2012年09月16日

水を乞いて酒を得た

旅行中にアーサー・ビナードさんの「日々の非常口」というエッセイを読んだ。

アーサー・ビナードさんは、まだ40代だが、しかし彼はもう既に墓碑銘を選んであるという。

「水を乞いて酒を得た」

万葉集にあるということの言葉を彼が既に選んでいると知ったときに、この人は本当に感謝することを知っている人だと思った。

ごくつまらないことでも、価値を見いだし、感謝することでそれは「酒」に変わる。誰かが酒をもってきてくれたのではなく、水を酒に換えたのはアーサー自身なのである。

周りの環境や他人ではなく、自身の生き方で幸せはつかみ取ることができる。それを知っていて、かつそれを実践しているから、40代のいまであっても、自分の人生の蓋を閉めるときに刻む言葉がすでにある。

ちなみ以前自分のブログに、次のようなことを書いたことがある。


心の中に大きな壷を想像してみる。同じ道を歩いたとして、花を摘めばやがて花は壷から溢れ、人に降り注ぐ。逆に、悪いところばかり探して、それを拾い集めたしたら、たどり着く頃には、壷の中身は「恨み」や「罵り」があふれかえるばかりである。
10ある仕事を8やってある時に、「8もやっておいてくれた」と感謝するのか、それとも「2もやり残してある」と恨むのか。
心の壷に花を摘む人は必ず幸せになれる。


僕はまだ人間ができていないから恨むこともあるが、いつもここに立ち返れば、僕は常に十分に幸せである。

biwako_strawbale at 01:16│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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