2006年01月15日

石馬の話

『週刊文春』に滋賀県にある石馬寺の記事が載っていた。なんでも、聖徳太子が馬をつないでいて、戻ると馬が石になっていたという伝説があるとか。なるほど、それで石馬寺か。心惹かれる伝説である。それにしても、なぜ馬は石になってしまったんだろう?

三国志でも石馬にまつわる伝説がある。五丈原で諸葛孔明が没すると、文官の楊儀は日ごろ仲の悪かった武将・魏延を、謀反の罪を着せて殺してしまった(三国志演義では孔明の死後、魏延が謀反を起こしたことになっているが、正史では全くの冤罪である)。魏延の愛馬は、主人を探して川に尋ねるが、川はすすりなくばかり。またしばらく行くと墓があって、二人の兵士が立っている。馬が兵士に尋ねると、ここは冤罪で死んだ魏延の墓で、二人は彼の従卒だったという。今もこうして墓を守っているのだと。馬は一緒に墓を守るため雨風のなかを立ち守り続け、いつしか馬と従卒は石になってしまった・・・。あとになって蜀の高官が魏延の墓前に石の人馬があることを不審に思い、調べてみると魏延が冤罪であったことがわかった。彼は冤罪を着せた楊儀を罷免し、楊儀は庶民に落とされて自害してしまった・・・という話である。つまり石になった馬と従卒は、結果として見事仇を討ったのである。その石の人馬は今も漢中にあるそうだ。

となりの国の石馬伝説。わが国の石馬伝説。後者はなぜ石になってしまったのか?石になるくらい長い間聖徳太子は何をしていたのか?それとも物の怪の類に石にされてしまったのか?それとも石馬は何かの例えなのか?謎が妄想を逞しくしてくれる。兎も角、一度石馬寺に足を運んでみたいものだ。


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2006年01月12日

『銀色の髪のアギト』と私

簡潔。キャラクター主体の作品は最近多い気がする。

2006年01月08日

カレーうどんと私

私にとってカレーうどんは、なんとも正体のつかめない、不可解な存在である。カレーなのにうどんが入っている。カレーなのにやけにさらさらしている。カレールーが汁であるせいで、うどんが箸から滑り落ちると、飛び散って大変あぶない・・・数々の理由から、定食屋での私の選択肢からは長年はずれてきた(けして味は悪いとは思わないのだけれど)。

1月2日夕刻、金神社への初詣を済ませてから、岐阜駅内のあるうどん屋に行った。今年こそは良い年に、何事にも勝つように・・・と願をかけるつもりでカツ丼を食べようと思ったのだ。いざ腕まくりしてメニューをのぞくと、うどん屋にはお神酒徳利のようにある丼ぶり物の数々・・・親子丼、天丼、ふかひれ丼等等が我こそは、と訴えかけるように掲載されていた。

しかし、である。肝心要、お目当てのカツ丼が載っていない。どこを探してもないのだ。最後のページにあったカロリー表示には、かろうじて「ミニカツ丼、エネルギー656キロカロリー」と記載されてはいたのだが、メニューとしては載っていないのだ(ちなみに、いなり寿司は325キロカロリーであり、小さいながらもミニカツ丼が素晴らしくエネルギーを秘めた料理であることは一目瞭然である。通常のカツ丼のそれは推して測るべし)。

どうしようか迷っていると、女性店員が近寄ってきた。これがまた目を惹く美女である。目がぱっちりとしていて、世のすべてを吸い込んでしまうかと思われるほど。色白ですらっとして清潔である。おわっ、まだ決めていない・・・ミニカツ丼ありますか?・・・その一言が言えず、私はとっさに目に映ったものを口走った。
「カレーうどんください。」

年始からついていない。美女に驚くあまり、よりによってカレーうどんかよ。ああでもさっきの店員さんかわいかったなぁ・・・どうにかしてお近づきになれないものかしらん。「仕事何時まで」「ここは長いんですか?」「目が大きいね」・・・ああ駄目だ。私は何を考えているんだ。不埒、不潔、色情魔・・・ああでもなんでカレーうどんを頼んでしまったのだろう。

人というのは、思っていることと逆のことをしてしまうことが、間々あるものだ。しかし、やはりというか、出来上がったカレーうどんを前に、私は苦戦することになる。やたらサラサラしたルー(残るに決まっている)。うどんが落ちて飛び跳ねるルー・・・服に飛び散ることに恐怖しつつ、びくつきながら一人カレーうどんを食べる私。・・・まぁこんな日もあるさ。明けない夜はなく、やまない雨はない。来ない春もない。今年はきっといい年さ。そう自分に言い聞かせながら、岐阜駅を出る私を出迎えたのは、冬将軍の鼻息だった。


