2010年12月

2010年12月31日

気がつけば雪・・

いつも通り7時に目が覚めて、部屋が寒いのでエアコン(!!!)をつけて、気がついたら8時で、また気がついたら9時で。

ようやく、おきて窓を開けると外は雪で。

連れ合いと子どもたちが東京の実家に帰っているので、ここ数日はひとりで。

昼間は仕事に出ているし(まだ!)、もったいないので薪を節約している。だから朝が寒い。

薪を切ったりしようかと思っていたけれど、雪なので予定変更をして、部屋の片付け。

昨日の夜に、奥歯の詰め物が外れて、少し舌に触る。歯医者はしばらく休みだし、なんだかいつもこんなタイミングのような気がする。

東京の子どもたちは、秋葉原に行ったり、表参道をうろついたりしているらしい。実家から表参道へは直線で2キロ足らず、代々木公園を抜けるとちょうど良い散歩道だ。

東京も雪が降った。子どもたちは今日から連れ合いの実家(目黒)に移動、いとこたちとにぎやかな正月か。


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2010年12月23日

ついにこの日が・・・

14歳の長男と背比べをした。

あと何ミリかは僕が高いようだが、長男曰く、「そんなのはひと朝だ」。確かにそんな勢いである。多分、年明けには抜かれているのだろう。

長いようで、早いようで。

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2010年12月21日

クレイフィッシュ

見たい!

笹川美和さんの街生まれ、田舎育ちの曲にのせた10分の短編。Short Shorts Film Festival ミュージックShort クリエイティブ部門の優秀賞と観客賞、ダブル受賞作品。

お父さんを映像に残しておきたいという思いから作られたという作品であるが、そのお父さんは受賞の10日後に他界されたという。常磐司郎監督。





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2010年12月20日

子どもの気持ち、オトナの考え

子どもは狭いところが好きである。ドラえもんに出てくる土管(今は見かけなくなったが)や段ボールハウス。

なぜか。

理由は簡単である。胎内から生まれたばかりの赤ちゃんは狭いところが安心するし、またそれが身を守る方法として身に付いているからだ。生まれたばかりの子犬を浜で散歩させていたらトンビが近づいてくるが、人間の子どもとて例外ではない。熊ですら子どもを穴の中で育てる。

ウチの子どもの小学校を選んだ理由の一つに、田んぼの真ん中に木々に囲まれることもなくある小学校と比べて、包まれている感じがしたからだ。この親としての本能的感覚は大切だと思う。

シュタイナー教育は、僕の理解では、温かい世界からこどもを静かにゆっくりと解き放つものであると思っている。抱き癖がつく、とやたら心配する親がいるが、子どもが求めるときはいつでもしっかり抱いてやったらよい。しっかり抱かれた子どもはやがて安心して大きく羽ばたくだろう。抱かれなかった子は不安のうちに生き続けるかもしれない。

だから、子どもにとって大事なのはいつでも帰るところがある、ということでもある。

高校まで併設してあるウチの子どもの小学校をみていると、小学校を卒業したばかりの新中学生は4月5月のうちはちょくちょくと小学校を覗きにくる。中学でのかすかな不安を和らげるかのように、照れくさい笑顔を浮かべながら。「帰るところがある」ということが彼らの心をどんなに勇気づけていることか(ガンバレ、ガンバレ)。

実は小学生がチョロチョロしているというのは、中学生や高校生にとってもものすごくいいことである。「共感の根(roots of empathy)」というプログラムがある。赤ちゃんを小学生に抱かせたりするプログラムのように思われているが、以前紹介したダニエル・ゴールマンによればそれだけではない。教育が人間を世代ごとに輪切りにしてベルトコンベアーにのせるようになってしまっていることに対する反省から生まれているものと思う。

高大連携などという文科省のいわれることに熱心であるのなら、小中や小中高の連携にもっとしっかり取り組んだらどうだろうか。

ご賢察の通り、なぜこんなことを書いているかと言えば、ウチの子どもの通う小学校の移転計画があるのである。中高と共有の校地を離れ、ぽつんとなる。

校地が広ければ子どもがのびのびするだろうというのは、子どもを観察したことのない−帳簿ばかりみている−大人の考えに違いない。

「きれいな校舎」とか「広いキャンパス」なんていうのに反応するのは高校生とか大学生で、小学生にとってはそんなことはあまり関係ない。そう思うのは親だけである。結局僕らのような(面倒くさい)親は減って、「校舎はきれいな方がよい」と思う親の子ばかりになるのだろうか。

響いているのオトナの弾くそろばんの音だけのような気がする。

【沢の番人】今日の様子。オトナのやることにも目を光らせてほしい。
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2010年12月17日

ダーツの旅

うぁぁ。

自分のブログを開く暇さえなかったので、久しぶりに眺めてみたら、毎日結構な方が一応はチェックしてくださっているようで。

で、キムキガンのページも開いたら、うぁ。最近毎日更新してやがる。

実は今朝おこられたのである。「23日どうする?」「へっ?(あ、なんかあったっけ(汗))」「芝居やん」「うぁ、そうやった。」「なんやわすれてたん(怒)、いっぱいチラシ貼ったやん(怒)」「ヒャー、すっかり忘れてた。仕事いれてしもうた」。確かにチラシも貼りまくったし、ブログにも貼っていたのにである。「ブログに書いたる(怒)」「そ、それはやめて」。

