2010年02月07日

先住民の今

 チカップ美恵子さん亡くなった。95年にバンクーバーで「日本カナダ・マイノリティ・フォーラム」というのが開かれたときに、お会いした。レラチセというアイヌ料理店の佐藤タツエさんたちと一緒に来られ、現地スタッフとしてホテルの送迎や会議の合間の買い物などをご一緒させていただいた。
 チカップさんとは帰国後にも何回かやり取りをして、アイヌ刺繍のカレンダーなどを送ってくださっていたが、ここしばらくは連絡を取っていなかったので、急な訃報にとても驚いた。まだ61歳であり、本当に残念だ。
 佐藤さんも2003年に亡くなられ、東京の中野に場所を移していたレラチセも閉店されたようだ。

 間もなくバンクーバー・オリンピックが開催される。カナダ政府は先住民問題には神経を尖らせている。カナダに入国しようとしたデモクラシーナウのジャーナリスト(エイミー・グットマン)を拘束し、カナダ国内でオリンピックについてなにか変な発言をしないかどうか尋問をしたのだ。彼女はそんなこと考えてもいなかったのだが、この尋問は当局の思惑とは裏腹に、結局、彼女の番組の中で、カナダ政府の神経質ぶりを全世界に知らしめることになってしまった。
 一応今回のオリンピックは、「バンクーバーとウィスラー周辺のファーストネーションである、リルワット、マスクェム、スコーミッシュ、スレーリ・ワトゥース族の人びとが、ホスト・ファーストネーションとして、世界各地からやってくる人びとを温かく迎え入れ」ることになっているらしい
 しかしである。少なくとも15年前のリルワットの状況は、「先進国カナダ」のイメージとは異なるものだった。友人の文化人類学者が研究フィールドにしていて、何度か訪問させてもらったのである。居留区に入るとそれまであった舗装は途切れ、やがて行くとたち現れる町並みも周囲のものとは一変する。建物の多くは古びれ、新しい土盛りの墓がいくつもあって(アルコールやドラッグ濫用も多いらしい)、いったいいつの時代のどの国に来たのかと思ってしまった。
 日本人観光客で賑わうウィスラーとかブラッコムといったスキーリゾートは彼らの共有地であった。それを「白人」たちが所有権を設定して専有していったのである。



 日本では、「単一民族国家」発言のように、その存在すらほとんど無視されるアイヌではあるが、同じように先住民のいる多くの国ではきちんと認識されている。北米やオーストラリアはもちろん、北欧だって、先住民がいる。だから日本のアイヌはこうした国々での方がすんなりと理解してもらえる。
 萱野茂さんが亡くなり、佐藤タツエさんが亡くなり、チカップ美恵子さんが亡くなり、と寂しいニュースばかりであるが、一方で若いアイヌたちが立ち上がってきてもいる。ETVでも取り上げられたAINU REBELSには注目をしている。





biwako_strawbale at 00:02│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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