2011年10月07日

日本の危機管理

以下の記事にまず目を通してほしい。

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事故予測、発生当日に菅氏まで伝達〜保安院 < 2011年9月3日 22:07  日本テレビ>
 経産省の原子力安全・保安院は、福島第一原子力発電所の事故が起きた3月11日の夜に、「翌日にはメルトダウン(=炉心溶融)が起きる」という保安院の予測が、菅前首相にまで伝わっていたとの認識を示した。
 保安院は3月11日夜、「3月12日午前0時50分に原子炉の中の核燃料が溶け出すメルトダウンが2号機で起きる」という予測を文書にまとめ、官邸に送っていた。保安院はその文書を2日に公開したが、保安院・森山災害対策監は3日、その内容は3月11日午後11時頃には、当時官邸に詰めていた海江田前経産相から菅前首相に伝えられていたとの認識を示した。これらのデータが、周辺住民の避難指示に役立てられたかどうかはわかっていない。
 事故については、被害の拡大防止などが適切に行われたかなど、事故調査委員会が年内にも中間報告をまとめる予定。
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いろいろな意味で興味深い記事である。

まず、「(9月)2日に公開」とあるが、公開もへったくれも無い。一連の文書は首相官邸ホームページに遅くとも3月12日の0時過ぎにはアップされている。

http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/20110311miyagi/201103112235.pdf

原子力情報資料室が気付いてHPに一部転載、私も直ぐにダウンロードして、「メルトダウン」と題して記事を12日の午前1時過ぎに書いている。

さらに午前3時ごろには、アップデートされたものが掲載されていたので、これもダウンロードしている。

http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/20110311miyagi/201103120030.pdf

つまり、この文書の存在に9月になって保安院が言うまで、気がつかないというのはマスコミの怠慢と言える。ちょっと調べれば爆発前に気付くことが出来たのだ。

また、面白いのは、この危機管理室の情報が首相が手にするかしないかのうちに、地方都市の一市民にも入手可能であったという点である。情報公開という観点からはありがたいのであるが、どうも意図していたのではなく、単に情報管理ができていないということなのではないかと思う。

なぜなら、経済産業省と原子力安全・保安院が11日23時現在として当時プレス発表して内容がこちら。

http://www.meti.go.jp/press/20110311024/20110311024.pdf

見事に、炉心損傷の可能性については省かれている。

危機管理室の文書は、官邸トップページからはアクセスできなくなっているようだが、いまだにこのファイルにアクセスできるようになっていることを知らないんじゃないかな? 

今日に始まったことではないが、マスコミの取材力とこの国の危機管理には大変不安を覚える。

biwako_strawbale at 23:19│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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