blue monochrome

こうしてお会いできたのも、きっとしあわせなこと。 逢いたいひと、逢えないひと、哀しみも喜びもすべてをこめて。

どきどきどき。

身のまわりで大きな変化がいくつかあって、週明けから動きます。
どきどきどき。
失敗しないかな。
呆れられないかな。
まちがえないかな。
こまったことにならないかな。
…と、最悪の事態に関する妄想癖が炸裂しています。

おひさしぶりです、元気に(妄想癖でエクスプレスだけれど)生きています。

望んで、手に入れたくて、がんばって得たものが
手のひらのなかに落ちてきたとたんに
怖気づいてしまう。
なんでなのかな。

そうだ、わたしはがんばったんだ。
がんばって、手に入れたんだ。
迷わなくていい、心配しなくていい、嘆かなくていい。

最悪、振り出しに戻るだけだからさ。
戻ったら、しばらく凹んで、また元気になればいいだけだからさ。
がんばれ。
ふんばれ。
あとすこし。
もうすこし。
あとちょっとで、ちゃんとがんばれる。

回遊水槽ライフ。

動いていなくちゃ、息ができなくなる、気がして。
まえにまえに、進まなくちゃいけない、気がして。
忙しくしていれば気が取り紛れるような、気がして。

そういう「気がして」にうずもれるようにして気ぜわしくしていたのですが。
「気がして」が全然ブースターになってくれなくなりました。

なんたること。
と、愕然としています。
(愕然としているのでですます調です…)

いかーん!
しごと以外で動いてない…(読書か書きものかネットしかしてない)
ねぇねぇ、わたしさん!図書館の本の取り置きあしたまでなのですが…(取りに行く気がおきない)
下のエントリの冬季うつでこれだけだめになれるとは一種の才能かもしれない♡
しごとにいったー!やったー!って喜んでいるのではほんとうにだめかもしれない♡

やりたいことはいっぱいある。
本棚の物色、部屋の模様替え、新聞のスクラップの整理、買い物…エトセトラエトセトラ。

でも、どうしてもできないのです。
足が両面テープ加工で地面と仲良くしているみたいな感覚です。
ちくしょう、わたしは前に進みたいんですぜ…
『ちくしょう』と打ったら『地区賞』って出ました。
動いていない迷子部門にエントリしたら、近隣では地区賞くらいには…なるかもしれない……。

回遊水槽にいる気分です。
ぐるぐる泳いでいないと息ができないのに、一歩も一ミリも、前に進めていない。
まぁ、回遊水槽ライフ。
息ができているだけ、いいのかもしれない。
前に進むだけが人生ゲームのルールじゃないし。
しばらく、『ここで回遊』の升目の上にいます。

***

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もれなく冬季うつ…。

これは、冬の気になるあいつ。
ザ・冬季。

こいつのせいだ。
ぱたっとできなくなった。
なにが?いろいろさまざま、なにもかもが。
なにがしたいかというと、ただ寝ていたい、おふとんちゃんともっとなかよしになりたい……
欲望の赴くままに生きると人間失格になりそうなので、気を引き締めて、うつに鞭打ってがんばります。
といいたいです。
が、引き締めるための紐やら殴打するための鞭やらがないので、どうしましょう…(暴力反対!)

しごとにいく、が最低限のハードルと化しております。
失格じゃないけどだめっぽいひとになってきました…。
できればしごとにさえいきたくないと思っております。
だめっぽいっていうか、なんだかなぁ、だめだめです。

身体が重いのですが、実際の重量が増えたわけじゃない(と思いたい)今日このごろ。
ぼちぼち、のたりのたりでがんばる…のか?
うん、のそりのそりといきませう。

……それってもはや通常モードでは。

***

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うつのど真ん中における想像力の問題。

かくのごとくえらそうなことを、きのうの日記に書いたものの。
やっぱ、やっぱり、現実って手厳しい手ごわい手におえないの三手地獄。
思うようにいかないことだらけで、洞穴のなかをさまよっているみたいで、明かりがないわけじゃないけど死ぬまで出口はないのだろうと思う。
よく「出口のないトンネルはない」というけれど、アウトローなわたしの人生はトンネルじゃない、洞穴だ。だから出口のさがしようがない。さがしてもしょうがない。
(出口問題は悟りの境地にたどりついた。やったね、わたし)

