2007年01月

2007年01月30日

夢の扉

 TBS系(関西では毎日放送)で日曜日の6時30分から放送されている夢の扉で、琵琶湖・藁の家が紹介される。「地球と人に優しい家造り」というテーマで二人の建築家を取り上げるが、その1人がウチの建築にもかかわってくれた大島秀斗さんだ。
 製作スタッフは、一昨年の夏の終わりと昨年の冬の2度にわたってウチにも取材にこられたが、ウチが映るのは今回の放送ではわずか2分ぐらいとか。でも、ハイビジョンカメラでずいぶんきれいに撮ってくれたので、楽しみにしている。放送日は2月4日午後6時30〜7時まで。


biwako_strawbale at 21:38|PermalinkTrackBack(0)clip!ゆったり生活編 

2007年01月28日

Untaught People

昔、たぶんEconomistという雑誌だったと思うが、「日本人はuntaught peopleだ」と言う記事が出ていた。「(真実などを)知らされていない国民」という意味だが、それならアメリカ人やイギリス人はどうなのと言うような反論はさておき、ここ数日、いろいろな友達が立て続けに、いろんな情報を送ってきてくれたので、紹介したい。

■その1■
カナダで出版されている、非主流雑誌に現れた日本の政治に関する記事、それから
「日本国憲法」というドキュメンタリーを制作したジョン、ユンカーマンしの記事で
す。カナダの主流メディアでは、安倍晋三の憲法改悪を指示する声が強いようです。
参考までに。
http://adbusters.org/the_magazine/69/Japans_Neocons.html
http://www.japanfocus.org/products/details/2302

Please pass these on to people who need to wake up.
みんな目を覚ましましょう。

Peace (not "security"),
平和あれ、
■■■■■

そうだよね、Peace と Security は違うんだよね(最近、言葉ってつくづくすごいと思う)。で、このadbustersのサイトで見つけた面白いモノはこれ。
https://secure.adbusters.org/orders/tvbgone/
なんでも空港や会社で勝手についているテレビをメーカーを問わず、ほとんどすべて消せてしまうらしい。過激にすごい。ちなみに、緒方正人氏は自宅にあったテレビにふと我慢できなくなって「勝手に人のうちに上がりこみやがって」といって、庭に投げ出したそうだ。それもスゴイ。
で、二番目が

■その2■
マル激トーク・オン・ディマンド更新しました。
>
> http://www.videonews.com
>
> ■マル激トーク・オン・ディマンド 第304回 [2007年1月26日収録]
> タイトル:死に体ブッシュとほとんど死に体安倍の接点
> ゲスト(PART1):霍見芳浩氏(ニューヨーク市立大学教授)
> ゲスト(PART2):海渡雄一氏(弁護士)
■■■■■

霍見芳浩(つるみよしひろ)氏は「違いの分かるオトコ」としてずーと昔にCMに出ていた。霍見氏や芥川賞作家の米谷ふみ子氏は、ともにアメリカ在住の日本人で、海外から見た日本をよく語っていると思う。もちろん、二人ともアメリカにも厳しい。
このビデオニュースは有料だが、無料もあるので、それだけでも是非見てほしい。
オーマイニュースは、すっかり沈滞気味だが、日本のインターネット・メディアで面白いのは、
日刊ベリタ。こちらは雑誌体も出た。

■その3■
西表島で同宿した皆様へ
こんにちは。○○です。
西表のリゾート開発差し止め訴訟の控訴審判決が出たようです。
http://www.y-mainichi.co.jp/?action_article_show=1&article_id=7034
八重山毎日新聞も面白い記事満載です。ユーザー登録してみませんか?
■■■■■

原告団長の石垣金星さんには、10年以上も前にカナダであって、昨年久しぶりに会いに行った。なんでも裁判でサンシンを弾いたとか。そのときは関西で活躍の「まーちゃん」のご実家の経営する民宿に泊めていただいた。

問題のリゾートは、大手の旅行会社などとタイアップして、「何もしらない(untaught)」観光客が大勢泊まりにきている。私だって、うっかりすれば同じようなことをどこかでしているのかもしれない。

ともかく、今はマス・メディアは腐りきっているので(一部の覚醒している方、ごめんなさい)、情報は自ら手に入れなければ入らない。

坂本龍一さんとshing02さんがやっている「ストップ六ヶ所村」のサイトもそんなサイト。
http://stop-rokkasho.org/
映像、音楽素材がいっぱいで、その中で、こんなフレーズがある。

・・・・・
アルファ、ベータ、ガンマ線、
どこを切っても
僕らはオメガの時代を生きている
・・・・・
[shing02/rokkasho[Rock-A-Show]]

