実験記録 No.02

大阪市在住プログラマ 翻訳したり、本読んだり。

【日本語訳】荒廃したドイツの未来(Future of a ruined Germany)

荒廃したドイツの未来(Future of a ruined Germany, 1945)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
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ドイツの中心へと進んで行くに従って連合国の爆撃機によって作り上げられた廃墟がますますあらわにされていく。これらを目にしたほとんど全ての者にわきあがる感想が三つある。一つ目は……続きを読む

爆撃後のベルリン

1945年の2月から従軍記者としてフランスやドイツを訪れていたオーウェルはその経験を元にこの「荒廃したドイツの未来」や「復讐の味は苦い」といった記事を書いた。

第2次大戦を特徴づけるもののひとつに大規模な空襲がある。1937年のゲルニカ爆撃を皮切りに、重慶爆撃、ロンドン大空襲、ドレスデン爆撃、東京大空襲といった都市に対する無差別爆撃が盛んに行われた。

無差別爆撃の「非人道性」は当時から議論されていたが、オーウェルはそれは的を外した議論だと考えているようで皮肉を交えてこう書いている。

爆撃がとりわけ非人道的であるということはない。戦争そのものが非人道的であるし、産業と運輸を麻痺させるのに使われた爆撃機は比較的文明化された兵器だ。「通常の」あるいは「まっとうな」戦争とはまさに無生物と莫大な数の人命を灰燼に帰す行為なのだ。(ジョージ・オーウェル, "荒廃したドイツの未来"

それでも直接目にした都市に対する無差別爆撃の結果はオーウェルに強い衝撃を与えたようだ。

ドイツではいったいどれほどの家屋が足りていないのだろう? ポーランド、ソビエト連邦、あるいはイタリアでは? 数百におよぶヨーロッパの都市を再建する途方も無い仕事について考えれば、一九三九年当時の標準的な生活水準に戻るのにさえ長い期間が必要なことに気がつく。(ジョージ・オーウェル, "荒廃したドイツの未来"

オーウェルを驚かせたのは他の手段ではあり得ないほどの大規模な破壊とその経済的な影響だった。

どのような国であれ貧困化は世界に対して全体的に好ましくない作用を与えるということはあまり理解されていない。(ジョージ・オーウェル, "荒廃したドイツの未来"

戦争による貧困を予感させたこの体験が「一九八四年」の薄汚れたみすぼらしい世界観を作りあげるきっかけになったのではないかと感じさせられる。

【日本語訳】ファシズムとは何か(What is Fascism?)

ファシズムとは何か(What is Fascism?, 1944)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
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私たちの時代において答えが出ていない問題のうち、おそらくもっとも重要なものは「ファシズムとは何か?」というものだろう。最近アメリカでおこなわれた社会調査の一つではこの質問が百人のさまざまな人間にされたが、得られた答えは「純粋な民主主義」から「純粋な悪魔崇拝」まで幅広いものだった……続きを読む

ジョージ・オーウェルによる「What is Fascism?」の日本語訳。

ファシズムという言葉はイタリアのファシスト党に由来するが、オーウェルがこの評論を書いた1944年には既にこの組織を離れた一般的な非難の言葉として使われていたようだ。オーウェルはこの「ファシズム」という言葉が具体的に何を指しているのかについてこの評論で考察している。

私たちの時代において答えが出ていない問題のうち、おそらくもっとも重要なものは「ファシズムとは何か?」というものだろう。(ジョージ・オーウェル, "ファシズムとは何か"

オーウェルはこの言葉が使われる対象を列挙していく。

例えば活字媒体では保守主義者、社会主義者、共産主義者、トロツキスト、カトリック、戦争反対者、戦争支持者、ナショナリストに対してこの言葉が使われているという。さらに日常的会話では多くの政治組織、小店の店主、体罰、狐狩り、闘牛、キップリング、ガンジー、蒋介石、同性愛者、テレビ番組、ユースホステル、占星術、女性、犬、そして「その他の私のあずかり知らぬもろもろ」にこの言葉が使われているのだとオーウェルは書く。

報道をよく調べれば、過去十年の間にファシストと非難されたことがない人々は……それが政党でも、その他の組織でも……ほとんどいないことに気がつくだろう。(ジョージ・オーウェル, "ファシズムとは何か"
使われ方からして「ファシズム」という言葉がほとんど完全に意味のないものであることがわかるだろう。(ジョージ・オーウェル, "ファシズムとは何か"

しかしそれでもいくらかの意味がその言葉には込められているとオーウェルは書く。

彼らが「ファシズム」という言葉で表したいものはおおざっぱに言えば何か残酷なもの、不公正で尊大で蒙昧で、反自由主義、反労働者階級的なものなのだ。(ジョージ・オーウェル, "ファシズムとは何か"

端的に言えばそれは「bully(弱い者いじめをする者・いじめっ子)」という意味なのだ。

ほとんどのイギリスの人間は「ファシスト」の同義語が「弱い者いじめをする者」であると言われて納得するだろう。これこそがこの乱用されている言葉の意味の定義にもっとも近いものなのだ。(ジョージ・オーウェル, "ファシズムとは何か"

言葉から意味が薄れていって感情を表す叫び声になることへの警戒で評論が終えられているところは「ニュースピーク」を生み出したオーウェルらしい。

【日本語訳】科学とは何か(What is Science?)

