2017年11月11日

注目されることで人も組織も蘇生する

「注目されることで人も組織も蘇生する」とは、近鉄、オリックスで数々の名勝負を演じた故仰木彬氏の著書『仰木監督の人を活かす「技と心」』の第3章に書かれている言葉です。

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この言葉が意味することは、21世紀枠の推薦校に選出された日立一高にまさに当てはまります。

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なぜなら、このことはすでに5年前に実証済みだからです。


※前半が常総学院、後半が日立一高

夢舞台への緊張感を持って準備する時間が持てるということは、この上ないアドバンテージです。
そして、いつも以上に注目されることで、高校野球をがんばる目的を意識できるようになるはずです。

これが、白堊の球児たちが経験した、中山監督が経験した“成長速度”の原動力。
夏に強豪校の野球エリートたちを差し切る日立一高の加速装置です。

目的が意識化され目標がより明確になる。この動力こそが夏につながっていくはずです。

王者は絶対に倒せる!


日立一高のみんな、充実した冬を迎えような!!



bko443116 at 20:54|PermalinkComments(0)日立一高 | 日記

2017年11月08日

たまらなく好き!

世の中にはいろんなキャラクターがおりますが、その中でも私が群を抜いて好きなのがANNOYING ORANGEなのであります。

こいつ↓
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このシュールでブラックな世界観…(笑)




↑このように、お誕生日ケーキさえも圧倒的な毒ッ気で笑いにしてしまうのであります。

たまらなく好きだわ〜🎵

bko443116 at 23:02|PermalinkComments(0)日記 | 人生メモ

2017年10月29日

「本気の教育でなければ子どもは変わらない」を読んでみて

“いまどきの子どもたち” とは、いつの時代も言われることですが、まさに今の子どもたちはオレたち世代の子どもたちなわけで、それを「理解できない」で片づけてはいけないと思ったわけであります。

「他人に興味がない」「そのくせ他人に自分がどう思われているかはすごく気になる」「主張はするけど協調は苦手」「空気が読めない(読まない)」「行間を感じ取るチカラが著しく低い」など、いまどき世代の特徴をよく耳にします。
実際、そういう新入社員が年々多くなってきているのも実感しています。としたときに、子どもに目を向ける前に、オレたち世代に目を向けると少しはヒントがあるかもしれないとか思ったり。

バブルに沸く日本で学生時代を謳歌した世代。積木くずし、スクールウォーズに代表される校内暴力時代を経て、Persons、JUN MEN、VAN、NICOLE、Men's BIGI、MELROSE、DOMON、PINK HOUSE、MILK BOY、ARBATAXなどのDCブランド…、とんねるず、秋元康、三上博、今井美樹、吉田栄作、ダブル浅野、戸川純、BOOWY、レベッカ、渡辺美里、尾崎豊、UNICORN、B'z、WANDS、T-BOLAN…、渡辺久信、工藤公康、池田親興、中西清起など野球界におけるサイドバックヘアスタイル…、ソバージュ、トサカ、コンブレ、キュロット…、マハラジャ、ゴールド、ジュリアナ…、ダンパにクリパー…、アッシーくんにメッシーくん、ミツグくん…、そんなオレたち世代はいつしか「新人類」と呼ばれたわけです。

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文献によれば、その特徴というのは、

★栗本慎一郎が作り出した言葉であり、当時の若者を「従来とは異なった感性や価値観、行動規範を持っている」と規定している。
★行動成長期を支えてきた前の(熱い?)世代とは大きく異なり、大人・社会人としての自覚が乏しく、その責任を果たすことを拒否するかのごとく流行やブランドに走り、社会そのものが一つのフィクション(物語)であるという立場をとるとされた。
・平等・公平を好む
・打たれ弱い
・プライベート重視
★新人類世代の共有体験は、受験勉強以外にも、テレビ番組や漫画・アニメ、ロック、テクノポップ、洋楽などといったサブカルチャーの体験を特徴とする。
★1980年代は「ネクラ」「ネアカ」という言葉が流行り、社交的で軽く明るい性質が賞賛される傾向が強くなったが、新人類が生み出した若者文化は「ネアカ」志向であった。フォークソングは湿っぽいとして廃れ始め、ロック音楽が流行り、ヘヴィメタルが台頭し始めた。

といったところであり、そうね、そうでした、はい…。というのが感想です。
実際、モラトリアムという言葉も流行っており、当時付き合ってた彼女と就職活動を前に「おれらってピーターパン症候群つーか、モラトリアムだもんね。社会人になんかなりたくねー」とか言ってたことを思い出します。