「オメガの時代」にUntaughtでいるわけにはいかない・・


biwako_strawbale at 00:12|PermalinkTrackBack(0)clip!抱懐 

2007年01月27日

常世の舟を漕ぎて(語り/緒方正人、構成/辻信一)

「大学生に推薦する本を・・・」と言われて書評を書いてみた。いまどきの大学生に興味を持ってもらうように書くのは、やっぱり大変な作業だったけれど、どうだろう。読んでくれるかな。

 悲しい本である。そして美しい本である。
 語り手である緒方正人は、熊本の漁師の家に18人兄弟の末っ子として生まれた。網元として多くの人を束ねる父は、思慮深く、曲がったことが嫌いで、家の中でも村の中でも尊敬される存在だった。緒方はそんな父にかわいがられて育った。しかしある日、元気だった父が草履を片方脱いだまま歩いていた。水俣病の発症だった。みるみる体調を崩していった父が死んだのは、それから約2ヵ月後、緒方が6歳のときだった。
 父を殺された緒方は、中学卒業後家出などを経ながら、自らも「患者」として、やがて行政やチッソとの闘争へと入っていく。しかしながらいつぞや闘争が患者認定や裁判という制度の中に絡めとられていることに気づく。本質とはかけ離れていくさまに疑問を持ち、あてもなく「運動」から身を引く。経済学には、カルドアの補償原理やらヒックスの補償原理というものがある。被害と加害の関係を金銭的補償という座標面で解決しようとするものだが、緒方はこの座標面からひょいと飛び降りてしまったのである。緒方自身は知るや知らずや、「金銭による補償などはできない」というメッセージは経済学者に突きつけられて、重い。
 彼にとってもその後の3ヶ月はもだえ苦しみ―かれは「狂い」と呼ぶが―の時であった。しかしその後に、彼は新しい地平へと身を置く。それはあたかも地獄から澄み渡る天上界へ続く道が示されたかのようであった。彼はそして、木造の船「常世の船」を作り、チッソと直接向き合うために海路を赴く。
 「常世」とは、緒方によれば安心あるいは無我の境地である。英語ではsteady stateとでもなろうか。steady stateは物理学や経済学では「定常状態」と訳されるが、この訳語は冷たすぎる。steadyには「steadyな彼氏」というようにどこか暖かな響きがあって、せめて「安定状態」とでも訳すべきなのかもしれない。steady stateはまた、環境問題でも「持続可能な社会」を表す言葉として用いられることがあるが、我々はそこに「安心」や「安らぎ」の意味をきちんと込めているだろうか。緒方は「常世の船」で、またしても学者たちを尻目に、「定常状態」のさらに先にあるものを目指しているのである。
 彼が常世の船に自らの身と一緒に積んだのは、原罪であった。補償交渉から降り、罪ではなく原罪と向き合うことは、チッソを赦(ゆる)してしまうことになるのではないのかという指摘がある。しかしそうではない。むしろ逆である。原罪とは、いつまでも抱えていかねばならないものである。チッソは緒方の胎内に取り込まれ、その意味ではもはや決して、赦されることがなくなったのである。とはいえ、チッソと直に向き合った緒方がとうとう2001年に「チッソは私であった」(葦書房)という本を上梓したと知ったときに、私はおののいた。この書名は彼にしてみれば「私が父を殺した」といっているに等しく、私には想像も及ばぬほどの思いの果てがそこにあると感じたからである。
 ノーベル賞経済学者のゲアリ・ベッカーは刑罰の対象としての「犯罪の経済学」を研究したが、今、本当に必要なのは「原罪の経済学」ではないか。緒方はそう問いかけているように思う。
 「水俣病私史」と副題にあるこの本は、実は人類普遍の歴史でもあった。石牟礼道子の詩情に満ちた序文に始まり、聞き手の辻信一のあとがきに至るまで、緒方の奏でるメッセージと共鳴して美しい。今回読み返してみて、緒方という「船」が今どこにいるのか、緒方に会って聞いてみたくなった。(了)


biwako_strawbale at 21:20|PermalinkTrackBack(0)clip!抱懐 

2007年01月02日

あけまして・・

火鉢 昨年までは北側の部屋では補助的に灯油ストーブを焚くことが多かった。今年は、(1)南部屋とつなぐ扉を常にあけておき、ファンで暖気を送る、(2)北側では火鉢をつかうという方法で、灯油ストーブの使用が極端に減った。暖冬の影響もあるのかもしれないが、まだ1缶(18リットル)を使い切っていない。
 火鉢は使っているときにほのかにお香を焚いているようないい香りがする。一度火鉢を使ってしまうと、灯油ストーブは使いたくなくなってしまう。
 この火鉢はwさんが「お嫁にいくまで」と言って貸してくれたものだ。うーん、いったいいつまでなんだろう。

biwako_strawbale at 12:34|PermalinkTrackBack(0)clip!ゆったり生活編