2011年05月01日

死ぬということの意味

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めでたい36歳の誕生日に、こんなタイトルでごめんなさい。今日は本当はナベケンさんのJ-waveフリマに参加の予定だったのですが、最近飼い始めた犬(プードル、6ヶ月。名前:くま)の初トリミングということで、あざみ野から地下鉄で二駅の「ペット家族」に行ってきたですよ。

予約したとはいえGW。そして初のトリミングということで時間がかかって、結局引き取りに行ったのが12:30とか。

小雨も降ってきたし風が強いので、タクシーで帰ることにしたのです。

犬をタクシーに乗せるってのは緊張するね。運転手さんがその手のペットが嫌いだったら不機嫌になるだろうな、って思うから。

でもその運転手は、以前犬を買ってて、お馬鹿な犬だったんだけど家の事情で後輩に譲ったんだと。悲しかったけど、そいつはスーパーを経営してるから食うには困んないからな、なんて思ったって。まあそんな話をしてたんです。

でね、彼ととりとめもない話をしながら道すがら。彼がおもむろに。

「もうね、生き物との別れは悲しいから買いたくないし、買わなくていいんだ。子どもも独立したし」みたいな話をするんです。

論理的な整合性がよくわからなくて、あ、この人は動物が嫌いで子どものために飼ってるだけ、ってことなのかな。と思った。でも今まで聞いた話しの内容からすると、どう考えても動物好き過ぎるおじさんである。だから「え、どうして?」と聞く。すると。。

「生き物と別れるのは辛いけどさ、ほら、"死ぬ"ってことで伝えられることってあるじゃない。たとえば爺さんとか婆さんが身近にいる孫とかさ。人間でも動物でも同じなの。周りの者がいなくなるってのが。でも、身近にいなかったりすると"生きる", とか "死ぬ"とかのリアルがわかんないじゃない。……俺はいいの。孫がさ、身近にいて、いつか俺が死ぬと、"生き死に"の意味が彼に伝わるからさ、それでいいの」とか言うわけです。

しばし「うーん」というしかなかった。

タクシーはほんの15分くらいだったし、おじさんの話は笑い話が殆どで、しかもしょうもないオチがあったりして楽しかったんだけれど、その話題だけがとっても心に残ったのです。

タクシーを降り、タクシーが去り。妻と二人。開口一番。「深い話だな」と。

そんな36歳誕生日の記憶。

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最近飼い始めた犬(プードル、6ヶ月。名前:くま)は、少し「くま」でなく、「いぬ」っぽくなってしまった。

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2011年03月04日

カンニングとコメディ

「カンニングとは、青春の一頁におけるコメディである」

僕はそう考えているし、これからもそれは変わらない。

僕のカンニングにおける原風景はこうだ。

落第しちゃうような子が、落第点を取っておかーちゃんに叱られないようにと方法を考える。だいたいにおいてそれはとてもアナログな方法。でも、自分の中で盛り上がっちゃって得意満面になる。でも、実際にはあんまり役に立たない。というか結果が出ないかバレる。

役に立たないけどその過程が滑稽で、たかがカンニングにそこまでやるか!?みたいなところとか、いや、そんなの絶対にバレるからやめとけよ、とツッコミながらやはり沈没しちゃう。それが笑えるから、コメディ。

スリルを味わうには見合わないし、意義がなさすぎるコスト。結果として、落第したり先制にこっぴどく叱られて「やっちまったな。やっぱマジメにやらないとダメだねー」なんて結論が得られる。風景は夕暮れで、明日は頑張ろう!っていうエンディング。

ドラえもんにおけるのび太の世界ですね。

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あのね、いろんなことにチャレンジするってことには創意工夫が絶対に必要なわけなんです。そして創意工夫をすることはとても素敵な経験です。