ままならぬこの世(洞穴)が地獄に思えてきたら、とりあえず想像の世界にいくことにしている。
数すくないあかりのひとつだ。

でも、うつのど真ん中のときって……想像力どころじゃなかったよなーとおもうのだ。
寝ても覚めても悪夢のなかで、抜け出せなくて、現実みなきゃ…!とむだに焦って(むだだと、いまだから言える)、闘わなくちゃとまぬけでへなちょこで丸腰のくせに思い込んで。

つらいときに大事なのは、がんばることじゃなくて逃げることだ。
想像の世界でも、眠剤のんだ眠りの世界でも、とにかく現実から逃げること。
そこでゆっくり羽根をやすめているうちに、すこしずつ、すこーしずつ、つらくなくなって「飛ぼうかな」と自然に思えてくる。

どうなんだろう。
思いっきり落ち込んで、地べたに這いつくばるような気持ちでも。
ふっと、想像してみるといいのかもしれない。ここではないどこかを。ここじゃないならどこでもいい、という選び方でも。
「たすけて」っていえないのなら、自分を自分がたすけてあげなくちゃ。

……といってるわたしは、そろそろ格闘の時期なので、奮闘健闘してます。
(健闘のほどはあやしいけれども)
いつまでもおなじ場所にはいられない。
ずっとたたずんでいれば、足は腐ってしまうから。
想像の世界でときどき遊びながら、現実と闘っていく所存だ。

***

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すこしたたかってみるの巻。

アグレッシブとかアクティブ、そういった語彙とは縁遠い性格ゆえに、わたしの『闘う』は耳をふさいで目を閉じて、「きこえてないよ、みえてないよ」と繰り返し言い聞かせることだ。
みえない将来、ひらけない展望、手の届かない願いごと。
気がついていない、ふりをすることだ。

すくなくとも、いままでは。
でもきっと、これからは。

ふさいだ耳の隙間、閉じた眼の裏に「このままじゃいけない」というワードがちらちらするようになった。
このままじゃいけない、手のひらがあるのなら、掴みにいかなくちゃ。
すこしだけ、ほんのすこしだけ、そう思った。
ら、動かなくちゃ。
いまいる場所は心地いいけれど、ずっとここにいるわけにいかない。
から、いかなくちゃ。

足は歩くために、手は掴むために、頭は考えるために。
思考停止することで自分を傷から守ってきた、それ自体がいびつだった。
これでいいんだと、居場所はここなんだと言い聞かせることで、ごまかしてきた、それ自体がぜんぶ嘘だった。

ので、すこしだけ人生を動かすためにすこしだけがんばっています。
がんばりすぎないように。
自分を追い詰めないように。
言い聞かせながら、なんども。これは嘘じゃなく自分を守るための呪文だから。

思えば、わたしは自分に呪いをかけていたも同然なんだな…と。
ごめんね、いままでのわたし。
がんばれ、これからのわたし。
すくなくとも、わたしはあんたの味方だから。


***

がんばりすぎないでね。
自分を責めないでね、追い詰めないでね。
めぐる世界の縁のなかで
出会えるものと
出会えないもの。
不確かな糸を手繰りながら
99%が絶望でも1%の希望があるなら
あるいていかなきゃ、いかなくちゃ。
出会えたものを抱きしめて
出会えなかったもののぶんだけ。
まいにちかなしい雨がふるのなら
あしたも花が咲きますように。

***

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やっぱりつらいPMS。

なにをがんばればいいのか。
どれだけがんばればいいのか。
いつまで?だれのために?どうして?
そもそもその努力が報われるあてはあるの?
今回のテーマ:『努力』って感じでPMS、つーらいよー…。