そんな当時の特徴の一方で、こんな記載もされており、

★新人類が子育ての時期に入った1990年代は教育不信や公務員不信のムードが強まり、一部の親は学校社会において「モンスターペアレント問題」などを引き起こした。大都市圏を中心に、子供を中学受験させて、私立の中高一貫校に行かせる傾向がさらに強まった。
★親子の葛藤は少ないというのも特徴の一つである。親子間の文化の壁が小さく、いわゆる「友達親子」(一卵性母娘)型家族が増えたのもこの世代の特徴である

新人類初志貫徹的な残念な現象もまた実態としてあるのであります。

上記のような特徴を踏まえ、ひとつ思い当たる事があるとすれば、
◇社会への適合を「迎合」と捉え拒否し、独自の価値観をもって貫こうとする反発心理
◇社会的責任を果たすことに対する逃避行動
この2つの特徴が、そのまま成長することなく年月とともに歪みながら変質変形して、
◇社会通念的価値観への適合を教育不信を理由に拒否し、独善的価値観を貫こうとする反発心理
◇しつけ責任を果たすことに対する逃避行動
に化けてしまった部分もあるのかもしれません。
まさに化けた、化け物になった、つまりモンスター。

いままで、こんなこと考えたことなかったけど。

でもそれは事実として、問題として、社会現象化しているわけで、もう覆せない事実なわけでありまして、そんな状況に真っ向から立ち向かったひとりの教師が書き残したのがこの「本気の教育でなければ子どもは変わらない」という一冊。

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前に「カリスマ体育教師の常勝教育を読んでみて」で書いた、原田隆史氏の著書です。

自分が今後、後輩たちに向き合うとき、高校球児たちに向き合うときのヒントにしたいと思い、備忘録としてそのエッセンスを書き残しておきたいと思います。


私は、学校を変えるためには、一歩も退かない厳しい父性的な指導が力を発揮するということと、地域との一体感が必要だということを学びました。


人間にはどのようなタイプがあるのか、ユングやフロイトなどの心理学、臨床心理などの本を読みあさりました。
そのなかで、人間の自我は五つあると知りました。こうあらねばならないという「厳しい父性」、慈愛にみちた「優しい母性」、合理的に冷静な判断をする「大人性」、自由奔放に遊ぶ「元気な子ども性」、人のいうことをきく「いい子性」です。人格は、この五つの自我によって形成されている。
だからこそ、そのバランスが非常に大切だということを学んだのです。
それからです。私は、荒れた学校を静めるときには、父性教師、母性教師、子ども性教師のチームワークが必要だと考えるようになりました。


いままで私は、実際に体を動かす練習を集中させて、スパルタ的に強烈に、がんじがらめに指導していたのです。時間で追い込んで、質も、量も高めていくようにし向けてきました。その集中を解放させるために、いわばつなぎの感じでミーティングをところどころに入れていたのです。
“逆かもしれんなぁ……。子どもは、実際に投げたり、跳んだりする練習をいちばん楽しみにして、それを自由にやりたいんやな。そこを解放的に楽しんでやる練習に仕組みを変えなあかんのと違うやろか。ミーティングで集中させて、練習のときは思いっきり自由に気持ちを解放させてやらせてみようか。”
それまでは子どものそばに行って口うるさいほど与えていた注意を、ミーティングのときに集中的に言うようにしたのです。

「踏み切りのときは目線を上げるんや。ええか!」
そして、練習に移るときには、
「よし!思いっきりやれ」と、自由にさせました。すると、子どもたちは、それまでにない充実した表情で練習をしだしたのです。明らかに成績が伸びはじめました。

(中略)また、「集中、解放、集中」の流れを明確にしたことで、自分をセルフコントロールできるようになりました。つまり、実際の試合のときにプレッシャーでつぶれにくくなったのです。
砲丸投げでいえば、投てきサークルに入るまでは気持ちを集中させ、サークルに入ると解放させる。
つまり、これから投げるという瞬間がいちばん楽しいという気持ちで、リラックスして投げれるようになった。全国大会のここ一番で、口から心臓が飛び出そうになるほどのプレッシャーにも負けなくなりました。(中略)ふだんの練習でも、実際の投てき練習では心と体を解放させて実践している成果です。


