年末に書いた「韓国軍と自衛隊問題 日本人自衛官の英語発音は悪いのか?」という記事が各方面で大きな反響をいただきました。記事をご覧いただきました皆様には御礼申し上げます。(無断転用・転載はご遠慮ください)

一連のことから、今回「日本人の英語感」「日本人英語に対する外国人(non-Japanese)の英語感」が明らかになったことは、英語教育に携わっているものとして興味深いものでした。今後、世界で英語を母語話者、母国語話者ではない日本人を含むノンネイティブスピーカーが「国際語」として使っていくわけですが、その際に注意すべきことを、今回の問題を通して考察してみたいと思います。

今回、韓国側が「日本人の英語発音が下手だったので聞き取れなかった」といったという主張があったわけですが(その真偽に関しては報道からしか知ることはできませんが)、まず一般に「英語発音がうまいか下手か」といった主観的で印象的な観点からとらえられること自体が問題であることに多くの人は気づいていません。本来ならば、客観的に発音をとらえるべきなのです。つまり、今回のことは「発音がうまいからとか下手だからとか」ではなく、「相手に意味がじる英語であったか否か」が重要なポイントになるということです。実際には自衛官の英語は十分に通じるレベルの英語であったことは明らかです。

次に、自衛官が使用した英語は、一般的な英会話や学校英語、受験英語などとは違う英語であることを理解しなくてはなりません。当然、韓国政府もこの点を考慮して今回のことを発言すべきだったのではないかとは個人的には思います。

もう少し詳しく言うと、発話や音声は時として誤解を生むことがあるので、それを回避するために、その現場独自の「言葉」「言い回し」などがあることを知っておく必要があります。今回の件も、自衛隊の方が話した英語も独自の英語があるはずなのです。例えば、9を「ナイナー」と言っているのはその一例といえるでしょう。もう少し一般的な例では、航空会社では、お客様のお名前など重要な情報を無線や内線で伝える際に間違えないようにする目的で、Aはエイではなくエイブル、Bはビーではなくベイカー、Cはシーではなくチャーリーなどいい、間違えを防ぐ努力をしているのです。

3つ目に日本人英語に対する過度な否定と卑下という問題と差別についてです。
顕著な日本人英語の特徴の一つは、子音の後に母音を入れてしまうことです。それによってリズムが崩れます。例えば、screwは英語では一音節語ですが、日本語ではスクリューとなるので4つの音から成り立っています。これによって確かにリズムは崩れるので、聞き手は違和感を持つでしょうが、それが意味理解に多大な影響を与えることは、(程度の差こそありますが)多くの場合、あまりありません。意味は文脈からでも判断できますし、特殊な英語の場合、それを避けるための英語が使われているからです。

それでも英語がわからないという主張をする場合は、それは聞く耳を持っていないと捉えてよいでしょう。[過日、トランプ大統領が日本人記者の質問に対して、「英語がわからない」と言って答えなかったニュースは記憶に新しいでしょう。しかし、このように発音を批判する姿勢は「差別」にもつながるもので、グローバル化の中では好意的な姿勢ではありません。一国の大統領がそのような態度を示したことはいかがなものかと個人的には考えています]。

したがって、日本人は自分自身の英語発音が下手であると卑下する必要は全くないのです。特に先の自衛官や日本人記者の場合、むしろ自信をもって英語を使ってほしいレベルであると思っています。しかし、当たり前ですが、日本人といっても、さまざまなレベルの英語使用者がいるので、一概に「日本人」と限定することはできません。

ところでJapanese Englishにはメリットもあるのです。
日本語と英語の音声的な相違が逆に「聞こえ度」を高めることがあります。「聞こえ度」とは簡単に言うと「聞こえやすい音」のことで、母音などは「聞こえ度」が高くなります。
ですから、日本人が子音の後に母音を入れる癖は「聞こえ度」を高めることがあるので、通信機器や機材を通して話す場合は、逆に英語の音が聞きやすくなるというメリットがあるのです。
これに気付いたのは、航空会社に勤務していた際に、日本人によるさまざまなアナウンスを聞いた時でした。「聞きやすいアナウンス」とそうでないアナウンスの差異は、「英語っぽいアナウンス」ではなく「正確なJapanese English」でした。もちろん英語母語話者に近ければ、そうした英語も聞きやすいことは言うまでもありませんが。

しかし、注意しなくてはならないのは、聞き手がそうしたJapanese Englishに違和感を持つ可能性は高いこともあることを考慮する必要はあります。その場合には、Japanese Englishに慣れていないことが原因の一つといえます。

4つ目に、ネイティブ神話です。
今回「ネイティブが聞いたらわかったので、自衛官の英語はわかりやすい英語である」とか、「ネイティブに聞かせれば自衛官の英語力がわかるから、聞いてもらった」とかといった発言をSNS上で多く見かけました。しかし、現在、英語はネイティブスピーカーだけのものではなく、ゆえにネイティブスピーカーが英語の唯一の話者でもなければ、発音の判断者として適切だとも限りません。今回の件も、日本と韓国の間の英語を母国語(母語)としない人々の間での英語の使用についての議論なのです。だからこそ、それぞれの業界には、それぞれに特殊な英語(通信英語)が存在し、それを使用することでアクセントによる弊害を少なくするような努力がなされているのです。

最後に、日本人が目指す英語は「正確な英語発音」であり「うまい英語発音」「英語っぽい英語」ではないということです。アクセント(強勢)の位置に注意するなど、正確な英語を話すことを心がけることが重要です。その結果、Japanese Englishでも全く構わないのです。しかしそのためには、一定の訓練を専門家から受ける必要がありますが、日本ではまたその専門家が少ないという現状はあることは事実です。少しずつそのような現状を改善していく努力と必要性はあると考えます。

このように今回の問題を通して、日本人の英語発音や英語に自信のなさに起因するネガティブな意見が多く出されたことは、英語教員の一人としての今後の日本の英語教育における課題だと思っています。

しかしながら、個人的には、今回、防衛省が公開した自衛官の生の音声を分析して、危機的な状況にあるにもかかわらず、自衛官が冷静に通信を行っていることに敬意を払わずにはいられませんでした。
今後の活躍をお祈りするばかりです。

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