ひさしぶりに自分で自分の気持ちを調整できず、ほかに八つ当たりしたくなっています。

どれだけ頑張っても、暮らしは楽にならないし、びょーきはよくならないし、愚痴を言える場所はなくなるばかりだし、だしだし。
もーーーいやーーー!
……と、突然ネガティブを数えあげはじめる、おそるべしPMS。

しばらくぶりに、どん底です。

扉を開けなくちゃいけない。
たとえそのドアが出口でなくとも。
あるかなくちゃいけない。
どちらが前なのかさえわからなくても。
生きなくちゃいけない。
産まれてきたくなかったと、おもっていても。

***

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人生のボーナス。

日々はしんどい。生きづらい。
これは病気でも病気じゃなくても、おんなじだと思う。
ただ、心が参っているときは『しんどい』がただただ重量オーバーになってしまう。
押しつぶされているときは、つぶれているしかない。本当にそれしかない。ただ息をするのも苦しい。

なので。
わたしはちょっと軽くなったときにささーっと「すこし先のたのしい」をつくることにしている。

職場の休みにあわせてプチ旅行(こんどのはけっこう遠方になってしまった、致し方なしの話)
アマゾンをめぐってすきな作家さんの新刊を絨毯攻撃で予約。
びじゅチューン!の新作情報収集。
などなど、などなど。

旅行は日程がくるまで、本は届いて読みおわるまで、すきなテレビはみるまで「とりあえず、どんなにしんどくてもおわるまで死にたくない」ものだ。
ひとまず、11月まで「たのしい」を満載にした。
これはわたしがかなり快方にむかっているからだとおもうけど、「たのしい」を考えている時間も存外に「たのしい」し、「たのしい」が過ぎ去ったあともしばらくはほわわんとした気持ちでいられる。

名づけて『人生のボーナス』作戦。

自分に自分でご褒美してあげることに、以前は抵抗があった。
だって大層なことはしていないし、目標達成とかでもないし、そもそも自己投資(じゃないけど)ってよくわかんないし。
でも、自分のことは自分くらいしか褒めてくれないし(自分だって滅多に褒めてくれないし)、この歳になるとご褒美だってそうそうもらえない。
じゃー自分でご褒美するしかないじゃないか!

支払いのときは涙がちょちょりでそうになるけど、旅や本がくるころには忘れている、人間の脳の便利システム。
喉元過ぎれば熱さを忘れる仕組みはボーナス感を出してくれる。

たのしいことをさがしている。
たのしいことを必死にさがして、一生懸命いきようとしている。
転がらぬのなら、転がせ世界。

***

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身の丈のしあわせ。

ちいさいころからの『お手本』はいつも『人間としての成功像』だった。
中学・高校の創立記念日に(なぜだかほんとになぞだけど)招かれる講演会のOBはどこかの会社の社長だったり、専門分野のエキスパートだったり、した。
単純でおばかなわたしは、そこで思い込んでしまった。
いや、インプリントされる鳥類がごとく、刷り込まれてしまった。
「あれが大人なのだ。わたしもあの後を追って、大人にならなきゃいけないんだ」

返す返すもあほである。
一億総社長シャカイだの国家総エキスパートだの、あるわけがないのに。

立派な大人というのは一握り。ほんとに一握り。
そして身分が『立派』だったとしても、その人の人間性が優れているかといえば必ずしもそうではない。

将来を悲観するこどもたちに見てほしいのは。
未来なんて…とおもうこどもたちに見てほしいのは。
ほんとうの意味でこの世界を支えている『あんまうまくやれなかったけど、それなりにしあわせな大人』じゃないだろうか。まいにち黒色に塗り潰されながらも、すきなものがあったり、拭い去る方法をしっていたりして、なんとか生きている大人。

すくなくとも、過去のわたしに見てほしい。
わりと、しあわせないまのわたしのことを。
うまくやれなかったけど、生きてることを。

みんながみんな、きれいに歩けるわけじゃないし、そうそうごりっぱなわけでもない。
いま、生きづらさに少しでも風通ししてくれるのは、縁の下の力持ち的な、『なんとか生きてる』ひとたちそのものじゃないだろうか。

