本件事件の控訴審判決及び第1審判決が判例時報2293号139頁以下に掲載されました。
(大阪高等裁判所平成27年10月6日判決平成27年(う)第679号)

しかし、そのタイトルや解説記事には、ほとんど誤りといってよいような内容が複数含まれています。

 まず、最も目につくものとして、
「本判決は客観的な拘束状況に基づいて、同意の真意性を否定したものである。」との記載です。
これは、タイトルにも含まれている内容であり、本件解説評価の中核部分といってよい部分です。

控訴審判決は、承諾が真摯ではなかったことについて「客観的な拘束状況」は、全く根拠にしていません。

控訴審判決が承諾が真摯ではなかった根拠として挙げたのは、
①鎖を外す時期があったとしてもごく短時間であったこと。
(その根拠として、
②発見されたとき鎖が腹部に食い込んでおり、腹部に跡が残っていた→拘束が長時間であったと推認されることと、
③トイレに便があった→まともにトイレで排泄できないほど畏怖していたこと、
の2点を挙げる。) 
④Aが、鎖でくくられることは嫌であったと供述。
⑤被告人さえも、捜査中、Aが本当にくくって欲しいと思っていたわけで無いことはわかっていた旨供述。
⑥花子が、Aが我慢しているような顔であったと供述。
というものです。

④⑤⑥はいわずもがなですが、
①②③も、客観的な拘束状況に基づくものではなく、
拘束が解かれた後の拘束後の事情を考慮して、承諾時の意思内容を推認しているものにすぎません。
客観的な拘束状況、すなわち、罪となるべき事実に記載された、両親が外出後まもなくまでの拘束の客観的な状況のことではありません。
(以上の①から⑥による控訴審の推認が、全くの見当違いであることは既に述べたとおりです()。

第一審判決は、少し拘束態様に触れていますが、これは、総合考慮の一要素として拘束態様に触れたものです。「承諾が消極であったこと」(控訴審が真摯でなかったと言い換えた部分)の根拠にはしていません。
Aは合鍵を持っていて、すぐに鎖は解けることはわかっていて承諾したのですから、拘束態様が承諾の積極性、消極性に関係ないのは当然です。

解説には「本判決(控訴審判決)は、・・・拘束の態様等から、・・・Aが真意で同意したとは認められないと結論付けた。」
との記載もあります。
おそらく上記②のことをもって、「拘束の態様等」と言っているのでしょうが、
②は、鎖を一旦外して、その後自分で腹に巻いたその拘束の態様であり、
被告人がした拘束の客観的な拘束状況とは全く関係ありません。


むしろ、控訴審は、客観的な拘束状況「以外」の事情を考慮して、承諾が真摯ではなかったと結論付けたのです。
(その推認過程が出鱈目であることは、すでに既に述べたとおりです()。
そもそも「承諾が真摯ではなかった」ことを有罪の根拠とすることが誤りであることも、繰り返し述べたとおりです。)