2007年05月20日

ムラヴィンスキーのブルックナー交響曲第8番4

ムラヴィンスキー・ブルックナー8番ブルックナー:交響曲第8番

最近、図書館でムラヴィンスキーの本を借りて読みました。日本人の通訳の河島みどりという人が書いた「ムラヴィンスキーと私」という本で情報が少ないムラヴィンスキーのプライヴェートや人となりが分かって興味深く、一気に読んでしまいました。

私はこと音楽関連の本で音楽評論家の書いた本はあまり好きではありません。どうしても音楽の知識が邪魔をして素直に、愛着を持って書くというより、知識のひけらかしが多いような気がして楽しめない。読んでいると思わず反論したくなってしまう。

なのでクラシック初心者の頃に読んでいたフルトヴェングラーやクナッパーツブッシュ、シューリヒト、ムラヴィンスキーの音楽評論でお馴染みのU氏の音楽評論の本なども最近はあまり読まないようにしている。

彼は特に自分の好みでないもの、理解していない演奏家に対してはメチャ貶しなので読んでいて不愉快なことも多いです。彼も自分の好きなものを書くときは愛着が感じられて素晴らしい文章を書くので非常に残念なことです。

また彼の文章を読んで影響されてしまい、先入観を持ち過ぎて冷静に音楽を捉えられないという弊害も多々ありました。当たり前なのですが最近では自分の耳で音楽の良し悪しを判断したいと思っています。例えそれが間違っていようとも。。。

少々、愚痴ってしまいましたが、最近思っている率直な気持ちなのです。
先ほどの「ムラヴィンスキーと私」という本はムラヴィンスキーの人となりが分かって、著者のムラヴィンスキーとアーリャ夫人への微笑ましい愛情が感じられる素晴らしい本でした。

一見怖い頑固親父のような印象があるムラヴィンスキーですが意外に親しみが沸く面があったり、音楽に対する姿勢など感動するところも多かった。また音楽評論家のU氏が書いているムラヴィンスキーは良く言われるようなロシアものより独墺系の音楽に真価を発揮するというようなことを書いていたが、その面とは別にやはり自国ロシアのチャイコフスキー、ショスタコーヴィチなどの作曲家はムラヴィンスキーに格別な思いがあるのもこの本を読んで分かりました。

特にショスタコーヴィチについては同時代人で多くの作品の初演をしたりして親交も厚かったので彼に取って特別な思い入れがある作曲家だということも良く分かりました。ムラヴィンスキーもショスタコーヴィチの音楽の事でこう言っていました。

ショスタコーヴィチと私は音楽についてほんの2,3言で足りた。第5番を除いては。ほかのシンフォニーについては審議の必要がなかった。

ムラヴィンスキーはそれだけショスタコーヴィチと同じ時代に生き、ごく親しい近くの存在だったのでその音楽で表現されていたことが我が事のように理解できたのではあるまいか。

第5番はムラヴィンスキーが若い頃、初演を引き受けたのですが後年、ムラヴィンスキーは”無謀だった”と書いています。何故ならその時のショスタコーヴィチの状況もあって初演の出来次第でショスタコーヴィチの作品の今後の評価を左右する大切な時期だったからです。そんな重大な責任を考えると若さ故の無謀な事だったと回想しています。

またシンフォニーの8番のリハーサルでショスタコーヴィチも一緒に参加しているとき、ファゴットのある部分が何度やってもうまく行かず一時休憩になったとき、2人とも舞台の下を行ったり来たりしてしていた時、突如ショスタコーヴィチは立ち止まり、

”このシンフォニーをあなたに捧げたいのですが。。。”

ムラヴィンスキーは”この瞬間は私の生涯で最高の至福の時だった。”と書いている。その8番の総譜にショスタコーヴィチは

”このシンフォニーをエヴゲニー・アレクサンドロヴィチ・ムラヴィンスキーに捧ぐ”と象形文字のように読みにくい字で書いたそうです。

その総譜はムラヴィンスキーが8番を演奏するたびにショスタコーヴィチに日時とサインを貰っていたそうです。8番はショスタコーヴィチに特別な意味があるシンフォニーだったそうで外国の公演でも必ず出席してサインをしていたそうです。

その総譜の事をムラヴィンスキーは

”これは恐ろしい総譜だ。汚れてぼろぼろになって、しかも読めないほど沢山の書き込みがしてある・・・・・だが私はこれで指揮してきたし、これからもするだろう。私が生きているかぎり、総譜がばらばらにほどけないかぎり、または私がばらばらにならないかぎり。”

またムラヴィンスキーの自身の演奏に対するエピソードが面白かったのでご紹介します。
西欧で贈られたストラヴィンスキーの「ミューズの神を率いるアポロン」のレコードを聴いていたとき、マエストロは叫んだ。

”何たることだ!なんと私は惨めなことか!なんと素晴らしい演奏、素晴らしい表現様式、感動的だ!私のオーケストラではこうはいかない!”

