2009年09月24日

日本感&アメリ感

 ウチのボスが比較的大きな研究費を取ってきました。向こう5年間で2.3億円ですってよ。とはいえ、大学に0.8億円とられてしまうので、使えるのは1.5億円程度なんだそうですが。ボスが言うには「アメリカの良いところは、俺みたいな外国人の若造にも、きちんとした計画があれば資金が下りる可能性があるところだ。逆に、たとえノーベル賞を受賞しても、若造に負けて研究費を切られる可能性があるんだけど。」だそうです。

 アメリカン・ドリームとか、まだまだ健在ですよねぇ。。。
















 オバマさんの医療保険制度改革とか見ていて凄いなぁ、と思う(オバマさんの人柄以外に)のは市場経済に対する信頼というか、資本主義に対する信頼というか。日本人から見ると、アメリカの医療保険は余りに資本主義的・市場経済的にできているから(儲かるもの勝ちになっているから)貧乏人は入れないし、問題が大きい、と思うんですが、それを解決する手段が「新たな保険市場の開設」ですからねぇ。

 これは、サブプライムの問題の対策も同様です。昨年10月に議会承認された70兆円のTARP(不良資産買取プログラム)資金は今年3月時点で残り5兆円と、ほぼ枯渇するに至りました(株式相場が安値を付けたのも、TARP枯渇に対する懸念が一つの要因でした)。困り果てた当局が積極的に利用し始めたのが、すぐに負担が発生しない様々な「保証」です。クレジットが破綻した対策がクレジットかよ、という。
 新車購入時の補助金制度(CARS)ももうすぐ枯渇して自動車産業はまた問題に直面することになるでしょうし。

 こういう「とりあえず市場で回しておけば、次に市場がクラッシュするまでは大丈夫」みたいなのって、ある意味で、システマティックにして壮大な問題の先送りですよね。日本人にとっては問題の先送りって何もしない事のような気がしますが、オバマさんたちがやっているのは「少しでも先に延ばせるように手を打っている」という感じ。

* これが問題を上手く解決するかどうかは微妙なところです。結局のところ、次のクラッシュの時のダメージを大きくしているだけ、というのは間違いありません。稼いだ時間の間に物事が上手く回るか(例えば、経済問題は次の産業が育ち景気を牽引しなければ解決しようがありません)、というのとどれだけ上手く時間を稼いだかというのは別問題。 *

 日本でいうと、小泉改革の結果が今のところあんまり思わしくない、というのが共通認識だとして

1.小泉路線は間違いだったから引き返すべき  (例:郵政民営化は見直すべき)
2.もっと小泉路線を推し進めるべき   (例:どんどん他の事業も民営化すべき)

という意見で多数派は1.のような気がするんですがどうでしょうか。2.みたいな意見もありますが、言ってる人はホリエモンとか割と限られているような・・・。
 アメリカはどこまで行っても2.なんだなぁ、と。

 まぁ、この100年に限って言えば、資本主義(市場経済)は極めて素晴らしい成功を遂げているわけです(しかも、年々進化している)。もちろんいかなるシステムにも問題も矛盾もあるわけですが、「当面のところは手直ししながら何とか生きながらえて他のシステムよりも繁栄しているシステム」に頼るというのは、ある意味で合理的と言えるかもしれません。

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こんなニュースもありました。日本人は、経済的成長が個人の豊かさに結びついていないというか、非常に不公平であると感じているらしいです。他の多くの先進国でもそう・・・っていうか、フランスのそれはお家芸だろう、みたいな。
 その中で、アメリカって意外とみんな公平だと思ってるみたいですよ。公平だ・ある程度は公平だ、を合わせると日本16%に対してアメリカ41%ですから。もちろん、このアンケート調査が妥当なものだったかどうかは知る術もないし、調査が妥当でもこの新聞記事一個だけで判断はできないんですが、納得できる結果ではあります。

 こんなにも格差の大きなアメリカ社会に住んでいる人が、格差が大きくなったとはいえまだまだマシな日本に住んでいる人よりも不公平感を感じていないのは何故か?