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2005年09月19日

ザ・ローンウルフ・アンド・カブ

子連れ狼(小池書院刊行。小池一夫&小島剛夕の黄金コンビ)に夢中である。

柳生一族の陰謀により、一族を皆殺しにされ、公儀介錯人の座まで奪われた
拝一刀は、一子・大五郎とともに、刺客稼業に身をそめて諸国を放浪し、二河白道
の悲願・打倒柳生を胸に、今日も冥府魔道を歩む・・・

ところで、大五郎が乗っている、あの乳母車(手押し車?)は仕掛けがいっぱい
である。列挙してみることにする(7巻までの時点で)。

・取っ手の部分は長槍に早変わり。囲まれたらこれを振り回す。
・車をひっくり返すと、鉄砲玉も通さぬ頑丈な盾に早変わり。鉄板か?
・車輪はそりに早変わり。雪山も安心。
・一度に10発以上発射する扇形の火縄銃搭載。暗殺したる鉄砲鍛冶より強奪(?)
・雨の日はホロのようなものが出せる。雨露をしのぐ大五郎。

ちなみに車輪がかなりの強度を誇り、斜面を駆け下っても壊れなかった。
大五郎を連れているメリットは、この車を使っても怪しまれないからか。
かなりの策士でもある拝一刀。必殺技は水鴎流・水切りの太刀(裏柳生の総帥
である柳生列堂によると、水辺での戦いでは最強らしい)。あと、投げ太刀
というのをよく使う。これは文字通り、太刀(斬馬刀・胴太貫という業物)を
投げて刺し殺すというちょっと卑怯な技である。刺された相手も「水鴎流が
投げ太刀だと・・・」「馬鹿な・・・初太刀を投げるとは・・・」などと、
意表を突かれたらしく、かなり悔しそう。だが一刀は、もはや侍ではなく
冥府魔道に生きる刺客だから・・・などと、恥じる様子もない。
恐るべし冥府魔道。しばらくはその面白さに釘付けの様相である。
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後継

現在、薩摩の実家の家事は、ほぼ全て祖母が取り仕切っている。
掃除、洗濯、朝昼晩の料理の支度、生活費の諸支払い・・・
加えて寺院の世話役でもあるので、かなり多忙だ。
母が倒れて以来、愚痴ひとつ言わず、家事をこなしている。
当たり前に思えることかもしれないが、78歳という年齢を考えると、
かなりハードなはずだ。

そんな祖母が先日、毎日の薬を飲むのを忘れた。そして母にこう言ったそうだ。

「ほがなかもんじゃ(鹿児島弁:情けない、頼りない、いい加減、という意)。
○○さん(母の名)、5年後は頼むよ。」

たぶん、自分の限界というか、まともに働けるのはそれくらいまでだろう、
と感じているのかもしれない。事実上の先行「引退宣言」だ。
年齢的なネックから、死も意識していると思う。周囲も、祖母が永遠に
生きるなんて考えてはいない。

しかし、である。

自分に見切りをつける、というのは、たとえ将来的なことであっても
すごく辛いことではないか。

人というのは、できれば自分の限界や死が迫っていることを認めたくないもの
なのではないか。

僕は「メメント・モリ(死を忘れるな)」という言葉を思い出した。
先人達にはこれが根強く生きていた。死を意識して生きるということは、
つまりは自分の死後のこと(天国や地獄ではなく、自分が去ったあとのこの世)
も考えて生きるということ。後に続くものたちのことを考えて生きる
ということに他ならないのではないか。

別段記憶にとどめるようなミスでもないことから、ポツリと、平然と、何気なく
出た祖母の言葉。

メメント・モリを心に刻んでいたからこそ出てきたであろう、その言葉に
僕はこの人の強さと優しさを感じた。

でも、やっぱり、僕はなんだか悲しかった。

そう遠くない未来を思うと。





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2005年09月11日

店舗運営マネジメント

職務柄、スタッフのさまざまな意見を聞くことになる。内容は次のように大別できる。

A)実行すべき意見(優先順位が高い)
B)実行すればそれなりの成果が望める意見(まぁまぁ優先順位高)
C)不満・愚痴(実行しなくてもよい)

