其の河を佐葦河(さゐがは)と謂ふ由(ゆゑ)は、其の河の辺(へ)に山ゆり草多(あま)た在り。故、其の山ゆり草の名を取りて、佐葦河と号(なづ)けき。山ゆり草の本の名は佐葦と云ふ。           *原文は「全集」より

〈大系校注〉
 記伝に百合の一種であろうとしている。その原名をサヰというとあるが、他に所見のない語である。
〈全集校注〉
 本文の「狭井河」の表記を注では「佐葦河」と変えている。これは、この河川名の起源をヤマユリ(山百合)の古称サヰに求めるにあたり、「狭井」の字義を消去する必要があったため。
〈集成校注〉
 「山ゆり草」(笹百合)の本の名が「さゐ」というのは、その花の白さを「爽やか」という感覚で命名したもの。そこで「騒(さゐ)河」の聴覚的と、「爽(さゐ)」の視覚的な感覚語とが響き合って、地名説話を形成した。狭井神社では毎年四月十八日に鎮花祭(はなしずめのまつり)をし、三輪山の笹百合の根を供える神事がある。


 三枝祭(さいくさのまつり・ゆりまつり)は、その起源も古く、文武天皇の大宝元年(701)制定の「大宝令」には既に国家の祭祀として規定されており、大神神社で行われる鎮花祭と共に疫病を鎮めることを祈る由緒あるお祭りであります。
 昔、御祭神姫蹈韛五十鈴姫命が三輪山の麓、狭井川のほとりにお住みになり、その附近には笹ゆりの花が美しく咲き誇っていたと伝えられ、そのご縁故により、後世にご祭神にお慶びいただくために酒罇に笹ゆりの花を飾っておまつりする様になったと言い伝えられています。《率川(いさがわ)神社(奈良県奈良市本子守町)のホームページより》
http://www.isagawa-jinja.jp/saitenn.html

Lilium_auratum1Lilium_japonicum_(1)Lilium_japonicum_Sasayuri_in_Kasagatake_2001-7-28











 
狭井神社の鎮花祭(はなしずめのまつり)、率川神社の三枝祭(さいくさのまつり)に関する記述から、冒頭の古事記の註に示された「山ゆり草」は現在一般的に言われる「山ゆり」(写真上)ではなく、「笹ゆり」(写真中・下)を指すことは明らかである。三輪山に咲く香わしい笹ゆりは古くから「さいぐさ」と呼ばれていた。可憐でたをやかな花である。