担当者より:yomoyomoさんが2006年にビル・ゲイツに関して論じた原稿です。また、この原稿執筆について後日yomoyomoさんが書かれた「さらばわれらがビル・ゲイツ」も併せてご一読のほど。

配信日:2006/06/07


旧聞に属するが、毎年恒例の米『フォーブス』誌における世界長者番付の首位は、今年(2006年)もマイクロソフト会長のビル・ゲイツだった。実に12年連続である。というより、当方がこの番付を意識するようになってずっと彼が首位なのだが。

パソコンのOS市場を独占するマイクロソフトを「悪の帝国」になぞらえるのはこの業界の長年の定番である。そしてそのトップに君臨するゲイツ個人の人間性が、当然のようにマイクロソフトの飽くなき支配欲や執拗な攻撃性にそのまま結び付けられて語られてきた。

先日、SF作家のブルース・スターリングがレオナルド・ダ・ヴィンチについて書いた文章を読んではっとしたことがあった。その文章は、エゴに満ちた空想家のエンジニア、起業家としてのダ・ヴィンチを書いたもので、ゲイツが彼の手稿を所有していることに触れた後、「ダ・ヴィンチは、現代のギークの父なのだ」と結ばれている。

私たちは、ゲイツ自身紛れもなくギークである(あった)ことをともすれば忘れそうになる。マイクロソフトが現在の地位を勝ち得た理由についてはいろいろ言われるし、その市場支配がソフトウェア産業のあり方を歪めたところは確かにあると思うが、ゲイツがプログラミングに十分な愛と理解があり、しかも資本主義に高度に最適化されたビジネスマンとしての資質を備えていたのが最大のポイントだったのは否定できないだろう。

残念ながらゲイツはダ・ヴィンチの芸術性までは受け継がなかったが、そのかわり彼のようにエンジニア、起業家としてのヴィジョンが妄想で終わることはなかった。ギークのゲイツが10年以上にわたり世界一の富豪であり、常に後に続くギーク達の敵役の座を占めてきたことは、プログラミングなど解しないスーツがその座にとってかわることを思えば、実は幸福なことだったのではないか、と一介のソフトウェア技術者である当方は思ったりする。

しかし、近年ゲイツのそうした印象がぼやけつつある。2000年にCEOの地位をスティーブ・バルマーに譲ったのだから不思議なことではないのかもしれないが、彼が妻のメリンダ(そしてU2のボノ)とともに、夫妻の財団による慈善事業の活動によりTIME誌の2005年「Persons of the Year」に選ばれたのは、個人的にはそうしたビミョウさ加減を象徴する出来事だった。

開発が遅れに遅れたWindows Vistaも発売の目処が立ち、インターネット時代の「悪の帝国2.0」の座を確かにしつつあるグーグルとの死闘がこれから始まることを思えば杞憂かもしれないが、私は彼の強烈な印象が薄れつつあるのを残念に思う。彼は二冊の本を書いているが、『ビル・ゲイツ 未来を語る』(アスキー)は既に絶版で、『思考スピードの経営 デジタル経営教本』(日本経済新聞社)は文庫本で入手可能だが、こちらは直球な経営書で、650ページの厚さに恥じない退屈な本だから、彼を知ろうとする人にはお勧めできない。

個人的にはマイクロソフト日本法人の初代社長、会長を務めた古川亨氏のブログの書籍化を密かに期待しているのだが、ソフトバンク クリエイティブ様、いかがでしょう?


●yomoyomo(よもよも)
雑文書き/翻訳者。
訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。
ネット上でも、コラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。
サイト:YAMDAS Project