2006年11月

2006年11月12日

鈴木重子

 鈴木重子さんの5番目のアルバムには、"Imagine", "Tears in Heaven", "My heart will go on(タイタニックのテーマ)"なんかが入っていてとても懐かしい。
 カナダにはQM/FMという放送局があって、我々がすごした90年代には週末の夜遅くになるとこんな曲ばっかりがかかっていた。だから、このアルバムを聞いているとその頃のカナダを思い出す。
 今もインターネットでQM/FMを聴きながら書いているのだけれど、時差があるのでちょっと雰囲気が違う。でも、古い曲もいっぱいかかる放送局だから、きっと週末の夜には同じような曲がかかっているのだろうな。今も。


biwako_strawbale at 23:50|Permalinkclip!ゆったり生活編 

Y夫妻、棟梁、そしてストーブ

 先週、家作りも手伝ってくれた友人のY夫妻が泊まりで遊びに来てくれた。
 冬支度の薪割り(正確にはウィスキー樽の廃材を丸鋸で切るので薪切り)をしていると、これまた家作りの時の棟梁がやってこられた。ウチを建てるときは、工務店に勤める大工さんだったのだが、現在は独立していて、ウチがどうなったかなと思って立ち寄られたとのこと。
 半ば無理やり家に引き入れて、Y夫妻ともどもナベを囲み、家作りのときの思い出話などに花を咲かせる。
 ここ数日急に寒くなったが、Y夫妻に切ってもらった薪のおかげでストーブも全開。今日も、ぶらりと訪ねてきた友人あり。ストーブを眺めながらコーヒーでしばし歓談。こういう時間がものすごく楽しい時間。

biwako_strawbale at 23:18|Permalinkclip!住み心地編 

2006年11月06日

快走老人録−老いてますます過激になる−

 もう2回行ってしまった。残りあと1週間あまりなので、もう一度いきたいと思う。ともかくすごい。ボーダレス・アートギャラリーNO-MAで開催中の快走老人録である。
 「快走」とは遠慮がちにつけたタイトルであって、もうそれは老人たちの「暴走」に近い。岡本太郎は「芸術は爆発だ」といったが、それに倣えば「暴発」である。しかしどこまでも心地良い「暴走」であり、「暴発」である。それは、この暴発が、有り余る生の(あるいは性の)突き抜けるような解放だからである。
 ともかくもっともっと多くの人に見てもらいたいと思う。私もそうだったけれど、まだまだ知らない人が多く、逆に言えばこんなに間近でゆっくりと見れる機会もそうないかもしれないなと思っている。
 

biwako_strawbale at 20:42|Permalinkclip!

2006年11月01日

湖東三山

先週の日曜日は久々に観光をした。湖東三山では秘仏本尊の特別開帳が行われていて、何でも三つのお寺が同時開帳に行うのは、千年以上の歴史のなかでも初めての事だという。単独でも住職一代に1回の特別開帳でとても貴重なことらしい。
金剛輪寺
帰りは、五個荘のキュレルによってご飯。丁寧に作られたものはウマイ。作った人のかかわりが感じられる食べ物は旨い。これは家作りでもなんでも同じこと。

キュレル

biwako_strawbale at 01:08|Permalinkclip!

美しい国、美しい所作

 「蟻の兵隊」というドキュメンタリー映画を見て、「棄民」という言葉を思い出した。ポツダム宣言を受諾し武装解除になったはずなのに、上官の命令によって中国の山西省に残り、国民党系の軍閥とともに戦闘を継続したという日本兵たちの物語である。数年間に渡る戦闘の後、約550名の命が失われ、生き残ったものたちもさらに数年間抑留された。帰国後の彼らは、既に軍籍は抜かれており、自分の意思で勝手に残留したとされ(彼らを置いて先に帰国していた上官が国会でそう証言したのだ)、国による補償もうけることはできなかった。元残留兵たちは、国を訴え2005年に最高裁に上告するが棄却された。初年兵教育で人を殺す訓練を受けさせられ、天皇のために戦うことを叩き込まれ、そして戦った彼らは、いとも簡単に棄てられたのである。
 この国において「棄民」は決して珍しいことではない。多重債務者は200万人、自己破産者が年間20万人、経済的理由による自殺者年間7000人。健康保険料を支払えない人は保健証を取り上げられ、医者にかかれず仕事にも復帰できない。ハンセン病、強制被連行者、水俣病、アスベスト被害者、原発労働者・・・。蟻のように働いては、国に棄てられる。
 どこぞの首相が、美しい国とか言っている。彼のいう美しい国とはいったいどんな国なのか。
 人の所作について、美しいと思うことがある。美しい所作とは、末端の指先まで神経が行き届き、相手を思い遣るやさしい立居振舞いのことである。しかし、今の日本は末端に暖かい血の流れを欠き、そこで壊死が起こっている。いやむしろ、末端に血を送ることは余分なこととでもいうかのように、意図的に末端を切り捨て、身だけがぶくぶく太っている人のようだ。
 今日の経済トピックスを拾ってみる。「三菱UFJ、中間決算予想を上方修正 当期利益5割増」「三井不動産、当期利益は7割増 中間決算」「総合商社大手6社とも過去最高益 中間決算」。各社とも数千億円の当期利益である。経済的理由による自殺者や多重債務者の抱えている借金の大きさを知るべくもないが、1000万円だとして、三菱UFJの5000億円は5万人を救える額である。たった1社で、である。
 末端の壊死を放置するとどうなるか。やがて、その毒は肥大した心臓に至り、死をもたらす。この醜い国はこのようにして死に至らんとしている。では、この国を救う方法はないのか。
 方法がないわけではない。愛情の反対は憎悪ではなく無関心であるという。この国を再生する唯一の方法は、切り捨てられた者、無関心のうちに忘れ去られた者に思いをいたし、暖かい血を送ることでしかない。指先の感覚を取り戻し、内臓についた脂肪をそぎ落とすことでしかない。国を愛せとお題目を唱えることで、この国は再生するはずがない。

biwako_strawbale at 00:47|Permalinkclip!抱懐