それを聞いてアーリャ夫人が応えた。

”これはあなたの演奏よ”

ムラヴィンスキーは堰を切ったように泣き出した。

本を読んでいるとムラヴィンスキーは意外に泣き虫で結構、泣く話が沢山出てきて面白かった。ふだん感情を抑制しているだけに数少ない喜びに接したときには、圧縮されていた感情が一挙に噴出するのだろうということです。

日本に来日したときもムラヴィンスキーの燕尾服がだいぶくたびれていたので、公演の主催者が新しい燕尾服一式を贈ったときも別室に入ったまま出てこなかった。
機嫌を損ねたかと心配していたら、アーリャ夫人が見に行ったところ

”ジャーニャは嬉しくて泣いているのよ。彼は小さいときに両親から何か素敵なプレゼントを貰うと、嬉しくて泣いていたんですって。”

意外に泣き上戸なムラヴィンスキー。あの険しい峻厳な表情からは想像できない。そんなムラヴィンスキーに非常に親近感が沸きます。

オケのリハの時は建物全体まで緊張しているほどと書かれていた。ムラヴィンスキーもオケに君臨することに意識的だったようで、こんなエピソードが載っていた。

”オーケストラの団員は私を恐れている。それは良いことだ。ほかの指揮者のときオケの空気が弛緩するのも知っている。私の武器は眉毛だよ。右の眉毛だけをぐっとあげて団員を見ると、皆震え上がる。私はそれを知っていて、眉毛を有効に使うんだよ。”

筆者との打ち解けた間柄だから話したんだろうと思われる貴重な話です。この本はこんなムラヴィンスキーの人柄が満載で非常に楽しめる一冊でした。

今日はこの本をもう一度読みたくて再び図書館から借りてきたので一日中、本を読みながらムラヴィンスキーのCDを掛けていました。

ブログでどのCDを紹介しようか迷ったのですが、正直ショスタコとチャイコは私は得意でないので今回はブルックナーの交響曲8番のCDをご紹介します。

ムラヴィンスキーのブルックナー録音は3種類のみでRussian Diskから出ていた1967年の7番、メロディアから出ていた1980年の9番と今回の1959年録音の8番の3種類のみです。最近3つともカップリングされてVENETIAというレーベルから安価な再発盤も出たようです。個人的には7番の演奏も良かったです。

ブルックナーの8番は名盤が多く好きな演奏が多いのですが、このムラヴィンスキーのものは5指に入れても良い出来です。

驚いことにこのムラヴィンスキーの演奏は1959年6月30日のライヴ演奏です。ディスクとして名盤の誉れ高いシューリヒトやクナッーツブッシュの録音もこの演奏の数年後ということになります。

これだけのレベルのブルックナー演奏がこの時代のロシアでされていたことに驚きます。おそらくこの時代にロシアでブルックナーを指揮する人は居なかったのではないだろうか?

録音はモノラルで少し残念ですが、貧しい音質を補ってあまりある素晴らしい演奏です。どちらかというとシューリヒトのようにサラっと速いテンポですが、重厚さもあります。第1楽章などは男性的なタフな演奏です。

ウィーンでムラヴィンスキーがブルックナーを指揮したときもオーストリアの著名な評論家がこう評した。

”私はこの日まで生を受けていたことを感謝する。今日、初めてブルックナーの本当の姿を知った。それを教えてくれたのはなんとロシア人だったのだ。私はこの作曲家の真価が分かった”

カラヤンが創立したリンツのブルックナー・ハウスではムラヴィンスキーのことをミスター・ブルックナーと呼んだほどだそうです。ムラヴィンスキー自身もチャイコフスキーとともにブルックナーの音楽を終生愛していたそうで、これも意外な感じです。

この8番のCDを初めて聴いたとき、これは本物だと思いました。なにか取ってつけたような演奏では聴いているうちに”化けの皮”が剥がれてきて”マガイ物”だと思ってしまうのですが、この演奏は”正しい”という感じがしました。

聴き所は第3楽章と第4楽章。というこのシンフォニー自体の聴き所だから当たり前か。第1楽章、第2楽章も良い演奏です。

初め聴いたときはホーン・セクションが割と鋭角的な音でウィーン・フィルのような円やかな音色が好きだったので少し残念に思ってしばらく聴かなかった。でも今日久しぶりに聴いて見て気にならなくなった。耳が慣れたのだろうか?

