写真日記 徒然なるままに

悲しく残念な事件が後を絶たない。政治の世界も信頼ができないことが続く。 互いが信頼し支え合う優しい社会を取り戻したい。60歳を越した頃から体力の衰えを感じだした。特にこの3年間は2度のがん手術を受けた。最初は前立腺がんのため前立腺全摘。そして今回1月、胃がんのため胃の2/3摘出。なってしまった病は嘆いていても始まらない。医師の指導を受けながら治療を受けるしかない。今になって遅いのだが、健康で過ごせることの有り難さを強く思う。

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大手毬  小手毬

胃を2/3切除してからもう3か月経過した 回復は順調なんだが食事に苦しんでいる。
しっかり噛んで少しずつ飲み込まないといけないことは解っていても、ついつい充分噛まないで飲み込んでしまう。
特に外食は要注意だ。他の人のペースに思わず合わせてしまうと、下腹部から痛みがこみ上げてくる。かなり厳しい痛みだ。やがてひどい下痢が始まってで終わると治まる。

退院前に栄養士さんから指導を受けた。「当面は食事が仕事だと思ってください」と言われた真意が今はよくわかる。空腹感はあまりないし、満腹になる前に食事を終える。

3か月で丁度10KG痩せた。久しぶりに会う人からは「痩せたね。どうしたの?」と聞かれることがある。「癌で胃をとった」と答えると一瞬間を置いて慰めてくれる。

「医師は1年か2年すれば慣れますよ」と言った。そんなに長く楽しい食事ができないとは辛い。

1月22日朝、手術後1周間目に退院した。退院の朝主治医の先生が病室へ来て下さって朗報があった。

「昨晩手術時に採取した組織の病理検査の結果が出ました。異常ありません。抗癌剤などの追加治療の必要ありません。安心して下さい」

今の私にとってこれ以上の朗報はない。嬉しかった。久しぶりに自宅の自室に落ち着いてしみじみ喜びを噛み締めた。

栄養士さんから指導を受けた「仕事だと思って食事をする生活」も3日間すぎた。やはり食事は辛い。空腹感がない。一度に多くを飲み込むとつかえる。とにかくよく噛んで少しずつだ。これは短期間で改善しないと思う。

今日は天気もよく比較的暖かかったので少し庭仕事をした。バラの移植だ。途中で家内に見つかりスコップを取り上げられてしまった。少し間を置いてスコップを見つけ作業完了。

私の体調は家内には分からないから大変心配してくれている。有難いことだ。確かに以前の考え方では、胃をとる手術後1周間で退院し、退院後3日目にスコップを持って庭を掘り返しているなんてことは信じ硬いことだ。

家内と約束をした。今週中は一切の戸外での作業をしませんと。でも順調に回復しているからこそのうれしい出来事だった。

火曜日に胃摘出の腹腔鏡手術を受け今日で5日目だ。大変ありがたいことに順調に回復している事を今日はじめて実感できた。

手術は朝8時50分に病室を出て、部屋に戻ったのは午後4時 7時間かかった。翌朝からベッドから降りて病棟内を歩くように強く指導を受けた。手術当日を含めて2日間は絶飲食。3日目に一日50ccの飲水開始。4日目から食事再開だ。

食事と言っても、今晩のメニューは 重湯(お湯に近い、少しだけとろみがある、米粒なし)、 野菜スープ(固形物なし)、 葛湯(固形物なし)。 容量はすべてコーヒーカップ半分ほどだ。これを30分以上かけて頂く。幸いなことに空腹感は全くない。

辛かったのは3日目。歩くことによって腸が活動を再開したことにより、腹部の膨満感・痛み・吐き気・ゲップ等に苦しんだ。それでも医師看護師は「歩くことが一番の対策」と言って歩くことをすすめる。正直この日は辛かった。

効果が出て今日は気分もよく概ね快調な一日だった。

休日のせいで病棟内は家族の見舞いが多かった。私も長男・長女、家内の兄夫婦が来てくれて有りがたかった。

胃がなくなった事実は受け入れざるを得ない。よく噛むこと、回数を分けて一度に沢山食べないこと、食後すぐに横にならない事で補うしかない。

退院後は家内に苦労を掛ける。病気になるのが私でよかったと今日もつくづく思う。家内には長期にわたって苦労を掛けるが、「この場からも宜しくお願いします」と言おう。

 昨年11月に胃がんの確定診断を受けた。11月末に内科医による内視鏡手術(内視鏡的粘膜下層剥離術 ESD )を受けたが、手術時に採取した組織の精密検査の結果、一部が粘膜下層にまで広がっており外科的追加手術が必要と判定された。

 一緒に医師の説明を聞いた長女が「先生のお父さんだったらどうされますか」と尋ねたら医師は即座に「100%手術を受けさせます」と答えた。

 100%と言われたら手術を受ける選択しかない。それから1か月、この年末年始は食事に誘われて激励を受ける機会が多かった。有りがたいことだ。充分ご馳走をいただいた。もう充分だ。

