「ゲームとして堕ちても一緒に遊ぶ仲間がいれば神ゲー」
それがオンラインゲーム。


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仲間がいれば、





俺がオンラインゲームを遊ぶ上で必ず掲げている信条。
もはや、オンラインゲームを楽しむ上での『真理』と信じてやまない絶対的な柱。

一口に「仲間」と言っても形は違えど様々だ。
チーム(ギルド)やフレンド、一緒にクエスト行ったり話して笑ったり楽しさの共有としてお互いの相乗効果でより良くなる関係。
己の能力を競い合う関係。
などなど。

このチームで遊ぶの、コイツと遊ぶの楽しい!
アイツに勝ちたい又は負けたくない!

仲間を軸として様々な目的やモチベーションを生み出すこと、それが「人」と遊ぶオンラインゲームの基本たるベース。




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しかし、ゲームを上げるとすれば最近のPSO2はどうだろうか?
当然今までのように遊んでいる人たちも大勢いる。俺もそのうちの1人で誰よりも楽しんでいると豪語できるレベルだ。

その影では、Ep5からの度重なる失態に愛想を尽かせていなくなる人も多く見るようになってしまった…
それらを見ていく中で、もやもやする部分がある。

昨日今日。そして明日も、明後日も、1週間後も、1年後も、ずっと遊べて行くことが出来ると信じていた絶対的な仲間がいるにも関わらず休止や引退してしまう人たち。
直接知り合っていないにせよ、TwitterやっているとちょくちょくTLで浮上する所謂有名な方々のそういった休止の宣言。

仲間も当然ながら評価してくれる人たちが大勢いる中でのそれだ。


仲間と一緒にいる楽しさが度重なるゲームの不始末の方が勝ってどこかへ行ってしまうというのか?
離れていても元気であればそれで良い。また遊びたくなったら遊ぼうね。
それはいくらでも言えて笑顔で送ることは出来ても…自分でも気付きもしない気持ちの奥底では「もっと遊びたかった」「もう遊べないかもしれないのは悲しい」「近しい自分らと一緒にいるの楽しくなかったのかな?」「休止や引退を引き止めたい。でも出来ない。言えない。」

残された人たちは見送ることしか出来ないことが歯痒い。
仲間と神ゲーを直結する人は特に思うのかもしれない。



途絶えそうな繋がりのようにも思える。
今ではSNSや通信ツールの普及でゲームのみならず色んな手段の繋がりが多くある時代。
そのゲームを離れることになろうとも、情報や遊んでいる風景は簡単に目に入る。

離れてしまった人たちは悪いことばかり映りがちではあるかもしれないが、それでも、その環境でそのゲームを楽しみ笑っている様はきっと相殺してくれる。
仲間といる楽しさが勝った時、もう一度戻ってみようかな?そんな時が来るかも?




ゲームとして道を踏み外さねば、このような事にはならなかったかもしれない。
人の子が作り上げるゲームであるので、間違いやたまたま繰り返す事だってあるかもしれない。

そこでこそユーザーの支え。
ゲームとしての改悪を飲み込み、その人らが楽しむ活気でどんよりした空気を覆す。
ただノリだけで現実に目を背け空っぽな楽しいではなく、全てを見た上での楽しさ築き上げてこそ。
することがないなら作り上げる。いままでしなかったことをする。小さなことでも目標を立てる。



仲間がいれば、続く限り乗り越えられます。
だから…楽しいときは楽しいと素直に笑うべき!

だからと言って運営はユーザーの「仲間がいれば神ゲー精神」を逆手にとって適当なことはしてはいけません。長く続くと持たなくなる人も出てくるはず。


何だかんだPSO2は素晴らしいゲームだ。
俺はPSO2とそれで遊ぶ仲間両方好きで、神ゲーと思っています。
巷で聞く落ち度は良く耳にするが、流されず自分なりに飲み込み、楽しさへの変換。
その様を見た他の人たちの目には何が映るのだろうかね??

これも良く言うが、
「ゲームってのはな、一番楽しんだヤツが最強だ」
仲間と一緒に取り繕いではなく本物の楽しい姿で他人も楽しくなるようなプレイヤーに俺はなる!!