○ 履歴 : 2008「2008.04.13 ダマスクローズの苗が届いていました+ 2.2 / + 15.2
○ 履歴 : 2009「2009.04.13 スイセンの花とぎょうじゃニンニク味噌
+ 7.0 / + 15.2
○ 気温 : 今日の最低 + 8.4( + 9.0(01:52))最高 + 19.1(11:06)/ 昨日 : + 5.0 / + 10.8

今日の朝は、ほんの少しお日さまが曇の間から出ていました。青空もありました。そして、気温もかなり高かったようです。

ところが、お昼前から、突然黒い雲が近づき始め、天候は、雨に変わっていきました。それでも、暖かで、20度までは届かなかったものの、19.1度を記録しました。

下の写真、左は、いろんながっこです。今日のばっぱは、婦人会の集まりだったようです。昨夜から強風が吹き荒れていました。その影響が、山にもでていました。杉の木の枝が数本、道の真ん中に、そして、小さな実が、辺り一面に落ちていました。

20100412いろんながっこ 20100413昨夜より強風が 20100413あけびの新芽

この暖かさで、今まで気づかなかったあけびの新芽が出ていました。今年は、いっぱい実をつけてくれるでしょうか。外が暖かだったので、小屋から単車を引っ張り出し、エンジンをかけたまましばらく放置しておきました。

昨年は、ほとんどというか、一回しかエンジンをかけていませんでしたので、今年は、近くまで乗り回したいと思っています。

この暖かさで、信じられない光景を見ることができました。愛子が、ウットリして寝っ転がっていたのです。カメラを向けてもご覧の通り。豆太郎も、伏せをしたままでした。

そうそう、単車を乗って、小屋から愛子たちのところまで行くと、真っ先に吠えられましたよ。不審人物と勘違いされたようです。

20100413単車 20100413愛子 20100413豆太郎

下の写真は、今日のラベンダーの畑の様子です。このときは、まだ雨が降っていませんでした。お昼まで少々時間がありましたので、今日もラベンダーの補植作業です。

前回と同じように、完全に枯れている枝だけを取り除き、植え込みできるよう近くに穴を掘って、新しい苗を補植しました。

20100413ラベンダーの畑1 20100413ラベンダーの補植作業1 20100413ラベンダーの補植作業2

最初のうちは、大きな株と小さな株の混在となりますが、徐々に一体化してわからないように成長するはずです。肥料の土を穴に補充して、土をかためて終了。

20100413ラベンダーの補植作業3 20100413ラベンダーの補植作業4 20100413ラベンダーの畑2

もうその頃には、小雨が降り出していました。時間を見ると、お昼頃でした。下の写真、左と右は、雨に濡れながらきれいに咲き出した梅の花です。

予想より、ちょっと遅かったみたいです。中学校前の桜もまだつぼみがかたいようでした。

20100413梅の花1 20100413梅の花2 20100413ソーセージパン

上の写真、右と、下の写真は、今日のお昼ご飯です。手作りソーセージパン、そして、昨年の秋に梅漬けに漬け込んでおいたみょうがとタクアンちりめんじゃこ生ショウガなどを混ぜ込んだご飯、豆富のおから、さしびろと豆富のみそ汁でした。

20100413混ぜご飯 20100413おから 20100413さしびろと豆富のみそ汁

下の写真は、今日の晩ご飯です。ひろっこの玉子とじみそ汁、ひろっこのおひたしと目玉焼き、ミニトマト、シーチキン入りトンブリトロロと、昨日収穫したひろっこづくしのお料理でした。

20100413ひろっこの玉子とじみそ汁 20100413ひろっこのおひたしと目玉焼き 20100413シーチキン入りトンブリトロロ

先日の新聞(2010.04.11 秋田魁新報)に、「秋田病の克服を」というタイトルの記事が載っていました。

えっ、秋田病って?? と、興味を持って読んでいくと、秋田市のメインストリート沿いにあった「
日赤・婦人会館」の跡地の再開発に関わる「秋田市民(県民)」の「気力の弱さ、声を上げる勇気の欠如」に対して下された病名のようでした。

その跡地の再開発をめるぐ論争は、10年を越す年月がかかったそうですが、その間に、秋田市市街地の地価下落率は、何と「
国内最高の水準」だったそうです。

国内最高の水準」というと響きはよいのですが、地価下落率日本一だそうで、これには喜べませんね。そして、そうなった原因の一つに、先ほどの跡地の再開発の問題が関連づけられていました。

そう、10年もの間、無策のまま放置されていた事が、そのワーストワンとなった原因の一つに挙げられるのではないのか、という事でした。

そして、その再開発の遅れをそのまま放置していた「
秋田市民(県民)」にも責任の一端があるのではないのか、という事で、最初の「秋田病」というお話になったようです。

そういえば、「
秋田市民(県民)」の間には、「秋田時間」というのもあったようです。これは、とても大らかでゆったりと過ごす事ができる時間、というようにとれるのかも知れませんが、時間に無頓着な「秋田市民(県民)」を表現している場合もあるようです。