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2007年02月20日

321 :Nanashi_et_al :05/01/26(水) 18:17:37
子どもの学力低下が取りざたされている。

しかしこの問題が浮上するまでは、子どもたちは「ゆとり」を奪われて押し潰されている、
という世論が優勢だった。「ゆとりが必要」という考えは間違っていなかった。

では、なぜこうなったのか。
「ゆとり」派の知識人や政策グループは、
そのエネルギーを見当はずれな的に暴発させたのである。
彼らが敵視したのは「偏差値」や「つめこみ」教育あるいは勉強の労苦だった。

しかし、学校の息苦しさの最たるものは勉強のきつさではない。
日本では、学校は生徒を市民社会の論理から遮断して独特の閉鎖空間に囲い込み、
「みんな仲良く」生きることを強いる場となっている。
何より「協調性」が重視され、不満も怒りも押し殺して順応することが求められる。
こうした閉鎖空間は江戸時代の大奥のように、
「人間関係をしくじると運命がどうころぶかわからない」場所になる。
先輩後輩や強者と弱者の関係は時として恐るべきものとなる。いじめも蔓延するだろう。

加えて、人の心の「よい・わるい」を評価する内申という制度が、
教員に生徒の生殺与奪の権を与え、生徒をしばしば卑屈にする。
生徒たちは、いつ足をすくわれるかわからない人間関係に神経をすり減らし、
しばしば感情状態を場のムードに売り渡して生き延びる。

学校で剥奪される「ゆとり」とは、まず人間関係の「ゆとり」なのである。
しかし、文部省(現文科省)は「ゆとり」の意味をはきちがえ、
勉強が要する労苦を敵視して学習内容を削り、学力低下問題を引き起こした。
これに対して、一部の人々が厳しい批判を展開した。

しかしこの批判派は、「なんでも厳しく」しょうとする傾向が強く、
勉強の厳しさと、集団で自分を殺して生きる厳しさを
「抱き合わせのセット」にして主張しがちだ。
一方「ゆとり」派は一見、保守的批判派の「何でも厳しく」に反発して、
「勉強も人間関係も緩く」と主張しているように見える。
しかし班活動などで集団主義を推進してきたのは、進歩的「ゆとり」派のはずの日教組だった。
かつての大会記録には、同調しない生徒に対する「仲間はずし実践」が奨励された例さえある。

322 :Nanashi_et_al :05/01/26(水) 18:18:38
 私は、いずれの「論点抱き合わせセット」も、問題を解決しないと考える。

学校は、全生活を囲い込む施設ではなく、何より勉強をする場として位置付け直すべきである。
生徒には高い水準の学習成果を求め、水準に達しなければ単位を認定しないようにする。
そのためには、一科目でも落とせば全科目がやりなおしになる学年制をやめ、
学校制度を年齢にかかわらない単位制で組み直す必要も出てくる。

一方、人格支配や身分的上下関係、内申や細かい校則、集団主義を進める学級制度などを見直し、
学校を風通しのいい、「人間として」生きやすい場にする。
教員も些末な生徒指導にとられるエネルギーを授業準備など本来の教育に集中できる。
ある知人がオーストリアで、ピアスをした厚化粧の女子生徒が、
教員から「この学業成果では単位はない」と言われて泣いている情景を見たという。

独仏などでは、教員は生徒の私生活にほとんど介入しないが、学業専門家としては「厳しい」。
ピアスや茶髪を犯罪であるかのように「摘発」する教員が、
分数もできない中学生を卒業させてしまうような、日本のでたらめな「甘さ」とは好対照である。

最近は、学力低下の弊害を突く「ゆとり」批判派が優勢だが、「勉強を厳しく」に引きずられて、
「人間関係を厳しく」も優勢になれば、息苦しさが加速しかねない。
「ゆとり」論争が、「勉強は厳しく、人間関係は緩く」という第三の視点を含め、
より広い選択肢をふまえたものになることを期待したい。

