March 11, 2005

岡部騎手引退に寄せて

岡部幸雄騎手引退の報道が流れてから、何を書こうかと考えていたが、言葉が出てこなかった。
 
私が競馬を仕事として始めたのは、ちょうどシンボリルドルフが現役の時、昭和60年だった。30をとうに過ぎて、プータローまがいのその日暮らしをしていた私に声をかけてくれた会社が、TVで競馬中継を制作していたのだ。それまで競馬の「ケ」の字も知らなかった。当時、競馬場に色濃く残っていた「競馬=博打」のにおいにすぐさま嫌気がさし、「機会があったら、すぐにでも辞めてやる」そんな思いを持ちながら働いていた。
 
そういう私が、かろうじて競馬の仕事を続けて来られたのは、今になって思えば、岡部騎手がシンボリルドルフと走ったダービーのエピソードを聞いたからだろうと思う。あの3コーナーでの有名な話である。馬が騎手に話しかける、「まだ、行くな。まだ行かなくていいんだ。」岡部騎手が行くように促しても動かないルドルフ。岡部騎手は一瞬ダメかと思ったという。それが直線を向いてから猛然と追い込んで勝った。
馬が騎手に競馬を教えた、そういう対話がレース中に行われていることを知った感動は、私にとって大きかった。そこには「博打」とは無縁の新鮮な世界が開けていたのだ。
 
名馬が名騎手を育てると言われるが、そういう見本がそういくつもあるわけではない。しかし、彼はまさにそういう騎手のひとりだったろう。ルドルフが引退した後、憑きものが落ちたように勝ち続け、毎年のように勝ち鞍は100勝を越え、同期のライバルだった柴田政人騎手(現調教師)に一気に水をあけていった。
やがて藤沢和雄厩舎が開業し、なかば専属のような形で実績を積み上げ、「馬優先主義」という本も出版された。馬と人の関わり方の「あるべき姿」とでも言うべきものが初めてファンに向かって発信されたのである。
人々が日常的に馬に接する、欧米の成熟した馬文化を知るふたりの出会いは、彼ら自身にも幸せだったろうが、ファンにとっても幸せなことだったのではなかろうか。競馬を変え、競馬社会のイメージを変えたという意味で希有な出会いだったろうと思う。
 
とはいえ、人と馬の関わりについて、我々はまだまだ知らないことが多すぎるのではなかろうか。岡部騎手には引退後も、マスメディアを通してもっともっと「馬優先」を発信していただきたい。そう願わずにはいられない。
 
そもそも「競馬=博打」という一面的な観念を社会に植え付けたのはマスメディア、特にTV、ラジオの責任が大きいと私は思っている。JRAや専門誌などスポンサーの都合もあるだろうが、予想ばかりを「ウリ」にした長い歴史は確かにあるし、今も続いているのだ。実際に馬に乗っていた人間が、レースの流れや騎手と馬のプレーを語れば全くちがう競馬番組、スポーツとしても充分に楽しめる番組が作れるはずで、制作の現場に身を置いているあいだ、ずっとそれが気になっていたが諸々の事情でついにそれは果たせなかった。そろそろ、みんな気づいてもいいのではなかろうか。
 
最後に今読んでいる本から引用させていただく。
 
馬は忍耐力に富む忠実な僕で、仕事であれ遊びであれ、主人の要求に応えようという欲求が限りなく強い。馬を愛し世話する者が受ける酬いは単純であるが達成感に満ちている ――馬が体調良好で健康なこと、理想をいえば、どんな要求をしても本当のパートナーとなってくれることが見てとれるだけでいい。このように多才で献身的な動物に心から敬服できないとすれば、冷酷な人間といわれてもしかたがない。優れた騎手は馬を理解しようと努め、パートナーたる馬に学び、共同で仕事を遂行する。
   〜キャロライン・デイヴィス編・著「馬と人の歴史全書」序文 より〜
 
「馬は人のために走っているのです」という武豊騎手の言葉の重みもあわせてかみしめたいと思う。 
 
岡部幸雄騎手、どうもありがとう。そしてお疲れさまでした。


birdcatcher at 03:42│Comments(2)TrackBack(0)競馬エッセイ 

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この記事へのコメント

1. Posted by nob@惨敗馬券   March 11, 2005 06:40
素敵なお話しを聴かせていただきました^^
岡部騎手の引退はきっと、日本の競馬にとって数多くの意義を含んでいるに違いありませんね。
牧場で競走馬として生まれ、調教やレースを過ごしていく馬も
思えば、人との出合いが行く末を大きく左右します。
会見の席上で「これでボクも馬券を買える身になりました」と笑っていたジョークが
なるほど、岡部氏の馬に接してきた思いの裏返しなんだな、と
いまこのblogを読んで感じました。
2. Posted by BIRD   March 12, 2005 00:44
こんばんわnobさん。
特に思い入れがあった騎手というわけではなく、それなのに辞めると聞いて、こっちがうろたえてしまう、そういう存在感がやっぱりあったんですね。ただでさえ寡黙で、とっつきにくい人なので、当時競馬についてまだまだ素人だった私なんか、ホント、声をかけるのも憚られました。

ゆっくり休養して、またちがった立場で競馬の世界に戻ってきて欲しいと願ってやみません。

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