A,Bを即決、採用、実行できるのが優れたリーダー。駄目なリーダーは、

1.結論を出さない(→何らかの結論を出さないと、「あの人は、私が何を言っても、何もしてくれない。」という風にスタッフの信望を失うことになる。これでは店はまわらない。)
2.結論の理由を説明しない(意見を肯定するにしても否定するにしても説明し、納得させることが重要。なぜ実行するのか、なぜ実行しないのか、説明しないと、1.の同様の結果を招く。)

1.2.のような行動をとってしまう。簡単なようで、いちいち 意見聴取→結論→結論理由説明→実行 の一連の流れを継続するのは難しい。でもこれができないと、リーダーであり続けることなどできない。しかも、C)のような優先順位がかなり低いもの、実行するに値しないものにも、意見聴取〜の流れを実践しないと、信望低下を招く場合があるのでなおさら難しい。

それに、もっと言うと、リーダーに各意見に優先順位を付けられるだけの判断力が備わっていないと話にならない。とくにC)の場合、相手は脚色したり過度な主観で意見を言っている場合がある。そのような優先順位が低いものにいちいち反応したり、いいところを見せようとして行動していると、おかしなことになる。その行動はなんのためなんか。

僕は、「店(会社)の利益になること」じゃないと動かないことにしている。だって店長の一番の仕事はこれだもの。店の利益とは、単純に売り上げも含まれるけど、それだけじゃあない。長期的にお客様に新しい価値を与えたり啓蒙したりすることが利益でもあるし、店をいつもきれいな状態にしたり、お客様にとって心地よい空間でありつづけるようメンテナンスしていくことも利益。作業効率を高めたり、店やスタッフの危機管理・安全確保することだって立派な利益なのだ。

良い判断を下すため、ぶれない判断基準をもつことは、絶対必要だと思う。たぶんこれはいろいろなことに関して言えることだと思うけど。

2005年09月04日

肥後への道(女)

悪友川相は元気だった。安心した。そして久々に呑んだ。

肥後のまちを歩いていて思ったのだが、美人が多い。

美女ばっか。

肥後國には美人しかいないのだと思う。

私が本籍を置く薩摩は「日本三大不美人」(悪友川相いわく、なので文句は彼に)の地らしく、たしかに不美人は多い気がする。隣国であるはずの肥後はなぜ!?この違いは何なのだろうか。薩摩隼人やおごじょはサツマイモばかり食べているからか?同じ南九州、かつて大和政権に共に叛旗を翻し、激しく抵抗した隼人族の末裔であるはずの薩摩と肥後なのに・・・なのに。不等だ。

おそらく尾張の田舎出身の加藤清正のころまでは、薩摩肥後の美女比率はそんなに変わらなかっただろう(1ヘクタールあたり、0.3人くらい)。おそらく分岐点は加藤家お取り潰しのあとに肥後入りした細川忠興、だと思う。元々足利将軍家に仕え、有職故実に精通した細川家は武家の名門。しかも武家とは言っても京の都の暮らしが長い。京と比べ、この美女の少なさ、田舎くささはなんぞや!?と思い、美女復興事業を推進したに違いない(集団整形か、集団ヨガか、集団エステか、顔面キュウリか、藩がどんな具体策を取ったかは不明)。あ、馬を食べていることにも関係しているかもしれない。馬ですよ馬!あの気品のある馬をば食べているんですよ。薩摩は牛、豚、ブロイラー。食生活でもその差は歴然としている。たぶんこうして(どうして?)、肥後の美女比率は1ヘクタールあたり35.7人に上昇し、薩摩のそれは0.25に微下降した・・・。

そんな妄想を抱きつつ、呑む。

居酒屋→BAR→ときて、「女遊びがしたい!」「一穴主義よさらば!」「男子に参性権を!」「全方位外交万歳!」と心で叫びながら、『夜の街案内所』へ。

三畳くらいのオープンな部屋に、10年くらい前にホストをしていたであろうお兄さんが、一人ぽつんとノートパソコンの前で番をしている。部屋の壁には一面、夜の街の情報が。ラウンジ、キャ●クラ、イアンソ●プ・・・よりどりみどり五月みどり、である。私は、一点の曇りもない表情、少しのよどみもない心で、泡風呂を指差す。が、ライトサイドな川相に慌てて制止される。結局ラウンジにして、お兄さんに案内してもらう(このお兄さんはすごく親切で、私たちに相応のラウンジを紹介してくれた上、夜の街の危険情報・・・この界隈はボッタクリが多い、チラシで3000円と書いてあるところはほぼボッタだ、などと訊ねもしない情報を教えてくれた)。