『読売新聞』「論点」より
http://www.edu-kana.com/center/newspaper/0307/y704.htm

323 :Nanashi_et_al :05/01/26(水) 18:20:01
 ↑同じ著者による論考「『友だち』の地獄」
『世界』12月号http://www.iwanami.co.jp/sekai/→バックナンバー→12月号

「 学校では、(中略)赤の他人たちを朝から夕方まで強制収用して生徒にする。
場合によっては、脱退の自由が制限された部活動を無理強いし、
強制収用が夜遅くまで続くこともある。全員に同じ服を着ることを強制することが多い。
40人を箱のように区切られた一室に軟禁状態におき、
彼らが終日顔をつき合わせているようにする(クラスあるいは学級制度)

その箱のなかでは、個人差を無視した全員一致のペースで、
算数などの勉強を集団で行う習慣をたたきこむ。
多くの人は、一定時間の静止姿勢に耐えながら集団で壇上の人物の発生を右の耳から左の耳に通して
紙に写すといった、「生徒を行ずる」ことを勉強することだと誤認するようになる。
そのおかげで、「まじめに勉強」しようとすればするほど勉強をする代わりに「生徒を行」じてしまい、
結果的には勉強ができないという無能の習慣を植えつけられてしまう。
またベルがならないと唾液がでない犬のように、
群体化しないと学習意欲が生じないという習性が身につく。」

324 :Nanashi_et_al :05/01/26(水) 18:22:26
『いじめの社会理論』柏書房278-279

「 現行の学校制度では、「なかよくする」ことと「まなぶ」ことが強制的に抱き合わせにされている。
本書で問題にしてきた残酷な心理-社会現象の蔓延は、第三章で詳しく論じたように、
「まなび」の「共同態」というしかたで若い人たちを
一日中強制的に「べたべた」させる学校共同体主義によるものである。

 また現行制度のもとでは、学校で集団生活をすることが
「勉強」することであるといった現実感覚が蔓延する。
多くの生徒たちは、終日ぼんやりと教室に座っているだけで国語や英語や数学をろくに修得していなくても、
「学校で授業を受ける」という集団行動(集団学習)をすることでもって、自分が「勉強した」と思っている。

一日中学校で「授業」を受け、さらに塾に通い、それでも(その結果!)勉強ができないといったありさまは、
★生徒にされた人たち★のあいだでは普通のことである。

彼らは、第三章で論じたような強制的な集団生活のなかで無限定的な人格支配を受けるだけでなく、
さらに、その集団学習(「まなび」の「共同態」)の反復によって無能の習慣を植えつけられる。

しかし、一日中「授業」を受けて何も学習しない修正を身につけてしまった彼らも、
自動車教習所ではきわめて有能に技能を習得する。
現行の学校制度を廃止して、街に林立する教習所型の学習サポート団体をチケットを使って
自由に選択するしくみにすることによって、彼らは強いられた無能と奴隷状態から解放される。

 さらに学校では、努力して数学や国語や英語で優秀な能力を身につけたとしても、
「態度が悪い」「協調性に欠ける」とみなされると、ひどい成績をつけられる。
高校へは勉強して行くのではなく、「先生やみんなとなかよくして、
人からよくおもわれて、生かせてもらう」といった感覚すら蔓延する。

内申書や推薦や情意評価といった制度は、卑屈な精神を滋養し、精神的売春を促進し、さらに課題遂行という点では
人間を無能にする(これは短期的政策の部類にはいるが、内申や推薦や情意評価といった制度は即座に
廃止すべきである)。」

325 :Nanashi_et_al :05/01/26(水) 18:24:45
『いじめの社会理論』(柏書房)より

「(学校の)制度・政策的ディテールは、生徒を全人的に囲い込み、『かかわりあい』を
無理強いするように考え抜かれている。
つまり学校は共同体であるとして、生徒が全人的に交わらないでは済まされぬよう、
互いのありとあらゆる気分やふるまいが互いの立場や命運に大きく響いてくるよう、
制度的・政策的に設計されている。

