(3)土橋(つちはし)寛(ひろし)、1972『日本古典評釈・全注釈叢書 古代歌謡全注釈 古事記編』角川書店

 狭井川よ 雲立ち渡り、畝傍山 木の葉さやぎぬ。風吹かむとす。

〈口訳〉
 狭井川からこちらのほうへ雲が立ち渡って来、畝傍山は木の葉がざわめいている。今に嵐が吹こうとしているのだ。
〈考説〉
 この歌は、次の歌(記21)とともに、所伝から切り離してみると純然たる叙景歌と見ることができるとして、元来は自然観賞の歌であったものを、当芸志美美命の謀反の物語に結びつけたものであろうとする学者が多い。一般に叙景歌が出現するのは万葉時代、それも第二期ごろと考えられているから、この説は文学史の通念を破った新説ということになるが、この見解は雲や木の葉のさやぎという古代観念を理解していないために生じた思いすごしであり、私はこの歌の実体を物語歌、つまり初めから所伝を背景として作られた警告の歌と考える。(後略)

 畝傍山 昼は雲とゐ、夕されば 風吹かむとそ、木の葉さやげる。

〈口訳〉
 畝傍山は、昼は雲が揺れ動き、夕方になると、やがて嵐が吹く前ぶれとして、木の葉がしきりにざわめいているよ。
〈考説〉
 この歌は内容的にも構成的にも、「狭井川」の歌を少し歌い変えたにすぎない。もしこの二首が元来独立の叙景歌であるなら、類歌以上にこんなによく似た歌が二首あったということそれ自身が、あまりに偶然すぎる。これは連作的な物語歌と見るべきであり、物語歌には、連作的な歌は珍しくない。(後略)

(4)西宮一民校注、1979『新潮日本古典集成 古事記』新潮社

 佐葦河よ 雲立ち渡り 畝傍山 木の葉さやぎぬ 風吹かむとす

 畝傍山 昼は雲とゐ 夕されば 風吹かむとそ 木の葉さやげる

〈校注*〉
 次の二首は連作で、叙景に託した寓意歌として秀逸である。
 この歌によって、庶子当芸志美々命の謀反が発覚し、末子神沼河耳(かむぬなかわみみ)命がこれを討ち、第二代の皇位を継承し、綏靖(すいぜい)天皇となる。先帝の崩御直後に謀反が起こるのは、皇位継承争いがその殯(もがり)の期間に生ずるからである。また反逆者は必ず敗北し、嫡流のみ皇位継承できることを、その都度執拗に説いている。ただその継承順位に、中巻ではほぼ末子相承、下巻では兄弟相承の形が目立つ。

 狭井河から雲が出てくるのは、その地がイスケヨリヒメの本拠地であり、その地の神霊が異変を予告しているとの、全集(小学館)の説を採る。イスケヨリヒメはタギシミミと共に橿原宮に居ると考えられるが、皇子たちの居所については検討を要する。タギシミミを討つのは橿原宮でよいと思われる。
 

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