エーゲカイ!

趣味で物書きをやってます。 見切り発車ですが、完結目指して頑張ります。 読んでいただければこれに優る喜びはありません。

どうも初めまして、著者の雪早拓真と申します。

これは大学生になったばかりの女の子と奇妙なサークルのメンバーが奮闘?する物語です。

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http://blog.livedoor.jp/bluecrowd63-novel/archives/cat_87067.html

 エーゲ海。
 それは地中海東部のギリシャとトルコに囲まれた海域のこと。周辺地域はエーゲ文明発祥の地で沢山の島が散在する多島海とも呼ばれている。
 私の知識はそんなものだ。
 しかし、この大学では『エーゲカイ』という言葉は違う意味を指すらしい。
 キョーコは詳しい意味を知らなかったが、どうやら御手洗さんが会長を務めるサークルが『エーゲカイ』と呼ばれているようだ。
 そして、私は再びサークル棟の前に立っていた。
 どうして二度と来ないと言っていたこの場所にまた来たかって言うと、それはもちろん御手洗さんを問い詰めるためである。
 どうやら『エーゲカイ』というのは大変有名らしい。それも悪い意味で。
 そして私はそこの新入会員だという噂が一夜にして誰かの口によって広められてしまった。その誰かはわかりきっている話だが。
「許せん! とっちめてやる!」
 私はドスドスという効果音が聞こえそうなくらい前屈みで前進する。向かう先はもちろんメディア文化コミュニケーション研究会の部室だ。
 私は昨日通ったばかりの道を辿りずんずん進む。すると明かりが消えかかって暗くなっている廊下から声が聞こえてきた。
「君の言うことは断じて聞けん!」
 今の声は御手洗さんだ。声を荒らげて一体どうしたのだろう?
 近づいてみると、部室の前で御手洗さんと桂川さん、それに宇佐美さんが一人の女の人と向い合っていた。
「何度も言わせないでください。貴方達のサークルはこれといった活動も見られず存在する価値がないと言っているのです」
 女の人は眼鏡を上げ、冷たく言い放つ。
「君にこれらの価値がわかるというのかね!?」
 反論する御手洗さんはいつになく焦っているようにみえる。隣では桂川さんが鋭い眼差しを相手の人に向けている。一体どういった状況なのだろうか? いま来たばかりの私には皆目検討がつかない。
「おぉ! いいところに来た!」
 こちらに気づいた御手洗さんが歓喜の声を上げる。
「見ろ! 新入部員だ!」
「違いまふっ!?」
 いきなり後ろから口を抑えられた。向かいからは人差し指を口に当て桂川さんが静かにするよう合図をしてくる。
「ごめんね」
 小さく後ろから謝る声。どうやら私の口を抑えているのは宇佐美さんらしい。男の人と密着していると思うとちょっと赤面してしまった。
「彼女は今何か言おうとしていたみたいですが?」
「ききき気のせいじゃないかね?」
 誰の目から見ても御手洗さんは焦っていた。視線は四方を彷徨い、汗が滝のように流れている。
「ならばどうして宇佐美君は彼女を抑えているのですか?」
「うぐっ……」
 御手洗さんは今にも倒れてしまいそうなくらい青白くなっていた。口を金魚のようにぱくぱくと開閉させ、なんかもう大変なことになっていた。
「それは、彼女が宇佐美くんの恋人だからよ」
 沈黙。
 時が本当に止まったんじゃないかと錯覚するほど、さっきまでの口論が嘘のように静まり返った。
 私も桂川さんが一体何を言ったのかすぐに飲み込めない。
 ワタシガウサミサンノカノジョ?
 一体どういう意味なの?
 女の人は顔をほんのり朱に染めて眼鏡を上げ下げし、「そ、そうでしたか。一先ず要件は伝えました。また後日伺わせていただきます」
 踵を返し去っていった。その足取りは競歩のそれに近かった。
「二度と来んな!」
 御手洗さんが踵を返し去っていく背中に「べろべろばぁー」とか「おしりペンペン!」とか子供のように騒いでる。
「ごめんね。こんなことになっちゃって」
 バツが悪そうに頬を掻きながら宇佐美さんが謝る。私は宇佐美さんに謝られるようなことをされたのだろうか?
「でも、お似合いのカップルじゃない?」
 ニヤニヤと笑う桂川さんの言葉で私はようやく思考が追いついた。
 私と宇佐美さんはお付き合いしているのだ。
「そうかそうか。――ってええええええええ!?」
 私の叫びは暗い廊下にこだました。

