玄さんの釣り情報

日本の清流を復活させるためのブログ
 

2022年06月30日

千里眼(中谷宇吉郎随筆集から)ー16

その後の最近の研究のことは知らないが、決定的なことはまだ言えないようである。生物線は生物から出てもその線自身は物理現象である。ところが物理的には依然として証明されない物理現象が、これほど沢山の研究の種になっているのである。

生物線が万一何かの間違いならば、これは世界を胯にかけた世紀の千里眼であり、また今に本当に確認される日が来たら、生物学界の大異変である。今のところは実証的にはまだ霊力治療者を喜ばせているだけであるが、この方は可能性が全然ないとは言えない。しかしこの方の学問がいくら進歩しても透視や念写が説明されようとは思えない。

千里眼のあった明治四十二、三年頃は、日本の物理学界ではすでに長岡半太郎博士が原子構造論で世界的に有名であり、科学界では鈴木梅太郎博士がビタミンBを発見されていたころである。決して我が国の科学が未開の状態にあったわけではない。

千里眼のような事件は、その国の科学の進歩とは無関係に生じ得るものなのである。それは人心の焦燥と無意識的であろうが不当な欲求との集積から生まれ出る流行性の熱病である。そしてその防御には、科学はそして大抵の学者もまた案外無力なものである。と言ってもそれは何も科学の価値を損ずるものでもなく、また学者の権威にさわることでもない。

それは科学とは場違いの問題なのである。唯こ言う場合に、優れた科学者の人間としての力が、その防御に役立つことが多いということは言えるであろう。

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2022年06月29日

ダムの話(那賀川編)

ダムほど釣り人を絶望させる施設はありません。

ダム年鑑によると、川口ダムは1956(昭和・31年)年着工・1961(昭和36年)年竣工となっています。県営発電ダムです。

このダムが悠久の流れの那賀川を歴史上はじめて締め切りました。それ以来この川の、このダムを乗り越えて遡ったアユやサクラマスはいません。

このダムが作られる頃、僕は浅草の鉄工所で丁稚奉公をしていました。

締め切られた最初の春、30メートルもあるコンクリート壁に、それとは知らない多くのサクラマスが飛び跳ねていたそうです。ダムサイトに桶や石油缶などを吊るして、それに飛び込んだマスを沢山捕ったそうです。

僕は生涯このダムをサクラマスに代わって憎み続けます。ダムは何かの役に立つのならともかく、非常に危険な施設なのです。

話は変わりますが、原発の危険性を告発し続けた高木仁三郎先生(1938〜2000)が亡くなって11年目に先生が指摘していた最悪の事故が起きました。これまで事業者はもとより、多くの原子力学者も、先生の指摘などに耳を貸そうとしませんでした。そのことが残念でなりません。

危険この上ないから止めてくださいとと訴えていたことが無駄になったのです。

同様にダムについても水源連の嶋津輝之先生がもう40年も前から、ダムの危険性を訴え続けています。そして1昨年狩野川ダムでその指摘が的中して8人(八ッ場あしたの会)の命を奪いました。

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2022年06月28日

千里眼(中谷宇吉郎随筆集から)ー15

そのうちバクテリアの増殖の場合にも出ることが分かり、また酵母からも放射されるというひとも出てきた。こういう風に研究が進んでくると、化学変化もこの現象に関係があると言い出し、過酸化水素の分解が生物線で促進されるとか、酸とアルカリとの中和でも生物線と同じような放射線が出るとか、いろいろな実験結果が出てきた。その中にはゲールラッハのような世界的な物理学者の名も出てきた。

半信半疑のうちに、この生物線の研究はどんどん進んでいった。そして水晶分光器で生物線の波長を測った結果も出てくるし、また生体の血液からも出るということになった。健康な子供の血液からは盛んに生物線が出る。動物に癌を植えたらその血液からは出なくなったなどという研究が沢山専門学者の手で発表された。

これだけの研究があったら、もう生物線も確認されたといってもよいのであるが、不思議なことにはこの線はその性質上当然写真乾板に感光するはずなのに、その実験はいつも否定的に終わっている。シューマン乾板という極紫外線用の乾板を、生物線を出しているはずの生体に数か月露出しても、全然感光しなかったという結果も発表されている。

写真乾板に感光しないのは、暗いところでは生物線が出ないのかもしれないし、また写真に感光するには弱すぎるのかもしれない。それで光電作用を利用した計数管というどんな弱い放射線でも感ずる機械を用いて、精密な測定をした物理学者が沢山あった。その結果もまた面白いことには半信半疑なのである。これに関する1935年までに発表された12の論文のうち、6人の学者はあると言い、6人の学者は嘘だという結果になっている。

