2007年06月17日

山中問答/デンヴァー日記(19・完)

 光陰矢のごとし…… デンヴァー近郊にロサンジェルスから移って早くも五年目にはいった。

 吾は、終の棲家と予定して娘婿の家に同居した。五年前の感じでは、老齢で足腰も萎えて若い夫婦の世話になると思っていたが案に相違して、むしろ若返ってしまった。
 孫の長女も成長してきて一部屋が必要になるのは直ぐ来る。吾の超健康体は、若夫婦の生活と同調しない。食事文化の大違い。節約感覚の違い。感情交流のぎくしゃくは互いの言葉の不足、理解の世代違いといえる。結論として、現在の婿の家が物理的にも心理的にも狭くなった。
 
 そして、吾自身の心理問題も約2年前から発生していた。パソコン、インターネット情報の洪水である。
 ほとんど、ニュース性のもので身につく知識ではない。また、社会的には雑草のような存在の私がどう足掻いても時代は無情に流れてゆく。とくに吾に関しては、吾の潜在意識にある趣味願望の邪魔になることばかりだ。少し利己主義的だが世間さまに対して大罪でもなさそうだ。

 俳画、俳句、自由詩に酔って死期を迎えたいと古希を迎えた時から願っている。この道を歩むには、吾においては、PCは邪魔になる存在だ。インターネット利用は世界の情報を手早く知ることが出来る。もろもろの知識も得られる。しかし、書籍をじっくりと読むような知的作業ではない。血気盛んな人々は、私とは違う大脳能力が強いから、PCと芸術作業を両立できる。私の弱い能力ではできないようだ。 両立させようと意気込むと「情報カタル」になる。

 この病は恐ろしい……厭世的になったりプラス思考が消えてしまう。続きを読む

2007年06月11日

五月吉日 万緑に丸坊主かな/デンヴァー日記(18)

 快適な皐月の季節がデンヴァー近郊にもやってきた。我が家の芝生も樹木も、視界に入る全ての景色は万緑に萌えている。自然界で生えるものは、ぐんぐんと生え伸びている。そんな時季に、吾は頭髪を未練もなく完全に擦りおとした。

 理由は、老齢期に誰しもが思索する過去の己が所業の慚愧懺悔……少しでも償いたいという姿勢の一つとしての行為……か。

 このたび、私の場合は違う。後悔や許しを乞いたい過去は当然もっているが、本音は、生来の不精者だ。先日までは、過去15年間、頭頂は薄くなったが側頭はまだ豊かに生えるのでポニーテイルのようにしていた。それでも起床時は整髪が必要で、週に一回は襟足のおくれ毛をカミソリで剃らねばならなかった。

 ともあれ、整髪の手間が面倒になったことが一番の理由。丸坊主にしてしまえば、洗髪用のシャンプーもコンデショナーも整髪養毛剤などが不要となり、毛髪乾燥の電気は節約でき、小額でも諸経費が浮いた。シャワーの温水は節約できて時間も短くなった。 

 一昔前までは頭髪を独りでは剃れなかった。
 しかし、最近は性能のよい安全な充電電器カミソリが廉価で市販されている。毎朝、僅か3〜5分という短時間で顎鬚から項へと頭全体を完璧に剃る。生え出た約0.3mmの発毛をサッパリとすりとれる。

 東洋医学に『頭寒足熱』という健康維持のための教訓がある。まさに快適な感覚が首の上を包む。日本の僧侶ではないから外出時、日照りが強い時は野球帽を被る。寝具である枕カバーの汚れが極めて軽くなった。続きを読む

2007年01月01日

ついのすみか/デンヴァー日記(17)

 これがまあ終の栖か雪五尺    一茶

 2006年12月31日。快晴、正午ごろの陽射しに眩しい住宅街の残雪景色を眺めながら、この一年、無事に過ごせた有難さにつつまれている。

 去る、19日から20日の夜まで降った24年ぶりの大雪が、まだ融けない一週間後に、また28日に約一尺(約30cm)もの新雪が、せっかく人が歩けるようにした路は勿論、2m近くも小山にした残雪や小道両側の雪壁に積もり被さった。

 日本の大晦日が懐かしい。勤め人のほとんどは、正月準備の終わった自宅で寛ぐか、帰郷したり、スキーを兼ねて温泉に浸かりながら手酌の醍醐味を味わっている人もいる。海外旅行の行く先で、のんびりと一年を振り返っている旅人もいるだろう。

 デンヴァー界隈には、日本のような門松や注連飾りなど、まったく見ることはない。今年の年末は日曜日だ。幸いにも、29日から快晴続きで雪掻きがはかどった。
 日系マーケットで、一部の古い日本人は、餅や御節料理の材料を購入しているが、ほとんどの青壮年は、クリスマス行事に自分の生活を米人の友人たちにあわせている。
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2006年12月22日