 それは、やっぱり公平さに求めるものの違いだろうと思うのです。日本人は割と結果の公平を求め(クラスの女子全員が白雪姫とか)、アメリカ人は過程の公平さを求める(選考基準の明確なオーディションが行われること)というか。フェアプレイの精神ですね。

 そういう精神の元に生きている人にとっては、競争が誰に対しても開かれ、公平であるならば、生まれ持った能力やそれに加わる努力の結果で差がついたとしても「ある程度は公平だ」と思えるってことなんじゃないでしょうか。後はもちろん、生き方のバラエティが認められているというか誰もが勝ち組にならなくてもいいと本気で思っているとか、そういうのもあるんでしょうが。

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 市場経済にとって最も重要なのは競争が公平に保たれることです。ノーベル賞受賞者と、ポット出の外国人研究者が、一つの研究費枠を対等に争える環境が整っていることです。黒人と白人がガチで大統領の椅子を争う環境が整っていることです。そういう意味では、市場に重きを置くアメリカのシステムは国民の感覚と良くマッチしているし、解決策として市場を援用するのも理にかなっているのかも、とは思うし、逆に日本のシステムも国民性を反映しているんだなぁ、と感心してみたりします。


 個人的には日本の社会って意外と公平にできてるような気がするんですけど。。。


Posted by bijoux_iris at 03:58│Comments(2)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 日々のネタ 

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この記事へのコメント
全員白雪姫か明確なオーディションか。面白いですね。笑
確かにアメリカ国内は明確なオーディション社会になっていそうですが、
どうせならもうちょっと外に目を向けて、地球規模で明確なオーディション社会にしましょーよ、と、
アフリカ帰りの身としてはアメリカ(とか先進各国の)政府に言いたい。^^
しかしアメリカ人てポジティブだなぁ。

話それますが、
小泉路線の見直しが大方の意見だとして、
あの小泉サイド圧勝の選挙を検証するのも面白いかも。
みんなが「改革」を歓迎して、反対意見を述べる者はそれだけでヒールのレッテルを貼られていたような。
政治や経済の全容を一般市民(或いは専門家も)が把握するのは不可能に近く、
“雰囲気”の演出がものを言うという良い事例ではないかと。
かく言う私も、漠然と「改革=いいこと」と思っていた一人なのです。
(あまりにも自民圧勝の様相が濃かったので、選挙では民主党に入れたけど。)
今だって、改革の結果がいいのか悪いのか、わかってないです。
Posted by ともも at 2009年09月25日 08:40
 >ともも

 お帰りなさい&素晴らしい紀行文をありがとう。こんなところでナンですが、あれは皆にも読んで欲しいなぁ・・・。

 初期条件の違いって難しいですよね。昔読んだ「銃・病原菌・鉄」っていう本でも、国力の差は地中の資源その他の所与の条件による差だと言ってました。逆に言えば、ものっ凄く大雑把に見れば、条件が同じなら似たような成果を出す(同じ人類の国なんだから)ということでしょう。
 その上で、公平な競争って、どうすればいいのか、皆が悩んでいるところなんでしょうかね・・・あと、公平なオーディション型の社会が良いのかどうかっつーのも。でも、アメリカ人の能天気さは本当に羨ましくなることがあります。そういう社会なら目指す価値はあるかも。

 小泉さんの改革は自分も良いものだと思っていたし、今でも良い部分はあったと思っています。むしろ、あれだけ時間をかけて、ようやく壊し始めたくらい、という変化を拒む社会の慣性みたいなものの強さを思い知ります。多分、壊した後の仕組みを組み立て、そのビジョンをわかりやすく示せれば受け止められ方も大分違うんじゃないかと・・・。
Posted by びじう at 2009年09月27日 11:57

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