○ 履歴 : 2009「2009.04.28 植物療法 日本のハーブの種類と利用法 2気象データなし
○ 履歴 : 2010「2010.04.28 ローズマリーの土の入れ替えと千秋公園の桜
+ 9.5 / + 17.1
○ 気温 : 今日の最低
+ 16.6(20:58)最高 + 24.8(14:22)東京 21時( 5.4 / 12.4 秋田) / 昨日 : + 9.0 / +13.8 22時( 24.4 東京)

昨夜の東京は、ものすごい風が吹き荒れていました。そして、雨も降り始めていました。ところが、一夜明けてみると、心配していた雨もあがって、快晴の天気となっていました。

気温の方も、ぐんぐん上がっているようです。日ざしが強く、まるで初夏のようでした。今日は、恩師の告別式がありましたが、午後には、東京駅から上越新幹線で新潟駅、そして、羽越本線を乗り継ぎ秋田へ帰ってきました。

新潟県は、曇りの天気で、新発田を過ぎた辺りから雲行きが怪しくなり、とうとう雨が降り出してきました。

下の写真、左は、今日の朝ご飯です。パンとコーヒー、サラダとゆで卵でした。外の風景が秋田とはまるで違います。もう藤の花が咲いていました。

今日は、告別式の始まる一時間半ほど前に、不動前の駅に着きました。昨日と同じ道順で斎場まで向かいましたが、角にある公園の名前を見て不思議に思いました。

よくあることなのですが、読み方は一緒でも漢字が違っています。「きりがや」って読むのでしょうが、こちらの公園は、「西霧ケ谷」、そして、斎場は「桐ケ谷」です。

20110428朝ご飯 20110428藤の花 20110428西霧ケ谷公園1

公園内には、色とりどりの花や草木が咲き、繁っていました。もみじもまた、青空のもときれいな色で輝いていました。まるで紅葉しているようでした。

20110428公園内の花

下の写真、中央は、花壇に植え込まれていたエリカの花です。ナツザキエリカではないと思いますけど。そして、右が斎場前のバス停「桐が谷」。こちらは「ケ」ではなく「が」でした。

20110428西霧ケ谷公園2 20110428エリカの花 20110428桐が谷

今日の告別式は、午前 10:00 からの予定でした。その前に、最後となる恩師にご挨拶をしました。今日で本当に最後のセミナーとなるんですね。

いつもセミナーのときに座っている付近に、一人腰をかけ、祭壇に飾られている恩師の写真を拝見しながら最後のお別れをしました。

20110428恩師告別式1

まるでその写真から飛び出されてセミナーをしているかのような錯覚に陥りました。告別式は、予定通り始まり、滞りなく執り行われました。

繰越初七日の儀も執り行われ、いよいよ出棺です。祭壇に飾られていたいろいろな色の花が、棺の中を埋め尽くしました。いよいよ最後のお別れとなりました。

先生、安らかにお眠り下さい。

告別式を終え、一緒にフィトテラピー(植物療法)を学ばれた方々と少しお話し、そのまま不動前駅から、目黒駅、東京駅へと乗り継いで帰りの途につきました。

20110428恩師の告別式2 20110428恩師の告別式2 20110428恩師の告別式3

明日から秋田新幹線(東北新幹線)が再開されるのですが、今日は、当然ながら未開通です。帰りの飛行機がとれず、結局、上越新幹線で新潟を経由して帰るルートを選びました。

下の写真、左は、13:12 発「とき 325号」新潟行きの案内板です。そういえば、ひまわりは、上越新幹線にはまだ乗車した事がありませんでした。

中央は、今日のお昼ご飯です。乗車した列車は、二階建ての下でした。そのため、回りの景色をあまり楽しむ事ができませんでした。ただ、越後湯沢駅付近から、残雪が見えました。そして、何と雪が降っていました。

ようやく新潟駅に到着です。新幹線は満員でしたが、その理由の一つがわかりました。

20110428東京駅 20110428お昼の弁当 20110428新潟駅1

下の写真、左は、在来線へ向かい、15:31 発いなほ 7号秋田行きの案内板です。新幹線ホームから、いなほ号の止まっているホームまで、行列のような人波が続いていました。

きっと、秋田へ帰る際に、同じようなルートをたどる方々が大勢おられたからなんですね。ところが、山形県内に入って初めてわかりました。秋田へ向かわれる方々だけではありませんでした。

そう、山形県の日本海側に面した鶴岡や酒田などへ向かう方々も大勢おられました。

19:16 長かった列車の旅も終点です。秋田駅には、竿燈に「みんなで、がんばろう! 東北」のたれ幕がセットされていました。それよりも、ものすごい温度差です。

19:00 現在の気温は、+ 5.8 度(最低気温 5.4度(19:40)21時現在)でした。手が冷たく凍えるくらいに感じました。東京を出てくる頃の温度は、24.6度(最高気温 24.8度(14:22)東京)でしたから、およそ 19度の差がありました。

20110428新潟駅2 20110428いなほ号 20110428秋田駅

下の写真は、今日の晩ご飯です。トンカツとレタスのサラダ、キムチ、ニンジンのみそ炒めでした。

20110428トンカツ 20110428キムチ 20110428ニンジンのみそ炒め

そして、ネギと豆富のみそ汁でした。帰りの列車は、6時間ほどかかりました。ちょうど、秋田の「純米酒まんさくの花」があったので、ちょっと一杯飲みました。

20110428ネギと豆富のみそ汁 20110428純米酒 20110428まんさくの花

● 末富 仁氏(Hitoshi Suetomi) プロフィール

ルイ・レイモンド・ルノー博士に師事し体質学、植物療法、植物美容理論、エステティック理論を1971年に発表。
その後も研究を続けられ、真のプロフェッショナル育成のため、全国で教育活動を行う。
体質学と植物療法を基本理論とした数々の化粧品開発に携わってこられました。