BLIZZARD(ブリザード)/デンヴァー日記(16) 

 コロラド州の住民は、ほとんどはロッキー山脈麓の高原平野地帯で暮らしている。毎年、山岳地帯は豪雪で、高峰など万年雪に覆われているが、今年の12月20日の早朝から、デンヴァー市界隈一帯は「ブリザード」に襲われた。約30時間で約80cmの積雪となった。このような豪雪、吹雪に見舞われたのは、24年前の「クリスマスイヴ」を思い出したと地元の長老が言っていた。

 20日の午前中は、郵便業務も降雪の中、クリスマスプレゼントなどが配達されていた。しかし、午後3時過ぎには交通状態が悪くなりだした。(−9℃〜−3℃)過去4年間の冬期は、ほとんど、夜間に降っても約20cmほどで、朝には快晴、日中は気温は13℃前後となり、正午には幹線道路などは除雪車の活躍もあるが、ほとんど融けてしまう。住宅街の路地の日影には残雪がすこし残るが日常生活には影響がなかった。

 しかし、今回は厳しい状況が生まれた。21日正午には、天候が回復して薄日が射してきたが、昨夜から、フリーウエイも市街の主幹道路も住宅街の路地も、4輪駆動ではない中型以下の車輌(最近はスノーチェインを使用しているのを見たことがない。スノータイヤを装備した車も少ないようだ)は、スリップしたり傾斜道路では路肩に落ちたり、交差点の真中で立ち往生したり、道路状況は滅茶苦茶になってしまった。市民全体が予測を安易に考えていた結果がでた。市の除雪車活躍に頼りすぎたようだ……一晩で20cmぐらいの降雪なら支障が起きないが、今回は、知事をはじめ関係諸機関が自然現象の威力には驚いている。続きを読む

2006年11月27日

食育白書雑感/デンヴァー日記(15)

 「食育白書」というものを政府が初めて出したようだ。政府のウェブサイトにも「白書」の内容がまだ掲載されていないので、メディアの報道でしか知るすべはないのだが、毎日、「夕食を家族全員で摂る」割合が低下していることをもって「健全な食生活」が阻害されている表れと考えているふしがうかがえる。その数字が上昇すれば、両親兄弟姉妹の絆が強く温かくなり、模範的社会人に育つと考えているようだ。

 これは、時代錯誤だ。江戸時代なら国民の約八割が農漁樵に従事していたから、子供は三歳以上ともなれば、朝から日暮れまで、家族全員と労働から食事まで一緒であったであろう。年齢によっては寺小屋に通う子もいただろうが、基本的には家族は一心一体だった。武家、町人、鍛治でも朝昼夜という自然現象に従うのが基本で、ごく一部の役人や職業が例外的な生活を営んでいたであろう。

 明治、大正、昭和と時代の流れは、その基本的生活を徐々に複雑にして人間の尊厳破壊は加速してきた。大都市のコンクリート文明の明暗をみれば一目瞭然だ。生活器具の発達、レール交通網の充実、空路、海路、鉄道事業の連絡緊密。道路の発達。凶器化車輌の生物的増殖。四季に囚われない農業技術。世界中からの農産物、家畜製品の輸出入。世界への漁労、食品冷凍保存技術。電波情報は24時間稼動で国内だけでなく世界と交信交流だ。外食産業の一般家庭への浸透と便利、融通性。サービス業の24時間体制。生活用品の販売と配達も24時間稼動。大学の運営など、今に電波授業が大半を占めるようになるだろうし、授業時間も自由となる。師弟の人格触れ合いなき授業形態の増加などなど。(地下資源のことは割愛)

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2006年11月18日

温故知新/デンヴァー日記(14) 

 吉田兼好著 徒然草 第百二十三段 
 無益なことをなして時を移すを、愚かなる人とも、僻事する人とも言ふべし…中略…
…人間の大事、この三つに過ぎず。餓えず、寒からず、風雨に侵されずして、閑かに過ごすを楽しびとす。…中略… 薬を加えて四つのこと、この四つ、欠けざるを富めりとす。この四つの外を求め営むを奢りとす。四つの事倹約ならば、誰の人か足らずとせん。

 現代語で簡単にいうと…衣食住の安泰に医療がともなえば、結構なことで、それ以上を求め得られたら、結構毛だらけ…神仏に感謝して、しきれないものだ……

 約六百五十年前も、今も人の暮らしは、さして変わっていないようですな……
 しかし、これは貴族と、それに近い人々の暮らしです。農民、漁民、樵、工(鍛治など)で暮らした庶民は、衣食住も不自由な時代だったと推察します。薬など、貧しい農民は買えません。村の長老や祖父母から伝承された草木や動物の肝などを薬として、祈祷という心理療法で生死の運命は自然に任せたことでしょう。農耕に不利な貧困地区は働けなくなれば、「姨捨山」に捨てられたことを考えると、現在は、どれほど貧乏でも日米の場合は、社会制度が発達して、その恩恵は、当時と比べたら、天国と地獄の差と思います。続きを読む

