2007年12月23日

初心にかえる

忘れもしない小学3年生の夏休み。
両親の家業が忙しいのでお盆休みは毎年苦楽園の祖父の家に預けられていました。
おじいさん的には子供はそうめん食べさせたら喜ぶやろうと考えたのかもしれませんが、祖父の家は当然のようにそうめんが具なしで食卓に出てきます。
錦糸卵やハムは贅沢やという思想で・・・・。
小さい子供に具なしのそうめんなんて不味くて食べたくないのに祖母に気を使って寂しい思いで(母を恋しく思いながら)食べたものでした。
あの日も晩御飯はそうめんでした。
具なしのそうめんをすすりながらテレビに衝撃的な映像が映しだされたことがいまでも脳裏に焼きついています。
日航機墜落事故のニュースでした。
もう少し大きくなってからその事故で坂本九さんという芸能人が亡くなったということを知りました。
世代は違えども、ものすごく歌唱力のある人だと認識するようになりました。
先日BSで坂本九さんの特別番組が放送されていました。
デビュー当初からの軌跡を追いつつたくさんの名曲が順次流れてきます。
途中黒柳徹子が登場し、九ちゃんが歌手としての地位を確立して尚、歌唱力が抜群にアップしたある瞬間に気づき本人に尋ねたところ、初心に返って一から歌のレッスンをした事実を聞いたという。
そのエピソード紹介後に聞いた歌はヒット曲である「明日があるさ」でした。
黒柳さんの解説を受けた直後に聴いたその歌唱力のあまりのレベルアップ度合いに(曲りなりにも長年歌のレッスンをしていた人間の視点でみると)、度肝を抜かされる程の感動を受けました。
大成してももっともっとと努力して結果を残した彼の歌を聴いて感銘を受けた私は視界が開けた気持ちになりました。
次にクリアすべき山が見えている自分の今やるべき事にもっと真摯にもっと掘り下げて取り組まないと私はいつまでたっても九ちゃんにはなれないと(笑)・・・。
ほんのささいなテレビ番組でしたが、なにか心にひっかかるものを感じました。
そんな素直な感受性をなくさないようにしたいです。
素直といえば九ちゃんのエピソードがもう一つ。
昭和50年頃フォークソングブームの時に、つまごいで南こうせつが野外コンサートをしたらしいのですが、そのコンサートの最前列で「あの九ちゃん」が観客としてコンサートを楽しんでいたそうです。
歌手として人気があっても何かを模索していたのでしょうし、その時代の空気を感じてアーティストとして何かを得たいと思ったのかもしれませんね。
世代は違えどもピュアな人や物は永遠に人を感動させることができるのだなと思います。
私も人を感動させる人間でありたいと思いました。


トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
プロフィール
兵庫県芦屋市出身 芦屋在住
25才で美白工房を設立 
美白コスメメーカー
美白エステサロン経営
CIDESCOインターナショナルエステティシャン資格
日本エステティック協会認定エステティシャン資格
JAAアロマコーディネーター協会インストラクター資格

武庫川女子大学付属中学校、高等学校を経て武庫川女子大学短期大学部卒
子供の頃からミュージカル女優を夢みてバレエ、ジャズダンス、タップ、日本舞踊、ヴォイストレーニングなど本格的なレッスン漬けの毎日を過ごし努力したがあえなく夢破れて身の程を知る。大手企業に入社し営業のセンスが開花。最年少管理職に抜擢され奮闘したが起業を目指し退社。現在に至る。

夢 「美白の女王」になる。

特技 日本舞踊


livedoor ピクス
本ブログパーツの提供を終了しました