実験記録 No.02

大阪市在住プログラマ 翻訳したり、本読んだり。

【日本語訳】右であれ左であれ、わが祖国(My Country Right or Left)

右であれ左であれ、わが祖国(My Country Right or Left, 1940)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
ライセンス:クリエイティブ・コモンズ 2.1 表示 - 非営利 - 継承

一般に考えられているのに反して過去は現在と比べて様々な出来事に満ちているわけではない。もしその様に思うのであればそれは振り返って見たときには何年も隔たって起きた出来事が望遠鏡で見るように一緒になって見えるためであり、また心から新鮮に思える記憶をごくわずかしか持っていないからだ……続きを読む

ジョージ・オーウェルの「My Country Right or Left」の日本語訳。

このエッセーが書かれたのは1940年秋なので、1939年9月のナチス・ドイツのポーランド侵攻によって始まった第2次世界大戦から1年が経過した頃に書かれたものということになる。

オーウェルは労働党の支持者であることを公言し、イギリス帝国主義を憎む人物だったが、同時に自らを愛国的な人間であると考えていて、ナチス・ドイツに対する戦争には基本的に協力的だった(「愛国心と保守主義の間には何の関係もない("右であれ左であれ、わが祖国")」)。

このエッセーでは幼少からの記憶を引いて自身がどれほど戦争(第1次世界大戦)から縁遠く、それを軽蔑していたかをまず説明している(余談だが「一九八四年」に出てくる水底に沈んでいく母親と妹の場面の元ネタがタイタニック号沈没にあることがわかって面白い)。

行進でできる限りたるんだ態度を取ることや戦争に対する無関心は進歩の証だと考えられていた。帰還した若い将校たち……(中略)……彼らにできるのは戦争は「好ましいもの」であり、「人を屈強にし」、「人の有能さを保つ」のだ云々かんぬんと怒鳴ることだけだった。私たちはただ彼らを鼻先でせせら笑うだけだった。(ジョージ・オーウェル, "右であれ左であれ、わが祖国"

しかし成長して第1次大戦へ参加していた人間とも付き合うようになったことやスペイン内戦に義勇兵として参加したことが影響したのか、次第にそうした態度からは距離を置くようになっていったらしい。

そして第2次大戦が始まった時、オーウェルは自身がイギリスのために戦うだろうことを直観した。実際、軍へ志願したり(断られたが)、民兵組織であるホームガードに参加したこと、戦争中はBBCで宣伝放送を担当したことはよく知られている。

その夢は私に二つのことを教えてくれた。……(中略)……二つ目は私は心の底においては愛国的で、自国に対してサボタージュをしたり敵対するようなことはせず、この戦争を支援し、もし可能であれば自らも戦うであろうということだ。(ジョージ・オーウェル, "右であれ左であれ、わが祖国"

ウェルズ、ヒトラー、世界国家」や『書評 アドルフ・ヒトラー著「我が闘争」』にも見られるように、オーウェルは忠誠心や愛情といった一見不合理に思える感情こそが重要な役割を果たすという考えを持っていた。

その瞬間が来た時に革命からしり込みするのはまさにユニオンジャックを見ても決して心動かされない人々なのだ。(ジョージ・オーウェル, "右であれ左であれ、わが祖国"

「動物農場」や「一九八四年」の印象(特にその悲観的な内容)からリアリストと見られがちなオーウェルだが、実はかなりロマン主義的な部分の多い作家だということがわかるのではないだろうか。

【日本語訳】書評 アドルフ・ヒトラー著「我が闘争」(Review Of "Mein Kampf" by Adolf Hitler)

書評 アドルフ・ヒトラー著「我が闘争」(Review Of "Mein Kampf" by Adolf Hitler, 1940)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
ライセンス:クリエイティブ・コモンズ 2.1 表示 - 非営利 - 継承

ほんの一年前に出版されたハースト・アンド・ブラケット社による無修正版「我が闘争」がヒトラー支持の立場から編集されていることは事態がいかに急速に動いたかを示している。翻訳者による前書きと注釈にはこの本の残忍性を薄め、ヒトラーをできるだけ慈悲深い指導者に描こうという意図がはっきりと見て取れる……続きを読む

「我が闘争」のジョージ・オーウェルによる書評の日本語訳。(説明不要かもしれないが)「我が闘争」はナチス・ドイツの指導者アドルフ・ヒトラーが自らの生い立ちと思想を書いた自叙伝。


わが闘争(上)

この書評が掲載されたのは1940年3月のことだ。ドイツのポーランド侵攻が1939年9月なので第2次大戦の勃発から半年後に書かれたものということになる。

この書評でオーウェルはなぜヒトラーがこれほどの支持をドイツ国民から集めたのかを考察している。ヒトラーは「偏執狂的人物」であるとしながらも彼には不思議な人間的魅力があるとオーウェルは書く。安楽を拒絶し苦悩するいわば殉教者のような雰囲気を持っていると言うのだ。

彼独自の個人的魅力がなければヒトラーが無数のライバルに対抗して打ち勝つことはできなかっただろう。その魅力は「我が闘争」のぎこちない文章からさえも感じ取ることができる。彼の演説を耳にすれば圧倒されるであろうことは疑いない……(中略)……もしヒトラーに近づくことができれば私が彼を殺すだろうことは間違いないが、個人的な憎しみを彼に感じることはできないだろうと思うのだ。何か深く訴えかけるものが彼にあることは事実だ。(ジョージ・オーウェル, "書評 アドルフ・ヒトラー著「我が闘争」"