 今は入院を済ませ家内も家に帰り一人でベッドの上だ。うかつにも今日の医師の説明で新たな知識が入った。
胃の上部 1/3 切除の予定なので「胃が残って助かった」と思っていたら違うのだ。

 リンパ節廓清時胃の神経も切断されるので胃の重要な働き「蠕動運動」は永久に回復しない。ただの袋なのだ。だから胃の多くを残す意味は薄いそうだ。胃がほぼ無くなるので食物の通り道を再建する上で胃と腸の位置関係が重要になるそうだ。

 もう明日9時から手術と決定している。回復ではなく、腹腔鏡手術だ。躊躇する気持ちはない。穏やかな気持ちで手術に臨める。臨もう。

 2年半前の7月に前立腺がんのため前立腺の全摘手術を受けた。3か月に1度定期検診とホルモン治療を受けている。

 来月からは2つの癌と共存しなければならない。病院通いで忙しいのも68歳の”老人”としてはふさわしい要事かとも思う。

 今回の外科手術と約1週間の入院で医療費は30%負担で約50万円だそうだ。高額医療費制度のおかげで最高8万円程度の自己負担で済む。

 医療費がかさむはずだ。健康なみなさん、若い皆さん済みません!
 

酷暑の夏が続く
壊れたクーラーを買い換えたが
今日やっと取付工事が済んだ


久しぶりに涼しい部屋で 
極めて久しぶりにLivedoor Blog を書いている

最近はもっぱら twitter と facebook で言いたいことは言ってしまう

今日はエッフェル塔近くにこんな涼しい場所があることを知って
皆さんにも"涼感"をプレゼントしたい


Desktop_R 今後原発をどうするか

 政府の態度が曖昧だ

 脱原発を軽視する雰囲気を感じる

 安全神話を再構築する気なのか



現在、商用発電用原発は17原発54基中稼動しているのは2基2原発だけだ
それでも市民は普通の生活ができているし、工場も稼動している
問題となるのはピーク電力だけだ 
ピーク電力を平均化すれば、原発がなくても必要電力は確保できる技術がある

1年前計画停電を強行したのは、原発が必須だということのアッピールだったのではないか
東電は発災直後からいかにしたら原子力発電を続けられるかを前提にしか事故処理をして来なかった
政府も「原子力村」関係者から真実の情報を遮断されていた
官房長官は記者会見のたびに「直ちに健康に影響を与えるレベルではない」と繰り返し発表した

ところが事故直後から海外からは深刻な状況である、という情報が沢山届いていた
ネットを常用している人々は国の情報隠しに、マスコミも加担していることを見抜いていた
マスコミは原子力安全神話を再構築することに早くも協力を始めたのだ

パニックは恐ろしい情報から起こるのではない
どうなっているのかわからないという不安がパニックを起こす

先月総理は予定通り「事故終息宣言」をした
冗談ではない 福島の廃炉まで30年以上かかるのだ

別に大きな問題がある
使用済み核燃料の処分の問題だ
有害な使用済み核燃料がは地球上に今日も溜り続けているのだ
人知でコントロールできないことを行なってはならない

原発設置自治体は交付金で一見豊かになっている 雇用も確保できている
原発交付金は「箱物」造りにしか利用できない 完成後の維持費は地元自治体の税金で賄う義務がある
それがわかっていながら箱物を造り続けた自治体は、将来のことなど考えていなかったのだ

大阪府市エネルギー戦略会議は良い結論を出した。
筆頭株主として「速やかに全原発廃止を」という株主提案をする

他の自治体も続いて欲しい
一旦事故が起きたら取り返しのつかない原発の電力など不要だ


IMG_0005_R   震災から1年が過ぎた

 ただ驚愕し自分の無力さを感じ続けた

 1年経過しても災害は決して終わっていない

 放射能の危険はこの先数十年は続く

昨日は各局が特別番組を長時間放送していた 
改めて1年前に起こったことの凄まじさを再確認した

ただ大変気になることがある
事故直後の対応の問題点 情報隠し 政府中枢の右往左往ぶり 現在も続く復興への取り組みのひ弱さ
これらに関する批判報道が殆ど無かったことだ

現地に積み上がった瓦礫の山 いつまで被害に合われた方の目に晒せ続けるのか
現地自治体だけでは処分できないことが明白のなってからすでに数ヶ月の時間が流れた
協力すると手を上げる自治体は極僅かだ 無いに等しい

発災直後多くの支援品が届き、多くのボランティアが駆けつけた
世界各国から救援の手が差し伸べられた
"絆”という美しい言葉が世界にまで広まった

この事実と瓦礫処理に対する当然の協力する自治体が一向に現れないことが私の中で結びつかない
今日夕方のNHKニュースで北九州市議会が全会一致で瓦礫処理受け入れ決議したことが報じられた
この素晴らしい決議に他の自治体も続いて被災地から少しでも早く飛散な光景を減らしたい。