僕は今回の件を擁護はしないけど、コメディにおけるカンニングは、そこにある創意工夫へのワクワク感と、背徳的なドキドキ感があって、でも壮大に失敗する。それが昔見た漫画やドラマがコメディたり得る要素だと思うんです。カンニングはダメだけど、そういう工夫の過程を子ども時代に見たり体感するってことは大切なんだと思う。やって見てすぐ成功だとつまんない。失敗と成功が見えないところにチャレンジするのが面白い。だから、すぐ成功しちゃうと、それは面白くないんですね。そんなのを見聞しながら、少年は健全な心を自分なりに育てていける。

ゆえに、子どもたちにはチャレンジできる隙間が沢山なきゃいかんし、失敗と成功を、やはり沢山繰り返すことのできる環境がなきゃいかん。

マーケティングの分野にいて図々しいけど、子どもの世界だけは、ゆるくて牧歌的な世界を確保しておいてあげなければいけない。たとえそれが時代遅れなものであったとしても。

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今回の子は、なんか、ボタンを掛け違えたんだ。本来の、そして昔ながらの少年には思いつかない部分にチャンスを見いだしてしまって、そこに打算的になりすぎちゃったんだ。策を労する滑稽さを客観的に見ることがなくて、勘違いしちゃったんだろうし、未成熟なままで大人の世界の成功だけを見てしまったのだと思いたい。

これだけ日本を騒がせて逮捕ってことになってしまうと、こっぴどく叱られて明日は頑張ろうという彼の姿はイメージできないし、夕暮れの風景も、見えない。とにかくオチがない。

日本の大学受験制度を揺るがす不祥事と大学側が憤り、ネットを使った負の側面であり、現代の少年の脆弱な過ちとしてマスコミが報じ、好奇の目で消費されていくイベントとなる。

潔癖になり過ぎて、隙間のない日本の閉塞感みたいな感覚が押し寄せる。目的を履き違えたとは言え、創意工夫やドキドキ感、失敗から学ぶことへのリスクが、本来力を費やす少年たちへ萎縮という悪影響をおよぼさなければと思う。

そして、逮捕されてしまった少年が、いつかでかしてしまった騒動の何倍も、人に喜びや楽しみ、嬉しさを提供できる大人になって欲しいと祈るばかりです。

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2011年03月01日

朝からネットが繋がらない

これもiPhoneから。家庭用電話も繋がる。多分ルーターのせいか。以前から突然動かず、電源を入れ直して再起動すると動くという不可解な挙動が続いていた。

ただ、それが正解か分からないんだよなぁ。

回線会社に連絡して、取り敢えずは工事会社に見てもらった方がいいのか。

ネット業界の端くれにいますが、インフラとかは殆ど分からない。

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2011年02月23日

タコノミの出会い

品川から帰る。SAC打合せは残念ながら間に合わなかった。
もてあますパワーと、なんとういうか、誰かと喋りたい気持ち。そんなのが交錯したので、隆夫に電話。なんか、年賀状が届いていなかったのだそうだ。すみません。。。

で、決めていたtakonomiへ。とにかく辛口のジンジャーエールが入ったハイボールと、ネギとポン酢がしっかり決まってるたこ焼きを食べたかった。

カウンターに座り、ジンジャーハイボールを飲む。美味い。。。独りカウンターで飲むのも良いな・・・なんて思っていた矢先、「iPhoneアプリが云々」とか、店員さんに「こんな企画があるとすればどうですか」なんて声が聞こえる。

なんだなんだ、俺の仕事に近い人があざみ野にいるのか?あざみ野って、なんか大きな会社のサラリーマンが、頑張って家を買ってるイメージだけど、渋谷や恵比寿で聴くこのトークは何なんだ?
と思う。

既に叙々苑で随分お酒が回っている勢いを借りて、声をかける。

それが、MさんとCさんとの出会いだった。

なんだかんだで盛り上がって、この時間。ムラセさんは家が近いので、家の前まで一緒に帰る。

「何か作ろう」ということ、あと「ARかVRか、お酒かたこ焼きか」を作ろうと。

それだけ決めて、来週の22時を第2回ミーティングとした。

なんか、三国志のはじまりみたいじゃん?

空いてる時間に、いろいろ思いを巡らせて月曜日を楽しみにしよう。

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