 学校では、これまで何の縁もなかった同年齢の人々を朝から夕方までひとつのクラスに囲い込み、
さまざまな「かかわりあい」を強制する。
たとえば、集団学習、集団摂食、掃除などの不払い労働、雑用割当、学校行事、部活動、各種連帯責任などの
強制を通じて、ありとあらゆる生活活動が小集団自治訓練となるように、しむけられる。(中略)

 このようにありとあらゆる生活活動を囲い込んで集団化する事細かな設計は、
ありとあらゆることで「友だち」とかかわりあわずにいられず、
自分の運命がいつも「友だち」の気分や政治的思惑によって左右される状態をもたらす。
そしてあらゆる些末な生活の局面が、他者の感情を細かく気にしなければならない不安な集団生活訓練となる。

生存や立場が賭けられた利害の関連性は非常に密になり、生活空間は
いじめのための因縁づけ・囲い込みの資源に満ちる。

こういう環境では迫害に対して身を守るのが困難になり、そのためのニーズが大きくなる。
つまり共同体主義の学校は、身の安全をめぐる利害関係を構造的に過密化する。
「生き馬の目を抜く」ように、いつなんどき「友だち」に足をすくわれるかわからない過酷な環境ではじめて、
「みの安全」「大きな顔をしていられる身分」といった希少価値をめぐる、
人間関係の政治が過度に意味をもつようになる。

学校が全人的な「共同体の学び」となるよう意図された制度・政策的空間設計が、
集団心理-利害闘争の過酷な政治空間を生み出す。

 以下では典型的な事例をもとに、赤の他人と一日中べたべた共同生活することを強いる学校制度のもとで
蔓延しがちな、集団心理-利害闘争の政治空間を分析しよう。」

326 :湯シャンネラー :05/01/26(水) 22:01:58
>>321-325
超絶ハゲ同。
いい事言ってるね。

テストでいい点取っても、通知表で悪い成績つけられた
ヤツなんて、ここの住人にも多いんでないの?

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この記事へのコメント

1:名無しちゃんねる:2007年02月20日 15:13
正論だな
2::2007年02月20日 15:29
子供のブルマ最高、まで読んだ
3:名無しちゃんねる:2007年02月20日 15:52
実力主義になったらいいのにな
4::2007年02月20日 16:09
納得はできるが、言い方を悪くしただけのような気もする
5:名無しちゃんねる:2007年02月20日 16:26
どこを縦読み?
6:名無しちゃんねる:2007年02月20日 17:58
テスト100で、提出物も出した英語が5段階評価で3だった。
7:名無しちゃんねる:2007年02月20日 19:01
頑張って読んだが

ゆとりが悪いかどうかって結論でてる?

8:名無しちゃんねる:2007年02月20日 19:06
正論だがそういう教育を受けて
あのころも悪くなかったな戻りたいなとか思ってる俺が間違ってるみたいだな
9:名無しちゃんねる:2007年02月20日 19:08
お前らが受けた教育は間違ってるお前らは無能だ役立たずだって言われても
ゆとり世代はどうしようもないわな
10:名無しちゃんねる:2007年02月20日 19:26
>>7
「ゆとりの方向性」の話であって、
ゆとり=悪かどうかという話ではないのでは?
11::2007年02月20日 19:29
マジレスしてるやつきめえwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
12:名無しちゃんねる:2007年02月20日 20:01
ゆとり世代の俺が来ましたよ。
この話って、高校は関係ないんじゃね?

