2008年03月

2008年03月31日

原子の火から原始の火へ

桶風呂 桶風呂、入ってきました!
 なんでも、古老によればキンタ○風呂とも呼ばれるらしく、お湯はへそ下5センチぐらいのところまでしかないが、樽に囲まれているので、上半身もサウナ状態で暖かく、十分に温まる。
 体や髪はどこで洗うのかという問題はあるが、サウナと思えばいいかも。暖まったら川か湖に飛び込んで、また桶風呂に入る、というような使い方であれば十分今日でも実用的か。
 燃料は、主に稲藁や籾殻、葦などが使われていたようで、流木なども使われたらしいが、木はかえって熱くなりすぎるらしい。
 ところで、最近ウチでは、ストーブ用の薪がなくなったので、流木を拾ってきて燃やしてみた。流木は、松や杉が多く、通常はストーブには不適であるが、流木は余分な油が落ちて、煤も少なく、これがまた結構いけるということがわかった。その分、火もちはしないが、ウチの地域ではこうした流木は浜掃除の際に一箇所に集められ燃やされる運命のもの。その熱を利用しない手はない。
 バイオマス利用というと、「日本人みんなが薪ストーブにしたら山が禿山になる」とか「トラック全部がBDFになったらてんぷら油が高騰する」とかいう反応が帰ってくることがある。その指摘は間違ってはいないが、今取り組まれているのは、まずは捨てられている木や廃食油の利用を考えようということであって、それで1%でも2%でもCO2の排出を抑制できればということである。「みんなが」「全部が」と考えるからややこしいので、できることを少しずつ寄せ集めていけば、やがてはそれが10%、20%ということになるはず。


biwako_strawbale at 22:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

高速増殖炉「もんじゅ」の直下に活断層

 今日の報道によれば、関西電力美浜原発の西3キロに18キロにも及ぶ活断層があり、マグニチュード(M)6.9の地震を引き起こす可能性があるという。この活断層は、東側に傾斜しており、美浜原発の直下4キロ、高速増殖炉「もんじゅ」の直下5キロを通っていることがわかった。さらに、もんじゅの直下1キロには別の活断層も確認された。
 高速増殖炉「もんじゅ」はこれまでの軽水炉を中心とした原発とは異なり、核反応を従来の250倍で起こさせるもので、このため、冷却材に、通常の原発では使われないナトリウムをつかう。ナトリウムは水に触れると爆発するが、冷却水とわずか数ミリの管でしか隔てられていない。
 ただでさえ制御が大変難しく、世界各国でも開発中止などに追い込まれているシロモノである。わずかな細管の破損などによってもこれまでの原発事故とは比べようもない事故の起こる可能性のあるものを、活断層の真上で運転するとは信じられない。
 もんじゅは、23年前に着工され、1994年に初臨界(稼動)したがわずか1年半後の1995年に、ナトリウム漏洩火災事故を起こし、それ以来12年以上も停止したままである。比べてはいけないのかもしれないが、一般のごみ焼却炉の寿命ですら20年前後。いくら使われていなかったとはいえ、経年劣化もあることだろう。
 そのもんじゅは今年再稼動を目指している。

【余談】
3月11日(火)に日本原子力研究開発機構は、再稼動を目指して「もんじゅ技術報告会」を開いたが、その中で地域共生活動と称して高速増殖炉「もんじゅ」の炉内解析ソフトを使って、越前焼の穴窯内の温度分布や気流、灰の流れ、酸化・還元状況を測定し、越前焼の模様や色など仕上がりとの関連を調べた調査報告を行ったらしい。それって本当に地域共生活動?



biwako_strawbale at 21:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2008年03月24日

てんぷら油でバス

  昨年一時的に走らせた、廃食油を使ったBDFバスだが、ウチの職場ではいよいよ今年からは通年運行となる見通し。

 これに関して、以前もご紹介した油藤商事の青山さんの紹介が、
26日NHK総合テレビ
20:00〜20:45
体当たりエコ体験 エコ特集
で放送予定。当初はウチの職場も取材予定だったが、レポーターのタレントさんの都合が合わずに、断念(残念!)。

 しかしながら、先日は東海テレビの取材がきて、こちらのほうは
スーパーニュース
追跡!エコファイル 『てんぷら油で走れ!自動車(仮題)』
で4月の頭に放送予定。こちらはローカル放送なので、三重、愛知、岐阜あたりでしか見れないケド。

 ついでにアースキャラバン2008というのが5月24日(土)、豊郷町にやってきて「てんぷら油でクルマを動かす」という週末こどもワークショップを企画しているのでこれもあわせてご紹介。

biwako_strawbale at 20:44|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!

