど相手の文化への関心も高い。歴史という日韓のとげをテーマとする研究者には負担が多いだろうが、共同研究の継続を望みたい。

名古屋市の河村たかし市長が提案した議員定数と

2010年3月26日
 名古屋市の河村たかし市長が提案した議員定数と報酬を半減する条例案が市議会で否決された。半減は極端かもしれぬが「議会や議員とは何か」と自分たちの市町村でも考える一石にならないか。
 改革案の柱は、七五の議員定数を三八に、年千六百万円余の議員報酬を八百万円余に、それぞれ半減させる内容だった。
 昨年四月の当選以来、全国初の市民税10%減税など、河村市長の矢継ぎ早な「改革」に、与党の民主党会派も含めた市議会がブレーキをかけたことへの反発が根源にある。しかし、議会や議員の現状に疑問を投げかけた形になった。
 「民意を反映していない議会に多くの議員はいらない」「報酬が高いから世襲化して特権階級になる」と批判を強める河村市長は「議員はそもそもボランティアでやるものだ」と市長選でのマニフェストの「10%削減」から、より厳しく迫った。
 河村市長は自らの年間給与も、前市長時代の二千五百万円から三分の一以下の八百万円にした。確かに、千六百万円もの議員報酬は高すぎると感じたり、初めて知って驚く市民もいる。議員が七十五人も必要か論議はあるだろう。
 市議会は「議員が減れば幅広い市民の声が届かない」「収入保障がないと議員活動に専念できない」と主張する。河村市長の改革案に対抗し、今回自らつくった議会基本条例でも定数や報酬は「別の条例で」としただけだった。
 今回は決裂したが、これまで名古屋市では、市議会が慎重だった市民税減税も市長と議論を戦わせながら、昨年暮れに条例を成立させた。市議会が一日一万円の費用弁償廃止に踏み切ったのも河村効果といえる。
 お互い、せめぎ合いながらも、進み始めた「改革」の流れが、これでは台なしになりかねない。双方ともかたくなだが、主張が理解されるよう手を尽くしたろうか。
 名古屋だけが特別な状況ではない。同じ政令指定都市の横浜市の議員報酬も名古屋とほぼ同じ約千六百万円。河村市長が目指す定数三八が実現すれば、人口五十五万人の東京都八王子市の四〇より少ない逆転現象となる。
 沈滞ムードの多くの市町村議会には、刺激的な問題提起になっただろう。しかし、首長と議会が対立しても、最後は歩み寄らねば、行政は滞るだけだ。損をするのが結局、住民では、吹き始めた改革の風が止まるだろう。

郵政改革法案の骨子が発表された。

2010年3月25日
 郵政改革法案の骨子が発表された。見直しは国民の利便性向上が目的で、経営効率化が欠かせぬが、それが抜け落ちている。実質国有化や郵政関係者のための見直しではツケが国民に回されかねない。
 「合理化案も示さず国民に負担を求めては理解が得られない」。法案は策定段階で与党議員からでさえ異論が噴出した。
 小泉民営化路線で軽視された郵政の公益性、地域性の是正が法案の最大の目的とされる。その方針に沿い、郵便局を年金や旅券事務などを扱う行政サービスの拠点に位置づけたが、一方で貯金と簡易生命保険に全国一律サービスを課す見返りとして、これまで納めてきた年五百億円の消費税免除も盛り込んだ。これこそ国民へのツケ回しに等しい。
 全国二万四千の郵便局のうち、一万八千は社員三人前後の小さな旧特定局だ。局長は公募制に切り替わったが、今なお二~三割は事実上の世襲が続き、その局長が所有する局舎の借り上げ料は近隣に比べ二割近くも高いという。
 なぜ鳩山政権は経営効率化に手をつけないのか。既得権益とされる実態から目をそらしては改革とはとても言い難い。
 法案とは別に非正規社員十万人の正社員化も打ち出した。派遣切りなどで揺れる雇用関係の安定化自体に異論はないが、年間三千億円余分にかかる人件費をどう捻出(ねんしゅつ)するのか。効率の高い店舗展開など、徹底した経営の効率化に努め、自らその費用を生み出す労苦に挑むべきだ。安易に国民負担に頼ることがあってはならない。
 経営形態は持ち株・郵便・郵便局三社を統合して親会社とし、政府が重要決議を拒める三分の一超を出資、ゆうちょ銀行、かんぽ生命を子会社化する。民どころか限りなく官に近い。郵貯限度額も二千万円に引き上げ、政府の関与を強めることで金融二社から郵便局への手数料を増やし、経営を安定させる。これが見直しの狙いだ。
 国民新党や民主党の支持基盤である全国郵便局長会からの要望が広く反映されている。
 これでは郵貯肥大化の警戒心をあおり、信用金庫などと協力し郵貯資金を地域に還流させる目標が怪しくなる。運用が国債に偏り「国の金庫」としての役割も変わらないだろう。
 先細りの郵便事業を直視すれば改革は自らの痛みを避けて通れないはずだ。かつてのように一般会計からの財政支援にもたれ掛かる時代に舞い戻ってはならない。
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