2006年01月02日

女性とリーダー論

最近、気になっているテーマの一つ。広い意味では学習方法と関連あり、かも。

Beltaの知識内だけの判断なので、多少危険だけれど、古今東西、「リーダー」と呼べる女性は少ない、気がする。

素晴らしい人物はいる。
マリー・キュリー、ナイチンゲール、マザー・テレサ、etc。

ただ、「リーダー」とは少し違うようだ。

女性リーダーとしてメージするのは、
エカテリーナ2世、マリア・テレジア、最近ではサッチャー元首相、だろうか。

いずれも政治の表舞台に立った人物だが、「リーダー」とは政治の世界に限ったことではない。

そもそも、リーダーとは何だろう?

Beltaが考えるリーダーとは、「決断」をする人、だ。
意思決定ができる人、だと思う。才能や知識に関わらず。

決断…決めて断ち切ること(当たり前か。笑)

決断をすること。それは、とても孤独だ。決める前も、後も。
集団の大小は関係ない。「長」と付く役をした人は実感できるだろう。

女性の場合、この孤独をつらく感じることが多いのではないだろうか?
極端な言い方をすれば、決断の孤独に耐えられない。

集団との関わり方は、男性は競争、女性はコミュニティ、と言われる。
競争によって自分の位置を自分で確認する男性、
他人の共感で自分の位置を確認する女性、というところか。
だから孤独がちょっぴり苦手。
女性のリーダーが育ちにくいのは、そのあたりに原因があるのではないか。

コミュニティにおいて個で立ち続けることは、
本人も周りも戸惑うことなのかもしれない。

風に髪を遊ばせて、一人立つ。そんな潔さに惹かれる。



もっとも、去年教わったTA(交流分析)のリーダー論では、
リーダーは3種類あり、それぞれ性質が違う。
必ずしも決断をすることがリーダーの役目ではない。
機会があればそんな話も書いてみたい。

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