実験記録 No.02

大阪市在住プログラマ 翻訳したり、本読んだり。

ディストピア小説のまとめ

自分用の備忘録として未読・既読を問わずにまとめ。発表年順。

献灯使

多和田葉子、2014年

献灯使

放射能汚染、少子高齢化

ザ・サークル

デイヴ・エガーズ、2013年

ザ・サークル

グローバル企業、プライバシー

ハーモニー

伊藤計劃、2008年

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

監視社会、生命倫理

私を離さないで

カズオ・イシグロ、2005年

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

生命倫理、主体性

侍女の物語

マーガレット・アトウッド、1985年

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

キリスト教原理主義による革命後のアメリカ、環境汚染によって子供が生まれにくくなっているこの世界では権力者の夫婦は子供を産む器としての「侍女」を持つことができる。そこで「侍女」として暮らす主人公の生活を描く作品。明言はされていないが1979年のイラン革命の風刺を意識していることが見て取れる。

肩をすくめるアトラス

アイン・ランド、1957年

肩をすくめるアトラス

資本規制、大きな政府

華氏451度

レイ・ブラッドベリ、1953年

華氏451度〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)

メディア、焚書、知識の継承

プレイヤー・ピアノ

カート・ヴォネガット、1952年

プレイヤー・ピアノ (ハヤカワ文庫SF)

機械化、社会分断、格差社会

一九八四年

ジョージ・オーウェル、1949年

一九八四年 [新訳版] (ハヤカワepi文庫)

監視社会、歴史の改竄、全体主義

すばらしい新世界

オルダス・ハクスリー、1932年

すばらしい新世界 (講談社文庫)

科学万能主義、快楽主義

われら

エヴゲーニイ・ザミャーチン、1927年

われら (岩波文庫)

監視社会、全体主義

鉄の踵

ジャック・ロンドン、1908年

鉄の踵

社会分断、労働問題

今より三百年後の社会

H・G・ウェルズ、1910年

The Sleeper Awakes (英語)

社会分断。1899年版は「When the Sleeper Wakes」、1910年版「The Sleeper Awakes」が原題。

二十世紀のパリ

ジュール・ヴェルヌ、1863年

二十世紀のパリ

科学万能主義。長く原稿が失われていたが1991年に発見された。

【日本語訳】ブレイの牧師のための弁明(A Good Word for the Vicar of Bray)

ブレイの牧師のための弁明(A Good Word for the Vicar of Bray, 1946)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
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何年か前、友人の一人に、その教区をかつて受け持っていたブレイの牧師で有名なバークシャーの小さな教会に連れていかれたことがある……続きを読む

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オーウェルによる「A Good Word for the Vicar of Bray」の日本語訳。

「ブレイの牧師」は宗教改革期のイギリスで政治状況が変わるたびに宗旨替えを繰り返し、その行動が民謡になって伝わって現在では日和見主義者の代名詞になっている人物だ。

その牧師の教区の教会を訪れた思い出からオーウェルは話を始める。その時にオーウェルに強い感銘を与えたのは牧師が植えたと言われるイチイの木だった。悪名高い歴史上の人物が、人々の憩いの場になる木を植えていたというギャップがオーウェルの心を捕らえたらしい。

木を植えること、とりわけ寿命の長い広葉樹を植えることはほとんど費用や面倒をかけずにできる後世の人々への贈り物であり、もしその木が根付けば良かれ悪しかれあなたの他のどんな行いよりもずっと後までその目に見える影響は残る。(ジョージ・オーウェル, "ブレイの牧師のための弁明"

さらにオーウェル自身もかつて自分の地所に木を植えたことがあり、10年後に見てそれが「割のいい投資だった」と振り返っている。そして第2次大戦で荒廃した土地に木を植えることを読者に勧めているのだ。

日常生活では反社会的な活動に勤しんでそれを日記に書き留めていればいい。そして適した季節が来たら大地にどんぐりをひとつ埋めるのだ。(ジョージ・オーウェル, "ブレイの牧師のための弁明"

木を植える話と言えば「木を植えた男」が有名だが、これも第2次大戦が終了してすぐの頃に書かれた作品だ。

19世紀までの文学では「自然との闘争(=開拓)」が大きなテーマだったという分析があるが、ある意味で機械化が大きく進んだ第2次大戦というのはそれが転換したきっかけのひとつなのかもしれない。

EPS形式からPNG形式への画像変換方法

ベクター形式であるEPS形式やPS形式の画像ファイルをPNG形式に変換する方法のメモ。

数枚の場合はGimpInkscapeを使ってGUIでファイルをインポート・エクスポートすればできそうだが、大量(数十枚〜)にある場合はコマンドラインでバッチ処理したくなる。