***

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南の島のこどもになりたい。

何回目かで、いや何千回目かで、心が折れそうだ。
きっかけは些細なことだった。
わたしにはなんの非もなかった(とおもう)、相手方が100%わるい(とおもう)、それなのにわたしに全責任があるような言い方をされた(とおもう)。
(とおもう)は客観性のため。いついかなるときも、だいじ、客観性。
こんなときなのに仕事です。
泣きたいけれども仕事です。

あーーー、南の島のこどもになりたいよー。

以上、愚痴でした。

***

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海底の貝殻。

忙しい。
もっぱら忙しい。
再開したブログを3日にいちどは更新しようとおもっていたけれど、一週間もせず挫折。
……まぁ、人生かねてから思い通りに描けたことがないわたしの通常モードですな。

悲しいことがあった。
だれがわるいわけでもなく、どうしようもなく起きてしまったこと。避けられなかったこと。
わかっているから怒りの矛先はどこへもむかず、「ずむー…」とうめきながらそれでも、それでも『どうして』と思わずにいられない。理由があれば楽になるから。原因は心を楽にしてくれるから。人間(というかわたし)はかくも愚かしい。……まぁ、人生かねてから(以下同文)。
(悲しいこと、というのは筋肉の病気の再発で、消炎剤をのむライフリターンズマッチ……だれもなにも、わるくない、わかってる)

こういう『どうして』は心を蝕む。心を暗くする。いかん類のもの。
それもわかっている。ので、対処しているところである。
その対処法は、薄暗い心を真っ暗に、ダークをブラックにすることで……。
はい、「えー」とお思いですよね。そんなに心が思い通りになるのか、と。
というか、そもそも真っ暗にしちゃってだいじょうぶ?と。

だいじょうぶになるために、敢えて私は心のあかりを消す。ぜんぶ。ひとつ残らず。
希望がみえるから、つらいのだ。望みがあるかもとおもうから、疲れるのだ。
もうなにもみえなくなってもいいから、なにもみたくないときがある。そういうときは、なにもみなくていい。聞かなくていい。……考えなくていい。なにもしなくていいから、ひたすら下へ下へもぐる。心の暗黒を増幅させる。

薄暗い時点では「これ以上落ち込むのはこわいなー…」と無意識下にある。否が応でも。暗黒になったら、ほら、なにもみえないから、なにもみなくていい。

暗黒のなかで身を守っているうちに、だんだん、だいじょうぶになるのだ、人間は。
ひかりは傷を隠してくれない。でも、闇は傷も欠損もなにもかもみえなくしてくれる。
そのうちに、だいじょうぶ…かも……とおもえたら、勝ち。

わたしは、暗い音楽を繰り返し繰り返し聞くことで、だいじょうぶかも……とおもえるようになる。自分でアクションしなくてもデッキのスイッチを押すだけで流れ込んでくるので、音楽は読書をするほどパワーがないときに便利だ。
自分の『泣けるうた』をつくっておくのもいい。わたしが泣きたいときに聞くのは柴田淳の『雨』とか『それでも来た道』、まきちゃんぐの『誰が為に鐘は鳴る』あたり。
3つ目は暗い。半端なく。
以下、歌詞の一部引用。

『命に重さがあって人それぞれ違うのなら/どれほどの重さであれば生きていてもいいのだろう』

くっらー…。これをきいて泣いている自分、に自分で引く。ドン引きである。

消えてしまいたい。
いまも、おもうことがないといえば、嘘で。
幻のような気持ちだとしても、本気で「消えられたら楽なのになー…」とおもうときもあって。
でも、消えも死ねもできない。
だったらせめて、海底で、死にちかい場所で『どうして』が癒えるまで、ただ水面を見あげている貝殻になりたい。
海底は、涙の味がする。だから、泣いていてもいい気がして。


***

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プロフィール

だいず

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雨、降る降る…。
 (ぶっひゃーの長談義 第二版)
雨、降る降る…。
うつ病克服 そして次に来る物は。。。 (うつ病は必ず治ります。家族の力と信頼で治ります。)
優しくあれ、と願うこと。
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