ブレイの牧師のための弁明(A Good Word for the Vicar of Bray, 1946)
ジョージ・オーウェル 著
H.Tsubota 訳
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何年か前、友人の一人に、その教区をかつて受け持っていたブレイの牧師で有名なバークシャーの小さな教会に連れていかれたことがある……続きを読む

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オーウェルによる「A Good Word for the Vicar of Bray」の日本語訳。

「ブレイの牧師」は宗教改革期のイギリスで政治状況が変わるたびに宗旨替えを繰り返し、その行動が民謡になって伝わって現在では日和見主義者の代名詞になっている人物だ。

その牧師の教区の教会を訪れた思い出からオーウェルは話を始める。その時にオーウェルに強い感銘を与えたのは牧師が植えたと言われるイチイの木だった。悪名高い歴史上の人物が、人々の憩いの場になる木を植えていたというギャップがオーウェルの心を捕らえたらしい。

木を植えること、とりわけ寿命の長い広葉樹を植えることはほとんど費用や面倒をかけずにできる後世の人々への贈り物であり、もしその木が根付けば良かれ悪しかれあなたの他のどんな行いよりもずっと後までその目に見える影響は残る。(ジョージ・オーウェル, "ブレイの牧師のための弁明"

さらにオーウェル自身もかつて自分の地所に木を植えたことがあり、10年後に見てそれが「割のいい投資だった」と振り返っている。そして第2次大戦で荒廃した土地に木を植えることを読者に勧めているのだ。

日常生活では反社会的な活動に勤しんでそれを日記に書き留めていればいい。そして適した季節が来たら大地にどんぐりをひとつ埋めるのだ。(ジョージ・オーウェル, "ブレイの牧師のための弁明"

木を植える話と言えば「木を植えた男」が有名だが、これも第2次大戦が終了してすぐの頃に書かれた作品だ。

19世紀までの文学では「自然との闘争(=開拓)」が大きなテーマだったという分析があるが、ある意味で機械化が大きく進んだ第2次大戦というのはそれが転換したきっかけのひとつなのかもしれない。