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2022年06月27日

千里眼(中谷宇吉郎随筆集から)ー14

これで千里眼事件も一応けりがついたのであるが、まだ問題はいくらも残っているように見える。例えば今度の事件はそれとして、昆虫に千里眼があれば、不思議は同じことであり、いつまた人間にそれが再現するかもしれない。この問題も実はもっと早く解決しているのであって、要するに馬尾蜂に千里眼の能力はないのである。少なくともあるという証拠は極めて微弱で、こういう大問題の前では、問題として提供するまでもないものなのである。それを当時直ちに精細に論じ、敢然として学界の長老に抗議した札幌の農大の一学生があった。その学生は現在の北大の理学部長小熊まもる(かんじがで ない、手偏に日の下に干の文字)博士である。学界の因襲について知識の少ない一般の人たちには、こういうことがいかに困難であるかは、ちょっと想像できないのである。こういう感謝されざる名医は他にもあったであろう。そして万事は芽出度く納まったのである。
ところがここで念のために、前に言った生物線のことをちょっと付け加えておく必要がある。生物線ということをはじめに言い出したのは、モスクワ大学のグールウイッチ教授である。同教授は初め玉葱の根の細胞の有糸分裂を研究していた。その時他の玉葱の根の先端を横に置くと、その方に向いた側の細胞の分裂が盛んになると言い出したのである。この時途中に硝子板を置くと作用が消えるが、水晶板を置いてもなくならない。それで硝子には吸収されるが水晶は通る線、丁度赤外線のような性質の線が、増殖中細胞から出て、他の細胞がその線に照射されると分裂が促進されると考えたのである。グールウイッチはこの線をミトゲンセンと名付け、細胞分裂の際にはこういう今まで全然知らなかった放射線が出ると考えた。我が国ではこの頃この線を生物線と呼ぶ人が多い。こ言う不思議な生物線が実在するものなら、それは生物学界の大問題である。従って世界中の沢山の学者がこの線の研究に没頭して、1935年までにすでに500余りの論文が出ている。この生物線もまことに不思議な放射線であって、ある学者の実験では出るし、他の学者の研究では出ない。出ない方が実験が下手かもしれないし、出る方が可怪しいかもしれないので、騒ぎは益々大きくなった。


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2022年06月26日

唯一の楽しみ

僕の人生は人に命令されて働き続ける事でした。16歳から75歳まで60年間です。

子供のころから現在に至るまで、夜る目が覚めるたびに繰り返し繰り返し、反省する毎日です。

気持ちを紛らわせる唯一の「人生暇つぶし」が釣りです。昨日は20センチほどのサバ子を20匹ほど釣ってきて、酢でしめて、庭のオオバ・きゅうり・玉ねぎを刻んで、自称「サバカルパッチョ」で飲みました。

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ことでした。

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2022年06月24日

千里眼(中谷宇吉郎随筆集から)ー13

こういう風に書いてみると、そういう明確な事実を解明するのに、どうしてこれだけの騒ぎになったかが、一番不思議である。そして今更のように世の中というものは複雑極まるものであるという感を深くする。しかしそれが社会というものの実相なのである。

長老の物理学者の一人で前北大予科主事の青葉万六先生から、明治時代の日本物理学会の回顧談を聞いたことがある。そのとき先生は、この千里眼事件について、当時の我が国が、如何に挙げてこの事件に狂奔したかを話され、そしていよいよとなった時に頼りとなったのは、当時の理科大学の先生たちだけであったと述懐された。

そういう事件は案外深刻な影響を後まで残すもので、少し大袈裟に言えば、日本の科学界の一つの危機であった。中村先生の前に引用した文の最後にも、世間の人が信ずべからざることを信じているのは、非常に悲しむべきことである。こういうことを世人が歓迎する根本は、秩序を立てたことをやっているのがまどろしく、いわゆる六か月錬成式ことを欲するからである。

秩序を捨て、早く結果を得ることにみのみあせると、皆が間違ったことを好むようになると述べられている。しかも恐ろしいことは、この種の病気はある程度以上進行すると、もはや手を付けられないことである。

そして難病をその最初期のうちに直してしまった名医は、案外あまり感謝されないものである。

(中村誠二博士著 「理学者の見た千里眼事件」この記事の9に紹介されています)


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2022年06月23日

千里眼(中谷宇吉郎随筆集から)ー12

この話は初めから一種の熱病なのであって、どの実験にも精神状態を乱さないという条件が付いている。その精神状態を乱さないための条件というのは、例えば透視では封書の糊付けをしたり封印を施したりすることが禁ぜられ、現場で書くときは室と机とが指定され、また持参の実験物は一旦別室の指定の場所に安置して席を外す習慣になっているなど、聞いてみれば他愛のない話である。

