2007年11月

2007年11月28日

満月 26日、関西電力はプルサーマル計画を再開へ向けた検討を開始すると発表した。関電のプルサーマル計画は、2004年に発生した美浜原発(福井県)での蒸気管破損事故で凍結されていたが、来年春にも燃料発注などの計画再開に踏み切り、3年後には運転開始を目指すという。実はこれは来年2月に予定されている青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場の完成にあわせるものである。
 しかし、肝心の青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場では、同じ日、放射性廃棄物のガラス固化体を製造する装置が故障していることが明らかになった。放射性廃液をガラスと混ぜて容器に入れ、ふたを溶接する工程で、ふたを押さえて安定させる装置の部品が外れているのが見つかったとのことだが、報道によれば、 製造直後のガラス固化体は、すぐ近くに約20秒間立っていれば、100%の人が死に至るとされるほど、強い放射線を出すそうである。(ストップロッカショのサイトへ)
 さらに、新潟県中越沖地震で被災した柏崎刈羽原発の制御棒が引き抜けなくなっているのがまた見つかった。これで、都合3本目だ。裏返せば、地震のときに、安全に停止したのは奇跡的なことだったと思うが、どうだろうか。(=>「おやすみなさい、柏崎刈羽原発」のサイトへ。署名もできる)
 ぼろぼろの原子力産業は、それでも動きを止めようとしない。いや、むしろCO2問題を背景にこれ幸いと勢いづいている感すらある。
 その日の月は、低くあやしく輝いていた。そして、月の輝く山の向こうには、福井の原発群がある。続きを読む


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2007年11月15日

先生

  琵琶湖塾なるものに行ってきた。というより姜尚中氏に会いに行ってきた。姜先生は、藁の家の住人(♀)の大学院時代の指導教員である。当時先生は38歳、専任教員になって2年目で、ゼミ生はたったの二人。多分、最初の教え子かもしれない。朝まで生テレビなどに出始める前だったが、当時から女子学生にはモテモテだった。だけど先生は「どこがいいんですかねぇ」とどこ吹く風だったという。そんなクールさがまた人気だったのだろう。
 相変わらずの穏やかな語り口で、講演を終えた後、車に乗る直前を捉えて、二言三言交わすのが精一杯。テレビとかに出ていると、嫌がらせなども多いらしく、警備も厳重だ。田原総一郎氏によれば、「彼の身辺に危険がある」とのことだから、嫌がらせどころではなく、脅迫やら無言の圧力やらもあるのかもしれない。
 実は、1年ぐらい前から、講演に来てもらいたいと何回かコンタクトをしていたのだけれど、最後に送ったメールは秘書の人からも返信がなく、今回は乗り込んで、直談判してやろうと思っていたのだけれど、忙しいというだけでなく、そうしたことが背景にあったのかも知れない。
 ところが、今日会ってみて、「講演に来てほしい」という気持ちがすーっと凪いだように消えた。「失礼しました」とおっしゃっていたので、再度お願いすればきていただけるのだろうけれど、なんだか頼めなくなったし、頼む必要がなくなったように思えた。
 若いころのエピソードからも分かるように、控えめで、テレビに好んで出るタイプではない。それでも出ているのは、「社会的発言者でなければならない」というような義務感からである。そして彼の「社会的発言者」としての仕事は意義深く、ありがたい。しかし、本当は、昔のように静かに「マックス・ウェーバー」などの研究をしていたいのではないか。交わした言葉は少なかったけれど、かつての教え子を見つめる瞳は優しく、その瞳を通して「社会的発言者」としての彼が負っているもの、そして彼自身の学問に対する思い、教え子に対する思い、いろいろな思いが、伝わってきた。
 来てもらう必要がなくなったと思ったのは、彼の思いはすでにこうしてわれわれに「来て」くれたのだし、たとえ住む場所が違っても、われわれの魂は同じところにあると確認できたからかもしれない。
 促されるように車に向かう姿は、雲の上の人というよりも、(自らの意思で)川の流れの中を振り向き振り向き流されていく人のように見えた。いうなれば、「悲しみの道」を行くイエスの姿のように思えた。やがてその姿は見えなくなるが、いつも共にある。その後ろ姿に、感謝しつつ、私たちの心は切ない。

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2007年11月13日

日記など

 日記などをつける性格ではない。このブログも、最初は、お世話になった人々に近況を伝えなければと、義務感ではじめたものだ。
 だが、ブログは備忘録の役を果たす。
 今朝、家の前の浜でコハクチョウを15羽見つける。昨年は12月10日ごろのブログにコハクチョウのことが書いてあるので、今年は相当早い。今年は渡り鳥が全般的に早い。北のほうの冬の訪れが早いのか。
 しかし、一方で、10月は暖かだった。暑いぐらいだった。2005年の記述によれば、10月23日ごろから焚き始めたのに対し、今年はようやく今日ぐらいから、焚き始めた。
 去年の今頃は、本当に忙しすぎて破綻をしていたので、今年は大分仕事を整理をして、少しは楽になった。それでも、昨日は研究費の申請書の作成を同僚としていて午前様だったし、今年も11月末締め切りの論文を1本、1月末のものを1本抱えていて、あまり変わり映えしない。
 ただ、どんなに忙しくても「水木さんの7ヶ条」は忘れない。
 今朝、パソコンを開くとこんなうれしいメールが残されていた。
 「みなさん、ごくろうさまでした。
  1つのテーマでこれだけ議論できただけでも収穫です。
  採択されるといいのですが。
  良い同僚に恵まれたことに感謝します。」
水木さんの本を貸してくれた、彼からのものだった。