2008年03月23日

アントニオ・ネグリ来日中止

 イタリアの政治哲学者アントニオ・ネグリ氏の来日が中止になりました。
在仏日本大使館はビザは必要ないといっていたのに、来日2日前に、氏の過去を問題として急にビザ申請を要求してきたために渡航が不可能となったものです。外務省とも関係が深い国際文化会館の主催で招聘の情報は外務省も早くから知っていたはずなのに、突然の要求を入国管理局(法務省)が突きつけてきたということでしょうか?いずれにせよ、私も友人の情報でこれを知りましたが、これほどの「事件」がマスコミでは報道されていないことに驚かされます。
 日本では姜尚中氏、上野千鶴子氏などとの討論が予定されていました。

◆招聘元である国際文化会館のお知らせ

東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育センター」


以下は引用です。

<来日中止にあたりネグリ氏及びパートナーのルヴェル氏から届いたメッセージ>

日本の友人たちへの手紙

皆さん、

まったく予期せぬ一連の事態が出来し、私たちは訪日をあきらめざるを得なくなりました。この訪日にどれほどの喜びを覚えていたことか! 活発な討論、知的な出会い、さまざまな交流と協働に、すでに思いをめぐらせていました。

およそ半年前、私たちは国際文化会館の多大な助力を得て、次のように知りました。EU加盟国市民は日本への入国に際し、賃金が発生しないかぎり査証を申請する必要はない、と。用心のため、私たちは在仏日本大使館にも問い合わせましたが、なんら問題はありませんでしたし、完璧でした。
ところが2日前の3月17日(月)、私たちは予期に反して査証申請を求められたのです。査証に関する規則変更があったわけではないにもかかわらずです。私たちはパリの日本大使館に急行し、書類に必要事項をすべて記入し、一式書類(招聘状、イベントプログラム、飛行機チケット)も提示しました。すると翌18日、私たちは1970年代以降のトニの政治的過去と法的地位に関する記録をそれに加えて提出するよう求められたのです。これは遠い昔に遡る膨大な量のイタリア語書類であり、もちろん私たちの手元にもありません。そして、この5年間にトニが訪れた22カ国のどこも、そんな書類を求めたことはありませんでした。

飛行機は、今朝パリを飛び立ち、私たちはパリに残りました。

大きな失望をもって私たちは訪日を断念します。
数カ月にわたり訪日を準備してくださったすべての皆さん(木幡教授、市田教授、園田氏――彼は日々の貴重な助力者でした――、翻訳者の方々、諸大学の関係者の方々、そして学生の皆さん)に対し、私たちは申し上げたい。あなたたちの友情に、遠くからですが、ずっと感謝してきました。私たちはこの友情がこれからも大きくなり続けることを強く願っています。皆さんの仕事がどれほど大変だったかよく分かります。そして皆さんがどれほど私たちに賛辞を送ってくださっているかも。
パーティは延期されただけで、まもなく皆さんの元へ伺う機会があるだろう、と信じたい気持ちです。

友情の念と残念な思いを込めて……

2008年3月19日 パリにて
ジュディット・ルヴェル
アントニオ・ネグリ

(訳 市田良彦神戸大学教授)





biwako_strawbale at 21:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2008年03月20日

森林ノ牛乳

森林ノ牛乳 先日の日曜日に突然、左官のK親方がアミタという会社の方を二人伴って来宅。アミタは廃棄物処理とか最近では環境コンサルとして活躍している会社だ。
 で、なぜそこの会社の人が来たかというと、森林ノ牧場というのをはじめて、そこの牛乳工房をストローベイル・ハウスで建築中とのこと。仕上がりがどんな風になるかを見にきたとのこと。いろいろなところにストロー・ベイル仲間ができることはうれしい。
 さて、滋賀の地でおいしい牛乳を手に入れるのは至難の業である。先日、連れ合いが京都の伊勢丹でこの森林ノ牛乳を手に入れてきたが、普通においしかった。「普通に」というのは、結構普段からそれなりにこだわった牛乳を買っているので、「いつも飲んでいるのとぜんぜん違うっ」というほどの感動はなかったということである。だから、おいしい牛乳であることには間違いない。
 ウチは週に一回、厳選大山牧場牛乳を配達してもらい、あとは平和堂で秋川牧園を買っているが、気を抜くと秋川牧園の牛乳はすぐに姿を消す。価格が高く、売れ残りが発生するのか、すぐに仕入れをやめてしまうのである。そのたびに、連れ合いが掛け合って入れてもらう。前は、タカハシの手作り牧草の牛乳(無農薬)なども手に入ったが、いずれにせよ、こうした食品は「レア物」なのである。
 売れなければ入れない、というのは企業側の理屈としては仕方がない。したがって、需要があることを示さなければ、いつまでたってもこうした食品は手に入らない。このあたりのスーパーで都会のように有機食品コーナーができるのは遠い先かもしれないが、ぜひみんなでプレッシャーをかけよう。「○○、置いてないんですか?」

biwako_strawbale at 15:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2008年03月18日