2006年11月09日

絵画と文章/デンヴァー日記(13) 

 シニアネット仙台「悠々空間ネット」の常連投稿者に自称「michikobaya」という方がいる。彼女の家庭環境は詳しく知らないが、とにかく余生をご主人と謳歌している。
 ヨーロッパに旅行したり、日本国内を歩いたり……その紀行文に添えて自分が描いた水彩画をネットに載せている。一般の人々は写真だけ載せるのが普通である。

 私は、彼女の絵が大好きである。とにかく、一見して温もりを感じる。人物の描写はないが細長いゴンドラにしても、丸みをおびて描かれている。冷たい石づくりの建物が温かい色で描かれている。海も空も、春のような色だ。これらの事実を写真と比較したら面白いと私は思う。

 今秋は、最上川上流の景色を描いて、ネット仲間に公表した。しかも、写真の景色を数日前に載せてから、ご自分の詩情を常より大きいサイズで水彩画にしたものを追っかけて載せた。

 いと、心憎きかな…楽しき裁量と敬服……案の定、コメントがたくさん入った。それで解ったことだが、やはり、傑作は幾星霜という時間と、作者の努力、思索が含まれ、醸されていると感じた。
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2006年10月26日

うかばれない死霊の怨恨か/デンヴァー日記(12)

 ここ、デンヴァー界隈の商店街や住宅街は、ハロウインの商売戦略が醸す晩秋の風物詩を私は、毎年、苦笑しながら悪魔と天使の相克を考えさせられる。

 最近は、日本各地の市街でも、米国の行事であるハロウインを真似て10月一杯を楽しんでいるようだ。31日には、死者の霊が戻るといわれている。日本のお盆とおなじような感じだ。
 ところが、ハロウイン前夜祭の主役は、なぜか悪魔が多い。幼女は天使やシンデレラ、楊貴妃のような華麗な服装を楽しむが、青壮年などは醜悪なコスチューム、仮面に手間隙金をかけて一夜、享楽に繋げて楽しむ。まさに、滑稽極まりない。人類の大半は、生地のままで、これ以上、恐ろしいものはないではないか……
 私が、述べるまでもなく、現実の世界は、魑魅魍魎が跳梁跋扈している。続きを読む

2006年10月21日

もみじ/デンヴァー日記(11)  

 今年のデンヴァー界隈は、晩秋になるのがはやかった。

 私が、黄葉の華麗なる神秘に感動しているころ、二千メートル級の山では、山紅葉、オオモミジ、コミネカエデ、オオイタヤメイゲツなどの仲間が、日本の「襲(かさね)の色目」でいう「紅葉襲」を謳歌していた。
友人が摂ってきた写真では、湖沼が下半分、紅葉が上半分の情景だが、紅葉の模様はまさに燃えている感じで、上面に青空がすこし写っている。しかも、湖沼の半分は、陸上の紅葉全体が水面に逆さに、色彩が変わらずに映っている。米国人は、こういった自然を「オータムファイアー」と言う。

 日本の紅葉を思い出した。なんといっても「伊呂波紅葉」は日本の代表だ。万葉集が編纂される前から日本本州、秋の風情は紅葉なくしては語れない。
 小倉百人一首から、紅葉が記載されているものを抜き出してみよう…

 奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の
     声聞くときぞ秋は悲しき

 このたびは幣もとりあえず手向山
      紅葉の錦神のまにまに

 小倉山峰のもみじ葉こころあらば
   今ひとたびのみゆきまたなむ

 山川に風のかけたるしがらみは
      流れもあへぬ紅葉なりけり

 あらし吹く三室の山のもみぢ葉は
        龍田の川の錦なりけり

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2006年10月08日

名 月/デンヴァー日記(10)

 日本の秋の天候は、めまぐるしく変化するので十六夜の名月をあじわうのは、時間の貴重性を深く認識する。古代、日本本州で一生を過ごした住民が森羅万象に神が宿ると信じたのは当然と思う。その血脈は江戸時代まで伝承している。人類が月面に到達以後、ものごころがついた世代は「お月様」をどのように扱っているかな……
 
 名月を取ってくれろと泣く子かな   一茶

 コロラドの月は、たしかに大氣が清澄なので美しい。この数日は、毎夕8時には東から満月が昇る……

むかし、詩がうまれ曲ができた。コロラドの州旗には月が象徴として描かれている。これは、極めて珍しいケースだ。中近東の民族、国家も月を描いているが、私は、月と人との関わりの話を聞いたことがない。地元生まれの米国人も、古い日本人のような月の見方をしない。

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