いざ鎌倉、基い、肥後!お目当てのラウンジに強行突入!ピンク色のあたたかい照明が、傷ついたボクラの心を癒してくれる・・・男性店員にご指名かどうか訊かれ、初陣でモジモジしている私を尻目に、川相「フリーで」・・・慣れてやがる。さすが百戦錬磨。伊達にあの世は見てないし、伊達に5年ゴールデングラブ受賞ではない。

L字型の席につくと、女子衆登場。一人一殺を目的にか、マンツーマンで女の子がつく。これまた美女!ブランデーを呑みながら、他愛もない話をする(酔っているから話はどうでもいい)。大事なことは「女の子にお酌をさせて、お話をしている」という現実だ。男性の権勢欲、自己顕示欲を満たしてくれる場であり、素直に楽しくお酒を呑める場なのだ。昔で言えば幕末の維新志士がそうだったように、芸者遊びか遊郭遊びか。

現代の志士、川相とシマツィローの戦いはこれからなのだ(ジャンプ並の強制終了)。
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2005年09月01日

肥後への道(博多)


先日は、悪友川相を見舞うため肥後國へ。

早朝6時すぎに自宅を出、名古屋まで名鉄。そこから新幹線「のぞみ」に乗って終着駅・博多まで約3時間半。江國香織『神様のボート』(ちょっと僕が読むと恥ずかしい感じ)やスポーツ誌(たしか一面は中日井端の満塁弾だったか)などを読んだり、眠ったり、外の景色を眺めたり、空想したり、菓子パンを食べたり、妄想したり、お茶を飲んだり、夢想したり、カフェ・オ・レを飲んだりして「のぞみ」胎内で過ごす。こういう、好き勝手に、やや自堕落に、ボーっと目的地到達までの時間を過ごせる電車の旅は、やはり快適だと思う。ただテレビの画面を見続ける自堕落とは質が違うと思う。

博多駅に到着し、隣接の高速バス発着所へ。そこにあった足裏マッサージに誘惑され、30分待ちに「可」の選択。強行行軍に備えオロナミンCを飲んだり、立ち食いうどん屋できつねうどんを食したりして時間を潰す。まさに潰す、30分ただ足裏のために。時間になり早速マッサージしてもらう。まずぬるま湯に足を浸し、それからスタッフの方がクリームを足裏からふくらはぎのあたりまで、丹念に塗りこむ。そして足裏を押さえて指圧の強さを確認し、マッサージ開始。指、指間、土踏まず、かかと、アキレス腱、ふくらはぎまでリズムよく指圧。気持良い。睡魔との格闘。15分1800円は妥当だろう。最後に痛かったところがないか質問され、体のどの部分が弱っているか教えてもらえる。僕は土踏まずが少々痛く、結果「すい臓が弱っている」。夏場だから仕方ないか。できるだけ暖かいものを食すように、との助言までいただいたが、肥後入りした後、僕はこれを無視し、ひどい目にあうことになる。
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2005年08月27日

カレが結婚してくれないのはなぜですか?

真田
「伊集院さんの得意分野が来ましたね。」

伊集院
「うるさいよ。ただ、お付き合いするのと結婚するのはやっぱ違うよね。男っていうのは優柔不断なのが多いからね。決断できないのよ。悩んでもしょうがないことを散々悩んで、そして決断できない。」

真田
「原因はカレの決断力不足、という分析なわけですね。じゃあカレはいったい何に悩んでいるの?」

伊集院
「男はバカだけど、クールな部分も少しはあるからね。今のまんまじゃ二人で食っていけないとか、ほかにどうしてもやりたい事があって彼女を巻き込めないとか。カノジョの性格に疑問を感じているとか・・・これはもう別れたほうがいいね。あと、他にもっといいオンナがオレを待っているんじゃないか、とか。この発想は「バカ」の部分が司ってますが。悩みは尽きねぇんだなぁ、とみつをセンセイも仰ってますから、これくらい悩むのは当たり前でしょ。」

真田
「カレシ優柔不断説ですね。私はカレの、というよりは社会的な問題かもしれないけれど、『責任をとりたくない』という逃げの姿勢に問題があると思います。結婚しないのは、結婚したくないわけです、なぜなら結婚した途端、相手に対する責任が発生しますからね。生活、将来、子作り&子育て、健康、メンタルケア・・・これらの事柄に責任が発生します。自然にクリアできるのが良い夫婦。相思相愛とは、これらの責任を全うすることを含めてだと信じています。」

伊集院
「信じています、なんてそれこそ堅苦しいねぇ。堅苦しいのはいやだよ。気楽さが一番。お互いが気楽にいられるのが一番だって。これができて、責任を全うすればいいんだってば。」

真田
「気楽かつ責任を全うする・・・なかなか難しそうですね。しかも愛がなくちゃいけないわけですよね。あ、そもそもこれがなくちゃ始まらない!すっかり忘れていました。」

伊集院
「わかった!このカレシには愛がないんだよ。ラブイズオーバー!終わっちゃった!ご愁傷様!」

真田
「・・・なんか普通の結論ですね。」


2005年08月25日

睡眠前に音楽を聴きますか?

