2010年05月08日

ローマ人の物語 「最後の努力」 を読んだ

 久々に面白いというレベルで面白かったなぁ。もう、ローマ帝国ダメダメな感じで、皆が何とかしようと必死の努力をして生き延びさせるんだけど、尽くす手には副作用があったり、生き延びたけれどもそれは既にローマ帝国ではなくなってしまったりとか。

 まさに、現代日本に生きる人には必携の一冊。凄い納得できるというか、国が傾く時って1700年前もこんな感じでしたよ、ってことで。びじう的には「パクス・ロマーナ」「ユリウス・カエサル」に次ぐくらいに面白かったです。

 タイトルからしていいじゃないですか。「最後の努力」ですよ「最後の努力」。後世から見たら無駄な努力だったかもしれませんし、やり方に問題があったかもしれませんが、もうズダボロのローマ帝国を立て直そうと必死に頑張った人々の姿にちょっと共感。


ローマ人の物語〈35〉最後の努力〈上〉 (新潮文庫)
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ローマ人の物語〈36〉最後の努力〈中〉 (新潮文庫)
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ローマ人の物語〈37〉最後の努力〈下〉 (新潮文庫)
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 ・ 人のための国から、国のための人へ − 構造改革と税制

 35巻ではディオクレティアヌス帝の構造改革を取り上げます。もう、蛮族が方々から攻め込んでくるようになったローマ帝国は一人の皇帝だけじゃとても回りきれなくなっちゃって、仕方無しに彼は、ローマ帝国の防衛を4人で分担しようと考えました。
 帝国を東西に分け、それぞれに正帝と副帝を置いて統治するシステム「四頭政」(テトラルキア)を導入したのです。これによって北方蛮族と東の大国ペルシアの侵入を退けることに成功。何とかローマの防衛機構を再建します。

 皇帝が4人で分担、というシステムは目的を達成できたわけですし成功だったんですが、その結果として「今まであったものを4分割」では収まらなくなってしまったのです。本社を4分割して3つ支社を作るところを想像してください。基本的には会社を大きくする必要があるのはすぐに理解できると思います。その結果、必然的にローマの政府が「大きな政府」になってしまったのでした。4人の皇帝達が率いる軍団は今までの2倍になってしまったし、皇帝が住む首都も4つ必要で・・・という具合。
 それまで、ローマ帝国の税金は人々から集めたお金でできる範囲の公共事業(道路整備とか防衛とか)を行う、という方針で、浅く広く集めるという原則のものでした。人々のための国、小さな政府だったわけです。ところが今や、ローマ帝国を存続させるためには大きな政府が必要で、そのために必要な金額というのがまずあって、それを国民が負担することになりました。国のための人です。
 そして、税金の徴収のためには官僚機構が必要になり肥大化していきます。この流れは止められません。大きくなった政府は本質的に小さくなれないのです。

 あと、帝国の防衛をきちんとシステマティックに分担しようと考えたディオクレティアヌスは、官僚組織も非常に「かっちり」した、システマティックに責任分担がなされたつくりにしてしまいます。おかげで今まで「なぁなぁ」で上手くやっていたローマ的な部分が失われていくことになります。
 例えば、それまではお金持ちが大金を寄付して自分の名を冠した道路整備とか、公共事業に貢献する事が誇りとされてきたのですが、行政区画がきちんと仕切られて、ここからここまでの道路は○○が担当、となってたりするとそれ以上は寄付したくてもできないとか。要するに融通が効かなくなっていたのです。おまけに税金は高くなってるし・・・寄付するだけバカらしいというか。

 というわけで、この構造改革。

 蛮族の侵入に苦しんでいたローマの防衛のためには必要な政策でしたが、それはローマらしさを犠牲にした生存策で副作用も大きかったのでした。
 にしても、まさか、この時代に蛮族とかペルシャをコテンパンにやっつけていたことすらも副作用をもたらすとは。