ムラヴィンスキーの演奏は音楽評論家のU氏が言われるように”感情を氷漬け”にしているとい言われるが果たしてそうだろうか。すくなくともバーンスタインのように自身の感情を赤裸々に出した熱い(暑苦しい)演奏ではない。

あくまで毅然としてザッハリヒなクールさの中に静かに炎が燃えているような感情が流れている。あくまで押し付けでない、スコアの中にある作曲家の意図を読み取って自然に沸き上がってくるものが表現されていると思う。

この一見クールなムラヴィンスキーの演奏は(おそらく)彼のシャイで控え目な性格を反映していて好きです。自分もシャイな人間だと勝手に思っているので自分の美学に合う演奏を求めるのでしょうか。

この演奏は気高い精神の持ち主が演奏していると思わせる。今日、第3楽章を聴いていて思わず泣けてきてしまった。本当に素晴らしい。

ただ第4楽章のフィナーレのドンズマリの最後は素っ気無い感じで唐突に終わるのが不思議。なんでこうしたんだろう。ムラヴィンスキーはベートーヴェンの「エロイカ」の第1楽章冒頭の2つの和音のあまりの素っ気無さにも驚いたけど、これも同じ雰囲気です。でもこの第4楽章も推進力がある演奏で好きです。

全体的には非常に緊迫感のある演奏です。きっとムラヴィンスキーは片方の眉毛を動かしてオケの団員を睨み付けてテンションを高めていたに違いない(笑)

これだけ名盤があるブルックナーの8番ですが昨年このCDを購入して、また1枚愛聴盤が増えました。カラヤンの晩年のVPO盤、シュリーヒト盤、クナッパーツブッシュのウエストミンスター盤、チェリビダッケ盤とともに同曲の至宝のような演奏だと思います。

あと聴いて見たいのがヴァントがミュンヘン・フィルを振った同曲も聴いてみたい。チェリビダッケの影響の残っているミュンヘン・フィルとの演奏が興味深い。お財布と相談して購入したい1枚です。

う〜ん、でも今回の冒頭の文章の流れから考えればショスタコかチャイコを紹介すべきだったんですが、どうもこの2者は私の思い入れがなくて書けませんでした。

でもムラヴィンスキーの本を読んで感動したので、またショスタコなど聴き返す機会を持ちたいと思ったりしています。

以下、文中で取り上げている河島みどり著「ムラヴィンスキーと私」。
ムラヴィンスキーと私

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bitoku0906 at 18:22 │Comments(1)TrackBack(0)クラシック  | 交響曲

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この記事へのコメント

1. Posted by 吉田    2007年05月20日 21:41
こんばんは。
ムラヴィンスキーのブルックナーの8番の存在を知ったのはだいぶ前になるのですが、すごく意外だったのに加え、むしょうに興味が湧いたのですが、モノラルだということで聴かなかったのです。それで、今でも聴いたことがありません。
bitokuさんの記事を読んで、少し内容が想像できました。やはり、聴いておくべき演奏だと確信しました。
また、「ムラヴィンスキーと私」も読んでいないのですが、想像を超えたエピソードがあるのですね。面白い!

Re:吉田さん

こんばんは。コメントありがとうございます。

>モノラルだということで聴かなかったのです。それで、今でも聴いたことがありません。

音質は決して良くないですけど、今日は結構大音響で聴いてましたが意外に問題なく聴けました。(笑)フォルテでは音が少し割れ気味ですがヒストリックな録音なのでまあこんなもんでしょう。

>やはり、聴いておくべき演奏だと確信しました。

やはりそこらの指揮者と比べると個性的な演奏で面白かったです。やはり只者じゃないですね。さらりと73、4分で演奏されていますが聴き応えはあります。

残念ながらこのメロディア=ビクター国内盤は廃盤で入手が難しくなっています。
昨年、Venetiaというレーベルから7,8,9番のカップリングの3枚組に同じ演奏が入っています。Venetia盤はタワレコやHMVで2、000円〜2,500円位で割りと安価に買えるのでお勧めです。
7番はRussian Diskから出ていたもので、この演奏も中々良かったです。9番は個人的にはちょっと(?)な出来です。

>「ムラヴィンスキーと私」も読んでいないのですが、想像を超えたエピソードがあるのですね。面白い!

偶然、図書館にあったので借りてきました。筆者の気さくな性格からか微笑ましいエピソードが沢山載っていて読みのもとしても凄く楽しめました。謎につつまれたムラヴィンスキーの一端を見た思いがしてお勧めの一冊です♪

新しいお仕事大変だと思いますが頑張ってくださいね。
ムラヴィンスキーも80歳超えても指揮をしていたので、我々ももう歳だとか言ってたらバチがあたります。まだまだこれからです。

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