伊集院「聴きます。」

真田「聴きません。寝しなに音楽なんか聞いて寝付けるんですか?私は静謐な空間で眠りたいので、それはしないです。」

伊集院「そうですか。僕は欲張りなんでね。一度に二つのことをしたいんですよ。ナガラ族というあれです。音楽を聴きながら眠る・・・なんて贅沢なんだ!」

真田「なんだか安い贅沢な気が・・・。睡眠前の精神状態は快眠の可否に影響を与えるらしいですよ。精神が落ち着いた状態であれば快眠でき、ざわついた状態ならできない。リラックスすることが快眠への第一歩なわけです。」

伊集院「リラックスが大事なんだ。たしかに僕が寝しなに聴いているものは、静かで落ち着いた音楽ばかりだね。知らず知らずのうちに快眠のための選択肢を選んでいたわけだ。あなたとは方法が真逆だけど。」

真田「そうですね、本当に真逆。ちなみにどんな音楽を聴きながら眠るんですか?」

伊集院「レイ・チャールズやカーペンターズなどを音量下げて聴いています。洋楽が中心。邦楽は日本語が耳に入ってくるからね、意味がわからないほうがいいんです。一番よく眠れるのはポリス。最近聞き始めたんですが。」

真田「スティングが在籍したグループですね。古いな・・・ホワイトレゲエなんて言われていたんですよね。結構恥ずかしくないですか?ツェッペリンやパープル聴いてるならまだしも『ポリス聴いてます』はないでしょ(笑)」

伊集院「いや、でもこれがいいんですって!どうしたらこんなに低調で眠り心地の良いものが作れるんだろうって感心するくらいです。この前運転中にかけたら、危うく眠りかけましたよ。」

真田「最早パブロフの犬ですな。ポリスと言えば、大崎善生の『パイロットフィッシュ』で主人公・山崎が夜一人で聴いている曲がポリスでしたけど、まさかそれに触発されてじゃないですよね?小説の主人公の行為を真似るなんて、これもまた恥ずかしい行為だよなぁ。」

伊集院「・・・尊い行為だと思います。」

2005年08月21日

カミナリさん

ドリフの名作コント「雷さん」は笑いで終わるが、実際の雷はそうはいかないときがあるから怖い。先週当地は夜中に激しい雷雨に見舞われ、あまりに近くに落雷したので、寝たら覚めない特殊能力を持つはずの私も思わず午前2時起床・・・正確に言うと、床から起きてはいないが。

落雷のせいで誤作動を起こしたのか、近くの踏切の「カンカンカンカン」という音が止まらない。小1時間鳴りっぱなし。夜中、しかも雷雨のなかであの音を聴くのは、なかなかゾッとするよね。すごくホラーなかんじ。しかも鳴りっぱなし、踏切折りっぱなし(私の居宅前はすぐ旧国鉄現何某の線路が走っているので、踏切まで見える)。しかもしかも稲光の直後に激しい落雷音。近いよカミナリさん。ブーさん怖いって。こういうときに人というのは、知らなくてもいい、もしくはこんな状況下で知りたくもない、思い出したくもない情報を思い出す。

・アフリカでは落雷で毎年数百人の死者がでる。

おい!死んでるじゃねぇかよ(上島)!!

恐怖と閃光と爆音と踏切によるカルテットのせいで、再就寝できない。

また違うことを思い出す。

・その昔、曹操が劉備に対し「世に英雄と呼べるのは、君と余だ!」と言った。その瞬間、雷がピカッゴロゴロゴロ。曹操が自分を英雄と危険視していることを危ういと思い、とっさに机の下に隠れて一言「私は大の雷嫌いでして・・・」。曹操思う「雷が嫌いな小心者など、恐れるに足らん」。

小心者で悪かったわね。眠れない。

しかしまぁ、なんだかんだでコクリコクリと夢の国へ向かう途上・・・チャン・ツィイーが出ていた映画テーマが、電子音に乗って耳元へ到来。メール着信アリ。

「先輩いつこっちに帰ってくるんですか?」

うん、そうだね。今夜はとりあえず帰らない。夢の国に旅させておくれ。


http://www.sankosha.co.jp/thunder_n/mamoru.html
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2005年08月18日

