November 18, 2018

ボヘミアン・ラプソディ

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クイーンのことはあまり知らない。
でもクイーンの曲は知ってる。
その歌に会いたくて映画に行った。

自分の中の鬱々としたやり場のない思いや、
訳のわからないエネルギーや感情。
そうした声にならない叫びを、
音楽に載せて一緒に燃やしてきた。
そして今も、その頃の音楽を聴くと、
「大人」になりきれない自分がいるとわかる。

***

フレディが「追っかけ」をしていたバンド、
スマイルに直に売り込んで、クイーンが誕生した。
スマイルは、小さなパブに出演するくらいのバンドだったが、フレディとの出逢いによって、
火がついたように、輝きを増した。

成功の中で、フレディは自分のセクシャル・アイデンティティに気付き、迷走しはじめ、泥沼に堕ちてゆく。
だけど、本当に彼を愛し、想う、仲間たちの元に還る。
その転機のシーンで、デヴィッド・ボウイと唄った「アンダー・プレッシャー」が流れた。
実際、フレディがAIDSを公表した頃に唄っていたと記憶している。勇気が要っただろうことや、病に立ち向かう姿勢とこの曲が重なった思い出がある。

ラストはあの「ライブ・エイド」のライブシーン。
ああ、音楽のすごい力、みんなが大きな夢を持っていたなと、今さらながらに思い、今だからそのすごさを思った。

フレディも、ボウイも、今この世にはいないけど、
This is our last dance
from "Under Pressure "
輝きはいつまでも、記憶の中に在る。

blanco69 at 21:18|PermalinkComments(0) ARTS・CINEMAS・BOOKS | KISETU

September 02, 2018

夏が過ぎ

今朝のパン。一足先に秋の気配。
こうして毎朝、食事できること。
当たり前のような毎日は、とても尊いもの。
終戦記念日やお盆のある日本の夏にはそんな事を思います。
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***
今年夏に、NHKの番組で「駅の子」というタイトルの番組を観ました。
駅で暮らしていた、戦争孤児たちを特集した番組です。
80代、90に近いお年になられた、駅で暮らしていたかつての子供たちへの、
インタビューもありました。

何にも、悪いことをしていない、
悪いのは戦争を起こした大人たち、
なのに、孤児だということで、
野良犬のようにあしらわれ、
声もかけてもらえず、
飢えや病気で亡くなっていく、
同じ年頃の子供達や友達になった子を見て、
どうすることも出来ず、
ただ自分が生きていくことに必死だった。

***
私がこの番組を観ようと思ったのは、
広島の母の叔父が、20歳の頃、
戦争孤児10人ばかりを、自分の家に呼び、
一緒に生活していたという話を聴いていたからです。

番組の中で、かつて孤児だった方は、
大人たちは、自分たちに声さえかけなかった、
と話しておれらました。
一般的には、そんな実情だったのかと初めて知りました。

母の叔父は、大変正義感の強い方だったそうで、
見るに見かねて、自宅に呼んだそうです。
その行動は最初は美談として取り上げられました。
でも、まだ若く自分自身も貧しかった叔父です。
孤児たちが、自分たちも働いて稼ぐと言って、
靴磨きなどを始めたそうです。
すると、人々は一変し、こんどは母の叔父の事を、
子供を食い物にしていると非難しはじめたそうです。

母の叔父は、深く傷つき、
私は故郷を離れる。それが許されないなら勘当してください。
とご両親に話されたそうです。

戦後、こうした子供たちに差し伸べられる、法的な公のものは何もありませんでした。
復員兵ですら、戻って家も家族も失ったと知り、
絶望感から線路に飛びこむような、悲惨な状況だったのです。
戦争が終わったと言って、すぐに平和になったのではないのです。
そういう現実を、知らなかった。
***
母が『君たちはどう生きるか』ってどんな本なの?
と私に尋ねました。
私も気にはなっていたのですが、手に取ることはありませんでした。
でも、内容が子供にも読んでほしいと書かれていたので、
甥っ子たちも読むかな?と思い、この夏、漫画版を購入し、読みました。

およそ80年前に書かれた児童小説をベースにした漫画で、
人としてのあるべき姿とは?を問いかける内容です。

かつての孤児だった方が、
「悪いのは戦争を起こした大人たち。だから戦争が終わったって、
 大人たちを信用なんてするもんかと思った」
優しかった同じ孤児の友達が、未来に絶望して列車に身を投げた。
母一人子一人、育ててくれた母親が、空襲で死んでしまった。
どうして死なねばならなかったのか!
怒りと悲しみと共に、子供に戻って、
泣きじゃくりながら吐き出しておられました。

激しい怒りと深い悲しみが、
人生の終わりに近づいている方の中に、
まだこんなにも大きな感情として在って、
傷は癒えていない、
癒えることなどないのだと、
思い知らされました。

この番組を観たこととシンクロして、
『君たちはどう生きるか』を読んで、
戦争にNOと言える、正しい選択をできる、
そうした勇気を持って、生きてくれ、
と言われているような気がしました。





blanco69 at 19:18|PermalinkComments(2) KOKORO 

April 08, 2018

樹々は果てなく

私の生活の中には、叔母のケアがありました。
日常生活の補助から始まり、最後は療養病院に。
八年間のケア生活にピリオドが打たれたのは、
今年の一月末。
心音が弱くなっています。
報を受けて、タクシーで駆けつけること20分。
叔母はすでに亡くなっていました。
これまで何度も危篤になり、
苦しい中、蘇りながらも、
回を重ねるごと、弱くなっていく。
叔母は文句は言ったけど、
弱音は吐かなかった。
最後まで、果敢に生きた。
その頑張りを私はみてきた。

葬儀の喪主を務め、相続含める様々な手続きに、
目まぐるしい日々の中、週末目覚めると、
叔母のところへ何を持っていこうか?
と考え、そのあと、
ああ、叔母はいないんだ。もう行く必要ないんだ。
と何度となく、そんな朝があった。

ぽかんと、私の時間が、私に戻ってきて、
すごく不思議な感じがする。
今までも、私の時間ではあったのに、
違う感触がある。

手続き等はじめ、
不要な品物の処分などしていると、
それまであまり交流のなかった叔母の、
知らなかった人生を品物の中にみるようで。
またそれらを、分類し処分する中で、
一人の人間の幕を降ろしているんだという、
なんとも言えない気持ち。

片付けながら、私の中にあった、
いろんな感情も片付けられていく。

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明るい春の光に誘われるように、
朝の公園を久しぶりに歩いた時、
変わりゆく景色を見た。

ああ、そうだろうな。
どんなに、瞬間を留めておきたくても、
日々、世界は変わりゆく。
でも、生きている限り、
変わりゆく世界を日々、
私は歩く事ができる。
鳥たちの囀りを耳にしながら、
朝の光差す道を、
歩く事ができる。

青い空を見上げて、思った。
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blanco69 at 22:10|PermalinkComments(2) KOKORO | KISETU