「ここは通称サークル棟。様々なサークルの部室が集まっている。我々メディア文化コミュニケーション研究会もここに拠点を持っている」
 御手洗さんはスマートフォンを弄りながら説明してくれる。私はそれを聞きながら、辺りを興味津々に見渡す。壁にはサークルの宣伝ポスターや漫画研究会のイラスト、音楽系サークルの演奏会の日程表などが乱雑に貼られていたりして面白い。まるで秘密基地に来たみたいだ。 
「よし、ついてきたまえ」
 スマートフォンをポケットにいれ、歩き出す御手洗さんについていく。この時既に私の頭には引き返そうという思いが何処かへいってしまっていた。
「着いたぞ」
 気付けば、廊下の最奥まで来ていた。電球が切れかかっているのか、チカチカと点滅している。
 そこには部室が二つあり、片方の表札には漫画研究会と可愛いイラスト付きで書かれている。その向かいの部室は表札の文字が潰れて読めなくなってしまっている。どこのサークルの部室だろう?
「ここが、我が拠点! メディア文化コミュニケーション研究会の部室だ」
 どうやら表札の文字が潰れてしまっている方が御手洗さんのサークルの部室らしい。御手洗さんはノックもせずに扉を開く。
「ささ、入ってくれたまえ」
「お邪魔します」
 とりあえず促されるまま入ったはよかったが真っ暗で何も見えない。
「あのぉ、電気は?」
 私が見たら遺産に聞いた瞬間、カチリ。
 背後から鳴った音は電気がつく音ではなく、家を出る時とかによく耳にする音。ようするに施錠の音だった。
「それ! 確保!!!」
 嵌められた。
 そう思った時には既に遅かった。


「――という訳です」
「あちゃー。御愁傷様です」
 苦笑いしながら宇佐見さんは頬を掻く。
「結局、サークル勧誘がこなくなる魔法の道具っていうのはないんですね」
 考えればわかることだ。そんな黄門様の印籠みたいな見せただけで効果絶大なステキアイテムあるわけないよね。
「いや、ある」
 項垂れる私に対し、御手洗さんは堂々と胸を張って言った。
「本当ですかぁ?」
 もうこの人の言うことは信用していないけど、念のため。一応聞いておくことにしよう。
「ぐふふ〜。じゃじゃーん」
 私の期待していない態度を他所に、御手洗さんはイヤラシイ笑みを浮かべ一枚の紙をとりだした。その動作からは一分の隙もなく嫌な予感しかしない。
「ぱっぱらっぱっぱっぱー。入会届〜」
「次は本当に講義があるので私は失礼させていただきます」
 やっぱり、聞くだけ無駄だった。とっととこんな場所からオサラバすることにしよう。
「あれ、もう帰っちゃうんですか?」
 林原さんが残念そうにもらす。その手に持ったおぼんには、淹れたての紅茶がこの部屋に似つかわしくない香りを放っていた。
「落ち込むことはないよ、林原君。彼女とはまた話す機会もあるだろうからね」
 林原さんの肩を叩きながら会長は私を見てニヤリと口角を吊り上げる。私はその笑みにえもいわれぬ怖気を感じた。
「はっはっは。また来てくれたまえ」
「失礼しましたっ!」
 誰が二度と来るか!
 そう思っていたのに、私はここに来た時点で御手洗さんの掌の上だったことに後で気付かされる。それはもう、嫌という程に。
 
 翌日。
 平日の正午。学生は各々好きな場所でお昼ご飯を食べている。私も友達――勇気を出して初めて自分から話しかけてできた!――と一緒にお昼ご飯を食べる約束をしているので急いで待ち合わせの場所である学食へ向かう。
 いつも通り、学食の窓際の席に友達が座っていたので駆け足で向かう。けれど、今日は私が学食に入ったときから妙に視線を感じた。周りを見ると、私を見ていた人達が一斉に視線をそらす。
 なんだろう? 私に何かついているのかな?
「お待たせ!」
「おー」
 いつも通り、眠そうな目を向け眠そうに私の声に答えてくれたキョーコーー本名は各務京子――は近う近うと手を招く。
「えーちゃん、おっつ〜」
 えーちゃんというのは私の愛称だ。愛称で呼ばれるなんてキョーコが初めてだったから、未だになんだかこそばゆい。
 私はキョーコの向かいに腰掛ける。その間もずっと視線を感じるような気がした。
「キョーコ。私、なにかついてる? さっきから視線を感じるんだけど」
「ふふふ〜」
 私の不安気な問いに、キョーコは意地の悪い笑みを浮かべた。
「それはね、えーちゃんが噂の人だからだよ〜」
「え、私?」
 大学に入ってからも特に目立ったことができていない私が噂の人物? ありえない、ありえない。
 けれど、視線を感じるのは確かだし、みんなひそひそと私を見ながら話しているし……。
「何で、私が噂になってるの?」
「それはね〜」
 キョーコは人差し指を私に突き出して言った。
「えーちゃん。かの有名な『エーゲ会』に入ったんだって?」
 










  