マーロン・ブランド

大学時代、図書館のビデオ鑑賞コーナーで、僕が視線を投げかける先に、彼はいた。映画『ゴッドファーザー』で、マフィアのドン・ヴィト・コルレオーネを演じたマーロン・ブランド。恰幅が良くて、存在感があって、見るからにドンという感じ(声もかすれてるし)。この映画で彼を見た僕はひどく感化され、何故か黒いコートを買って着(多分ブランドの着たコートを意識した)、眉を剃り、スキンヘッドになった(嗚呼勘違い)。アウトローに対する憧れは、僕にとってこれが最初で最後だった気がする。

作中での彼のいいところは、マフィアのボスでありながら、仲間や家族を愛する慈愛に満ちたドンであり、敵に対しても息の根までは止めない甘さ(優しさ?)のあるリーダーでもあり(このせいで死にかけるが)、そして「カタギに迷惑をかけるから」と麻薬家業に手を出さない、己の歩んでいる道(極道)を知っている賢者でもあったところ。あまりに道を知らない人間が多い世の中で、作中の彼は尊敬するに値する好漢だと思う。アウトロー嫌いの僕が彼に憧れた所以はここにある。だから黒いコートを買った(笑)

ただし、次に観た『地獄の黙示録』でのブランド(ベトナムの奥地で王のように君臨するカーツ大佐の役)は理解できなかった。というよりこの映画自体が僕には難しかったようで、断片的には印象に強く残るんだけど(牛を殺すブランドや、沼から顔を出すマーチン・シーン=チャーリー・シーン父、ナパーム弾をぶっ放すロバート・ドュバル、プレイガール、ちょい役のハリソン・フォード、ワルキューレの紀行・・・)、面白いとは思えなかった。なんで牛を殺すんだよ!マス大山先生もびっくりの牛刀さばきでした。

最後に彼を映画で観たのはエドワード・ノートンと競演した『スコア』。だいぶ老けた印象を受けた。体を動かすのも億劫といった感じだったけど、お酒を飲むしぐさは上手くて、すごく似合っていたのを覚えている。

アカデミー賞受賞を拒否するだけでなく、会場壇上にネイティブアメリカンの女性を上がらせてハリウッドの人種差別体質を非難したり、『地獄の黙示録』出演にあたって減量せず監督のコッポラを困らせたり、晩年は隣家をジャック・ニコルソン(!)に貸し与えたりと、私生活でも不世出の傑物ぶりを発揮したマーロン・ブランド。この人は、僕の心の中では永遠のドンなのだ。

参考 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89

2005年08月17日

刮目して相対すべし

「最近シマツィローさん変わったね(仕事上の良い意味で)」とささやかれたらしく、少し調子に乗り気味。「昨日のオレとは違うぜ!!」と言ってみたいけど、顰蹙を買うので控えよう。

「人の成長・変化」ということで、また好きな故事を思い出しまして。

三国志の呉の名将・呂蒙に関するお話です。


呂蒙は、若い頃義兄の軍にこっそり付いていって戦功をあげたり、自ら敵将を討ち取ったりと、武勇に秀で血の気の多い人だった。槍働きでのし上った、いわゆる「たたきあげ」の武将で、長じて呉を担う有力武将の一人になったんだけど、学問はからっきしだった。

あるとき、主君・孫権が呂蒙らに「武芸だけじゃだめやっど、学問も修めんこて。おはんら将軍やっどが!」と言った(薩摩弁ではないだろうが)。はじめはそれどころじゃなかです、と難色を示していた呂蒙たち。しかし、なおも説得する主君の心に打たれたのか、いやいやだったかは知らないが、呂蒙はそれから猛勉強をはじめる・・・

その後、呂蒙は荊州方面の指揮官に任命される。当時荊州は魏、呉、蜀の三国の領土が入り乱れる激戦区で、とくに蜀の勇将・関羽が威勢を張っていた。

ある日先輩武将の魯粛が呂蒙のもとを訪れ、荊州経略にあたってどういう戦略をもって望むのか、いろいろ質問をした。すると呂蒙、立て板に水のごとく、魯粛の質問に対し見事な答えで応じた。

呂蒙が武勇一点張りで学問がないと侮っていた魯粛はひどく驚き、彼に対しこう言った、

「いやぁひったまがった(驚いた)。すばらしか答えじゃ。もう昔呉の街に住んじょった頃の蒙ちゃん(阿蒙)じゃなかどねぇ!」(ここから成長のない人のことを「呉下の阿蒙」と言うようになった)