桶風呂

桶屋の挑戦」の補足です。

 五環生活が彦根のほっこりカフェ朴で、桶風呂入浴体験を企画しています。

▼開催日時 2008年3月30日(日) 雨天決行
▼開催地 滋賀県彦根市尾末町1-59 護国神社敷地内
▼当日の予定
○桶風呂入浴体験
11時〜14時
※簡易な更衣室を用意しています。(男女別)
○桶風呂製作ドキュメント映像上映会
13時挨拶&概要説明〜16時
※13時から16時まで映像をローテーションします。
※一回り10分程度の映像です。

▼参加費 無料
▼定員  なし
▼持ち物 水着、タオル(大・小)

だそうです。詳しくはココ

なお、桶風呂についてはサンライズ出版のHPに詳しいので参照のこと=>ココ

biwako_strawbale at 07:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2008年03月08日

壁塗り隊

壁塗り 先週の土曜日は、友人宅のリフォームに「壁塗り隊」として出動。荒壁や大直しはしたことがあったが、仕上げというのは初めて。鏝あとを残さずに塗るなんてことは素人には無理ということが改めて判明した。でも面白かったのは、指導にあたってくれた左官屋さんが、僕らの残したまったくもってランダムな鏝あとをまねしようとして、「どうしてもできへん」といって悩んでいたこと。プロはどうしてきれいになってしまうようだ。
 昨日見たら、大方乾いていて、一部を除いて、それなりに仕上がっていた。つるっとした仕上げよりも表情のある仕上げのほうが好き。かといって、「鏝あと残しましたっ!」という仕上げもありがちで、今回のは表情がありつつ、かつうるさくない、程よい仕上げと思うが、どうでしょう施主さん。
ジャスミン 明日あたりからだいぶ暖かくなるようだ。でも、我が家の春の訪れはずっと早い。二階の子供部屋の壁の隙間からジャスミンが顔を出して花をつけた。外で地植えしているものがどこからともなく侵入したものだ。二階の壁面に弦はないので、もっと下から壁の中に入ってきているのだろうが、家のなかで地植えのジャスミンが鑑賞できる家も、そうそうないだろう。実は写真はもう10日ぐらい前ですでにかれてしまったが、弦はしっかりと残っている。昔の日本家屋では畳を突き破ってタケノコが出てきたなんて話もあったらしいが、このジャスミン、これからどうなることやら。

biwako_strawbale at 21:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!暮らしの工夫 

2008年03月07日

交差する魂

 ボーダレス・アート・ミュージアムNo-maでまたすごい企画展が始まりました!
 スイスのアール・ブリュット・コレクションとのコラボレーションです。
 5月24日からは東京の松下電工汐留ミュージアムにいきますので、関東地方の方はそちらでどうぞ。

今日の新聞記事

biwako_strawbale at 00:30|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!抱懐 

2008年03月02日

指標巡業

 ここ2週間で大阪、大津、名古屋、東京と「巡業」してきた。何やら巷は「指標」ばやりで、やたらと指標を作りたがっているらしい。で、たまたまエコロジカル・フットプリント指標真の進歩指標Genuine Progress Indicator)という二つの指標にかかわったことがあるので、各地で呼ばれて話をしてきたという次第である。
 最近の指標ブームの背景には、地球の健康やわれわれの幸せを考えるには、市場における経済活動のフロー(流量)しか計らないGDPのようなものではなくて、もっと多面的に、多元的に見なければならないということがある。GDPは経済活動の質も測らなければ、市場外における経済活動のフローも測っていない。GDPがわれわれの幸せを測るものでないことは、経済学者であれば誰でも知っていることなのに、いつの間にか政策決定の際の重要な指標となってしまっていた。こうした反省のもとに新しい指標作りが盛んにおかなわれているのである。
 ところで、自らかかわっておきながら言うのも変だが、こうした指標づくりもほどほどにしなければならないと思う。今熱心に行われている指標というのは統合指標といって、多元的情報を一次元に落とし込んだものである。経済だけでなく、環境や社会の状態も評価しようといって、評価の対象範囲は広げたはいいが、それをまたグシャグシャッとひとまとめにしてしまうようなところがある。算数だけでその子の成績を評価してはいけないので国語や体育なども評価に加えようといって、そのくせ結局全教科の平均点でしか見ていないようなものだ。その数字にいかほどの意味があるのか、ということである。そもそも、算数の同じ80点だって単なるケアレスミスなのか、それとも概念をまったく理解していないのかで、状況は相当異なる。文部科学省は、生徒だけでなく教員までに「個人評価制度」を導入しようとしているが、点数化して評価しようとする考え方はおおむね一緒だ。
 対象をよくよく観察すれば、数値化された指標など本来は必要ではない。これほどまでの指標ブームは、実はわれわれの物事を見る目がいかに弱っているかということの裏返しでしかない。複雑な事象を単純化することなく、複雑なままにとらえる力こそが、今この社会のいたるところで必要とされている。枝葉末節ならぬ、指標末節になってはいけない(<=そう、この駄洒落が言いたくてこのエッセイを書きました)。

biwako_strawbale at 23:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!抱懐