今日は、昨日に続き氷点下の朝。放射冷却で空が晴れわたって気持ちがよいのですが、肌にピリッとしみいる寒さ。最低気温は、マイナス 4.0度。最高気温は 7.4度とのことでした。そのかわり、日中は、春先のような日ざしで、本当に穏やかな日でした。

下の写真、左と中央は、昨日の晩ご飯。炊き込みご飯とお吸い物。右は、今日のお昼に食べたカレータマゴうどんです。

2007025炊き込みご飯 20070225お吸い物 20070226タマゴうどん

先日 NHKのプロフェッショナル 仕事の流儀で、クリティカルケア看護の専門看護師のお話がありました。クリティカルケア看護というのは、生命が危機的な状態に陥っている患者さんに対する看護のようで、集中治療室を中心に放送がなされていました。

専門看護師というのは、そのような状態の患者さんを専門に看護する看護師ということだと思いました。しかし、「高度な知識と技能を持つ」看護師という事だけではないようです。

専門看護師認定審査での、受験資格の中の一つに「専門看護師としての必要な実務経験があること(
社団法人 日本看護協会より)」ということで、

・個人、家族及び集団に対して直接的な看護実践を充分経験
・看護職を含むケア提供者に対しコンサルテーションを充分経験
・必要なケアが円滑に行われるために、保健医療福祉に携わる人々の間のコーディネーションを充分経験
・個人、家族及び集団の権利を守るために、倫理的な問題や葛藤の解決をはかる経験
・看護職に対しケアを向上させるための教育的機能を果していること
・専門知識及び技術の向上並びに開発をはかるために実践の場における研究活動を行っている

という、本当にいろいろな方面での「知識、技術、経験」などが求められるのが「専門看護師」のようです。

事実、放送では、クリティカルケア看護の中で、一分一秒に責任をもち、ときには、患者さんの状態を自ら判断して、ケアのためのプログラムを考え、そのプログラムを医師とのコミュニケーションにより実行に移す、という、医師以上に大変な判断と責任を求められるシーンも放送されていました。

65歳の重篤な肺炎の患者さんに対して、パルス療法という大量のステロイド(副腎皮質ホルモン)を利用した場面がありました。その状況下で、自らが患者さんの状態を見て、体力を回復させるために 10分間の間、体を引き起こしながらの治療の決断をしました。

その判断が間違えば、逆に体力や免疫力は低下して、さらなる重篤な状態へと陥る可能性もありました。もちろん医師とのコミュニケーションをはかりながらの判断でしたが、本当に「自律神経が交感神経へ大きく傾く過緊張な状態」が連続で襲ってくる、そのような命と向き合う現場がクリティカルケア看護の本当の姿のように感じました。

そのように、とても臨機応変に対応できる専門看護師でも、ある 6歳の少女が、心停止により亡くなられた事が契機となり、現場を一時離れた事があるそうです。

その少女のお母さんの、「
朝、気持ちが悪いといった娘を、しっかりしなさい、と幼稚園へ送り出した私のせいで、娘が亡くなったのです」という言葉に、お母さんや娘さんに対して、ただただ何もできなかった、救えなかったことで「無力感」を感じたからだそうです。

その後、看護を教える立場として教壇へたたれたそうですが、臓器移植をされた友人の死に直面されたそうです。その友人の死を契機として、自分では何もできなかった事に対して、以前とは違い「
何故看護師として友人と向き合わなかったのか」、「自分のできる事をやりなさい !」と、「看護とは何かを問いかけるため」もう一度クリティカルケアへ戻ろうと決意されたそうです。

そして、いつからか、希望と不安が入り乱れる医療の現場に、自分を奮い立たせて、勇気をいただくために、自分に問い続ける時間を作ったそうです。それは「
自分は何ができるのか」、「本当にできるの」、「あなたは頑張れるの」という自分に問い続ける時間を持ち、それをノートにメモする時間でした。

本当に押しつぶされそうな「
ココロとカラダ」を、自らを奮い立たせて頑張っておられる姿に感動してしまいました。何度となく登場した「重篤な患者さんや家族」の手を握るシーン。まさに、これは、患者さんの「治りたい意欲」と、「必ず治るからね、治してあげるからね」というココロとココロをつなぐもの。

ご本人が「本当に生きる事を目の当たりにしていたら、本当に人間は強いもの、すごいと思う」とお話されていた事に、このクリティカルケア看護の本質があるように思いました。

さらに、感銘を受けたのは、アナウンサーが「
現場が持っている何かとは」という質問に対して、「尊厳、おごそか」、「人間の命を預かっているのは、神ではなく人間で、限界がある。でも、精いっぱいする」、「それが医療の現場、おごそかなもの」というこたえでした。

命の分岐点をささえる仕事の看護師。「
自分のやる事をわかって、責任をもって仕事をし、行動に移すこと」ができる人が「プロフェッショナル」である、ともこたえられていました。

この放送を見て、以前
2007.01.09 お医者さん、大丈夫ですか?で投稿した記事を思い出していました。アロマセラピストやリフレクソロジストなどのセラピストにも、いろいろ目指す方向性はありますが、このように、命の分岐点を支える仕事をされている医療従事者の方々への「ココロとカラダを癒す」手当てができないものでしょうか。

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