日曜日。朝のうちは台風のような強い風が吹いているが快晴。
髪の毛が乱れ、入り込んだ風でぱんぱんに膨れたブラウスのせいで風船のようになりながらも、私は久しぶりに会える友達との待ち合わせ場所に遅れまいと、風の中を突き進むのでありました。
待ち合わせは根津。
根津は最近ちょこちょこ来ています。でもたいして散策は出来ておらず。
本日は何度か来ている弥生美術館で竹中英太郎展を鑑賞。

彼が出版社に絵を持ち込むと、「君の絵は妖気に充ち充ちている」と言われたそうですが、彼自身はそんなつもりは全くなかったようです。そういうもんなんですね。奇をてらったり狙ったりして出来るもんじゃないんだよね〜こういうの。つくずく思いました。
竹中氏の挿絵は江戸川乱歩や夢野久作、横溝正史など怪奇小説、幻想的探偵小説など今も愛読者の多い大衆文学に使用されました。彼の作品、それぞれ作風が違うので、見慣れない人には同一作者のものだと分からないのではないでしょうか。
面白かったのは、竹中氏の御子息(竹中労)との共同仕事で携わった、沖縄音楽のレコードジャケットの絵。
あの沖縄独特の民謡と、彼の幻想的な挿絵のアンバランスさ加減にはかなりびっくりさせられました。ジャケットに驚いて買うのを躊躇した人もけっこういるんではないかと思ってしまいますよ(笑)
そんな幻想的で妖気に充ちた絵を書く傍ら、かわいらしい人形の洋服を手作りするような一面もあり、非常に魅力的な方でした。



同時に竹久夢二美術館の方では、「音楽デザイン帖」と題した、夢路の楽譜の装幀の展示を見る事ができます。
うさぎのマークがかわいいセノオ楽譜から出ているもので、夢路は宵待草など、24曲の作詞をし、なんともかわいらしくグラフィカルな楽譜デザインを手がけています(デザインは280くらい手がけたらしいです)。今売ってたら絶対買うのになぁ。現代の楽譜にはあまり夢がありません。

この美術館には何度か来ていますが、初めて併設の喫茶店、港やで休憩をしました。店に入ると二階へ通されました。とてもレトロで気どらない雰囲気。なかなかです。

弥生美術館・竹久夢二美術館

休日の月曜日は、世田谷美術館でアンリ・ルソーを鑑賞。
ルソーが見た夢、ルソーに見る夢と題された美術展。
学生の頃、好きだったルソーをあらためて見たいと思って、内容もろくに確認せずに見に行った私は、そのタイトルに隠された意味を会場を廻ってから気づくのでした。
4つの章に分けて展示されていたこの美術展。ルソーの作品は、はじめの1章だけ、20数点のみで、あとはルソーと同じ素朴派とされる人たち、ルソーに思いっきり影響を受けた人たち、オマ−ジュ的作品を残した人たちの作品で構成されていたのです。内容的には良かったのですが、私はもっとルソーの作品を見られるものとばかり思っていたので、いささか残念です。
とはいえ、ルソーと同じく他の仕事をしながら独学で絵を勉強した素朴派の画家の絵は、ほんとうに魅力的で、その後ごろごろと出てくる日本人画家たちの作品はうまいけれど、やはりどこか真似に見えてしまった。
素朴派のボンボワやルイ・ヴィヴァンは良いですね。皆専業の傍ら独学で絵を学んだ人たちで、彼らの独特な描写は力強く脳裏に焼き付きます。
それからオマージュの作品では、やはり横尾忠則氏のが面白かったかしら。
横尾さんの作品はこれまでにも何度も見る機会があったのだけれど、ルソー遊びの絵は初めて見ました。ルソーが描いた絵、たとえば、砂漠に眠るジプシー女の横に佇むライオンの絵が、横尾さんのは、女性がいなくなっていてライオンの口が血で真っ赤になってるのとか、フットボールをする陽気なおっさんたちの絵は、ボールがおっさんの生首になっていたりとか、スカートを少し持ち上げてその中に花を入れている少女の絵は、スカートがまくりあがりすぎてヘアまるだしとか。
私の後ろに親子がいて、お母さんが絵の違いを子供に説明していたけれど、スカートまくりあげた少女の前で口ごもっていたのは言うまでもありません。

ルソーの絵を、この歳になって改めて眺めたんですが、ほんとうに妙な面白さがあります。
若い頃はただ、かわいい絵だなと思っていただけだったんですが。
ジャングルの中の動物が、きっちり真ん中に描かれているのが妙におかしかったり、オレンジの木々の下でオレンジをかじるサルたちの絵は、オレンジの種類も違うし、猿の種類も違う。おまけにオレンジを握る猿の手は全く描かれておらず、ただのオレンジの○で塗りつぶされているようなおへちゃな部分があったり。
絵が決してうまくはなかったんでしょうけれど、彼の独特のセンスに影響を受けた人は無数にいて、決して誰も彼を追い越せなかったのではないでしょうか。

開館20周年記念 ルソーの見た夢、ルソーに見る夢 アンリ・ルソーと素朴派、ルソーに魅せられた日本人美術家たち