いまでも私が生き方と勇気を与えてもらったと思っている子どもにYがいます。三年生のときに女子のキャプテンになり、チームを引っ張ってくれた子どもです。
兄姉四人の末っ子です。お母さんが入院されたときに、私はYを病院に誘ったことがありました。
「練習、終わったら一緒にお見舞いに行こか?」
「いえ。お母さんが、来たらあかんいうてます。見舞いに来る時間があるんやったら、家のことと陸上をきちんとして、原田先生のいうことをよく聞きって」
そのお母さんが亡くなったのは、朝練の最中の時間でした。お母さんは死ぬ間際まで、
「もし娘の練習中の時間だったら、練習が終わってから連絡を頼みます」と、娘の陸上の練習に気を遣ってくれていたのです。そんなお母さんでした。お葬式では、部員全員が号泣しました。

一週間ほど休ませて様子を見ようと思っていた矢先、わずか二日後に、Yが私のところにやってきました。
「先生、お葬式ではお世話になりました。ありがとうございます。先生、私、お母さんと約束したんです。絶対に陸上やめんとがんばるって。先生についていくって……。だから、いままで以上に本気で陸上しますので、私をほかの子に比べて特別扱いしないでください。気を遣わないでください。もう大丈夫ですから心配せんといてください」
そう、ニッコリ笑って話すのです。本当に強い子です。“偉い子やな”と思いました。それ以後、彼女は、陸上、勉強、家事と三つの仕事を両立させていきました。


自立型人間の育成、これが私の教育理念です。
自立型人間とは、自分の夢や目標を掲げ、そこに向かって自分でやるべき課題を設定し、課題を乗り越えていきながら、自らの夢を形にしていける人間のことです。


「目標設定用紙」は、試合ごとに、また自分の意思で、どんどん修正、書き換えをしていきます。だから、この変化を経て、再び(新入生のときに書いた通り)「日本一」を目指す子も現れるし、府大会優勝を「最高の目標」に置く子も出てくるのです。その目標に価値の差はありません。
自分の目標はオンリー・ワンの価値なのです。その子どもが自分で設定した目標は、陸上部の全員が尊重して、その達成に向けてバックアップしていきます。

先輩が新入生たちに「目標設定用紙」の書き方を教えることは、形式的な書き方だけではなく、そうした松虫中陸上部の価値観、文化も後輩たちに伝えていくことに繋がっているのです。伝承される価値観、文化が、松虫中陸上部の伝統をつくっていくのです。


私は、大会のときに、子どもたちの「投げる」「走る」「跳ぶ」といった部分はあまり見ていません。私が見ているのは、子どもたちの「心」なのです。

(中略)後輩の面倒も見ないで、自分のことしか考えずに練習している子ども。こうした態度は最低です。自分勝手で利己的な態度は、「心」がまだできていない証拠です。
強い選手、確実に日本一になれる選手ほど、嫌がることなく真剣に仲間をサポートします。決して利己的な態度、言動はとりません。

(中略)大きな大会では、出場しない部員たちは自主的に、仲間を優勝させるためのサポートの目標設定をして、何をすればいいかを考え、全力でそれをやり抜きます。
そういう精神を持っている子どもこそ、自立型人間と呼ぶにふさわしいと思います。
繰り返しますが、競技の実力がある強い子どもほど、掃除をよくする。強い子どもほどサポートをさせたらうまい。強い子どもは優しいし、強い子どもほど後輩の面倒見もいい。松虫中陸上部の特長です。


自立型人間の一つの特長は、謙虚であるということです。
陸上部で成長していった子どもを見ていると、これから先の人生も、この子たちなら立派にやっていくだろうなと本当に思います。一人一人が、それが大阪府大会入賞であれ、全国大会優勝であれ、それぞれオンリー・ワンの、自分だけの目標を見つけて、見事に自分の目標を形にしていったのですから。

私が実践してきた取り組みは「未来信仰」といえるかもしれません。子どもたちに「未来をいじる力」をつけさせたいと考えているのです。

目標設定用紙を書かせてきたのも、自分の力で「未来をいじる」ためです。練習を重ねて、そのうち日本一になれるといいな、ではダメなのです。まず、はじめに「日本一になる」と決める。そして、何をすべきかを考えていくのです。



時間は前にしか進みません。だからこそ、“未来をいじる力” が大切だと思いました。その力がないのははっきり言って不幸です。
仕事を通じてそれらを育んでいくことは当然大事でしょう。人間は死ぬまで何かしらの成長をしていくもんだと思っているので。でも、そのスタートラインがゼロでは困る。低くても困るんです。

社会の価値観はずいぶん変わりました。情報環境もメディアも劇的に変化しました。それに伴って文化的背景もずいぶん多様化・分散化しました。
組織マネジメントにおいてもボス型マネジメントからリード型マネジメントへと分岐し、トランスフォーメーション・リーダシップという新たな考え方もスポーツ界を中心に成果を上げています。(これは、既述の「厳しい父性」「優しい母性」「大人性」「元気のいい子ども性」「いい子性」の人間の自我5要素に紐づくと感じました。)
技術的イノベーション領域においても産学連携が進んでいます。

ところが、精神的領域における教育と社会との受け渡しリレーは、年を追うごとに劣化している気がするのです。

それは私が歳をとってしまったということなのでしょうか?