原発の「安全神話」をまた復活させようとする動きを感じる
脱原発を何も知らないお人好しの発言とみる空気が漂っている

広島、長崎、ビキニ、フクシマといったい何度放射能の恐ろしさを経験したいのか
私はもうゴメンだ 電気料金が高くなっても使う量を減らして我慢しよう
原発交付金で潤った貧しい地区も今までが間違っていたのだ 元に戻そう
今も毎日処分の方法がない放射能ゴミがたまり続けていることを思い起こそう

制御不能なものを使って見せかけの繁栄などいらない



河村市長  行儀の悪い市長の存在で名古屋市民は小さくなっている

 友好都市南京からのお客様に言ってしまった。

 「南京大虐殺はなかった」

  しかし自分たちが選んだ市長だ 引きずり下ろすわけにも行かない


 
 34年間友好都市として交流してきた南京市からのお客様に「南京大虐殺はなかった」「私の父親が言っていた」「事件直後に南京市に居たが南京の人たちは皆親切だった」「南京大虐殺があったら親父が親切にされるはずはない」「南京大虐殺はなかった」

友好都市南京市からの友好親善訪問者に何故言わなければならないのか
父親の話という個人的事情を根拠に、日中間の棘である歴史的事案を語る次元の低さには驚く

市長という代表者が公式な訪問者に語った言葉は「個人的見解」などという言い訳は通用するはずもない
同席した職員は会談終了直後にひたすら謝罪したようだ 
だが市長自らが発言したことを部下がいくら弁解しても意味はない

部下の間違いを上司がお詫びをすることはよくあり、社会的にも受け入れられる事だが逆はダメだ

その後の記者会見でも市長は「間違った事は言っていない」「両方で考えが違うんだから南京へ行くから話しあおまい(話し合いましょう)」と言っている
南京市の怒りに油をそそぐ発言だ  歴史の専門家どうして静かな話し合いがすでにされている
歴史に素人の市長が「南京市に行くから」と言ったところで南京市が受け入れるはずもない

断っておくがわたしは「南京大虐殺はなかった」と言う意見だ 
但し 通常の戦争の延長で相当数の非戦闘員を死なせてしまった「南京事件は」あった

戦争は悲惨だ
沖縄戦も広島・長崎の原爆も、東京・名古屋の都市空襲も皆「大虐殺」だ

厄介なのは「南京大虐殺」を事実として大きく報道したのは朝日新聞記者本多勝一氏だ
日本人の大きな弱点の一つに疑うことを余りしない
特にマスコミに対して「新聞に書いてあった」「TVに出ていた」・・・だから正しいという考えが多い

福島原発事故以降、政府・官僚・電機業界・電力会社・学者等のいわゆる原子力村関係者が原子力の安全神話を作ったとマスコミが批判している
安全神話は原子力村関係者が作ったとしてもその神話を無批判に国民に伝えたのはマスコミだ
そのマスコミに未だ反省はない

我々市民は真実とは何かを自分自身で情報を集め・調べ、自分自身で判断する力・習慣を付けないと日本の国際的地位は下がる一方だろう

名古屋市長として河村氏を祭り上げたのも結果論ではあるがマスコミの力だ
河村市長、南京発言撤回せず 重ねて「大虐殺無かった」と繰り返している


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 ヨーロッパも大寒波襲来

 北半球全体が冷え込んでいる

 それにしても寒い!


寒い日が続く 寒いと気持ちまで落ち込んでくる
毎日雪降ろし、雪かきに追われる日本海側の方々のご苦労は想像するだけだ
山間部に住まれる高齢の方にとっては生死に関わる問題だろう

若者がボランティアで雪降ろしをしているニュースを見るとほっとする

大寒波は日本だけではない
ヨーロッパ各地も大変な様子が報じられている

庭の梅の木の先に小さな赤いものが見える
蕾だ
春は間違いなく近くまで来ている

花が咲きそろう春を楽しみに頑張ろう


ガム 米軍沖縄海兵隊のグアム移転と普天間移設は同時進行の計画であった

普天間移設のめどが立たない中で海兵隊のグアム移転が先行する

沖縄の負担軽減の観点から海兵隊のグアム移転は反対し難い

普天間飛行場の危険解消は先伸ばし



市街地に存在する普天間飛行場を移設し、基地周辺の住民の安全確保は沖縄県民・日本側の要望が強い

一方海兵隊のグアム移転は米軍の再編という米国側の計画の一環だ

従って今回の決定で普天間移設は短期間には実現しないだろう 

米軍には日本側の混乱中に普天間移設を急ぐ必要は少ない


グアム移転と普天間移設とが分離され普天間に危険が継続するにもかかわらず

当初の約束通りグアムの海兵隊住宅を日本側が作ることは何の変更もなされない

米国では普通のことかも知れないが芝生の植えられた広い敷地の豪華な住宅

何故他国の海兵隊員個人の住宅まで我々日本人の税金で作らなければならないのか理解出来ない

財政再建が喫緊の困難な課題であり、解決の目処すら立っていない日本

他国軍隊へ「思いやり」をする余裕はない!

寒い仮設住宅で暮らす東日本大震災被災者の救済が先ではないのか

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