2006年12月29日

"同じ"と"違い"Belta説

雪景色。この冬、初めての積雪。

昨日の記事に、感想をいただきました。
> 以前にも同じような話がありませんでした?
バレた(笑)

というのは、
冗談だけれど、
似た記事は書きました。
(「旅立ちの詩」記事の検索は目次が便利)

「『美しい』を探す」という点では同じだけれど、
昨日の記事のポイントは"同じ"と"違い"を見つける、こと。
この点は初出。

> なるほど。
> 僕は"同じ"は見つけることができたけど、
> "違い"は見つけられなかったわけですね。

そう。

この人は、Beltaの記事の"同じ"部分に、
注意が惹かれたことになる。

"同じ"と"違い"。
最近、ちょっと気になっている。

"同じ"を見つけて、仲間を求め、生き延びる確率を増やす、
"違い"を見つけて、危険を回避する。

生き物としての人のベースの一つだと思う。

そんなことを考えながら、こんな想像をしてみる。

太古、"同じ"を見つけて群れていたヒトの中に、
"違い"を見つけたヒトが出た。

そのヒトは、他のヒトとの違いを発見し、
モノとモノの違いを発見した。

やがて、違いを強調したり、違いを埋めようとしたり。
違いから、智恵と工夫が生まれた。

そのことによって、群れは大きな発展をしていった。
そして、やがては「文明」を生み出していくことになる。


もう一つ、こんな民族もいる気がする。
"同じ"を見つけて仲良く暮らしているヒトの群れ。
"違い"を見つけても、"同じ"ところも見つけて受け入れる。
やがて、「わ」を生み出した。


どちらが良いとか、悪いとか、Beltaには判断できないけれど。

"違い"、"違い"を見つけることが、
文明であり、ヒトの発展を支えてきたと感じている。

そして、それが現代にもつながっていると。
結果として、今の時代、少しばかり"違い"に目が向いている気がする。

だから、寂しい、だから、集まる。

どうなのかな?


"同じを見つける目"、"違いを見つける目"、
月並みだけど、やっぱり両方必要なんだと思う。

目が二つ用意されているのは、そのためなのかも?

というわけで、君。
今度はBeltaの記事の違うところも、見つけてみてね。



<Beltaから一言>
Beltaは、
"同じ"は「共感」を生み、
"違い"は「感動」を呼ぶ、と思っています。

このブログを楽しみにしてくださっている方は、
きっとご自分と同じところと、
違うところを見つけてくださっているんでしょうね。



人気ブログランキングに参加しています。
クリックしてくださる方、本当にありがとうございます。
ポイントが入ると、誰かが読んでくれたことが分かってうれしいのです。
ここをクリックお願いします。心から、楽しみにしています。
感謝。

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/blue_belta/876826