でも、人間の本質や価値基準なんて、そんなもので簡単に変わったりしないと思うんですよ。

そんな変化や進化の中においても、社会性というのは、「普遍の真理」ではなく「不変の真理」だと思うのです。時代によって変わるものではないと。

ちなみにこれ、博報堂の生活定点調査のグラフ。「信じるもの」を経年でトラッキングしたもの。
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人間がデータに弱いのもまた、不変の真理でしょうか?


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2017年10月15日

「急いでデジタルクリエイティブの本当の話をします。」を読んでみて

クリエイティブディレクター小霜和也さんの著書。
新たな気づきや改めて再認識したことなど、備忘録として著書の中から気になったエッセンスを書き残しておこうと思います。


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広告コピーは商品の優位性を、ターゲットにどう自分にとっての価値と気づかせるかというメソッドです。


広告クリエイティブとは、モノとヒトとの新しい関係を創る(Createする)メソッドです。
ところが往々にして、デジタルとなるとスコアをどう上げるかがクリエイティブの目的になってしまうのです。


大事なことは、「お話」でなく「商品」に対するモヤモヤをうまく残すことです。
感動的、あるいは笑える動画を観てもらっても、「あー面白かった、シェアしとこかな」と拡散された瞬間、商品のことが忘れ去られてしまうようではそれはCMとは言えません。商品はそれぞれ独自のシグナルを発しています。商品を買うということは、自分はこういう人であるという表明でもあるのです。
それが、動画をシェアすることで自分の表明をされてしまっては、もうその人は商品を買う理由がなくなってしまいます。バズ動画が商品を売らない理由はそこです。



記憶は脳の海馬から大脳皮質に定着することによってなされます。その時、必ず感情と何かを紐づけるということをするんですね。
エレベーターの中で酷くイヤな目に遭った人は、エレベーターをイヤなものと思うようになります。CMにハッピーなものが多いのは、それを商品に紐づけることで「ハッピーなもの」として記憶してもらうためです。
スゴいものとして記憶してもらうためにはスゴい表現、斬新なものとして記憶してもらうためには斬新な表現でないといけないのはそういう機序によります。


基本的にはWeb文化の中に企業や商品が入っていくのは難しいです。イスラエルのクリエイティブディレクターが自分の車を売るために個人で作ったという動画「# Buy My Vitara」は彼の愛車が原始時代を走ったりロケットになって月へ飛んだりといったものなんですけど、これがよくできています。何だか微笑ましくなります。



やはり、個人のぶっ飛んだ愛情がこの良さを生み出してるんだと思うのです。「スズキはこれを広告で使うべきだ」という声もあるようですが、同じことを企業がやっても「ふーん」で終わるでしょう。
ここを間違えてはいけません。繰り返すようですがWeb広告が嫌われないために重要なのは、その商品が的確なターゲティングによって「興味のある」ものであることと僕は考えています。


内容的に拡散するためのセオリーはあるようです。それは、「釣り針をたくさん用意する」ことです。
ドラマ『逃げ恥』のプロデューサーは、あのドラマをヒットさせるためにとにかく多くの人が引っかかる要素をてんこ盛りにしたそうです。「恋ダンス」が話題になりましたが、それだけではありません。主人公たちの妄想にはいろんな過去のヒット番組が出てきます。読む本にしても何にしても、シーンに登場する物はフィクションではなくリアルに存在するものが使われています。
そうすることで、「あ、あれあれ」と引っかかる人を少しでも増やそうとしたわけですね。バズ動画にも同じことが言えるようです。一人でも多くの人に拡散したいのなら、多くの人が興味を持つ要素をどれだけてんこ盛りにできるか、「てんや」のオールスター天丼みたいな動画を目指しましょう。


誤解している人が多いと思うのですが、最高のブランディングはその商品をターゲットの日常の中で実際に使ってもらうことです。(中略)だから「ブランディング」とは実際の「体験」にどれだけ近づけるか、ということなのです。前著でも書きましたが、自動車は高級輸入車であれ大衆車であれいかに試乗させるかが勝負なのはそういうことです。