高校は、もっと予備校化して欲しいと思う。大学入ったもん勝ちだし。
13:名無しちゃんねる:2007年02月20日 20:07
マジレスもできない無能(´・ω・`)カワイソス
14:名無しちゃんねる:2007年02月20日 20:20
ここで高校時代数学の模試で全国1位とったのに何故か3貰った俺の登場
提出物も授業態度もちゃんとしてたつもりだったんだがな・・・
15:名無しちゃんねる:2007年02月20日 20:44
土曜日の図画工作・音楽の時間を失くすからこんなことになるのさ
16:名無しちゃんねる:2007年02月20日 21:17
まあ勘違いが多い中で何しようと無駄っぽいけどな
スタンスとアクションが必要
17:名無しちゃんねる:2007年02月20日 22:02
これは同意する。
俺は内申があって高校入れたけど内申は廃止すべきだわ。
実力如何の世界でいいよ。
18:名無しちゃんねる:2007年02月20日 23:02
内藤朝雄いいねぇ
 
19:名無しちゃんねる:2007年02月20日 23:20
っていうか、ばんばん落第させりゃいいのよ。ぶっちゃけ。んで相対評価は廃止で順位発表も廃止。留年3年目ぐらいで馬鹿収容学校へGO。そんで密度の高い教育を受けられれば本人にとっても幸せでなーい?
20:名無しちゃんねる:2007年02月20日 23:21
米19
こういうこというやつの受けた教育の質は低い
21:名無しちゃんねる:2007年02月20日 23:39
結局エスカレーター式に年度が変る度に学年が上がる学校教育制度に限界が来たって事でいいンジャネ?
思い切ってヨーロッパみたいに義務教育も単位取得で頭が良ければ年齢一桁で大学行ける方式に変えていけば、少なくとも掛け算が出来ないくせに社会人になる奴が出なくなるだろ。
つまり色々欧米化されてきたけど、ついに教育も欧米化が必要って事なんだよ!
22:名無しちゃんねる:2007年02月21日 01:57
ゆとり教育ってアメリカ・イギリスで先に実施されてたらしいな。
それを日本が真似たらしい。

実際、米英でも大コケしてすぐに廃止されたんだがなw
ずるずるひきずってるの日本くらいだよ。
23:ゆとり世代:2007年02月21日 11:35
5 難しすぎる大学受験が諸悪の根源だろww

高校までは詰め込みで、大学からはゆとり教育だろwww
大学を卒業するのを難しくすべき

米21
欧米の教育制度の見本は、詰め込み教育だった頃の日本。

英雄教育=戦前の日本、現先進諸国
優等生教育=戦後の日本
24:名無しちゃんねる:2007年02月21日 12:34
小学校の通知票のひいきっぷりは異常。
テスト全部100点で問題も起こしてないのに「ふつう」とか死ねよ。
25:名無しちゃんねる:2007年02月21日 17:11
そもそも学校のお勉強なんて「役に立つ」ことを学ぶってより
「脳のトレーニング」だろ?
筋肉トレーニングと一緒
26:名無しちゃんねる:2007年02月21日 17:49
これ言ってることは分かるしひとつの正解だとも思うんだけど、結局こんな事言ってたら社会じゃ通用しないんだよなー。
社会に出たらそんな事言ってる暇ないし
人間関係の強要なんてどこ行ってもつきまとうしね。学校で緩くしても社会出たらその分きついと思うし。だから人間関係を緩くしてゆとり持たせるなら社会全体をそうしなきゃ意味無いと思う。まぁその社会出る前にドロップアウトしてしまう人達が増えている今すべき事としてはベストだと思うね。
27:名無しちゃんねる:2007年02月21日 19:39
俺よりテストの点も悪いし授業態度も悪いのに成績表は友達の方が上だった。
いくら先生と仲いいからってこれはないと思う
28:晶子:2007年02月22日 02:18
俺の知ってる限りでは、母校の麻布は心のゆとりと勉学の厳しさを曲がりなりにも両立できてたのかなぁ。
当然問題なんかは数えきれないほどあったし今も尚あるのだろうが、それでも日本中にあるその他大勢の学校に比べると圧倒的にマシなのだろう。