 入学式から二週間経った今も盛んに行われているサークルの勧誘。始めは一つのサークルから誘いを受けていただけだった。
「ねぇ君、テニスやらない? みんなで身体動かすの楽しいよ。うちのサークルは大会で優勝目指す熱血サークルじゃないからさ。どう?」
 とまぁ、こんな感じのありきたりな勧誘だった。私はいずれ何かしらのサークルに入るつもりだったし、奥手な自分にとって相手から来てくれるそれが、たとえありきたりでも魅力的に思えた。
 ――大きく変わるなら、慣れない体育系のサークルもアリかも……。
 けれど、文化系のサークルも色々見て考えたいと思った私は正直に言った。
「あのぉ、文化系のサークルにも興味あるなぁって……」
 それが引き金だった。
 テニスサークルの勧誘の人は途端に嘲りの表情を浮かべ大声で言った。
「文化系! 正直止めた方が良いよ。健康的じゃないし、ここだけの話、うちの大学の文化系って超暗いしね」 
「それは聞き捨てならない台詞だねぇ」
 案の定、大声で語られたせいでここだけの範囲はとても広かった。テニスサークルの人のここだけの話を聞きつけ、男の人が食って掛かる。
「おっと、僕は漫画研究会の者だ。うちにも是非見学に来てくれ」
 途端、笑顔で私の方を向いて名刺を渡される。あ、名前の横に描かれているキャラクター可愛い。
「何ちゃっかりアピールしてんの? この子には私が先に目を付けたの。話しかけないでもらえるかしら?」
 「文化系のサークルに興味があると言っていたじゃないか。そんな彼女に、その文化系のサークルが挨拶して何が悪い」
 あぁ、何か始まっちゃった。私には二人の視線がぶつかって火花を散らしているように見える。
 二人は私そっちのけでヒートアップし始めた。
「いつもいつもラケット振り回してはポゥ! ポゥ! あの鳴き声は一体何なんだ!?」
「あーやだやだ! これだからテニス知らないネクラオタクは」 
「何だと!?」
「やるつもり!?」
 もはやただの悪口の言い合いになってしまった。お互い色々溜まっていたのかなぁ。
 とりあえず、ここから抜ける口実を作らないと。
「あのぉ、私はこれから講義があるので……」
 本当は次の時間の講義を取ってはいないけれど、これなら確実に抜けられるよね。
 そう思っていた私は浅はかだった。
「「ストップ!」」
「ひーん」
 二人とも私のことは忘れていなかった。おまけにヒートアップして今は何時だとか、周囲に人だかりが出来ていることも気付いていない様子。両方の腕を互いに引っ張られ、綱引きならぬ腕引き状態。あぁ、お母さん。大学というのは恐ろしい場所です。
 脳内に私の両腕がもげるシーンが流れかけた、その時だった。 
「サークル運営委員のみなさーん! 新入生を無理矢理勧誘しているサークルがありますよー!」
「「シマッタ!」」
 二人は慌てて立ち去っていった。助かった……。
「君もボサッとしてないで早くここから逃げるぞ!」
「え!?」
 サークルの委員がどうこう叫んでいた人は私の腕を引いて走り出す。私はそれにただ引かれるがまま。あぁ、もうどうにでもなれだ。
 腕を引かれて辿り着いたのは古い建物だった。
「はぁ、はぁ。君、ああいう、手合には、気を、つけた、まえよ」
 少し走っただけなのに息も絶え絶えで玉のような汗を額に浮かべている。
 改めて見ると……失礼だけど、とても同じ大学生には見えない。この人が四年生だとして、一年生と見た目に差があるのは当然だとおもうけど、この人は30を回っていると言われてもあっさり信じられるような見た目をしていた。ベルトがはち切れんばかりのズボンからシャツが半分飛び出しているし、無精髭や全くセットしていない髪を適当に結んでいるしで、とにかく見た目がだらしない。助けてもらえたのは素直に感謝しているけど、あまりお近づきになりたくないなぁ。
「あぁ、急にすまなかった。私は経済学部四年の御手洗だ。メディア文化コミュニケーション研究会の会長を務めさせてもらっている。因みに浪人はしていない」
 御手洗さんは『浪人』のところを強調して名乗る。やっぱり自分でも気にしているんだ。
 とにかく、ここに居続けるのは危ないと私の勘が告げる。御手洗さんには悪いけれど、すぐに引き返らせてもらおう。
「ありがとうございました。講義もあるので、私はこれで」
「ちょっと待ちたまえ」
 御手洗さんは早々に立ち去ろうとする私の前に回り込み腕を広げる。
「サークル勧誘を受けなくて済むようになる良いモノがあるのだよ」
「うぇ!?」
 やっぱり危ない人だ!? 思わず変な声が漏れてしまう程の怪しさだ。そんな上手い話ある訳ないじゃない!
「まぁまぁ、そんな顔せずついてきたまえ。次の時間、講義を取っていないだろう?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「一年の次の時間割はどの学部も一緒の第二外国語しかないからな。見たところ君の鞄に辞書は入っていない。違うかね?」
 御手洗さんの言う通りだった。次の時間は第二外国語で学校指定の辞書を必要としている。まだ修正期間内だから変更は可能だけど、分厚い辞書を持ち歩いている同級生を見て英語でやっとの私は、語学の単位は英語だけで埋めようと考えていたのだった。
「という訳でついてきたまえ」 
「……はい」
 私はトリックを名探偵に破られた犯人のような気分でしかたがなくついて行くことにした。


 

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