マス広告は、これまで「見せる」ことしかできませんでした。今までは「見せる」という枠の中でどのような疑似体験をしてもらうか、を我々はブランディングと呼んでいたわけです。
しかし、デジタル広告時代は視聴者がただ見せられるだけでなく「関与する」ことができます。そのことによって体験感が大きく異なってくるのです。
ブランディングという視点においては、実はここが、旧来のマス広告とデジタル広告の最も大きな違いであると自分は認識しています。


ブランドとは:商品の気持ちいい記憶。CMとはその記憶作りのために疑似体験をさせるもの。


メディアの進化とは:「体験感」の進化であったと言える。VRによって、映像は「見るもの」から「体験するもの」へと進化した。


最高のブランディングとは:その商品を日常の中で実際に使ってもらうこと。ブランディングとは、実際の「体験」にどれだけ近づけられるか、と言い換えられる。


今回も勉強させていただきました。あざした!

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2017年09月30日

秋季高校野球、日立一高 関東大会出場ならず

負けた。というより、勝てなかった。
悔しすぎる。。

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準決勝の今日の試合、ほとんどタラレバが思い当たらない。
強いて言うなら、7回のライトへの大飛球を好捕したあとの中継プレーで、きっちり飛び出したランナーを刺せていれば・・くらいだろうか。(牽制で飛び出したランナーを普通に刺していれば・・というのもあったけど)

4併殺も、あれはあれでしゃーない。ことごとくいい当たりが正面だった。こういう流れの試合は得てしてこういう展開・結果になるというのも含め、終始こちらに風が吹いていなかった。

先発の綿引くんもよく投げました。ナイスピッチングです。失投を痛打された悔いは残りますが、3点は想定内。立派なピッチングでした。
守りもよかった。レフト箕輪くんのスライディングキャッチにライト島崎くんのフェンスに激突しながらのスーパーキャッチ。センター木川くんの広い守備範囲の安定感。鉄壁の外野でした。
また、サウスポー三塁手・清水くんの三塁線の痛烈なゴロをさばいたファインプレーも素晴らしかった。

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では、なぜ負けた?

一見すると2年前の夏よりもチカラの差は無い。確実にそう感じました。ツイてなかっただけ。。

ホントにそうか?

「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。」という言葉がある通り、本気で甲子園を目指すからこそ「公立なのに、よく健闘したよ」とかじゃなく、不思議のまま終わらせたくない。敢えて考えたい。(そもそも善戦するとかしないとかという次元ではなく、ガチで勝ちに行ったわけだから。勝たなければいけない相手でありレベルであったわけだから。)

冒頭でも触れたけど、あの展開で序盤で先制できなかった。これは負けるべくして負けるパターンを演じてしまったと言っていい。風が吹かなかったのではなく、風を吹かせられなかったのだ。
そう捉えよう。なぜなら、オレたちはもう一度夏に甲子園を狙うのだから。

では、なぜ風を吹かせられなかったのか。
捉えた打球がことごとく正面をついてしまったから。確かにそうだ。確かにそうなんだけど、チャンス(にできる機会)は霞ヶ浦高校より多かった。確率論で負けたわけだ。
「いい当たりだったのに…」は「よく健闘したよ…」と同義。理由にならない。

日立一高よりも限られたチャンスで小儀くんは打った。横田くんは打った。そこに綿引くんの失投が行ってしまった。
日立一高は打てなかった。そこで中田くんは失投しなかった。
ファクトはシンプルだ。僅かな差なんだろうけど、地力で負けたのだ。
「そのとき、自分をゾーンに入れられていたか?」安打数はほぼ変わらなくても、得点で差がついた。それが地力の差。
そう捉えよう。なぜなら、オレたちはもう一度夏に甲子園を狙うのだから。

だから、もっともっと地力をつけよう。そして風を吹かせるチカラを持とう。夏までに見違えるほど。
霞ヶ浦高校を倒さなければ始まらないけど、その先に常総学院、明秀日立というまた違ったレベルの倒さなければならない壁がある。
“野球エリートに普通の子たちがガチで挑む!” こんなワクワクする下剋上が他にあるかい?それが高校野球だ。それが筋書きのないドラマだ。それが逆転の日立一のDNAだ。
さあ、フィジカル、テクニカル、メンタルのすべてを鍛え直して、てっぺんにカチ込もう!

2年生にとっては次の夏がラストチャンスになるけれど、あと9ヶ月もある。これからの一日一日の意識と時間の使い方で命運が決するんだ。
そのサポートを施しツールを提供するのが自分の役目。自分のサポートスキルの進化がチームの進化に繋がると信じて、一緒に戦います。


さあ、夏に勝とう!!
そして、絶対に甲子園に行こう。


bko443116 at 23:12|PermalinkComments(4)日立一高 | 日記
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