何を言ったってたかが浮き世に生きる中高生だし、現実的にはあれでも理想に近いんだろうな。
29:名無しちゃんねる:2007年02月23日 10:20
こんな精神論的な批判、何の役にもたたん、
ゆとり失敗の後始末もできない役人の無責任体質が問題だろ。
J-sox法(アメリカの本家sox法が大失敗してるのに、ゴリ押しで導入)や裁判員制でも同じ過ちを犯すつもりだぞ。
30:ゴンザレス:2011年10月16日 13:39
【「ゆとり教育」は教師が怠けるために導入した制度だ(1)】

 昔の教室は40〜45人学級が普通だった。教師達は、20人学級を理想として、長い間国に注文し続けてきた。教師達の主張によれば、1学級当りの生徒数を減らせば、生徒1人当りの教育密度が上がって、教育成果が向上する、という理屈だった。教師は仕事でアップアップで生徒1人当りの教育密度は低いはずだったが、実際には、この時代の教育を受けた生徒から、日本を代表するような優れた人材が多数輩出しているのだ。日本の高度経済成長が進行すると、週休2日制度が議論されるようになってきた。民間企業では、まだ週休2日制度を取り入れてはいない所がまだ残っていたにも関わらず、公務員と教師の世界では、早々と一斉に週休2日制度をスタートしてしまった。休みが1日増えた分、給料は減ったのか?というと、据え置きだった。だから実質的昇給と同じだった。ところが、教職に週休2日制度を開始した事で困った事が生じた。週休2日制度の下では、1年間当りの授業日数が減るので、従来の教科書の厚さのままでは、年度末までに授業が完了しない、という課題である。→(2)へ続く。
31:ゴンザレス:2011年10月16日 14:01
【「ゆとり教育」は教師が怠けるために導入した制度だ(2)】

 週休2日制度を導入した事で、教師の1日当りの仕事密度を上げないと、年度末までに授業が完結出来ないという問題なのだ。このような教師の負担を緩和する手っ取り早い方法は、教科書の内容を減らしてしまう事だった。こうして教科書の厚さが薄くなった。このような教育政策をするに当り、考えられた「大義名分」が「ゆとり教育」だった。このような大甘の教育政策が、大した批判もなく実行に移された理由は、「これだけ国が豊かになったのだから、教育は少し位、手を抜いても良いではないのか?」という甘えと怠慢が下地にあった。そのような甘えで利益を得たのは教師達だった。給料は据え置きのままで休みが1日分増えた。更には、教科書の内容が減った。教科書の厚さが薄くなったのだ。教師達は、これで本来万々歳のはずだった。しかし、彼らはまだ不満だった。彼らの目標は20人学級だ。それは実現していなかった。更には、答案用紙の採点作業や通信簿作成作業も併せて教師がしなければならない事も不満だった。生徒に自習させて、その最中に採点作業をしたりしていた。いずれも生徒にしてみれば、授業の中身が薄くなっただけだった。→(3)へ続く。
32:ゴンザレス:2011年10月16日 14:38
【「ゆとり教育」は教師が怠けるために導入した制度だ(3)】

 このような「ゆとり教育」を推進したもうひとつの背景には、ある文部官僚の存在があった。その官僚は、学生時代に、猛勉強時代とぶつかり、受験地獄、受験戦争の渦中にあった。このような受験競争時代には、受験に失敗して、悲観自殺するような学生がいた。そのような事は、本人にしてみれば勉学とは災厄以外の何物でもなかった。その官僚は、無事に学業を終えて文部官僚となると、学生時代に懲りた勉強を緩和する政策を考えていた。すると、学生に対する学業負荷を減らし、併せて教師達の待遇改善を図るという一石二鳥の政策に着手するようになった。こうして始まった政策が「ゆとり教育」だった。このような政策は、教育という仕事量が減り、教師からは歓迎されるために、政治家と官僚にとっては利益となった。しかし、忘れられている存在があった。それは、教育を受ける側である生徒達とその親達だった。そして、国の施策からは、教育の充実は得られなかった。教師達の仕事量が減った分、国民が負担する税金の減免があっても良さそうなものだが、税金は従来通り取られていた。それにも関わらず、教育の中身は薄いままだった。→(4)へ続く。
33:ゴンザレス:2011年10月16日 15:11
【「ゆとり教育」は教師が怠けるために導入した制度だ(4)】