そしてこの「喜びなき精神」の持ち主はその精神ゆえに人々が欲するのは安楽だけではなく、闘争・自己犠牲・忠誠であるということを本能的に知っているのだ、とオーウェルは続ける。

ヒトラーは、人類が欲するのは安楽と安全、短い労働、衛生状態、避妊、一般化して言えば常識に適ったもの、それだけでないことを知っているのだ。少なくともときおりは闘争と自己犠牲、そして言うまでもなく太鼓と旗、忠誠を誇示するための行進を人類は求める。(ジョージ・オーウェル, "書評 アドルフ・ヒトラー著「我が闘争」"

(古典的な意味での)社会主義や資本主義では提供できていないもの、「進歩的・合理的」な考えが切り捨ててきたものをときに人間は求めるというのだ。

社会主義は、そして不承不承ながら資本主義でさえもが人々に対して「心地よい暮らしを提供する」と説く。ヒトラーは人々に「闘争と危機、そして死を提供する」と説き、その結果としてひとつの国全体が彼の足元にその身を投げ出しているのだ。(ジョージ・オーウェル, "書評 アドルフ・ヒトラー著「我が闘争」"

このあたりの議論はオーウェルの別の評論「ウェルズ、ヒトラー、世界国家」にも通じるものがある。

現代の映画やスポーツを見ても、本能的に人間が闘争や自己犠牲、忠誠を求めるというのは確かなことの様に思われる。動物的(あるいは文化的)な本能である以上、消し去ることは難しいだろうが、それに自覚的になること、抑制的にふるまうことは可能なのではないだろうか。


帰ってきたヒトラー

わが闘争 (まんがで読破)

【日本語訳】象を撃つ(Shooting an Elephant)

象を撃つ(Shooting an Elephant, 1936)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
ライセンス:クリエイティブ・コモンズ 2.1 表示 - 非営利 - 継承

ビルマ南部のモーラミャインでは私は大勢の人々に憎まれていた……そんなことが起きるほどたいそうな地位にいたのは私の人生でもその時だけだ。私はその町の警察分署の副署長で、そこには漠然とした反ヨーロッパ感情とでも言うべきものが非常に強く存在していた。暴動を起こすほどの気概がある者は……続きを読む

pexels-photo-205775-min

ジョージ・オーウェルの「Shooting an Elephant」の日本語訳。

オーウェルは19歳から5年間、当時イギリスの支配下にあったビルマ(現在のミャンマー)で警官として過ごした。この「象を撃つ」はビルマ時代を描いた作品の中でも代表的なもののひとつに数えられている。

当時、警官だったオーウェルは脱走して暴れた象を追い、最終的に「意に反して」その象を撃ち殺すことになる。

私はその象を撃ちたくなかった。草の束を膝に叩きつける象を私は見つめた。象は何かに没頭している老婦人を思わせる雰囲気を持っていた。象を撃つことは謀殺のように思われた。(ジョージ・オーウェル, "象を撃つ"

なぜ象を撃つことになったのか。支配-被支配の関係は時に反転し、支配者自身が「支配される」のだというのがオーウェルの考えだ。

物語の主役は一見したところ私だ。しかし実際のところ、私は背後に立つこの黄色い顔々の意思に背中を押されて惑う、とるにたらない人形に過ぎなかった。白人が暴君へと変わる時、破壊しているのは自らの自由なのだということをこの瞬間に私は理解した。(ジョージ・オーウェル, "象を撃つ"
岐路に立たされれば決まって「先住民」の期待することをおこなうのだ。仮面をつければその顔は仮面に合うように変わっていく。私は象を撃たなければならなかった。(ジョージ・オーウェル, "象を撃つ"

権力を振るう人間は同時ににその権力に縛られている。

実はこの作品が実話なのかどうかには議論がある。当時の同僚の証言(「象を撃った処分としてオーウェルはミャンマー北西部のカタへ転属された」)がある一方、1926年に起きた類似の事件を題材にしたフィクションではないかという主張もある。

そういう意味では自分が嫌う植民地政府の警官だったオーウェルが自身の道義心を「撃ち殺される象」という形で描写したのだという読み方もできるかもしれない。

FreeCAD 構造解析チュートリアル

オープンソースの汎用3D-CADであるFreeCADのFEMワークベンチを使用した構造解析例。

FreeCADの機能別の使い方については「FreeCAD使い方メモ」、モデル作成例については「FreeCAD - 初心者向けチュートリアル」を参照。

応力の計算

応力の計算 - ステップ1
応力の計算 - ステップ2
応力の計算 - ステップ3

固有振動の計算

固有振動の計算 - ステップ1
固有振動の計算 - ステップ2
固有振動の計算 - ステップ3

有限要素法ソルバー CalculiX のドキュメントを翻訳

CalculiXのドキュメントを翻訳したので、WIndowsでのインストールと簡単な片持ち梁の解析と合わせてまとめページを作成しました。内容は随時追加予定。

Calculix
CalculiX使い方メモ

CalculiXはオープンソース(GPL)の有限要素解析ソフトウェアで、応力解析、座屈解析、固有値解析など主に構造解析を中心にした解析ができます。FreeCADに搭載されているソルバーでもあります。

構造解析の学習をしながらの翻訳なので、訳し間違いなどあるかと思いますが指摘があれば直します。