という訳で、書かれる前に書いたった。でも優しいキガンは「そやな、忙しいもんな」。「せやねん、目の前のこと片付けるので精一杯やねん」といったら許してくれた(かな!?)。

そうか、キガンがブログを毎日更新するから、そこから飛んでくる人が多かったんや、と思ってアクセスログを見る。

このアクセスログは結構面白い。今の時期は「薪ストーブ」「火の付け方」なんかで検索してくる人が多いし、IPアドレスから、仕事をさぼってアクセスしてしてくれる人もわかる。日本原子力研究開発機構のアドレスで、反原発運動の活動家さんを検索して、ウチのHPにたどり着いた、なんて言うのもわかってしまう。監視だったらIPアドレスを残すようなことはしないので、仕事の合間に覗いたのだろう。

結局、思ったほどはキガンのブログから飛んできた人はいなかった。

さて、今日の記事のタイトルの「ダーツの旅」であるが、その23日に入れてしまった仕事のことである。テレビに出る訳ではなくて、フィールド調査をするのに、乱数発生させてランダムに選ばれた地域に入るのである。

実は日曜日の日に第1回目の調査を行ったが、これが実に面白い。薪利用の実態調査(趣味やろという人、それ正解です)なのであるが、おじいさんやおばあさんが思いもかけない話をしてくれる。煙突を目印に聞き込みをするのであるが、市内でもまだ薪で風呂を焚いている家が少なからずある。庭にピザ窯を作った人もいたし、最新の薪ボイラーを設置している家もあった。

ランダムに選ばれた地域の利用量や潜在的需要量を調べ、他の地域の平均消費支出や世帯所得のデータをもちいて、全体を推計しようというかなり大掛かりな調査である。

ともかく薪を使っている人はこだわりもあり、それでだけに話も積極的にしてくれる。オール電化にしませんか、とかセールスに来ているのではないということがわかれば、ともかくよく話してくれる。泊めてください、といったら泊めてくれる感じ。

という訳で、23日問題はなんとかしないといけないのであるが、どうしよう。

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2010年12月06日

そうなんや・・・

福山雅治さんつながりでSIONさんが、龍馬伝の最終回に刺客として出ていたそうで

     ◇ ◇ ◇

で、またおこられそうなことを書くが、龍馬には全く興味がない。

司馬遼太郎が描く龍馬像が正しいとは限らないが、子どもの頃「竜馬がゆく」を読んで、面白くなかった。そのあと再び手に取ることがないので、その頃の記憶を頼りに書くと、単線的で、「藩」の論理が「国」に置き換わっただけの、その先に何かが見えるようのなものでなかったという感想だ。

司馬遼太郎については内田樹が、村上春樹と比較して暗に「世界性を持たない」と言っているが、ではよい意味で「ローカル」かと言えばそれも感じられない。あえて差別的に言えば「都会にあこがれる田舎」と言ったところか。

内田は別なところで、「坂本龍馬は私たちが『近代日本人の原点』として、国民的な合意に基づいて選択したアイコンである。」といい、「私はこれを『賢い選択』だったと思っている。」というが、残念ながら「追いつけ、追い越せ」の負の遺産をたくさん知っている者としては「賢い選択」だったとは思われない。

内田は八方美人なところがあって、切り口は鋭いが、そのあとは腰砕けのことがしばしばあるような気がする(憲法論などについてもそう感じた)。

     ◇ ◇ ◇

とはいえ、福山さんもSIONさんも好きなので、お二人には今後もがんばってほしい。

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2010年12月02日

気骨のジャーナリスト

 講演者は日本科学技術ジャーナリスト会議から2009年に科学ジャーナリスト賞を受賞している。

 原子力問題を深追いしすぎたおかげで、NHKの上司から「長いこと、テレビでこういうこと(原発問題)をやらないほうがよいと言われ、とうとう放送文化研究所に行きなさいということになったらしい。

 賛助会員・団体に東芝、日立そして東電と原発関連の企業がならぶ中で、日本科学技術ジャーナリスト会議もがんばったというところか。

**************** 

講演者: 七沢 潔 氏(NHK放送文化研究所)

演 題 : 原子力事故から何を学ぶか?〜チェルノブイリ、東海村からの考察

日 時 : 12月16日(木)8:50−10:20
場 所 : 14番教室(滋賀大学経済学部校舎棟2階)

お問い合わせは、滋賀大学経済経営研究所まで。
ebr@biwako.shiga-u.ac.jp

〈七沢潔氏〉1957年静岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。NHK入局。現在、NHK放送文化研究所主任研究員。著書に「チェルノブイリ食糧汚染」(講談社)、「原発事故を問う」(岩波新書)、「東海村臨界事故への道 払われなかった安全コスト」(岩波書店)など

「チェルノブイリ原発事故から間もなく20年、私が原子力をめぐる人間世界で見てきたことは、まさに自分の所属する組織も、そこで沈黙を強いられる自分も含めた『日本の構造』そのものであり、その変革の必要性だったのである」(「東海村臨界事故への道 払われなかった安全コスト」あとがきより)

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