これに対し答えた呂蒙の台詞が格好良い。

「士、別れて三日、すなわち刮目して相対すべし(男子たるもの、別れて三日もすれば、目覚しく成長しちょるもんでごわんど。じゃっでしっかい目を凝らして応対してくだされよ」

この後、呂蒙は荊州の関羽の本拠地を策略で無血開城させ、関羽を斬って悲願の荊州攻略を成功させる。猛勉強で武勇一点張りの将から、知略で相手を負かす名将にまで成長した呂蒙だが、「呉下の阿蒙」と「刮目して相対すべし」の二つの故事で、その名を永遠のものとした。


僕もいつか言ってみよう、

「刮目して相対すべし!!」
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2005年08月15日

急場危機

九月の人事異動案がまとまった矢先の出来事。

・支店にて社員が入院

・支店にて社員が行方をくらます

どうなってんだよ(上島風)!

そもそもこの異動案自体が社員二名の退社に伴うものなのだが。余波は避けられない。また人数不足の時代が訪れるのか…
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2005年08月14日

『宇宙戦争』

先日観て参りました。前評判の悪さは聞いておりましたが、私十分怖くて泣いておりました。ええ本当に。

宇宙人がマシーン(トライポッドと言う)に乗って、人間を「駆除」するシーンは妙に現実的で怖いし、助かりたいが為に人間同士が争ったり、我先に船に乗り込もうとするシーンも、人間心理を上手く描かれていて、観客の心理的動揺を誘うのに十分だったと思います。おかげでトム・クルーズ一家は終始酷い目に…続きを読む
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止まるとき、歩くとき、奔るとき

好きな句がありまして。

「急ぐなよ また急ぐなよ 吾が心 定まる風の 吹かぬ限りは」

郷土の英傑であり、戦国武将としても有名な島津義弘の詠んだ句なんだけど、これにまつわるエピソードがまた好きなんだ。


関ヶ原の戦い前夜・・・東軍(徳川家康側)につくはずだった島津義弘は、伏見城への入城を守将の鳥居元忠(家康の家臣)に拒否され、仕方なく西軍(石田三成側)につく。

しかし三成とは戦術をめぐって意見が合わず、それにへそを曲げたのか、いざ戦が始まっても義弘は全く動かず、戦わなかった。小早川秀秋の裏切りで次第に旗色が悪くなる西軍。ついに石田、宇喜田、小西ら有力武将の軍も潰走をはじめ、ただ島津隊一隊だけが戦場に取り残されてしまった。

義弘が率いていた兵は1000人余(国許の事情で少数しか率いてこれなかった)。次第に東軍に包囲される島津隊。このとき義弘は上記の句を詠んだ。そして家康の本陣に向かって、あろうことか突撃をはじめたのだ。世に言う「島津の敵中突破」。想定外の事態にひるんだ東軍は次々と突破され、この必死の突撃に徳川四天王の一人・井伊直政は重傷を負い、義弘は戦場離脱に成功した。そして見事薩摩への帰還をはたしたのだ。

このことに家康が肝を冷やしたせいか、ほかの理由があったのかわからないが、西軍についた大名家で唯一、島津家は本領を安堵された。そして幕末、薩摩藩は倒幕軍の有力諸侯の一として活躍することになる。


こういったエピソードが隠されておりまして。

義弘はこの句からもわかるとおり、ずっと「奔り時(勝負時とも言える)」を待っていたんだよね。1000人足らずで戦っても犬死するだけ、かと言って早々逃げ出すのも薩摩隼人のプライドが許さない。ならば家康に一泡吹かせて撤退しようと(あるいは本領安堵までの構想もこの時点であったんじゃないかな。戦後島津家の交渉の上手さは特筆。こういったしたたかなところもすごい)。だから西軍東軍の激戦中も全く動かなかった。そして東軍勝利が確実になったそのときに、いきなり突撃を始めた。

たぶん義弘はこう思っていたんじゃないかな。

「そのときが来るまでは焦るんじゃない。あわてて動くんじゃない。ここぞ、という時が到来したら、すばやく勝負を賭けるんだ。そこが勝負どころなんだ。それまではひたすら時を待て」