 ・ そして内乱へ

 36巻では、その後の内乱が扱われます。ディオクレティアヌスが引退して第二次「四頭政」(テトラルキア)が始まったのですが、圧倒的なリーダー不在で、しかも外敵の侵入を心配しなくて良い(前の時代に足腰立たないくらいにコテンパンにのされていたので)となると、権力者は安心して権力争いができるようになるわけです。もうほんと、人間って! とか思いますが、仕方ないですよね。それが人間なんだから。

 ・ 人の世から神の世へ

 37巻では内乱を勝ち残ったコンスタンティヌス帝が、当時の新興宗教であったキリスト教を振興した理由についての考察がメインになります。後世の歴史で「大帝」と呼ばれる(というのはキリスト教を振興したのでキリスト教文化圏では偉大な皇帝ということになった)コンスタンティヌスは、絶対的な支配のために一神教を利用しようと考えた人なのでした。

 これまでのローマ帝国では、常に、皇帝は人々から権利を委託されただけの人でした。ローマ市民の第一人者であり、その政策には元老院のチェックを受ける必要があり、つまり、主権は常に(この時代には形骸化していましたが)市民だったわけです。
 しかし、コンスタンティヌス以降、皇帝は人々を支配する権利を神から委託された存在になります。人民の代表ではなくて、神様の代理。下々の市民はイチャモン付けられない存在ということになりました。王様が光り輝く冠を戴いたりするような、他の市民とは違う格好をするようになるのもこの人からだそうです。それまでのローマ皇帝は市民の一員でしたから市民と同じ格好(せいぜいが月桂樹の冠)をしていたわけですが、神様から権利を委託された絶対君主は自分の上には神様しかいないことを示すために戴冠式(冠を司教に授けられる)を行ったり、きらびやかな衣装を身にまとう必要がありました。


 面白かったのはニケーア公会議のエピソードです。キリスト教を支配の道具として取り込むことに決めたコンスタンティヌス帝はキリスト教の教理問題にも干渉せざるをえませんでした。教理上の対立からキリスト教組織が空中分解してしまっては困るからです。ここで争われたのは「キリストは神か否か」でした。三位一体(神とキリストと精霊は同等の存在)に対する挑戦です。
 帝国東方の司祭が「神は不可視にして不可知なものであり、肉と骨を備えたキリストは神ではないのではないか」と主張して信者を増やしていたのです。で、まぁ、普通に考えると神の道に忠実に生きて磔刑になった人間キリスト、というだけで敬う対象としては十分な気がしますが、やはりその三日後に復活し、天に昇る(神と一体になる)という部分が人を惹きつけるのには必須だったのではないかというのです。

 プラトンの対話篇とキリスト教の聖書。どちらも同じように高い価値がある文書ですが、獲得した読者の数では圧倒的に後者が上なのは、人は真理を求めるだけでは飽き足らず、救いを求める生き物だからではないか。人として死んでしまっては尊敬できても救いがない。復活したからこそ救いがある、と。

 コンスタンティヌスが三位一体を擁護したのは、その方が一般受けしそうだったからじゃないだろうか、というわけです。

==========
 もちろん、ローマ帝国を一つにまとめなおし、強力なリーダーシップを発揮して帝国を再建するという意味では一神教の利用にも意義はあったのですが、その副作用はなかなか目に見えませんでした。

 実際、人々が一神教の副作用を問題視するようになるまでにはこの後1千年、ルネッサンスを待たねばなりませんでした。

 そして今や、世界は「暗黒の」中世の入り口に立っていたのでした。





Posted by bijoux_iris at 03:19│Comments(0)TrackBack(1)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 日々のネタ 

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ローマ人の物語〈35〉最後の努力〈上〉 (新潮文庫)塩野 七生 by G-Tools ディオクレティアヌス(284-305)、コンスタンティヌス(306-337)。 ディオクレティアヌスは皇帝就任早々マクシミアヌスを共同皇帝に任命し、帝国西方を担当させる。 西方はライン川・北
『ローマ人の物語〈35〉最後の努力』【月のブログ】at 2014年05月03日 16:34

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