September 10, 2005
アガシ「ずっと現役でいたい」
USオープン大会10日目のアガシvsブレーク準々決勝はおそらくここまでの今大会のベストマッチであると誰の目から見ても感じたのではないでしょうか?
準決勝、決勝を残してはいるわけですが、今年のツアー大会の中では久しぶりに感動した出来事(試合)でした。ポイントの波が行ったり来たりの攻防戦はアガシが3-6, 3-6, 6-3, 6-3,7-6(8-6)でブレークに勝利し、2年ぶりのベスト4進出を決めました。
アガシ自身もUSオープンで2セットダウンからの逆転勝利は記憶にないとのことです。
「(準々決勝は)夢のような出来事だったけど、きわどい試合を自分(アガシ)がこなしたんだという実感を今は現実的に受け止めているよ。」
この試合が終わった時には午前1時9分をまわっていました。
しかしアーサー・アッシュ・スタジアムに足を運んだ2万3000人以上の観客は無我夢中でこのベストマッチを最後まで見届けていました。 まず日本では考えられないことですね。
「(試合後)これ以上の素晴らしい出来事をここ(ニューヨーク)で味わったことはないよ(笑)ファンの応援が僕(アガシ)に向けられていたことに本当に感謝しています。」
敗れたブレークは素晴らしいテニスを披露してくれました。ハーバード大出身である彼のテニスは戦略的というよりもフェデラーやヒンギスのような感性に溢れた才能あるテニスを展開します。
「この試合で失ったものはなにもありません。アンドレとの対戦はすごく楽しみにしていました。今はすごく満足感でいっぱいです。皆さんも楽しんでくれたよね?(笑)」
ブレークは2004年5月、試合中の事故により首部分の脊椎を痛めるという大怪我を負ってしまいました。休養中には父親を癌で亡くし、また心労からかウィルス性の病気にかかってしまい、彼は精神的にも身体的にも衰弱しきっていました。
彼のランキングは下降線を辿っていきました。現時点でのランキングは37位の彼も、復帰当初は米テニス協会からトーナメントへのワイルドカードを与えられることを余儀なくされるという厳しい状況でした。
ブレークは2002年にワシントンの大会において準決勝でアガシと対戦し、ストレートセットで勝利し、それは彼のキャリアを変える価値ある勝利になったのです。
一方、アガシはコーチゾン注射により抑えていた坐骨神経の具合がおもわしくなく、今年のローランギャロスでは初戦敗退を喫し、ウィンブルドンをやむを得ず欠場するという状況に至りました。
彼は、早く元の状態に戻るために少しづつ、しかし一生懸命に治療を続け、それが実を結んで確実に戻ってきたのでした。
試合開始からブレークが2セット連取するまでかかった所要時間は約1時間でした。スコアは6-3,6-3。アガシは明らかに困惑した表情を浮かべていました。
3セット目3-2ブレークリードの場面で、さすがに彼に少しプレッシャーがのしかかっているように感じました。 ブレークのサーブの確率、スピード共に途端に落ちていきました。グランドスラム8回の優勝経験を持つアガシはそれを見逃しませんでした。途端に動くがよくなっていき、本来のグランドストロークを取り戻していきました。2セットダウンからの逆転勝利。
「2セットダウンからの挽回は僕自身驚いているよ(笑)状況が状況であっただけにね。今日のような劇的勝利は僕のキャリアにおいてそんなにある事ではないけど、今それが良いモチベーションになっていることは事実なんだ・・」
アガシは今季での引退をしっかりと否定しました。しかしそれは本人にしかわからないことです。
USオープンが幕を終えた翌日、あるいは1ヶ月、2ヶ月先・・今大会もしくは今季の成果をゆっくりと考える時間が訪れてきた時に、彼の心の中の状況は変わっているのかもしれません。数ヶ月先には答えが出されるのでしょう。
「応援してくれるファンをエキサイトさせることが出来るうちはずっと現役でいたいと思っているよ。」
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準決勝、決勝を残してはいるわけですが、今年のツアー大会の中では久しぶりに感動した出来事(試合)でした。ポイントの波が行ったり来たりの攻防戦はアガシが3-6, 3-6, 6-3, 6-3,7-6(8-6)でブレークに勝利し、2年ぶりのベスト4進出を決めました。
アガシ自身もUSオープンで2セットダウンからの逆転勝利は記憶にないとのことです。
「(準々決勝は)夢のような出来事だったけど、きわどい試合を自分(アガシ)がこなしたんだという実感を今は現実的に受け止めているよ。」
この試合が終わった時には午前1時9分をまわっていました。
しかしアーサー・アッシュ・スタジアムに足を運んだ2万3000人以上の観客は無我夢中でこのベストマッチを最後まで見届けていました。 まず日本では考えられないことですね。
「(試合後)これ以上の素晴らしい出来事をここ(ニューヨーク)で味わったことはないよ(笑)ファンの応援が僕(アガシ)に向けられていたことに本当に感謝しています。」
敗れたブレークは素晴らしいテニスを披露してくれました。ハーバード大出身である彼のテニスは戦略的というよりもフェデラーやヒンギスのような感性に溢れた才能あるテニスを展開します。
「この試合で失ったものはなにもありません。アンドレとの対戦はすごく楽しみにしていました。今はすごく満足感でいっぱいです。皆さんも楽しんでくれたよね?(笑)」
ブレークは2004年5月、試合中の事故により首部分の脊椎を痛めるという大怪我を負ってしまいました。休養中には父親を癌で亡くし、また心労からかウィルス性の病気にかかってしまい、彼は精神的にも身体的にも衰弱しきっていました。
彼のランキングは下降線を辿っていきました。現時点でのランキングは37位の彼も、復帰当初は米テニス協会からトーナメントへのワイルドカードを与えられることを余儀なくされるという厳しい状況でした。
ブレークは2002年にワシントンの大会において準決勝でアガシと対戦し、ストレートセットで勝利し、それは彼のキャリアを変える価値ある勝利になったのです。
一方、アガシはコーチゾン注射により抑えていた坐骨神経の具合がおもわしくなく、今年のローランギャロスでは初戦敗退を喫し、ウィンブルドンをやむを得ず欠場するという状況に至りました。
彼は、早く元の状態に戻るために少しづつ、しかし一生懸命に治療を続け、それが実を結んで確実に戻ってきたのでした。
試合開始からブレークが2セット連取するまでかかった所要時間は約1時間でした。スコアは6-3,6-3。アガシは明らかに困惑した表情を浮かべていました。
3セット目3-2ブレークリードの場面で、さすがに彼に少しプレッシャーがのしかかっているように感じました。 ブレークのサーブの確率、スピード共に途端に落ちていきました。グランドスラム8回の優勝経験を持つアガシはそれを見逃しませんでした。途端に動くがよくなっていき、本来のグランドストロークを取り戻していきました。2セットダウンからの逆転勝利。
「2セットダウンからの挽回は僕自身驚いているよ(笑)状況が状況であっただけにね。今日のような劇的勝利は僕のキャリアにおいてそんなにある事ではないけど、今それが良いモチベーションになっていることは事実なんだ・・」
アガシは今季での引退をしっかりと否定しました。しかしそれは本人にしかわからないことです。
USオープンが幕を終えた翌日、あるいは1ヶ月、2ヶ月先・・今大会もしくは今季の成果をゆっくりと考える時間が訪れてきた時に、彼の心の中の状況は変わっているのかもしれません。数ヶ月先には答えが出されるのでしょう。
「応援してくれるファンをエキサイトさせることが出来るうちはずっと現役でいたいと思っているよ。」
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