科学とは何か(What is Science?, 1945)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
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先週のトリビューンにJ・スチュワート・クック氏からの興味深い投書が掲載されていた。彼が投書で提案していたのは一般大衆の構成員全員が可能な限り科学的な教育を受けることこそ「科学的階級」の危険を避ける方法であるということ、同時に科学者をその孤立した状況から引き離して政治と行政の……続きを読む

ジョージ・オーウェルによる「What is Science?」の日本語訳。

第2次大戦が終了してまもない1945年10月に書かれたこのエッセーでオーウェルは科学教育について書いている。原子爆弾に象徴されるように第2次大戦は科学力が戦争の趨勢を決めることが広く理解された戦争だった。

ナチス・ドイツに敗北したフランスの首相ペタンは戦後になって「私の軍事的精神は閉ざされてしまった。新しい道具、新しい機械、新しい方法が導入されたとき、私はそれに関心を持たなかったことを告白しなければならない」と語っている[1]。エッセーが書かれた時点で科学教育を推進しようという声が大きくなっていたことは容易に想像できる。

オーウェルも科学教育を否定しているわけではない。問題にしているのはその方法だ。

若者は科学的な教育を受けなければならないと私たちに語る人々が言いたいのはまず間違いなく若者はもっと放射線や天体、生理学や自身の肉体について教えられるべきであるということであって、もっと厳密に考えることを教えられるべきであるということではないのだ。(ジョージ・オーウェル, "科学とは何か"

科学教育がたんなる知識・事実の習得であって思考方法の習得でないのであれば益は少ない、さらに言えばそのために文学や歴史の教育を減らすのであればむしろ害が上回るのではないかというのがオーウェルの主張だ。

その例として上げられているのがナチス・ドイツ時代のドイツの科学者たちだ。

しばしば漫然と「科学に国境はない」と言われるが、実際のところどんな国でも科学を職業にする者は背後にいる彼らの政府から資金の援助を受けている。そして彼らが感じる良心の呵責は作家や芸術家が感じるものよりも少ない。ドイツの科学コミュニティーは総じてヒトラーに対して無抵抗だった。(ジョージ・オーウェル, "科学とは何か"

フォン・ブラウンとか耳が痛いのではないだろうか(フォン・ブラウンの良さはその節操の無さだ、ということは言えるかもしれないが)。

これらが意味するのは大衆のための科学教育はもしそれが物理や化学や生物学といったものを増やし、代わりに文学や歴史を減らすというやり方に行き着くのであれば益が少なく、恐らくは害が多いだろうということだ。そういったやり方が平均的な人間に及ばす影響があるとすればそれはその人間の思考の幅を狭め、自分が持っていない知識を以前にも増して馬鹿にするようになるというものだろう。(ジョージ・オーウェル, "科学とは何か"

「予算が〜」という問題を横に置けば、最近の「大学で社会・人文学を教えて何の役に立つのか」という意見に対するひとつの回答になっているようにも思える。

[1] Wikipedia - フィリップ・ペタン

FreeCAD用のプラグインを作った。

FreeCADのプラグインを作ったのでGitHubでレポジトリを公開した。

ExTools for FreeCAD レポジトリダウンロード

ライセンスはLGPL 2.1 / LGPL 3 で FreeCAD 0.15 のみ対応。ツールとしてはまだ2つしかない。

FunctionPolyline関数ポリラインツール

Python形式の数式に従ってスケッチ面上にポリラインを描くツール
FunctionPolyline-Implicit2

FunctionPolyline形状情報

選択したオブジェクトの体積・表面積・重心を表示するツール ShapeInformation-Solid

インストールは方法は以下のとおり。

  • Windows - install.jsをダブルクリック
  • Linux・Mac OS X - install.py をPython2.7で実行

こだわり出すといつまでたっても公開できなさそうなのでとりあえずリリース。GUI(とドキュメント)の日本語化はまたそのうち。

【日本語訳】本屋の思い出(Bookshop Memories)

本屋の思い出(Bookshop Memories, 1936)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
ライセンス:クリエイティブ・コモンズ 2.1 表示 - 非営利 - 継承

私がある古書店……もしそういったところで働いたことが無ければ、魅力的な老紳士が子牛革の装丁の二つ折り本をいつ果てるとも無く立ち読みしているある種の楽園を思い描けばいい……で働いていたとき、まず第一に私に強い印象を与えたのは本当に本が好きな人間はまれであるということだった……続きを読む

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ジョージ・オーウェルによる「Bookshop Memories」の日本語訳。

1934年の10月から1935年にかけてオーウェルはロンドンにある「ブックラバーズ・コーナー」という本屋でパートタイムで働いていた。

当時店を訪れた客(後に作家となったピーター・ヴァンシッタート)や同僚には背の高い無愛想な店員として記憶されている[1]

本屋で働くかたわら執筆していたのが「葉蘭をそよがせよ」で、このエッセーは「葉蘭をそよがせよ」の出版と同じ1936年に書かれている。


葉蘭をそよがせよ

本好きのオーウェルはそれなりに仕事を楽しんでいたようで、エッセーでは客の論評や読書傾向の分析をして見せているが、最終的にはその本好きが理由で書店員の仕事は長くは続かなかったようだ。

本の売り買いで生計をたてようと思わない本当の理由はそれをやっていると本に対する私の愛情が失われていくからなのだ。書店員は本について嘘をつかなければならない。そしてそれが本に対する嫌悪を生み出すのだ。さらに悪いのは絶えず本の埃を払い、あちらこちらへ本を運び回らなければならないということだ。(ジョージ・オーウェル, "本屋の思い出")

現在では、この本屋のあった建物にはオーウェルが働いていたことを示すプレートが掛けられている(Google ストリートビュー)。

[1] Wikipedia - Bookshop Memories