今、止まっている人、歩いている人。勝負はこれからだ。


「急ぐなよ また急ぐなよ 吾が心 定まる風の 吹かぬ限りは」


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2005年08月08日

総括

7/24以来ブログをサボタージュいたし候。

サボタージュ期間を勝手に総括。時系列滅茶苦茶也。

・山本周五郎週間実施
・旧友到来に伴う、ドラゴンズ生応援inドーム。万博行。
・旧友OK、過労でダウン
・仕事で「ルビコン」を渡る。カエサル曰く、「賽は投げられた」。
・ザ・ホワイトストライプス週間実施
・シン・リジィ注文予約
・四半世紀目の誕生日
・旧友OS、ダウン(大丈夫か?)
・旧友H、就職決定。
・ある女に非常にむかつく。女嫌い加速(色恋がらみ)。

ザ・ホワイトストライプス、思いのほか好感。毎日欠かさず拝聴。
blackdog30 at 22:23|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2005年07月24日

誤射

ロンドンで起きた爆破事件(二回目)で、テロとは無関係の人を英国特殊部隊が射殺してしまった。所謂「民間人誤射」。ゲームなら階級降格やライフポイント減点で済むが、実際に起きるとそうはいかないのは当たり前なわけで。

犯人を射殺してしまうことは、状況によっては仕方ないとは思う。捕まえる方も人間だし。爆弾魔だから(銃をもっている犯人よりも)怖いし。欧米のことだから、おかしな動きをしたら射殺してしまっても構わない、というお達しもでていたのだろう、相手は民主主義を脅かすテロリストなわけだし。そして、多分この不幸な民間人も、おかしな動きをしてしまったんじゃないかな。相手は自分に銃を向けているわけだし、そりゃあ焦っておかしな動きもするよね。そして結果射殺されてしまった。

僕が興味を惹かれたのは、住所まで調べて誤射した相手をマークしていたという点。誤射以前に誤認していたわけだよね、「こいつはテロリストだ!」って。これが「テロリストである可能性は50%だから慎重にことを運ぶべし」なんて指令だったら、射殺まではされなかったかも。現場としては難しい指令だけどね。

最悪のミスというのは、二重三重に張り巡らされた「ミスを犯さないための」防衛線を突破してはじめて発生する。

この場合も、誤認がなければそもそも誤射事態起こらなかったわけで。誤認だって情報の吟味がしっかりできていれば起こらなかったわけで。そう考えると、上層部の意思決定と、その土台となる提出される情報の精度がいかに重要であるかがわかる。

正しい決断を下すには、正しい情報が必要不可欠。日常でも気をつけるべき事柄と思う。
blackdog30 at 11:13|この記事のURLComments(3)TrackBack(0)

2005年07月22日

こういう人も、いる。

先日、同僚のAがアルバイトのBさん(女)と仕事をしながら、なにやら楽しげに談笑していた。

しばらくすると書籍出しをしている僕の前にAが歩み寄ってきて、笑顔で曰く

「○○くん、なんだかこの店が楽しくなってきたよ!」

そしてまたBさんのもとへ戻っていった。彼はやたらと声がでかい。日頃嫁探しを口にしている彼だったので、なぜ楽しくなってきたのかは察しがついた。
でもね、Aさん。その子は今月で辞めちゃうんだぜ…

またしばらくすると、遠くでAの悲鳴が。

「ええ!?辞めんの!?」

知らなきゃ幸せ、ということは、世にそれは多々ありまして。

ションボリした顔で、またAは僕のもとに歩み寄り、一言

「…やる気なくなってきたよ」

話が読めているだけ笑いを堪えながら、彼が去ったあと吹き出してしまった。

blackdog30 at 00:22|この記事のURLComments(2)TrackBack(0)

2005年07月21日

騙される奴が悪いのだ。

騙された。

返品詐欺である。

白髪で宮崎監督風(≒日本人が大好きな司馬さん)の男が新書2冊と音楽関連書籍2冊、計4冊を返品し、あらたに書籍を購入したいと言ってきた。所謂「返品交換」というものだが、この男、先週書籍を購入し、レシートは無いと言う。

なにかひっかかったが、返品交換だし、買っている書籍もどこか知的なものだったので応じたのだが、やっぱりどこかひっかかったので、あとで販売履歴を見てみると・・・ない、売れた形跡が。それどころかここ1年間の入荷履歴すらない。愕然。ひっかかったのは「詐欺」にだ。司馬さんは77円しか払っていない・・・。

勲風、知的書籍、返品交換・・・ただの返品であれば騙されなかったかもしれないが、上記3点に惑わされ、嬲られ(これは違うっ)、騙された。先入観というか、固定観念というか・・・こわいね。こういった観念にとらわれず、いろいろな可能性を想定しながら、あらゆる方策を携えながら仕事をしなくては。


算多きは勝ち、算少なきは敗る    BY孫子


blackdog30 at 18:22|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)