その場合はImageMagickを使用するとコマンドラインで変換処理をおこなえる。ImageMagickをインストールすると「convertコマンド」が使用できるようになるので以下の形式でEPS/PS形式からPNG形式にファイルを変換する。

>convert -density (平方インチあたりの解像度) (EPS/PS画像ファイル) (PNG画像ファイル)

例えばEPSファイル MyImage.eps を平方インチあたりの解像度 300×300 でPNGファイル MyImage.png に変換する場合は以下の様にする。

>convert -density 300x300 MyImage.eps MyImage.png

あと適当なスクリプトからこのコマンドを実行するだけ。

ImageMagickはWindows、Linux、Mac、iOSに対応しているので汎用的に使えるはず。

参照:

【日本語訳】ラッフルズとミス・ブランディッシ(Raffles and Miss Blandish)

ラッフルズとミス・ブランディッシ(Raffles and Miss Blandish, 1944)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
ライセンス:クリエイティブ・コモンズ 2.1 表示 - 非営利 - 継承

半世紀近く前に初めて登場して以来、「アマチュア泥棒」ラッフルズはイギリスのフィクションの中でも最もよく知られたキャラクターであり続けている……続きを読む

オーウェルによる評論「Raffles and Miss Blandish」の日本語訳。

この評論でオーウェルは2つの犯罪小説を比較し、そこから見える世相を論じている。1冊目は1900年頃に出版された「紳士泥棒ラッフルズ」シリーズ、2冊目は1939年に出版された「ミス・ブランディッシの蘭」だ。

ラッフルズは「アルセーヌ・ルパン」シリーズや「シャーロック・ホームズ」シリーズと同時代の作品で、その雰囲気も近いものがあったようだ。主人公は社交界の人間で、泥棒ではあるが暴力や性的な罪は犯さず、愛国的な人物として描かれている。

一方の「ミス・ブランディッシの蘭」はいわゆるハードボイルド小説の走りで、凄惨な暴力描写や性描写によって出版当時は激しい賛否を呼んだらしい。

オーウェルは「ミス・ブランディッシの蘭」の文章を「珠玉の美文」とほめつつもその内容に対しては否定的で、2つの作品を比較しながら、戦争の影響、リアリズム(オーウェルはこの言葉を否定的に使うことが多い)、アメリカ的価値観の高まりについて論じている。

【日本語訳】アーサー・ケストラー(Arthur Koestler)

アーサー・ケストラー(Arthur Koestler, 1945)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
ライセンス:クリエイティブ・コモンズ 2.1 表示 - 非営利 - 継承

今世紀における英文学で目を引くひとつの事実は、それがどれほど外国人……例えばコンラッド、ヘンリー・ジェイムズ、ショー、ジョイス、イェイツ、パウンド、そしてエリオットといった人々……によって占められているかということだ……続きを読む

まぎらわしいがジョージ・オーウェルによって書かれた「アーサー・ケストラー」というタイトルの評論。アーサー・ケストラーは1905年生まれの小説家、哲学者。オーウェルは1903年生まれなので二人はほぼ同世代だと言っていいだろう。

この評論では当時ケストラーが発表していた「スペインの遺書」、「剣闘士たち」、「真昼の暗黒」、「地上の屑」、「到着と出発」の5作品を取り上げて、ケストラーがいかにして社会主義革命に幻滅し、決別したかを分析している。

革命は常に堕落する……これこそが主題なのだ。なぜ革命は堕落するのかという疑問について彼は口ごもる。(ジョージ・オーウェル, "アーサー・ケストラー"

中でも特に「真昼の暗黒」はオーウェルに大きな影響を与えたようで、オーウェルの「一九八四年」の第3部での尋問場面は明らかに「真昼の暗黒」を踏まえたものになっている。

さらにこの評論では「大衆への教育なしには社会の進歩はない。社会の進歩なしには大衆への教育はない」というケストラーの言葉が引かれているが、後にオーウェルが書いた「一九八四年」では次のような言葉が主人公によって語られた。

彼らが反抗するにはまず目覚めなければならない。そして目覚めるためにはまず反抗しなければならないのだ。(ジョージ・オーウェル, "一九八四年"

ほぼ同世代であり自分と同じようにスペイン内戦を経験し全体主義への懸念を持っていたケストラーへの親近感のようなものが評論からは感じられる。

ケストラーと言えば共産主義と決別して以降にも「機械の中の幽霊」や「第十三支族」といった著名な作品がある。オーウェルの死後に発表されたこれらを読んだらオーウェルはどのような反応を示しただろうかと想像させられた。