念写も字は先方が指定し、もし実験者の方で指定する場合には前日に通知しておく必要がある。

そして乾板に入れたものは封印をせずに無人の室にしばらく安置するのである。

そういう条件は本来は事件全体が一笑に付されるべき条件なのであるが、問題はそういういわば馬鹿げた話が全国の朝野を風靡したという事実にある。

もともと念写の起こりというものが、のんき極まる話なのである。

初めに透視の実験で途中で開封するのではないかという懸念のために、写真乾板の上に物を載せて透視してもらった。もし開封すれば後で現像してみれば感光するから分かるというので、これはうまい方法である。

ところが実験の結果は乾板は感光していた。

そこでこれは大変だ、念力には観光作用もあるらしいということになったのだそうである。

実際はもっと紆余曲折はあったのであるが、結局筋はそういうことらしい。これでは話にもならない。

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2022年06月21日

千里眼(中谷宇吉郎随筆集から)ー11

これだけの注意を払って、先方の条件をすっかり容れられたので、初めの数回の実験は長尾夫人も機嫌よく引き受けた。そして透視の実験は一回は成功し、一回は失敗に終わった。

ところがその成功の実験は、先方が指定した机の上で、外から覗けばすぐ見えるようにして字を書いた場合であった。
次に同じ机の上でちょっと腕で隠してかいた字はもう透視できなかったのである。念写の実験は念写すべき文字を前日に通知しておいて、当日は写真乾板を箱に入れて封をせずに提出するのである。前日に文字が通知されているので、例えばその文字を切り抜いた紙型を用意し、暗室内で箱を開いて乾板上にその型を乗せ、ちょっと感光させればその文字が「念写」されるはずである。

そしてこの実験では念写は成功したのであるが、同時に乾板を入れた箱を誰かが開いたという証拠も両先生だけにはわかるように歴然と残っていたのである。

ところが此処に思わぬ大事件が突発したのである。それは凡そ考え得る万般の注意を払われたにもかかわらず、肝心の決定的実験の際に箱の中に乾板を入れ忘れられたのである。それがいろいろのデマの根源となり、その後の実験は拒絶されて、遂に確定的な結論は得られなかった。

唯千里眼というものが、手品あるいは詐欺的要素が十分に入り得る条件で行われるものであるということが明らかにされただけであった。その後長尾夫人は物理学者の実験を回避する態度をとり、そのうちの同夫人の謎の急死によって、千里眼は結局闇から闇へ葬り去られる運命となったのである。
それは如何にも千里眼らしい運命であった。

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2022年06月20日

オセンの刺身

スズメダイのことを通称オセンと言います。

昔はこの魚がいたるところにうじゃうじゃいて、貧乏人は海岸でこれを掬って食べていたそうです。

たぶん、おせんという娘さんが、腹が減ったので、とりあえずスズメダイを掬ってきて食べたのではなうかと思います。(所説あるようです)

スズメダイは小さな魚ですが骨が固く多いので一般には食べません。

坊主こんにゃくさんが徳島新聞に、この魚はおいしいと紹介していましたので、試してみました。

10センチ〜15センチぐらいの魚ですから、さばくのが大変です。骨を避けて刺身にすると一匹から、幅10ミリ長さ5センチぐらいが2切れ取れます。

今日はこれを20匹さばきました。柚子でしめて、皮をはいで、オオバを刻んで、美味かった。

磯臭さもなく、ぬめりも少なく、さっぱりした味でした。

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岩たばこ






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2022年06月19日

千里眼(中谷宇吉郎随筆集)からー10

この一節は、千里眼の真偽如何について厳密なる科学的裁断をくだすべく、丸亀市の長尾家における山川健次郎先生の実験に万般の援助をされた藤、藤原両先生の「千里眼実験録」の序文の一節である。この書などは
現在では到底手に入らぬものであろうが、この種の実験報告としては、細心精到かつ典雅を極めたものである。

細心精到なる所以は、初めから千里眼を否定することはせず、もしこの現象の中に幾分でも物理学的要素があった場合にはその性質を吟味すべく、二十三種の実験五十四種の材料を携行されたことにもうかがえるであろう。
典雅というのはこういう場合には可笑しな言葉であるが、この実験の困難は実は人事的方面にあったのである。その一つはこの現象が大部分精神的なものである以上、先方が精神状態を乱すからと言われればそれまでである。それで先方の条件は十分入れて実験しなければならない。その条件が実は手品または詐欺の挿入し得る条件だったのであるが、それだと言って実験を打ち切れば、結局水掛け論に終わり、火は益々燃え上がるばかりである。
今一つは、これは想像であるが、長尾夫人のご主人が、現職の判事であったことも、この事件のかげに揺曳しているある種の雰囲気を思わすのである。そういういわば人事的な瑣事は科学の研究の前には問題とするに足らないというのは、科学がまだ十分に身についていない人の言うことである。

両先生はその点を十分に考慮し、先方の条件を完全に入れて、しかもその間に詐欺的要素あるいは未知の新しい現象が入ったならば、物理的にそれが分かるような実験をされたのである。




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