○ 1931(S06)年
・長崎に生まれる
○ 1961(S36)年
・化粧品販売クレー化粧品西日本総代理店他メーカー取り扱う
○ 1968(S43)年
・マダム グエン・ゴック・オワン氏の紹介でフランス ルイ・レイモンド・ルノー博士のエステティック理論、植物美容理論、体質学に接し、エステティック、植物美容、体質学の研究を始める
○ 1970(S45)年
・フランス ドクター・ルノー化粧品の輸入販売開始、教育指導にあたる
○ 1971(S46)年
・フランス ルイ・レイモンド・ルノー博士のすすめでフランス ジャック・ポワルソン博士の皮膚と植物美容を研究
・神戸オリエンタルホテル、大阪国際ホテルにてエステティック発表
○ 1972(S47)年
・フランス ドクター・ルノー化粧品は株式会社マンダムと日本地区販売契約
・日本ドクタールノー化粧品会社設立、販売開始、同社顧問就任、代理店設定、取り扱いサロン設定
・営業システム教育カリキュラム作成、教育指導にあたる
・フランス カリタ化粧品日本地区発売のための企画、準備に参画
○ 1973(S48)年
・株式会社ヌーベルボーテ(エステティック専門商社)設立、代表取締役
・ドクタールノー化粧品販売とエステティック指導
・フランス皮膚科学と毛髪に関する研究会より植物美容学の認定授与
・兵庫県芦屋市にエステティックサロン開設
・東京第一ホテルにて東京地区エクテティックセミナー開始
○ 1974(S49)年
・大阪道頓堀にエクテティックサロン開設
・日本ドクタールノー化粧品取り扱いサロンの技術者とメーカーの相談室窓口を併設
・エステティック専用用材、プロフェッショナル用商品開発(アナリーゼ他5点)、健康食品、植物性半湿酵素(SBエンチームSHエンチーム)開発
○ 1975(S50)年
・フランス エステティックと化粧品学の専門課程の試験合格インスティチュートの認定授与
・体質学をフランス ルイ・レイモンド・ルノー博士に師事
・エレクトロエステティックのための専用機器(イオン、スチーマー他4機種)開発
・エステティックと健康管理研究会(シース)芦屋にて発足、教育開始
・ソワンエステティックのプロフェッショナル用ソワンシステム完成発表(東京・大阪・名古屋・福岡)
・エステティック専用用材(GLトニフィ他4点)開発
・東京 有限会社キャノン美容室グループへエステティック教育開始
○ 1977(S52)年
・エステティックと健康管理研究会(シース)東京他5地区支部発足
○ 1979(S54)年
・日本エステシャン協会理事に就任
・株式会社ヌーベルボーテ名古屋支店開設
・名古屋たつみ会教育指導
・フランス シモーヌ・マレー化粧品カリキュラム設定と教育開始
○ 1981(S56)
・東京 白金台に有限会社ジョリマとエステティックサロン開設
○ 1984(S59)年
・たかの友梨エステティックサロングループスタッフ教育始める
○ 1985(S60)年
・フランス モーリスメッセゲ化粧品顧問
○ 1986(S61)
・エステティック専用化粧品ソワンクリームC開発
・フランス モーリスメッセゲ化粧品ベーシックシリーズ改良
○ 1987(S62)年
・フランス モーリスメッセゲ教育カリキュラム作成教育開始
・株式会社サッシュエステティックスクール講師
○ 1988(S63)年
・フランス オルラーヌ化粧品教育指導開始
○ 1990(H02)年
・モーリスメッセゲ化粧品フローラルシリーズ化粧品開発参画
○ 1993(H05)年
・株式会社ローズメイ化粧品研究開発に取り組む
○ 1994(H06)年
・株式会社ローズメイ化粧品10品目開発完成教育開始
・NHK学園 新宿・国立・あきる野各校にて植物療法講師
○ 1997(H09)年
・学校法人 三幸学園クリエスクールにてアロマテラピー講座講師
・フローレンス化粧品株式会社 化粧品開発10品目完成教育開始
・植物性シャンプー(エルブシャンプー)開発
○ 1998(H10)年
・イギリス サンダースベリー化粧品教育開始
・株式会社サンレホルム学術顧問
・国際植物療法協会副会長就任
・主婦と生活社より「ハーブ健康法」出版
・株式会社ネイチャーズウェイの植物性化粧品開発教育
○ 1999(H11)年
・日本フィトテラピー研究所 植物性化粧品開発開発
・株式会社ネイチャーズウェイ体質形態学に基づく化粧品開発教育
○ 2000(H12)年
・ビオナチュレシリーズ植物性ヘアシャンプーと植物性ボディソープ開発教育
・山梨県須玉町 本格的ハーブバス「香りの湯」監修
・1975年より始めた健康管理研究会「シース」を終了
○ 2001(H13)年
・21世紀に向けてシースを発展的改革をして、美と健康のために従事するセラピストのプロフェッショナルとしてのレベルアップの内容にステップアップし「セネス」を再発足
・株式会社ネイチャーズウェイ体質形態学に基づく化粧品開発教育
・株式会社ネイチャーズソリューション 植物性化粧品「バイオラブ」開発
○ 2002(H14)年
・Jnmコスメティック セレクション 「リキード アンティアージュ」の発売
・「体質形態学」の集大成として書籍発刊のための執筆活動
○ 2003(H15)年
・Jnmコスメティック セレクション 「アマンデ タシュ ブラン」の発売

以上は、2003(H15)年までの恩師の歩みでした。

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2011.04.27 恩師のお通夜
2011.04.25 恩師の訃報