2006年12月22日

ルーツ

渡辺美里にハマっていた高校時代からさらに3年ほど前の話。
中学生になった俺はラジオの深夜放送をよく聴いていた。 その中で毎週土曜日、めちゃくちゃ明るい人がやっている楽しい番組があった。

   さだまさし の 『セイ・ヤング』 (文化放送)

リスナーからのハガキを読んで笑うというよくある番組なのだが、他の深夜放送と違って、何というか、健全でほのぼのした雰囲気が好きだった。

で、毎週1曲、さだまさし本人の曲をかけるのだが、その曲たちがまた良かった。 コミックめいた物語曲あり、哲学的な歌詞あり、陰と陽の混ざりあった 「さだワールド」 は、世界と真面目に向き合わされると同時に、ほのぼのと癒される、不思議な世界だった。 ガビーンという電撃というよりは、じわ〜んとした感動だった。  

当時、日本の歌謡界はアイドル全盛で、「聖子ちゃん」「たのきん」から「明菜」へ、という時代。 そういう歌も俺は大好きで、よく口ずさんではいたのだが、「さだまさし」に出会った瞬間、そういう歌謡曲が何か下等なもののように思えてきた。 「惚れた腫れた」の恋愛ソングは自分には縁がないと思ったのだろうか、俺は一足飛びににもっと大きな愛(人類愛や平和)に向かってしまったのだ(苦笑)。

その頃はちょうど、俺の中に小さなアイデンティティが芽生え始めた時だったのかもしれない。 他人と違う高尚なものを聴いているという密かな優越感もあった。(普通は洋楽とかに行くのだろうけど・・・)

中学生の俺にはアルバムを買うお金はなく、当時はレンタル屋もあまりなかったので、毎週1曲ずつ流れる歌をラジカセに録音して溜め込んでいた。 そうして覚えた歌はやがて俺のバイブルとなり、俺は人生を達観したような頭でっかちの青年になっていくのであった・・・。

某大学に「さだまさし研究会(通称『さだ研』)」があるくらい、本当のさだファンは熱烈なのだが、あっさりした性格の俺は、その後、そういう真のファンにはならなかった。 コンサートにも行ったことはないし、最近のアルバムも全然聞いていない。

それでも、今でも変わらずお慕い申し上げている。

「さだまさし」 は変わらない。 たまにテレビに出ているのを見かけるが、いつ見ても同じだ。 いつも楽しそうに人を笑わせている。 真剣に歌っている。

進化しないということは完成しているということだ。 だから安心感がある。 そんな人に俺はなりたい・・・


というわけで、次に習おうと思うのは、

   さだまさし 『空缶と白鷺』

♪僕がこんなふうにお前を抱きしめている時に
   どこかで誰かがピストルに撃たれて死んでゆく〜♪

各種さだまさしの中でも「社会派フォーク」の系統に属する歌で、先進経済大国・日本の矛盾を嘆いた名曲だ。 もう20年以上も前の歌だが、不思議と色あせていない。 それどころか、ますます切実に感じられるのが恐い。 どうやら教育基本法も改悪されてしまったみたいだし、また社会派フォークソングが叫ばれる時代が来るのか。 来てしまうのか。 時代が俺を呼ばないことを願う・・・(なんちゃって)

まあ、そんなわけで、ついにここまで遡ってきた。 多分、ここが俺の原点。 ここからもう一度、出直そうと思う。


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blues40 at 15:11│Comments(2)clip!課題曲 | 好きな音楽

この記事へのコメント

1. Posted by コマっち   2006年12月24日 16:26
さだまさしのセイヤング、聞いてましたよ!!
一番好きだったコーナーは
「深夜の句会」。
毎回出される「お題」にあった俳句が
全国のリスナーから送られてきて、
そのレベルの高さに感心させられました。

「緑」というお題で最優秀賞に選ばれた次の句は、今でも覚えています。


「ミドリガメ そのつぶらな目で何思う」

しばらく笑いころげていました。

2. Posted by takuya   2006年12月25日 19:49
おおっ、聞いてましたか!
「深夜の句会」、懐かし〜っ!

リスナーのハガキを読む時、いちいち 『○○さん、いらっしゃ〜い。チリリーン(鈴)』ってやるのが、なんか暖かかったですよね!

「行く週、来る週」のコーナーも、なんか良かったです。 『時の流れがかくも無情なものだと誰が教えてくれたでしょうか。今週が一刻、また一刻と過ぎて行きます・・・』

ではまた!

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