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2007年11月02日

なまけもの

 「怠け者になりなさい」という水木しげる氏の言葉がエコーしている。
 何を隠そう、私は「ナマケモノ倶楽部」の会員である。この倶楽部は、文化人類学者の辻信一氏らが始めたものだ。動物のナマケモノは、ゆっくりとした動作で余分な筋肉を持たず、平和的で、かつ省エネだという。植物を食べては、排泄のときにだけ木の下に下りて糞をするという、循環型社会を実践している。というわけで、我々もナマケモノになろう、というのがこの倶楽部の趣旨である。
 しかし、辻氏は単に環境問題からナマケモノを提唱したわけではない。それは、氏の著作「スロー・イズ・ビューティフル」を読むとわかる。「ゆっくり」であることは、我々の時間を取り戻すことでもある。エンデの「モモ」が灰色の時間泥棒から時間を取り戻したように。彼はまた、「がんばらない」ということにも注目をする。それは、障がいがあるにもかかわらずがんばった乙武洋匡氏の「五体不満足」ブームに対する違和感として語られる。健常者と比肩することなく、あるがままでいることはできないのだろうかと。そして、増田知事(現総務大臣)が「がんばらない宣言」を出した岩手県を対照的に取り上げている。工場などを誘致して都市化を勧めるのではなく、地域にあるものを生かしながら楽しく暮らすという「内発的発展」の実践例として。
 「なまける」「がんばらない」ということは、あるがままを受け入れるということである。自分自身はもちろん、他者もよく理解をして受け入れる。理解できないものなら、理解できないものとして受け入れる。このことができないから自己卑下と自己中心が巷にあふれる。自分のおかれた状況、障がいがあること、背の高いこと、低いこと、足が遅いこと、早いこと、男であること、女であること、あるいはそのどちらでもないこと、こうしたことをとりあえずは受け入れること。
 最近次々に本を出している(粗製濫造のきらいもあるが)内田樹氏は、合気道の先生の言葉を引用して「対峙しない」「とらわれない」といっているが、これも同じことだ(「知に働けば蔵が建つ)。いわく「その『構造』に外的なファクターが加わった場合、『構造』は新たなファクターを取り込んで、もっともバランスのよい、生き生きとした構造へと『自己組織化』するはずである」「『負けない』とか『崩されない』というタームで身体運用している限り、負荷がある閾値を越えたところで術は崩壊する」。つまり、受け入れることさえできれば外的要因はストレスとはならない。
 面白いのはここからである。内田氏は自己組織化が始まるのは相手の最弱のポイントからであるという。「見切る」といってもいいかもしれない。そして、相手の最弱のポイントを直感的に探り当てる力は、「困っている人がいるところに、気がつかないうちに立ち会っている」感覚と本質的には同じで、「愛する力」に近似するといっている。
 水木しげる氏が「怠け者になりなさい」といっているのは、怠惰になれといっているのではない。「好きなことを一生懸命やりなさい。でも才能と収入は別、努力は人を裏切ることもあるので、そういうときには、すこしは怠け者になりなさい」といっているのである。自分の努力の及ばない範囲(外的ファクター)を見切り、それと仲良くすること、それを愛することを説いているのだと思う。アナタモワタシモ、アリノママデイイ。
 穴窯に集まる人の多くが「いつも楽しそうで時間にゆとりのある人たち」に見られるのは、水木しげる氏の7ヵ条を実践しているからであり、まさにそのとおりである。しかし、誤解のないように言っておくと、「なまけもの」は怠惰な人ではなく、実はそれぞれ恐ろしく勤勉な人たちなのである。愛にあふれた人たちなのである。


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2007年11月01日

魑魅魍魎

お面鬼レゲエ兄弟






 ハロウィンである。今年も子供たちは仮装。昨年はドラキュラ、今年は次男はお面にマント、長男は顔を真っ黒に塗って、黒いゴミ袋を羽にして、カラス(自称)。もちろんくちばしもついている。隣人も心得ていて、「今日来てくれるかな。用意してあるんだけど」。しっかり、栗の渋皮煮の載った手作りのアイスやらをゲット。ご相伴に与る。
 それでも、さすがに最近は子供たちの仮装も手抜きだが、カナダにいたころには、子トトロや鬼などに仕立てて、家々を回ったものだ。「まぁ、トトロね」といってくれる家庭もあって、妙なところで日本アニメの浸透ぶりにびっくりしたりしたものである。
 さて、振り返ってみれば、日本に帰ってからも、我が家の周りには魑魅魍魎がなぜか日常的に出没している。鬼もあれば、河童もいる。実は、これは偶然ではない。幸せに暮らそうと思えば、おのずと魑魅魍魎が身の回りにたち現れてくるものなのである。妖怪漫画で有名な水木しげる氏の「幸福の七カ条」をここに掲げておこう(『水木サンの幸福論 妖怪漫画家の回想』より)。

第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 怠け者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。

 ついでに言えば、「この本、おもしろいで。」といってこの本を貸してくれた、そんな同僚がいることも、実に幸せなことである。

biwako_strawbale at 00:50|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!ゆったり生活編