2008年07月03日

土の風景

shuhei このブログを当初から読んでくれている人には、説明の必要もないが、左官の技は息を呑むほどであり、その技法は無限である。まずは挾土秀平さんの仕事の数々をごらんあれ。挾土秀平さんといえば左官の中では中堅のポープというか、もはや重鎮。

shuhei もう少しご年配のところでは、久住章さん、そして若手ではそのご子息の久住有生さんなどが有名だ。おっと忘れてならないのは、ウチの左官をしてくれた小林隆男親方もその一人だ。
 そんな左官屋さんたちは、しばしばはっとするような言葉をはく。
 「内壁を塗るときは室内を塗っているのだけれど、外壁を塗るときは町を塗っている。」雨風という外敵からウチを守ろうとするだけの壁と、明らかに意識も方向性も異なる「壁」がそこにある。そんな壁に囲まれた町はおのずとやさしいものになるだろう。
 彼らはまたこんなことを言う。「もっと、任せてやったらいいね。何に任せるのかようわからんのやけど。何かに任せて頼ってできた形って、いいと思うのやけど。」自分と、自然を含めた他者との心地よいバランスがそこにある。雨に負けようとしない。常に雨とともにある。
 昔、土木(どぼく)は文字通り、土と木であった。それがいつしかコンクリートと鉄に変わり、僕らは呼吸を失った。
 挟土秀平はいう。「ボクはね、いっぱいの要素を混ぜないように、してるの。この壁は、怒っているか、笑っているか、気持ちいいか、そういう『一点』で集中したい。」そうしてできた壁は、たとえ「怒って」いても、「シンプルでわかりやすく、やさしい」(小林澄夫)。
shuhei 挟土のこの版築の壁は、どこまでも広がる大地のようだ。挟土の体はもはや透けてしまって、この大地の中に溶け込んでしまっている。



biwako_strawbale at 21:51│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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