 もしも弁当屋の弁当の中身が半分以下になったにも関わらず、値段が以前と一緒ならばクレームをつけるだろう。これと同じような事が教育の世界でも起きたのだ。中身は薄くなった。しかし、国は詭弁だった。精神的な「ゆとり」の機会を与えるのだ、と開き直ったのだ。実質的な手抜き教育であったにも関わらずだ。そして、図々しくも、いかにも国民から見ると有り難がるようなプレゼント、恩賜であるかのように偽装した。上手い名称を付けたものだ。実質上教育の手抜き政策であるにも関わらず、この事を逆手に取って、国からの素晴らしいギフトであるかのように装ったのだ。中身がスカスカの空洞だらけの教育である事がその正体だった。国民は、いつの間にか、「裸の王様」に祭り上げられていたのだ。今の時代の「ゆとり教育」とは、何だかこれに似ているよ。税金は従来通りしっかりと徴収されている。ところが、「ゆとり教育」と冠した「嘘」の教育サービスを受け取っていたのだ。目には見えないと聞く王様の衣服と同じように、実際には中身が無いものだったのだ。国民が以前よりも優秀になるどころか、逆に後退しただけだった。
34:speciesni:2011年11月27日 08:29
腱������勖柑������篏�綺⓾��腟�薑������⓾����☗����������ч�√����勉�������������ʋ�鴻�˨�鴻�帥����������峨��������絨�������蕁���������障��������
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羯眼�勤o�����ャ�c�⓾����障�����鐚�
35:ゴンザレス:2011年12月03日 06:59
【「ゆとり教育」は教師が「怠ける」ための制度だ】

 非常勤教師は別として、常勤教師は、ゆとり制度導入前後で、給料が変わっていない。更には週休二日制度となり、毎週休みが1日ずつ増えたのだから、実質「給料」の増額に等しい。教育する事を半分に減って怠けていながら、給料は従来通り「据え置き」だったのだ。倍額の給料を「給料泥棒」しているようなものだったのだ。国民は、自分の子供に与えられる教育の中身が半分に減らされていながら、税金は半分にはならなかった。同じように取られていたのだ。「ゆとり教育」とは怠け者教師による「税金泥棒」の制度に過ぎない!ゆとり教育は、建前上は、平成14年に導入した事になっているが、実際には、1973年辺りから、「ゆとり教育」の宣言が無いままに、じわりじわりと、実質的ゆとり教育体制に入っている。1971年に教員組合から国に対して教育の緩和を要望する請願が提出された後に、総授業時間数を変えないままで、教科書の中身を大幅に削減した。早いところでは、歴史の教科書が1973年に、前年度の教科書の厚さと比較して、約6〜7割に激減している。受験生とそれを指導している教師は、過去の二倍厚い歴史教科書を勉強しないと、一流大学に合格出来ない事をこの時に知った。そして、更にジワリジワリと総授業時間が減らされた。更には平成14年に公式に「ゆとり教育」導入が宣言されて、もっと教育内容が激減になった。だから、1971年以前の教育内容に比べると、1/4位の中身しかないのだ。「ゆとり教育」とは、常勤教師が「怠け」て二倍の給料を貰うための制度なのだ。
36:モンクレー アウトレット:2013年07月15日 09:59
月22日(『さよなら
37:NO.6コスプレ衣装:2013年11月25日 22:29
逃調、2ドロ?、」で逃調
38:コスプレ衣装:2014年03月07日 00:28
集のは、れ59806る日る日分
39:コスプレ衣装 販売:2014年03月11日 22:56
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42:ドレス:2014年06月24日 21:55
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